28話:風中想②
旅に出たワインガルトナーは多くの人と、そして魔者に出会った。
世界で畏怖の対象となっている魔者。しかし彼を襲ってくる魔者は一匹として、一人としていなかった。むしろ山賊、海賊、貴族から街の人々にいたるまで「人間」と呼ばれる生物のほうが彼に対しての敵意を示していた。体も強くなく、旅も初めてだった彼は道中幾度となく倒れた。人も魔者も助けてくれる者はなく、彼はその窮地を乗り越える度に少しずつ成長していった。
旅の過程で彼が目にしたものは因果応報とは言えない憎しみの連鎖だった。魔者が人を襲い、人は魔者に復讐をする。その復讐の対象は個体ではなく魔者全体となる為一度ついた火種は消えることなく燃え続けるのだ。しかし人を襲う魔者のほとんどに知能と呼べるべき物は感じられない。本能というべき短絡的な思考で人を襲うのだ、そこには悪意も当然善意もなく生きる為でも死ぬ為でもなく人を襲えと刷り込まれているから襲う。そんな感じだった。毎日教会周りの花に水をやり、布団を干す。困っている人がいたら手を差し伸べる。神父から教わった事を何の迷いもなくただ守り続けている自分と魔者は何が違うのだろうか? 元凶は何なのか、何を正せばこの連鎖は終わるのか? そんな事を考える毎日の繰り返しであった。
旅に出て8年が過ぎる頃、目的の一つである魔者との再会を果たす。
そう実の父と言える神父を殺した十字架魔者との再会だった。旅に出る際に十字架魔者は東の方向へ去って行った。彼はそれを追うわけではないがなんとなく東へ東へ旅の進路を取っていた。もしあの時の魔者に逢えたら聞きたいことがあったのだ。
2度目の邂逅は死体の山の中であった。十字架魔者を追ってきた私兵団を見事に返り討ちにして一服している所であった。十字架魔者は彼を一瞥すると8年前と同じように無視して脇を通り抜けようとする。彼は十字架魔者の腕を掴んでこう問う。
「何故僕を殺さないんですか?」
十字架魔者は一瞬間の抜けた表情を浮かべるとケタケタ笑いだし「どこかで会ったか?殺してほしいのか?」と訪ねてきた。
「殺されたくはないです。しかし貴方は人の命を何とも思っていないでしょう? 何故その人達は殺して僕は殺さないんですか?」
単純な疑問であった。十字架魔者だけでなく彼は魔者に襲われたことがない。それが不思議だったのだ。十字架魔者はまたもケタケタと笑いこう述べた
「自分で答えを言っているだろう。お前の命なんて何とも思っていない。だから殺す必要すらない」
その時、彼は初めて知った。世界は自分に無関心であると。
今まで魔者に殺された人々のほうがよほど魔者にとっては特別で、歪んではいるが理解しあえているのだと。友と言える人間はいる、だからこそ今まで気づかなかった。自分は世界で一人ぼっちだったのだと。
「それでは貴方を殺してコミュニケーションを取ってみてもいいですか?」
彼は十字架魔者にそう問うた。憎悪ではなく殺意ではなく魔者と、誰かと、本当のコミュニケーションを取ってみたかった。しかしその方法が分からない、だから殺してみる。彼に他意はなく純粋にそう思ったのだ。しかし十字架魔者の回答は彼にとって残酷なものであった。
「お前の力では俺は殺せないし、俺もお前を殺さない。興味がないからな。不思議だな。どんなに言葉で挑発されても何も感じない。何の興味も湧かない。お前本当に人間か?」
そう言って十字架魔者は去って行った。
残された彼は死体の山を踏みにじりながら一人考える。どうしたら人と、魔者とコミュニケーションが取れるのか? 救いたいのは本当に「皆」なのかを。




