10話:友
情状酌量の余地有り。とはいささか表現が大袈裟すぎるが結果から言うと退学という最悪の事態だけは免れ停学三日間が言い渡された。
三羽ガラスを完膚なきまでに叩き潰してしまった俺は渡り廊下を出てすぐの所で震えながら状況を見ていた林田からブラッシーを回収するとそのまま近くの便所の用具入れの奥の奥へ隠すように置いた。程なく生活指導の体育教師が凄い剣幕でやって来た、俺は覚悟を決める。
三羽ガラスの鼻骨、肋骨あたりはご丁寧に折ってしまっていたらしく3人とも救急車で搬送されていった。俺は見た目の上でも全くの無傷であった為、救急車に乗せられ体を調べられるという事態は回避でき保健室での簡単な手当だけとなった。またどうやら大人の事情で警察沙汰にもならなかったようだ。
事の成り行きの目撃者が多く意外にもそのほとんどが俺を庇ってくれる声であったようなのだ。いや、意外にもは言いすぎか、人は善人ぶりたいものだ。イジメっ子に鉄槌を下した勧善懲悪と言える行動を肯定したいのは人情というものだろう。
林田と三羽カラスは1年の時同級生だったらしく当時からああいった事は何度もあったらしい。俺もこの学校に来て日は浅いが正直にいうと隣のクラスとの合同授業中や休み時間等に何度か現場を目撃した事があった。まあ当然のごとく見て見ぬふりをしていたわけだ。三羽ガラスが屑なのは当然として、それを知っていて止めなかったクラスメート、体裁を取るために警察に相談しない学校、そしてそれを当たり前だと思っている俺。
(屑ばっかりだなホント……)
彩が世界を征服なる気持ちも少し分かる。生活指導室で厳重注意を受けながらそんな事を考えていた。
共働きしている母親が俺を迎えに来たのは夕方になってからであった。最近の俺の生活や性格を考えると「まさか家の子が!?」と言ったところだろう。母親は担任から話を聞きながらも半ば信じられないと言った表情だった。その後、生活指導の体育教師そして教頭、校長へと担任も含めて計四度深々と頭を下げてまわった。
諸先生方は
「褒められた行動ではないですが善意から行ったことですから」とか
「相手の生徒の親御さんも事情を話したら理解して頂けた事ですし」とか
「我が校としても対策を考えておりますので少し時間を頂けますでしょうか」とか
大事にしたくないという意思が見え隠れする発言が並べられた。特に最後の校長の言葉が印象的でイジメ問題が絡んでおり目撃生徒も多数。このご時世ネット経由で生徒から情報が拡散される危険性もある。下手に俺を退学にでもして事を荒立てる方が面倒と判断したのだろう。道理で処罰が軽いはずだ。
元々争い事や面倒事を避ける性格である俺は先生方の前では真摯に反省した態度を取り時には涙ぐんだりもしてみせた。反省してます、という態度は目上の人間には効果的なのだ。校内での指導と挨拶周りを終え帰宅する事になった俺は職員廊下で母親に話しかける。
「母さん。手間取らせて悪い……俺カバン取って来てから帰るから」
母親はふうっと溜息をつくと思い切り俺の背中をバンッと叩いて来た。。
「和良。あんた全然反省してないでしょ?」
「……してるよ。悪かったって」
はぁ、ともう一度溜息をついた後、諭すように母は言う。
「友達の為みたいだから、母さんからはもう何も言わないけど今から怪我させた子の所に一緒に謝りにいくからね」
「……めんどくさ」
今度は頭をパンッと叩かれる。
「怪我させたのはあんたが悪いんだから謝るの。怪我させた事だけは謝りなさい」
「……」
怪我させた事だけは……か。気丈でカラッとした性格の母である。妹はどちらかといえば母親似なのだが、どうして俺はこう育ったのだろう。
母親と別れた後、隠してあったブラッシーを回収する。学校の構造上使われることが少ないトイレの為ブラッシーの置き場所には最適だったようだ。今後のブラッシーの隠し場所を確保した俺は放課後の教室にカバンを取りに行く。すると誰もいないはずの教室で林田が自分の席に座っていつものようにブヒブヒとラノベ小説を読んでいた。
「ぶひっ……ぶはひぃ☆ことねたん……」
(家帰って読めよ……)
俺は林田を一瞥する事もなくカバンの中にブラッシーを突っ込みさっさと教室から立ち去ろうとした。
「ぶひぃ……アリ……ガト……」
林田が本から目を話すことなく言葉を発する。その光景にプッと思わず吹き出す俺。
「お前は言葉を覚えたばかりのロボか」
「ロボ……チガウ」
「よりロボっぽくなっている!?」
二人で少しの間小さく笑った後、今度は林田の顔を横目に見ながら話しかける。
「別にお前の為とかじゃないから気にするな。今度同じような事があっても多分助けねーから」
「ぶひぃ……」
「だから、もうイジメられてくれるなよ」
「……」
「もう助けたくねーから」
「……うん」
外を見ると夕焼け空がいつもより少し明るく見える。
こうして俺に広島で初めての友達ができるという事件は幕を閉じたのだった。




