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「ココア様~!」
校庭は魔法毒モ少女ココアの放った魔法でココアに夢中になってしまった大人たちで溢れかえり、騒然としていた。
……情けないことに、さーやのお父さんもココアを信奉している大人たちに混ざっている。
すぐに助けてあげるからちょっと待っててね。
混乱する校庭から人目を避けるようにさーやは教室へ向かった。
だが、その途中の廊下で立ち止まる。
さすがにこれだけ近くで魔法を使われたからルリカも気付いたみたい。
「さーやさん!」
「ルリカ!」
廊下を飛ぶドールを抱き止める。
「闇の妖精が現れたのですね」
「うん。それじゃ、行くよ!」
――二次元世界、だーい好き!!
さーやが心の中で叫んだその時、ルリカの瞳とさーやの瞳が交差した。
――キラキラリーン。
二人の瞳の輝きが光と音を放って重なり合う。
すると、そこにフリルで装飾された真っ白なパラソルが現れた。
さーやは思わずそれを摑む。
「モエモエ・スウィート・ロリロリター!!」
パラソルはさーやの言葉に反応し、クルクル回る。
パラソルが軌跡を描いた部分に光が舞い降りて――。
――頭には白いヘッドドレス。
――肩には白いケープ。
――全身は真っ白なフリフリのドレス。
――袖口は姫袖に真っ赤なリボン。
――胸にも大きなピンクのリボン。
――スカートの中はパニエにドロワーズ。
――足を包み込むのはエナメル製の真っ白なシューズ。
――まるでショートケーキのお姫様のよう――。
「コ・コ・ア! コ・コ・ア!」
魔法毒モ少女ココアは朝礼台の上に立ってポーズを取っていた。
周りを取り囲むのはさーやのカメコさんたち。
そして、その列の後ろで輪を作っているのは、運動会を見に来たお父さんたちとこの小学校に通う男子全員。
女子やお母さんたちはお父さんや友達の行動を止めたり、あるいは冷めた視線を送ったりと様々だった。
「そこまでよ!」
校舎の屋上から校庭を見下ろしながら叫んだ。
「なに!? お前は! 何者なの!?」
……やっぱり、正義の味方はこうやって格好良く登場しないとね。
みんなの視線がこっちに集まってる。
コスプレで写真を撮ってもらってるときもあれはあれでいいけど、本物は違う。
「……あの、サーヤさん。悦には入るのは後にしませんか? 一応敵の魔法少女が名前を聞いてますよ」
「――え? あれ? そうだった?」
見下ろすと、ココアだけじゃなくて今やココアの取り巻きと化しているさーやの元ファンの視線が痛かった。
サーヤは屋上のフェンスを跳び越える。
パラソルを開き、肩にかけてフワフワと舞い降りる。
一応スカートの中は見られても平気な格好だけど、翻らないように抑えるのが可愛らしさをアピールするポイントだ。
「二次元世界の守護天使――魔法オタク少女ロリータサーヤ!! あなたの萌え心、守ります!!」
地上に降り立ち、ポーズを決めて名乗りを上げた。
「魔法オタク少女――お前が……」
ココアはサーヤを見てもどこか淡々としていた。
まるで、こうなることがわかっていたかのよう。
「あのさ、一応確認なんだけど……源内心愛、さんなんだよね」
「違う! 魔法毒モ少女ココアよ」
「いや、だってその名前がもうすでに……まあ、サーヤも人のことを言えたネーミングセンスじゃないけど」
この状況から悪の妖精に乗っ取られたのは源内さんで間違いないはず。
確かに面影はある。
背格好も似ているし。
ただ、その……顔があまりにも地味すぎる。
正直に言ってしまえば、教室でいつも見ている源内さんとココアを並べて比べてみても同じ人だと言い当てるのは難しいんじゃないだろうか。
「っていうか、魔法少女を名乗るなら、格好だけじゃなくて化粧も派手にすれば良いのに」
「うるさいわね! 変身すると衣装は変わるのに顔は素顔に戻っちゃうのよ。その上に化粧なんて手間がかかってできるわけないでしょ!」
言われてみれば確かに、サーヤも衣装は変わっても顔は素顔のままだった。
「ルリカ、どうしてなの?」
呆れ声でルリカは言葉を返す。
「それを今この場で聞きますか?」
「じゃあ、後で教えてね」
ルリカにウインクで約束し、ココアを見据える。
彼女は心なしか全身が震えているかのようだった。
「あんたたちねぇ。緊張感がなさ過ぎるわ。この前の悪の妖精はあんたのような存在がいるなんて知らなかったから油断したみたいだけど、私はそうはいかないわよ」
ココアの言葉につい鼻で笑ってしまった。
「何よ。その笑みは」
「わかっちゃったのよ。戦う前にもう決着はついてるって」
「なんですって……?」
「自分のことを『悪の妖精』だと認めている時点で、あなたたちに勝ち目はないわ! だって、正義が勝つのはこの世界の必然だから!」
「面白いじゃない。だったら教えてあげるわ! この世界は正義だけが勝つ世の中じゃないって!」
「気をつけてください。彼女はどうやらオタクだけでなく、サーヤさん個人にも強い悪意を抱いているようです」
ルリカがサーヤに耳打ちする。
源内さんに嫌われているってことはわかってるけど、その想いまで魔法の力にプラスされていると言うことか。
でも、こっちだって魔法を使うのも二回目だし。
「大丈夫。サーヤにはもう戦い方はわかってるから」
「……いまいち安心できないのですが……」
ブツブツ文句を言い始めたルリカを遮って、サーヤはパラソルを閉じてココアへ向けた。
「覚悟しなさい! オタク少女魔法――『読者モデルをやってるのにその格好はどうかと思う!』」
「なんですって!?」
パラソルの先から放たれた光にサーヤの魔法の言葉が重なる。
ココアは避けることも忘れて思いきりサーヤの魔法を全身で受け止めた。
源内さんは読者モデルをやっていることにプライドを持っていたみたいだったから、そこをついてやれば隙だらけになると思っていた。
「うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「勝負あったみたいね。あなたが何をしたかったのかよくわからなかったけど、これでみんな元に戻るはず――」
「毒モ少女魔法――『お前のその格好だってロリコンを喜ばせるだけだろうが!』」
「うわわっ!」
サーヤの光を振り払うように闇が放たれて襲いかかる。
バックステップでそれを躱す。
「チッ! よく躱したわね。でも、次はそうはいかないわ」
続け様にココアは闇の魔法を放つ。
「毒モ少女魔法――『コスプレイヤーなんてオタクのオカズが賞賛されるなんて間違ってる!』」
闇の魔法はサーヤくらいの大きさに膨れ上がり、一つの帯になって襲いかかる。
とっさにパラソルを開き、その力をいなす。
「……確かにね。私だって私たちの写真を撮ってるロリコンのお兄さんたちがそれを何に使ってるか、知らないわけじゃない」
きわどい格好をしているコスプレイヤーに人だかりができるのは、男の性みたいなものだってお父さんも言っていたし、私だってそんなことは承知だ。
でも、だからといって私たちはそのためだけに好きなキャラクターの格好をしているわけじゃない。
変身願望や憧れ、キャラクターに対する想いをコスプレという形で表現することもコスプレだから。
「オタク少女魔法――『間違っているのはその考え。コスプレには確かにその一面もある。欲望も変身願望も作品への愛も、全て受け入れるのがコスプレなんだから!!』」
クルリとパラソルを回転させて闇の魔法を躱した手で、振り返りざまに魔法を放つ。
光がサーヤを中心に爆発する。
校庭の全てを包み込み、ココアだけでなくその場にいた人たち全ても飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
力を使いすぎたかも知れない。
サーヤは肩で息を整えながら校庭を見渡すと、サーヤ以外の全ての人が倒れていた。
「う……ん……」
お父さんが頭を振りながらゆっくりと立ち上がった。
それが合図だったかのように、次々と倒れていた人たちが立ち上がる。
「……一体、何がどうなってるんだ」
「お父さん! よかった……」
「さー……いやいや、ロリータサーヤ。何があったんだ?」
サーヤが胸に飛び込もうとしたのに、なぜかお父さんはサーヤの肩を両手で押さえた。
そして、声を潜めて話す。
「さーや。一応さーやとロリータサーヤが同一人物だと認識できるのは俺だけらしいんだから、あまり変身してるときに俺のことを父と呼ぶのはやめておいた方が良いんじゃないか」
「めんどくさいなぁ」
でもまあ、お約束は守らないといけないかな。
「あれ? ここは、どこ……? なんでこんなところにいるんだ……?」
そう零したのはさーやのファンサイトを運営しているカメコさんだった。
「君は、源内心愛って読者モデルのファンで、彼女の運動会を応援しに来ていたみたいだけど」
お父さんが彼の疑問に答えてあげると、カメコさんは益々表情を歪めた。
「……読者モデル? 僕がそんなものに興味を持つわけないじゃないですか。僕はコスプレイヤーさーやのファンですよ……って、あれ? あなたもしかして……」
「どうやら、正気に戻ったみたいだな」
「バカな!! 私の魔法でコスプレイヤーのファンは全て私のファンに取り込んだはずなのに!」
ココアの怒鳴り声に、さーやだけでなくみんなが彼女に振り返った。
衣装はボロボロで見るも無惨な姿に、誰もが同情的な瞳しか向けていない。
地味で目立たない素顔と相まって、何だかサーヤの方が彼女をいじめているみたい。
「だったら、もう一度よ! 毒モ少女魔法――『読モの私の方が注目されるべきなのよ!!』」
両手から放たれた闇が、蛇のようにうごめいてお父さんはカメコさんたちに襲いかかる――が、まるでお父さんたちを守るかのように淡い光の膜が覆っていて、闇の魔法はその前で霧散していった。
「どうして!?」
地団駄を踏むココアに近づいたのはリコさんだった。
「わかりませんか? ロリータサーヤさんが言っていたじゃありませんか。私たちコスプレイヤーは自分が賞賛されるためにコスプレをしているわけではありません。もちろん、それを目的にしている人がいるのも確かですし、男の人だって純粋に作品やキャラを愛しているだけではないでしょう。それでも、その全てを受け入れるのがコスプレという文化なんです」
「そんなの、私は認めない!」
なおも立ち向かおうとするココアに、サーヤは尊敬にも似た感情を抱いた。
だから、決着を付けないといけない。
「退いて。リコさん」
「……どうして、私の名前を……?」
「それはその、もちろん魔法少女だからよ」
危ない危ない。リコさんはお父さんと同じ種類の人間だし、頭が良いからサーヤの正体に気付いてしまうかも知れない。
リコさんを下がらせてサーヤはココアと正面から向かい合った。
「オタク少女魔法――『他人に礼賛されるだけが目的のあなたの魔法は間違ってる!!』」
空から雷のような光が舞い落ちて、ココアを捉えた。
「ギャアアアアアアア!!」
彼女にはもう、それを防ぐ力すら残ってはいなかったのだ。
魔法毒モ少女ココアは源内心愛へと戻っていた。
そして、彼女の中から悪の妖精の気配は完全に消え去った。