15話:メッセージ
交換するあてはある。しかし安易に転生はできない、残された2回の転生で妹の問題を解決する必要があるからだ。そもそも交換をした時点で俺の心臓が変換されてしまうわけだ。転生物と離れすぎると生体リンクが切れて死んでしまうというリスクを考えても万全を期す必要があるだろう、しかし猶予はあまりない。
(やる事は決まってる。後は覚悟だけだな……)
そんな事を自宅マンション近くのコンビニで缶コーヒーを飲みながら考える。こうしている間にも容赦なくブラッシーへの完全転生へのリミットは迫ってくるのだ。
「おにぃ先輩何してるんですかぁ?」
下校途中の志野宮がひょこっと首を伸ばして話かけて来た。
「ぅおぅ……志野宮、あ……もうこんな時間か」
時間はすでに17時を回っており日も傾きかけていた。
「駄目ですよー謹慎中に外出たりしたら。結構この辺に住んでるウチの先生とか生徒とかいるんですけんね」
「謹慎じゃなくて停学な」
「一緒ですよぉー。バレたら大変ですよ? まぁ私は場合によっては黙認してあげなくもないですケド。あー喉乾いたな~」
喉がカラカラですアピールをしてくる志野宮。ヤレヤレと家に帰ってから飲むはずだったミルクティーを「んっ」と一本差し出す。
「わぁ、ありがとうございます」
ペロッと下を出しながらわざとらしくはしゃぐ。しかしコイツは男慣れしてそうな感じだな。ミルクティーを飲む志野宮を見ながら今日の池先輩との会話を思い出す。
「俺は処女厨だ」
「俺は処女厨だ」
「俺は処女厨だ」
「俺は処女厨だ」
「俺は処女厨だ」
5回もリフレインしてしまった。やはり大事な事は繰り返し言うべきだ、俺の頭の中には池先輩=処女厨 というイメージだけが焼き付いてしまっている。
さて、しかしどうしたものか、志野宮の依頼の一つの解は出ている。池先輩に彼女はいない。この事実だけを今伝えてしまえば文字通り飛び跳ねて喜ぶだろう。しかし志野宮が池先輩の彼女候補になれるかどうかは今現時点ですでに決定しているのだ。池先輩の目はマジだった、恰好つけて「処女はめんどくさい」とか「遊び慣れてる方が楽」とかいうチャラい輩とはわけが違う。あれは結婚を前提としたお付き合いしか考えてません、というドレッド頭にあるまじき昭和初期の考え方だ。
「何か考え事ですかぁ?」
真剣な表情の俺を見て志野宮が話かけてくる。こいつは悪い子ではない、いや寧ろいい子だ。このまま志野宮が池先輩に告白したとしよう、処女ならばいい、振られたとしてもそれなりの振られ方をするだろう。しかし、しかしもしも逆だった場合……一生の傷が残るようなそんな振られ方をするような……そんな気がする。池先輩は性格がカラッとし過ぎなのだ。
しかし俺がここで急に「志野宮って処女か?」と聞くのはただの変態である。何か良い手はないものか……
考えに考えた俺は妙案を思いつく。
「志野宮、電話番号教えてくんない?」
「え……?」
急な質問に驚いた様子だがすぐに笑顔で返答が帰ってきた。
「いいですよ。なんですかも~、女の子の番号聞くのに緊張してたからあんな顔だったんですか? おにぃ先輩らしいですね。でも最近結構話す事多いし……私も聞こうかなって思ってたんですよ?」
ニコニコとそう言うとポンポンと俺の肩を叩きながら「えーっと」と自分の番号を俺に伝える。
「……じゃあ架けるわ」
志野宮の携帯から最近流行の音楽が鳴り出すと俺の携帯番号が表示されていた。
「これがおにぃ先輩の番号ですね……えっと一ついいですか?」
「なんだ?」
「おにぃ先輩の名前って何ていうんですか? 今更でちょっと聞きづらかったんですケド名前登録するときちゃんと入れたいし……」
モジモジと少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「ん……あぁ。和良≪わら≫だ」
「へ~。変わってますね」
そう言いながら手早く俺の番号を登録する。
「これでいつでも連絡とれますね、おにぃ先輩!」
(別に呼び方は変わらないんだ……)
少しガッカリした様なホッとしたような微妙な気分だったが携帯番号を聞いたのは別に電話する為ではない。これで某アプリでメッセージのやり取りが可能になるのだ。俺は自分の携帯で必要事項を入力するとすぐ志野宮にメッセージを送った。志野宮の携帯から今度はメッセージ着信の効果音が流れる。
「おっ? 早速メッセージですか? 実はおにぃ先輩って結構メールとかする人なんですかぁ? 私も結構好きなん……」
既読 『お前処女か?』
俺の某アプリにはしっかりと既読の2文字が記してあった。しっかりとメッセージは届いたようだ。処女か否か、流石の俺も口に出すのは憚られるがメッセージなら意外と聞けるものだ。最近は告白なんかもメール派が多いと聞くが似たようなものである。聞きにくい事は文明の利器を使って聞くそれが王道。
志野宮の手は小さく震えていた。そして少し間があった後に顔をあげ俺を見る。その目は汚物を見るように黒ずんでいた。
「初めてのメッセージがこれって……」
志野宮は持っていたカバンを物凄い勢いでアッパーのごとく振り上げて俺の顎に見事にヒットさせた。
「はぐわぁ!」
「死ね! 変態!!」
吐き捨てるようにそう言うとプイッと顔を背けて足早に去って行ってしまった。俺は肉体的なダメージこそ無いものの社会的信用の下落という世間的な大きなダメージを受けたのだった。冷静になって考えれば当然だった。
その晩、家に誰も帰っておらず自分の部屋でゴロゴロとしていた俺の携帯のバイブ音がブッブーと鳴る。そこには志野宮のメッセージが載っていた。内容は
『処女ですケド何か文句ありますか!』
良かったな志野宮、脈ありだ……。俺は2重の意味で安堵し時間もないというのにそのままついウトウトと寝てしまうのであった。




