はじまりの鐘が鳴る
俺は裸だった。
別におかしい事じゃない。頭もおかしくない。路上や公共の場で裸なら確かに問題だ。布団で裸の奴は多少問題があると俺は思う。
俺は裸でしかるべき場所に居た。
だって普通、自宅での入浴は一糸まとわぬ姿でするもんだろ?
俺に罪はない。
なのに
「何だ貴様!!!」
「いやぁ! 変態っっっ!!!!!」
何で怒られてる。っていうか風呂はどこ行った。俺の一日を癒やす楽しみはどこ行った。折角バブチーノ入れたのに!! バブの倍くらいの値段のやつな!! 大体てめーら何なんだよ。栃木なら家賃1万するかしないか位小汚い部屋(木造・推定築30年・暖房器具一切無し)にどうして俺は居るんだよ。風呂どこいった。バブチーノどこいった。
「あ、あ、あ……あぁ!?」
もう驚いて「あ」しか言えないよ。こんな生まれたままの姿を見られちゃったからにはもうお婿に行けなくなっちゃったよね。
「あ、あの方、言葉が通じてないみたいですけど……」
「ふむ、異国の者か」
「えー、驚いてるだけじゃないのー?」
いやいやいや、通じてる通じてる。通じてるけど意味はわかんない。
俺、テスト前で昨日から寝てねーんだよ。風呂上がったら生物のヤマ張る続きしなきゃなんねーんだよ。まあどうせメンデルだけど。ここ数日くそつまんねー花の交尾の話を延々聞かされてたからきっとメンデルだけど。遺伝の話するならもっと想像掻き立てられるやつがいいよね。人に近ければ尚いい。きっとすごく捗る。持て余した性欲パワーできっと教科書の句読点を含めてまるごと全部覚えるわ。例えばチンパン……うん、ごめん。逆に無理だわ。
「あのー、言葉は通じてますから……あのですねー、えーっとその……」
「通じてるってよ!」
「デイジー、言葉以外にも言いたいことあるでしょ?」
何勝手に話してんだよ。てめーら。3人とも、責任持って俺ん家送ってけよ!
「ほお」
特に真ん中の腕組んで壁に凭れてる偉そうな女。腕組んでるのに可哀想なくらい谷間ができないお前だよ、おめー。お前、免許持ってんだろ? どうせ免許証にくっそ冴えねーすっぴんの写真のっけて全部証明写真機のせいにしてんだろ?
俺、自分ち(築6年・一軒家)でブラックコーヒーガブ飲みして洋楽ガンガン垂れ流しながらじゃなきゃ勉強できねーんだよ。まあヤマ張るだけだけど。そんでもって送りは軽自動車だったら承知しねーかんな。でも女の子のマイカーはピンクの軽だとかわいいよね。
「すっごー! あの人、ネリアより胸がないよ!」
3人の中の一番のガキが言う。多分ランドセル背負ってるかサブバックに夢の国のお耳の大きいネズミさんぶら下げてるかくらいの年齢。あーあー、かわいいね、あーかわいいよ。かわいい。正直めっちゃかわいくてヨシヨシしたいけど生憎飴ちゃんを持ちあわせてないんだ。だって俺、裸だからね。
「ねーねー、あの人のおまたについてるの、あれ何? デイジーも欲しい! どうしたら付くの?」
クソガキちゃん、おねがい、やめて。そこ指すのやめて。それ恥ずかしい。恥ずかしいからやめて。っていうかそれに釣られて他の2人も見てんじゃねーよ。見物料取るぞ!!!
あのね、お願い。変態でいいから生物のヤマ張らせろよ。帰せよ。軽自動車でウチに。栃木に。
「あのー……僕、場違いですよね? 帰りたいんですが……」
「御託は良い。去れ」
まな板がすっごい気迫で言う。腰まで伸びたツヤツヤサラサラの黒髪がぶわりと揺れた。凄い気迫だ。正直恐怖に心が縮み上がりそうだ。……でも視線は股間なんだね。まあいいよ、別に。お年ごろなんだよね。しょうがない。
「す、すいません。じゃあ送ってくれません? あ、うそうそ! 服貸して……自力で帰りますから」
つーかさ、変態って。変態って。お前ら三人のがよっぽど変態だろ!!!!!
三者三様、どいつもこいつも露出が多いか胸元ばっくり開いてるコミケでも引かれるような服着やがって。コンパニオンか。それともコスプレしたコンパニオンなのか。布地買う金無ぇんなら買ってやるよ、買ってやるからさっさと最寄りのしまむら教えろよ。そして彼氏でもない高校生に服を買ってもらうという恥を初めて知るがいい。
「あの、カーネリア様」
ガキとまな板の端っこに立っていた気弱そうな女の子がおずおずと片手を上げる。真紅の布地に白のフリルをあしらったドレスを纏っていた。深い谷間の刻まれた胸元ががっつり見える程襟ぐりが開いている。前にこっそり着替えを覗いた女子のブラジャーよりガードがゆるいよ。こんな見えちゃう下着出したら某下着ブランドもリコールだよ。
そして片手には杖。身の丈程の意匠を凝らした金色の柄にルビーのような赤い宝石が付いている。
杖?
杖っておいおい。またまたご冗談を。
何なん、このコンパニオンちゃん達はお店でハロウィンイベントでもすんの? この季節に? 入院中でハロウィンできなかったおじいちゃんの常連客が退院したから彼のために今更ハロウィンイベントしてんの? 超いい子達だね! ご褒美に飴ちゃんあげよっか。だーーーー、だから裸だっつーの!!!
「何だ、ベル」
ネリアだかネピアだかなんだか知らないけど、ティッシュ箱よりも厚みのなさそうな胸の女がドレス女に視線だけを向ける。あ、ネリアさん、めっちゃ目つき悪いけどタレ目なんだ。ふーん。まあそんな事より免許持ってるか軽かピンクかどうかのが気になるんだけどさ、遥かに。お願い、車見せて。おさわりしないから。チップあげるから。ガソリン代の足しにしなよ。
でもガソリン入れるその前にまともな服買って欲しいけど。きっとパンツのが面積広いって、その鎧……。
そんなんで何守れんだよ。そんな面積狭かったら愛する人の命どころか自分の貞操すら守れねーよ。
「あの、男の人が、ここにいるのって……絶対へんだと思うんです」
俺はなるべく、今恥ずかしそうに喋ってるベルちゃんの胸元の注目スポットから視線を外すべく最善を尽くした。こういう時こそ生物のヤマの事を思い出せばいい。メンデル……遺伝……交尾……逆にアカンわ!!!!!!!!!!!
っていうかベルちゃんは顔を真っ赤にしながら俺の遺伝の種を分かりやすい程チラチラ見てるけどね。手でそれを隠したいけどもうタイミングわかんないけどね。泣いていい? 俺も顔真っ赤にしたら許してくれる? 真っ赤通り越して多分真っ青だけど。
結局、俺は迸る何かを落ち着かせるために、チンパンジーの交尾を想像するハメになったのだった。
完
ってばか、ばかばかっ。終われねーよ!!!!!!!
「確かに、我が国に現在男は……クッ」
悔しげに顔を俯くネリアさん。また綺麗な黒髪がさらりと流れた。あ、でも微妙に股間見たよね、今。
「ねーねーベルー、おとこって何? デイジーにも教えてよぉー。デイジーあの人のぶらぶら触りたいー」
「デイジーはお部屋に戻ろ? これはおねえちゃん達の問題だから」
ベルは膝を曲げてデイジーと視線を合わせる。
肩甲骨の辺りまで伸びたプラチナの髪がふわっと肩からこぼれた。
うわぁ、かわいいなー。色素うっすい。俺、こういう二次元から飛び出たみたいな子、超好みだわー。お人形さんみたいだ。それにあの胸……いやいやいや、落ち着け落ち着け、チンパンジーの交尾だ。忘れるなチンパンジー。
「いや、デイジーも残れ」
半ば帰されかけたデイジーを言葉だけで引き止めるネリアさん。
「カーネリア様……」
ベルは驚きでもともと丸い目を更に大きくする。かっわいーなぁ。透き通った宝石みたいな青の瞳が綺麗だ。カラコンすげー。現代の技術ぱねーわ。
「デイジーは幼いが既に立派な騎士だ。それに、この国に子種が紛れたと知れたらどうなる」
「そ、それは……」
ベルは困ったように口ごもる。対してデイジーは何もわからないようで、ポカンとした顔をしていた。うん、俺も何もわかんない。
「王妃が必死に作り上げた今の秩序がまた崩れるのだぞ?」
ベルは唇を噛んで俯いていた。目の端にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。王妃って何? ナンバーワンコンパニオン? ないわー。どうせブスには奴隷とか豚とか名づけてんだろ? 怖いわ、女の世界。
「おい貴様、名を名乗れ」
「え、僕です? キヨシ……中原、キヨシ」
ネリアさんは腕組みし、眉を潜め、細いため息をつく。
「ナカハラ……キヨシ……。変わった名前だな」
そして、ハッとしたようにこっちを向く。綺麗な黒髪が扇のように広がった。
「……そうか、なるほど、合点がいった。ベル。この男は異世界の民だ」
「そんな」
ベルはハッと息を飲む。ハッと息を飲みたいのは俺の方なんだけどね。
え、俺、風呂入るつもりが別の世界に行っちゃったの?
これって異世界トリップって奴?
これってネットとかで流行してて今超波に乗って銭を稼ぎまくりのコンテンツのあれ? なんか水色いのが目印のアレ? え、言っちゃっていい? 言っちゃうよ? 要するにアレ? アレなの?
テルマエ□マエ?
「キヨシ、これを纏え。そして私の許可が降りるまでここを動くな」
ネリアさんはベッドに敷かれたシーツを鷲掴みして俺の方へと投げつける。
「は、はあ」
「貴様、死にたくないか?」
「ええ!? そ、そりゃあ死にたくないですけど」
ネリアさんはデイジーとベルちゃんを見た後、ゆっくりとピンクの唇を開く。
「ならば、女として生きろ」
はい?
「貴様が、男だと周囲に触れ回ったりなどしてみろ。貴様を殺す」
はいいいいいいいいい!?!?