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 『快楽園』という漫画雑誌を知っているだろうか。

 コンビニによく置いてある……いわゆる18禁の漫画雑誌だ。


 最近じゃ、シールみたいのが貼ってあって立ち読みなんかできなくなってしまった。

 窮屈な世の中になったもんだと思わないか?

 ああいう法律を作った連中が中学生くらいの頃、きっとそいつらはそういうエロ本を見て性行為ってのがどういうものか勉強したものさ。

 そのクセ学校じゃそういうことを詳しく教えたりしない。

 それじゃあ今の思春期を迎えたガキどもはそういう情報を一体どこで仕入れたらいいのかって話だ。


 ……でも、今はあの頃と違ってネットが発達しているからな。

 検索をかけるだけでそういう情報が無尽蔵に入ってくるんだから、世の中の大人たちが規制をしていい気なっている裏で今のガキどもも逞しくそういう情報に触れているんだろうな。


 まあ、愚痴が長くなっちまったが、世の大人たちがいかがわしいと言っているその雑誌に連載漫画を抱えている。

 ペンネームは『おさない のぶゆき』――本名の『小山内 信志』をひらがなにしただけ。


 業界内には、職業柄本名を使う人は少ないと思う。

 信志も一度はまったく別のペンネームに変えようかと思ったこともあった。

 だけど、たとえ世間的には風当たりの強い仕事でも、誇りとプライドを持っていたので本名のまま続けている。


 そこまで強い想いを持っていながら、一度は考え直そうとしたきっかけは、娘の存在だった。

 信志には小学四年生の娘がいる。


 さーや……いや、それは呼び名であって正確には紗亜弥って名前の自慢の美少女だ。

 あ、今親バカだと思ったろ?

 もしそうだとしたらあんたはまだまだガキだぜ。

 自分の子供ってのは親にとって等しく愛おしいものさ。

 だから親バカになるのは当たり前であって、そんな当たり前のことに言葉が付けられてることがバカバカしいんだ。


 ……少し話が脱線したが、娘が生まれたとき初めて自分のペンネームについて悩んだ。

 娘が将来どう思うか、ではない。

 今の仕事に誇りとプライドを持っていることはしっかり教えていくし、何より自分の血を引いた娘だからな……。

 何となく気にしないような気がしたんだ。


 問題なのは周囲の反応だ。

 小さいときはいい。親の名前なんか誰も気にしないだろう。

 そして、逆に高校生くらいになれば、むしろいろいろな意味で一目置かれることになるだろう。

 その間。つまりは思春期に何か問題が起こるんじゃないかと思った。

 子供が成長するとき、必ず大人の世界を知りたくなるものだ。

 そして、子供にとって一番身近な大人が、自分の親であり――友達、あるいはクラスメートの親だ。


 信志の名前は漢字で検索をかけてもペンネームの方が検索の上位に上がってしまう程一部では有名な名前だった。

 それはある意味、自分の名前を売るためにホームページを作ったりして宣伝をした成果でもあるのだが、裏目になってしまう。

 まあ、信志のフルネーム自体がありふれた名前だから、同姓同名の別人ってことにもできるだろうが、思春期を迎えたガキどもにとっては真実なんてどうでも良いものだ。

 単純に人をからかうネタさえあればそれだけでいじめに繋がったりする。

 ましてやさーやは可愛いからな。

 娘のことは強く優しく美しく育つと信じてはいるが、つまらないネタを親が提供してしまうのはどうかなと悩んだのだ。


 ――で、悩んだあげく結局は活動方針は変えなかった。

 嫁の彩佳が娘を信じると言ったから。

 ……のろけじゃないぜ。


 彩佳は信志にはもったいないと思わせる程いい女だった。普段はのほほんとしてたけど、彩佳の判断で間違えたことはなかった。

 だから大丈夫だと何の根拠もない自信だけはあった。


 彩佳が人生で判断をミスしたのは一度きりだ。


 いや、あるいはそれしか選択の余地はなかったのかも知れない。

 さーやが二歳の時、彩佳は事故で死んでしまった。

 目撃者の話だと、さーやを庇うようにして車にぶつかったらしい。

 きっとそれがさーやを救う唯一の選択だと判断したんだろう。


 あれから七年が過ぎた。

 彩佳自慢の茶色い長い髪と二重のつぶらな瞳はしっかりとさーやに受け継がれていて日に日にドキッとさせられる。

 二つ折りの古い携帯電話を開くと、そこには小さいさーやを抱えた彩佳が写っている。

 最近スマホに買い換えてしまったが、この写真と共にこの携帯電話は死ぬまでずっと持っているつもりだ。


「俺たちの娘は実に健やかに育ってるぜ」

 そう写真に語りかけた。

「……ただ、少し俺の影響を受けすぎてる気がしないでもないが……」

 写真だから表情が変わるはずないのに、彩佳がちょっとだけ苦笑いを浮かべたような気がした。


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