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8

 源内さんが意識を取り戻したときには、ギャラリーもみんな目覚めて元に戻っていた。


 毒モ少女魔法で彼女のファンになっていたことなど誰も覚えていなかった。




 そして――運動会は滞りなく再会される。


 借り物競走は運動能力に関係ない競技だったせいか、結局のところ白も赤もほとんど点数は動かなかった。


 ということは、思っていたとおり最後の種目、クラス対抗リレーに勝ち負けが関わることになった。




「さーやちゃん。がんばって。応援してるからね」


「う、うん」




 翔華ちゃんがさーやの手を握って一生懸命に瞳で訴えかけてくる。


 それは素直に嬉しいしこのプレッシャーはそんなに嫌じゃない。


 問題は、別のところにあった。




『さーや! さーや!』



 サーヤの魔法よりも力のこもってそうな声でギャラリーが沸き立っていた。


 ココアの魔法によって洗脳されていた人たちのほとんどはコスプレイヤーのカメコだった。


 もちろん全部が全部さーやのファンではなかったけど、そっち界隈ではさーやの名はお父さんよりも広い。


 ついさっきまで源内さんに向けられていた声援はそっくりそのままさーやに浴びせられることになってしまった。




「おい、そろそろ集合だぞ」


「う、うん」




 注目を浴びることには慣れているけど、これはちょっと違うと思った。


 妙な雰囲気にさーやの方が飲まれそうだった。


 源内さんはよくこの声援の中平気な顔して運動会に参加できたなと思う。


 体を売ることを目的にしている一部のコスプレイヤーよりもよっぽど自己顕示欲が強いんだろうな。




『それでは、クラス対抗リレーの選手入場です』




 アナウンスが流れ、走る順番にさーやたちは入場する。


 つまり、等々力の次がさーやで後ろには加藤君が並んでいた。


 白組のゲートをさーやがくぐると、より一層大きな声援が聞こえてくる。


 ただでさえクラス対抗リレーは盛り上がるのに、それに輪をかけて場を盛り上げているのは、さーやの名をコールしているカメコさんたちだった。


 リレーの走る順番は野崎君、小杉さん、山本さん、等々力、さーや、加藤君。


 校庭のトラックを一人一周ずつ走るから、第一走者以外はトラックの中で待つことになる。




「小山内さん、緊張してる?」




 さーやの後ろで体育座りをしていた加藤君が真面目な顔をしていた。




「え? そんなことないよ。カメコさんたちに注目されるのはいつものことだし」


「でも、それはコスプレをしているときだけでしょ? いつもの小山内さんがこうやって変な注目を浴びることは初めてだと思う」


「おいおい、何余計なこと言ってんだよ」




 等々力が身を乗り出して話に割り込んでくる。


 さーやは二人がまたケンカにならないように間に入るしかなかった。




「余計なことなんかじゃない。このままじゃ小山内さんは全力を出せないと思う」


「お前なあ」


「やめて。これからリレーなんだよ」


「ごめん。それはわかってる。でも、小山内さん。緊張していることは誤魔化さなくていいと思う。ここは小山内さんがいつも活躍してるイベント会場じゃないし、そこで予想外の注目を浴びることになったら、誰だって緊張するから」


「それが余計なことだっての。どうせ俺がぶっちぎりでリードしてこいつにバトンを渡してやるんだから、小山内がミスしようが何しようが俺たちの勝ちに変わりなんてねーんだからよー」




 二人とも、さーやのことを考えてくれていた。


 それが嬉しくて……ちょっと悔しい。




「ありがとう」


「え? あ、いや。小山内さんをリレーの選手にしたのは僕らのようなものだからさ。あの時も言ったけど、小山内さんは結果よりもただ全力を出し切ってくれれば良いんだよ」


「そうそう。感謝するのはまだ早いぜ」


「さ、僕らの出番までは応援しよう」


「うん」




 さーやたちが話している間に準備は整っていた。


 第一走者の野崎君が位置についている。




「位置について、よーい……」




 パンとピストルの破裂音が鳴り響くと、一斉に走り出した。


 第一走者は瞬発力のある選手が並んでいるみたいで、飛び出しがほとんど動じ。半周してもほとんど横並びだった。


 第二走者、第三走者は各クラスの作戦が現れていた。


 一組は先行逃げ切り型のようで、リレーの選手男女六人のうち男子を三人並べてきている。


 二組は男女を交互に並べてバランスを取り、四組は逆に男子を後半に並べて追い上げるつもりらしい。


 さーやのクラスはちょっと特殊だった。


 等々力がリードを取り、さーやが抜かれた場合、加藤君が追い上げる。


 運動神経抜群の二人に勝負を託していた。


 作戦通り、一組はリードを作って第四走者にバトンを繋いだ。


 次に来たのは、バランス型の二組。


 そして、ほとんど同時にさーやのクラスがエースの一人――等々力へとバトンを繋ぐ。


 歓声がどよめきに変わる。


 等々力は速かった。


 同時に受け取った二組をみるみる引き離し、先行する一組を捉える。


 半周終わったところで並んでしまった。


 さーやたち第五走者がトラックに並ぶ。


 こうなると一組は女子だから不利だった。


 等々力が大きくリードを作って待ち構えるさーやの視界に入ってきた。




「行けー!」




 等々力の合図でさーやは走り出した。


 後ろで開いた掌にバトンの強い感触が感じられる。さーやはそれを握り締めて、さらに足を蹴り出した。


 前に誰もいない中で走るのは気持ちよかった。


 まるで風にでもなったかのようにトラックを駆け抜ける。


 ――だけど、後ろから足音が近づいてくる。


 大きな歓声が悲鳴のように変わる。


 さーやを応援していた声のトーンが変わってしまったのは、さーやが一組の女子に並ばれてしまったからだ。


 男子と比べると遅くても、女子の中では当然平均点のさーやでは太刀打ちできない。


 半周終わる前に、彼女はさーやの前へ出た。


 そしてさらに、足音が近づいてくる。


 大地を蹴り出す力強い音が、男子の足音だと教えてくれた。


 後半追い上げる作戦を立てて男子三人を並べていた四組が二組を抜いてさーやに並んだのだ。


 女子にも負けるさーやに、男子で足の速い人に勝てるわけはなかった。


 あっさり抜いていく。




「さーやちゃん! がんばって! すぐ後ろに!」




 翔華ちゃんの叫び声が聞こえる。


 コースの七割を走り、さーやは自分たちのクラスの応援席の辺りを走っていた。


 息づかいも聞こえてくる。


 翔華ちゃんが教えてくれたとおり、二組の女子がさーやに並ぼうとしていた。


 ここで抜かされたらビリだ。


 二人は全力で走れば良いって言ってくれたけど、だからってそれに甘えたくはない。




「小山内! いつも私たちに口答えしてる時みたいに根性見せなさいよ!」




 それは、源内さんの声だった。


 応援なのか罵倒してるだけなのか。よくわからなかったけど、心が熱くなる。


 負けたくないって気持ちが、さーやの足に力が宿った。




「小山内さん! そのまま!」




 加藤君の声が聞こえる。


 さーやは加藤君の掌だけを見つめて、バトンを前に出した。


 なんとかビリにはならずに加藤君にバトンを繋いだ。




「まー、足が遅い割にはがんばったんじゃねーか」




 トラックの内側に倒れ込みそうになったさーやを等々力が支えた。


 さーやは息を整えるのがやっとで言葉を返すこともできない。




「チェッ! これじゃ正義の勝ちだな。だからアンカーは俺がやりたかったのに」




 アンカーの走りを見ていた等々力が言った。


 さーやも加藤君の走りを見る。


 等々力とどっちが速かったんだっけ。


 そう思うほど加藤君の走り方も軽やかだった。


 半周する間に一位争いをしている四組と一組に並ぶ。


 そこから先は加藤君の一人舞台だった。


 一気に抜きさり、残りの半周はまるでウイニングランのよう。


 二メートル以上離してのぶっちぎりでゴールテープを切った。


 クラスメイトたちが応援席から飛び出し、優勝を決めた加藤君に駆け寄る。


 さーやもその輪に加わろうとしたが、一部の女子たちが応援席に残っているのが見えた。


 源内さんたちだ。


 さーやは応援席に一人だけ戻る。




「ねえ、源内さんたちも行こうよ」


「はあ? 何でよ」




 源内さんは眉をひそめて睨んできたけど、悪意は感じなかった。




「だって、応援してくれたじゃない」


「ば、バッカじゃない! 私が小山内なんかを応援するわけないでしょ!? ただ、小山内のせいで負けるのが嫌だったから文句を言ってやっただけよ」


「でも、源内さんの応援が一番効いたから。ほら、ね」




 さーやが源内さんの手を握って応援席から出る。




「ちょ、ちょっと心愛」




 源内さんの取り巻きたちも困惑しながらも応援席から出てきた。


 源内さんたちを引き連れて、勝利の余韻に浸るクラスメイトの輪に加わる。




「何しに来たんだよ」


「別に、来たくてきたわけじゃないわよ。小山内が勝手に連れてきただけよ」




 文句を言う等々力に源内さんは刺々しい言葉で返したけど、さーやの手を振り払ったりはしなかった。




「まあまあ。僕らのクラスが一番になったんだから、こんな時までケンカすることはないんじゃない」




 輪の中心にいた加藤君がさーやたちの前にやってきた。




「それはそうだけど、でもこいつらは俺らの練習を――」




 さらにつまらない言葉を続けそうになったから、さーやが無理矢理割り込んだ。




「等々力ってつまらないこと根に持つタイプなんだね。自分でスポーツマンとか言ってるからもっとさっぱりした性格だと思ってたのに」


「あのなあ、俺はお前のことを……あ、いや。なんでもねーよ!」


「等々力って本当に……」


「やめろ! 源内! 余計なこと言うんじゃねーよ!」




 二人が何のことを言っているのかよくわからなかったけど、源内さんが等々力を蔑むような目で観たことがおかしくて自然と笑みがこぼれた。


 つられるようにクラスメイトたちが笑う。


 とにかく、さーやは勝ったこと以上に一生懸命最後まで走りきれたことが気持ちよかったから、今はそれでいいやって思った。


 すると、パシャリとフラッシュが踊った。


 いつの間にかカメコさんたちがさーやたちを囲んでいる。




「あの……。ここは撮影会場じゃないんですけど」


「ああ、ごめんなさい。ただ、君たちがあまりに良い表情をしていたものだから、つい。そうだ、写真撮ってもいいですか?」




 思い出したようにカメコさんたちはコスプレスペースでの合い言葉を言う。




「良いですよ。何かポーズのリクエストは――」


「いいわけありません!! 運動会はまだ終わっていないんですよ!!」




 さーやがポーズを取ろうとしたら、先生がコミケのスタッフのようにさーやたちを取り囲んでいたカメコさんたちの間に割り込み、怒鳴った。




「そもそも、なぜ明らかな部外者であるあなた方が運動会に紛れ込んでいるんですか!?」




 そうか。ココアの魔法をサーヤが打ち消してしまったから、先生たちもこの異常な状況に気がついたんだ。


 だけど、それって説明の仕様がない。




「先生、あの……」


「小山内さん! この人たちはあなたとあなたのお父さんの知り合いだそうですね。後できっちり事情を説明してもらいますからね!」


「そ、そんな……」




 結局、そのままカメコさんたちは校内から退場させられた。当たり前だけど。


 そして、運動会が終わった後、さーやとお父さんは先生にたっぷりと怒られた。




 ちなみに、クラス対抗リレーだけでなく、さーやたち白組は総合得点でも赤組に勝ちました。


 なんだか、勝ったのか負けたのか、よくわからない幕切れだったけどね。

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