1話:ロリコン伯爵は手に便器ブラシを携える
「こんな平日の真っ昼間から参拝に来るとは感心なニートじゃのぉ」
燦々と照らす太陽を背負って本殿の階段にちょこんと座りながら幼神はいつものようにクスクス笑った。
「まあ色々ありまして……ね」
確かにこんな平日の昼間に神社にやって来る高校生はあまりいない。
だがこの俺、神代 和良≪かみしろ わら≫はニートではないし不登校のヒッキーでもない。普段であれば今頃は学生の本分である勉学に勤しんでいる最中だろう。しかしあまり時間がない事を考えれば不本意ではあるが学校を休まざる得ない状況になったのも僥倖と言えるかもしれない。たっぷりと問題解決に向けての時間を取ることができる。
「今日は幼神様に聞きたい事があるんですけど……」
右手に青色の便器ブラシを携えて真剣な顔をして幼神に話しかける。
少し長めの黒髪をポニーテール状に後ろで纏めてから2股に分ける、ポニツインテールとでもいうべき片側の髪をクルクル回しながら幼神は答える。
「おぉ奇遇じゃのぉ。わしも丁度お前に聞きたい事があってのぉ、先に聞いてもいいかの?」
「え? はぁ、別にいいですけど」
幼神が俺に質問してくるなんて初めてじゃないか? こちらをジッと見つめる顔は真剣そのものだ。
「ロリコンの語源はなんじゃ?」
「はっ?」
予想以上にどうでもいい質問に一瞬言葉に詰まる。しかし彼女、見かけは少女でもわらしべ神たる立派な神様なのだ。何か意図があっての質問かもしれない。
「ロリータ・コンプレックスの略のはずですけど」
普通に答える俺。ふむ、と口に手を当てて何やら考え込む幼神。
「あ、それでですね、俺の質問なんですけど……」
「ロリコンとは児童に好意を持つ変態男性であると認識しておるが間違いないか!」
俺の言葉を最後まで聞くことなく幼神の質問が続く。
「いや、もっと広義だと思いますけど。まあ世間一般的にはその解釈でいいんじゃないですかね……えっと、それで俺の質問なんですが……」
「コンプレックスとは劣等感、または複雑といった意味を有しておるはずじゃ。しかしロリータとはなんじゃ? どういう意味じゃ? 教えてくれロリコン伯爵!」
誠に遺憾ながらどうやら俺はロリコン界でもかなり高い爵位の持ち主に分類されているようだ。短い付き合いながら幼神が人の話をあまり聞かないのは知っていたが、今日はいつにも増してだ。
何故じゃ? 何故じゃ? と小うるさい幼神。理由は分からないが納得させないとこちらの話を聞きそうもない。仕方あるまい、お見せしよう伯爵たる所以を!
「あーいいですか幼神様。ロリータってのは外国の小説に出てくる登場人物なんですよ。ロリコンの語源も元を正せばそこから生まれたって説が有名です。だからロリータって言葉自体に元々の意味なんてないんですよ」
ポンっと手を叩き納得する幼神。
「成程成程。合点がいったわ。それでは本題じゃ」
どうやら納得してくれたようだ。
「あ、それでですね、本題なんですが……」
「つまりお前をロリコンと形容するのは少し語弊があるという事じゃのぉ。お前はロリータに特別な感情を持っているわけではなさそうじゃからの」
は、話が進まない!?
「いや実はのぉ。お前の事をお前お前と呼ぶのもそろそろ煩わしくなって来てのぉ。呼び方を考えておったんじゃ。で、やはりお前に合う呼び方といえばロリコンじゃと思っていたんじゃが……むー困ったのぉ」
(あっぶねぇ……!)
九死に一生を得るとはこの事だ。もう少しでこの少女とも幼女とも取れる幼神からロリコン貴族たる命を受け階級に恥じぬ立ち振る舞いを強要される所だった。
「うーむ。他には……ニート……ニートニート……お、そういえばお前は兄じゃたの。
そうじゃそうじゃ、親しみを込めてこれからお前の事はニーたんと呼ぶことにしよう」
「いやそれ兄さんのニーじゃなくてニートから語源取ってますよね?」
「細かい事を気にするな。それで? ニーコンの聞きたい事とはなにかのぉ?」
(ニート・コンプレックスみたいになっている!?)
まあ確かに呼ばれ方なんて今はどうでもいい。そう問題は兄として妹の【願い】をどう叶えるかだ。手に持った便器ブラシを見つめながらふと俺の人生が急激に変わったあの日の事を思い返す。
そう……あれは2日前の水曜日――