23話:若き魔道王クロコップ
若き魔道王クロコップが手も足も出ない。
前魔道王の強さは元々なのか、それとも魔者として生まれ変わったからなのか、どちらにしてもすでに大勢は決したと言えた。
「いくらクロコップさんでもやっぱり一人じゃ無理です! 助けに行きましょう!」
レコは王剣ヴォィヴォディナを鞘から抜くと覚悟を決めた様に穴を登り始めた。
「やめておけ……レコ。お前が行っても死体が一体増えるだけだ」
「!? そんな、シューケルさん。このまま見殺しにしろって言うんですか?」
「勘違いするな。俺が行く」
そういってレイピア、ブルームーンを取り出すと瞬神の騎士長シューケルが勢いよく穴から飛び出して行った。鷹のように空中に舞ったシューケルはそのままガレシックを視界に捕える。ブルームーンの切っ先をガレシックに向けるとそのまま必殺奥義の体制に入る。
「超越の四魔者ガレシックよ! 受けよ我が高速の連撃イージス・アンリミテッド!」
ズドドドドドドドド!!!!
意表を突いた攻撃でガレシックを捕えた……かに見えたがブルームーンの先端はガレシックに届くことはなかった。シューケルの足には樹木が絡みつきそれ以上の前進を許さなかったからだ。
「何ぃ!?」
「ウッドパラサイト。まあ中級者向けの魔法じゃな」
足に樹木を絡められたまま地面に叩きつけられるシューケル。
「ぐっ……」
「それが貴公の奥義か? 凡夫じゃな。いかに恵まれた身のこなしがあろうと機動力さえ奪ってしまえば貴公はただの雑魚。よくここまで来れたのぉ、よほど仲間に恵まれたと見える」
長く伸びた髭を触りながらシューケルの心を見透かしたようにガレシックは続ける。
「そう言えばここに来るまで何人か死んだようじゃのお。才能を考えたら貴公が捨石となって道を切り開いたほうが効率的だったんじゃないか? プライドが許さんかの? あくまで同期であるワインガルトナーやそこに転がっておるポンコツ魔道王と同格を気取りたかったかの?」
そう言いながらガレシックは近づいてくる。
「良かったのぉ。まるでわしの相手にならない所を誰にも見られず死ねるんじゃから」
「それ以上俺の友を侮辱するんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」
「!?」
クロコップが雄たけびをあげて立ち上がる。しかし足はフラフラで今にも倒れそうだ。
「ほほ、まだ動けるか。よかろう冥途の土産じゃ最後は貴様に教える事はなかったレベル10の魔法で葬ってやろう」
そういうとガレシックは遥か上空へ浮上し呪文を唱え始めた。暗黒の渦がガレシックを包みこむ。
「クロコップ……」
「シューケル。気にするなお前は強くて優しい最高の騎士長だ。だからここから先もあいつ等を守ってやってくれ」
穴の方に目をやりクロコップは言う。
「それにこの戦いが終わったらヴァンナと結婚するんだろ? 結局俺は剣でも恋でもお前には勝てなかったな」
「クロコップ……お前やはり」
「さぁ、あまりお喋りしている時間もなさそうだ、ワインガルトナーにも宜しく言っておいてくれ」
そう言うとクロコップは拙い空中歩行魔法でフラフラと上空へ上がって行った。
「クロコ―ップ!!!!!!」
シューケルの叫びが虚しく響く。
「平等でない黒の楽園に生まれ堕ちた亀よ。御伽の国で蛇蝎の如く呻き声をあげよ。饗宴なる月の下で踊るのは愚者であり賢者である。希望を漆黒で塗りつぶせ夢を儚き虚無へと帰せ。下弦の月を更に二つへ上弦の月は四つへと分かれ、湧かれ解れ別れ混沌と混濁を逸する雲となれ……」
呪文を唱えるガレシックと同じ目線までクロコップは上昇する。そして手を合わせガレシックと同じ構えを取る。
「……何の真似じゃ?」
「いや、折角こんなに近くで実演してくれてるんだ。俺も真似てみようかと思って」
「小童に見よう見まねで使えるような魔法ではないぞ……」
「知ってますよガレシック老子。なんたってレベル10の魔法だ」
少し間をおいてクロコップは続ける。
「でもね、俺が貴方の弟子に入るときの条件覚えてます?」
「……」
「出来ないとは言わない事、最後まで諦めない事。貴方が出した条件はたった二つだ。もう覚えてないかもしれませんけどね、最後くらい言い訳せずに言う事聞きますよ」
「ほほ……お前は口だけは達者じゃったからな、そう言って恰好のいい事ばかり言って結局修行をさぼっておったな」
「なんだ、覚えていたんですね。そう口だけは達者なんです俺は……平等でない黒の楽園に生まれ堕ちた亀よ。御伽の国で蛇蝎の如く呻き声をあげよ。饗宴なる月の下で踊るのは愚者であり賢者である。希望を漆黒で塗りつぶせ夢を儚き虚無へと帰せ。下弦の月を更に二つへ上弦の月は四つへと分かれ、湧かれ解れ別れ混沌と混濁を逸する雲となれ……」
巨大な暗黒渦が二人を飲み込みそして鈍く光る。そして二人同時に相手に向かって吠える。
「「ダークジェノサイトフルムーンクラウド・ザルマチアザダル・カメ!!!!」」
二人の両手から溢れだした魔力の渦が暗闇の雲となって相手を飲み込む。
「いや……これは!?」
穴から抜け出した俺とレコ、そしてシューケルが見たものは暗闇の雲に包まれていくクロコップ。ガレシックは雲に覆われることなく無傷だった。
「失敗!? したのか?」
驚きの表情を見せているのは俺達だけではない勝利を引き寄せたはずのガレシックもまた俺達同様に驚いている。
「失敗!? じゃと、いやこれはまさか!!?」
百戦錬磨のガレシックも一瞬気づくの遅れた。そして……
ヒュゥゥゥゥ……ドォン!
「ぐ……はぁ……!!」
ガレシックの背面に目に見えない隕石がぶち当たる。そのまま隕石ごと地面に激突したガレシックの体は蟻のように潰れる。
「こ、これはメテオバニッシャー……クロコップお前初めから」
暗闇の雲に飲まれながらニヤリと笑う若き魔道王。
「知ってるでしょ、俺は口だけは達者なんですよ」
「クロコップ……強くなったな」
「こんな形でも最後に戦えて嬉しかったですよ……師匠」
そういうとクロコップは俺達の方を向く。そして右手を伸ばし親指を突き立てる。別れの言葉なく嘆きの言葉なくそのまま暗闇の雲に飲み込まれる。どんな時も弱みを見せない若き魔道王クロコップの最後だった。




