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6

 運動会のプログラムにはトラックを上から見た図が描かれている。それは保護者や一年生が迷わないための簡易的な地図だった。


 トラックの外周に大雑把な座席表がある。右側が白組の席で、左側が赤組の席になっている。


 そして、その二つの色を分ける真ん中に保護者用のスペースがあった。


 白組と赤組の席は各クラスごとに大きなレジャーシート(正確にはただのビニールシートかも知れない)が敷かれていて、競技に参加していないときはそこに座って応援する。


 そういえば、さっき自分の席に戻るとき、チラッと保護者用のスペースを見たらお父さんは最前列に座っていた。


 原稿の締め切りをがんばった甲斐があったみたい。


 それなのに、少しだけ浮かない表情をしているのが気になった。


 お昼休みに何かあったのか聞いてみよう。


 運動会のプログラムは順調に進んでいた。


 最初の種目は徒競走。


 一年生から三年生までは五十メートルで、さーやたちの学年からは百メートル走になる。


 各クラスから二人ずつ走るからコースは八コース用意されていた。


 全学年全員参加でも流れるように競技は終わっていくからそんなに時間はかからない。


 ちなみに、さーやは八人中四番目だった。


 この順番でもあまり喜べない。


 徒競走の走る順番はあまり差がつきすぎないように体育で計ったタイム順になっている。さーやは似たようなレベルの中でも今日の調子だと一番になれなかった。


 これは、源内さんに嫌みを言われたようにリレーでは本当に全員に抜かされるかも知れない。


 さーやが最後にバトンを受け取ることはない。


 さーやの前の走者は等々力だから、多分一位争いをしてさーやにバトンが渡るはず。


 その等々力は徒競走で当たり前のように一番だった。


 一番の選手には肩のところに黄色のリボンが付けられる。


 先に自分のクラスの席に座っていたさーやのところに勝ち誇ったような笑みを浮かべて等々力が戻ってきた。




「……なあに? 言いたいことがあるなら言えば良いじゃん」


「お前さぁ、俺らは別に敵じゃねーんだから、もうちょっと素直に褒めても良いんじゃねーの」


「はいはい、凄い凄い」


「ぜってーバカにしてるだろ」


「二人とも、今日は最後にリレーでチームだってことも忘れないでよね」




 睨み合っている間に割って入ってきたのは、こちらもやはり肩のところに小さな黄色いリボンを付けていた加藤君だった。


 この黄色いリボンはただ一番を取った人にだけ贈られるものってだけじゃなく、一人一ポイントで計算されている。


 徒競走のプログラムが終わった時点での白組と赤組の得点はほとんど同点に近かった。


 次は一二年生合同の玉入れだ。


 さーやたちは白組の下級生たちを応援した。


 けど、一番声が上がっていたのは保護者の席だった。


 さすがに初めて小学校の運動会を経験する親たちは気持ちの入り方が違う。


 そして、次は三年生とさーやたち四年生の競技。と言っても合同ではない。


 プログラムの時間的都合で同時に行われるってだけ。


 種目は綱引きだ。


 さーやのクラス――四年三組の相手は四年二組だった。


 同時にトラックの中では四年一組と四組が、三年一組と三組、三年二組と四組が対峙している。




『位置について』




 先生のアナウンスでさーやは縄を掴んだ。


 縄を持つ順番は最初は背の順だったのだが、いつの間にか男女混合で好きな順番で持つことになってしまっていた。


 きっかけは多分、源内さんたちのグループがさーやの近くで縄を持ちたくないとかだったか、あるいは等々力がさーやにちょっかいを出すために後ろを陣取ろうとして加藤君に咎められたからだったからか。


 結局、収拾がつかなくなって好きなところにで縄を持つことになり、それが誰かと重なった場合はジャンケンで決めることになった。


 それでさーやの前には翔華ちゃんが並び、後ろには等々力とのジャンケンで勝った加藤君が並び、加藤君の後ろに等々力が並んだ。その後ろには源内さんたちのグループが並んでいた。


 二組は綺麗に背の順で並んでいるから横から見るとさーやたちのクラスはでこぼこでより不格好に見えると思う。


『レディ、ゴー』の掛け声にピストルの音が重なる。


 さーやは手を強く握り締めて後ろの加藤君に寄りかかるくらいのつもりで倒れ込むように力を足に込めた。




「オーエス、オーエス」




 みんな口々に言うが、その声は保護者席からの歓声にかき消された。


 一年生の競技の時とは明らかに声の質が違う。


 男の野太い声しか聞こえない。


 おまけにそれはたった一人に向けられている。


 入場の時に源内さんに歓声を送ったのと同じ声だった。


 一定のリズムに乗せられた「こ・こ・あ!」の大合唱はさーやのクラスの対戦相手である二組だけでなく、一緒に勝負を繰り広げている他のクラスや学年の子たちも圧倒していた。


 ただ……地面を踏ん張るさーやの足は徐々にだけど確実に前に引きずられていた。


 だって相手は勝つためにきちんと順番を決めて作戦通りに戦っているのだ。


 並ぶ順番がメチャクチャで作戦も何もあったものじゃないさーやのクラスが勝てるはずなかった。


 もう一度ピストルの音が鳴って勝負は終わった。


 さーやのクラスは三メートルくらい相手の陣地に引き込まれての完敗。


 みんなも負けた理由はわかっているようで、この結果に文句を言うクラスメイトはいなかった。


 後は勝ち残った白組のクラスに声援を送るだけ。


 四年生で優勝したのはさーやのクラスに勝った二組で、三年生は三組だった。


 だから、この競技の結果を受けても白組と赤組の点差はほとんど動かないままだった。


 次は五年生と六年生合同の大玉送り。


 大人三人で抱えるほど大きい白の玉と赤の玉を頭の上で運ぶ。トラックに沿うように並んだ白組と赤組の上級生たちの上を半周させる。


 ビニールの大玉は大きさほど重くはないけど、それでもバランスを崩すと列から外れて転がってしまう。


 ピストルの号砲で始まったが、どっちのチームも慎重に大玉を上に挙げた手で送る。




「なんかじれったいなー、もうちょっとこう速く送りゃ良いのに」




 他のクラスメイトは応援しているのに、等々力はイライラするようにそう言った。




「仕方ないんじゃない。速く運ぼうとすると列から外れるだろうし。それに、綱引きで作戦も立てずに惨敗した僕らが言えることじゃないよ」




 呆れるように加藤君がそう言葉を返した。




「あれは……それこそしかたないだろ。背の順なんかにしたらあいつの前後に他の男子が並ぶことになるんだぞ。お前はそれでいいのかよ」


「だから僕もジャンケンに賛成したんじゃないか」


「だろ? それを今さらあれこれ言ったってしょうがねーってこと」


「それって、何の話?」




 いまいち等々力と加藤君の会話の意味がわからなかったので説明して欲しかったのだが、二人とも複雑な表情を浮かべたまま口をつぐんだ。


 ピストルが鳴り、大玉送りは終わった。


 結果は、ほんのわずかで赤組の勝利だった。


 これで午前中のプログラムは終了だ。


 大玉送りの分、白組と赤組には差がついてしまった。


 これは午後の競技……特に得点が倍になるリレーでがんばらなければならないみたいだ。


 それにはしっかりと昼食を取らないといけない。


 クラスのレジャーシートから離れて保護者席へ向かおうとしたら、お弁当箱を持った翔華ちゃんが近づいてきた。




「さーやちゃん、お弁当はお父さんと食べるんですよね」


「うん」


「私もお母さんたちのところで食べますから、また後で会いましょう」




 そう言って保護者席へと向かった。




「なんだよお前、まさか弁当忘れたのか?」




 手ぶらで突っ立っていたからか、等々力がお弁当箱? を肩から提げていた。


 なぜ疑問符がついてしまったかというと、それが本当に弁当なのか自信が持てなかった。


 水筒を三倍くらい太めにした筒状の形をしている。


 水筒は水筒で持っているから多分、弁当箱なのだろう。




「忘れたわけじゃないわよ。お父さんが用意してるの。それよりも、等々力のそれって弁当箱なの?」


「ああ、これか。当たり前だろ。これに入れとくとご飯とか味噌汁が温かいままなんだぜ。確か……なんつったっけな……なんとかランチ……えーと」


「保温ランチジャー」


「そうそう、そんな名前だったっけ」




 普通の弁当箱を持った加藤君が正解を教えてくれた。




「でも、そんなに食べて平気なの? その弁当箱って大人でも体力仕事の人が使う弁当箱だよ。食べ過ぎて動けなくなったら、リレーで勝てないだけじゃなくて小山内さんにも迷惑をかけることになるからね」


「はははっ! 余計な心配だぜ。むしろこれくらい食べないと後半だって体力持たねーよ」


「加藤君、今日の等々力に皮肉は通じないよ」


「そうみたいだね。ま、調子が良いなら言うことないよ」


「それより、加藤君もお弁当持って保護者席に行くの?」


「ああ……いや、小山内さんは? お弁当持ってないけど、忘れたわけじゃないよね」


「お父さんが用意してるみたいだから、取りにいこうと思って」


「そっか、もしよかったら僕も同席させてもらって良いかな」


「え、でも加藤君のお母さんも来てるんじゃないの?」


「僕の母はPTAだからね。先生方と食べることになってるみたい」




 今日はほとんどのクラスメイトが親と昼食を食べている。


 親がそういう事情だと、加藤君も友達と食べるのは難しいみたいだ。


 そんな中一人で食べても味気ないだろうし。




「いいよ」


「おいおい、ちょっと待て。だったら俺も行くぞ」




 加藤君と一緒にお父さんのところへ向かおうとしたら等々力までついてきた。




「等々力はお父さんとお母さんが来てるんでしょ。だったら、そっちで食べなよ」


「良いんだよ、俺は。今さら親子で飯を食うなんて恥ずかしいし」




 その割にはきっと母親特製であるお弁当を大事そうに抱えているけど。


 これ以上くだらない言い争いをしているとせっかくの昼休みが無駄になってしまう。


 仕方なく等々力も連れて行くことにした。


 お父さんの席は最前列だったのですぐに見つかった。




「こんにちわ、さーやちゃん。あら? 後ろの二人はボーイフレンドですか?」




 爽やかな笑顔を向けてきたのはリコさんだった。


 何を聞いたら良いのか。


 でも取り敢えず最初に言っておくべきことはリコさんの疑問に対する答え。




「違うよ。二人ともただのクラスメイト。こっちが運動だけが取り柄の等々力で、こっちが学級委員の加藤君」


「等々力君に加藤君ね。初めまして、中野理恵子です。さーやちゃんの友達で……えーとどう説明したら良いんでしょう……」




 大学生と小学生が友達であるというのは世間一般的には理解してもらえないのかも知れないが、この二人はさーやがオタクだって知ってるから説明するのは簡単だ。




「リコさん。この二人はさーやがコスプレイヤーだって知ってるから大丈夫だよ」


「あ、そうでしたか。さーやちゃんとは去年の夏コミでコスプレを通じて知り合ったんですよ」


「あ、はぁ……」


「そうだったんですか……」




 等々力も加藤君もリコさんを見たまま頬を赤くしてうつむき加減に頷いただけだった。


 美人に弱いのは大人のお父さんだけじゃないらしい。


 男なんてみんなこんなもんなんだろう。


 っと、それよりもどうしてここにリコさんがいるのか、だ。




「あ、さーやちゃん。お弁当作って持ってきたんですよ。みんなで食べましょう」




 そう言って、トートバッグからお弁当箱を取り出した。


 その数は三つ。




「……お父さん、まさかリコさんにお弁当を作ってもらうためだけにここに呼んだの?」




 さすがにそれは非常識だ。




「いや、別にそう言うわけじゃ……」




 しどろもどろに言い訳する辺りが情けない。


 学校の行事に関係ないリコさんを巻き込むくらいならさーやが用意したのに、それを黙っていたことも許せなかった。




「あのねぇ――」


「ストップ。さーやちゃん、私は別に小山内先生に頼まれたから作ってきたわけじゃないんですよ」


「え?」




 ニコニコと笑顔のままリコさんは言った。




「せっかくの運動会にコンビニのお弁当を持っていくつもりだったようなので、私から作って持っていきますと言ったんです」




 やっぱり、コンビニで用意するつもりだったんだ。


 それならそうといってくれればさーやが作ったのに。




「さーやちゃんは今日、リレーに出るんですよね」


「うん……」


「そのために毎日練習してるから、お弁当の用意までさせたくなかったんですよ。私に気を遣ってもらうのも悪いからって断られたんですけど、さーやちゃんのためだって言って勝手に用意しちゃいました」




 お父さんを見ると、恥ずかしそうに目を逸らした。


 リコさんが言っていることは本当のことだろう。全てさーやのためを思ってやってくれたことだってわかったらもう何も言えないじゃない。




「リコさん、ありがとう。それから……お父さんも」


「それじゃ、食べましょうか」


「うん。あ、等々力と加藤君も一緒で良いよね」


「私は構いませんよ」


「ほら、二人ともそんなところで立ってると邪魔だよ」




 いつまでリコさんに見とれているのか、さーやがそう言うと我に返ったように二人とも靴を脱いでレジャーシートの上に上がった。




「えと、お邪魔します」




 加藤君はさすがにきちんと挨拶をしたが、等々力はまだどことなく緊張しているみたいだった。


 さーやたちは五人で輪になってお弁当を食べた。


 お弁当の中身はメインがおかかと鮭と梅干しのおにぎり。


 おかずは甘い味付けの厚焼き卵に、ミニハンバーグと鶏の唐揚げ。それからプチトマトが二つ。


 デザートに巨峰まで入っている。


 味も見た目もあまりに完璧すぎて嬉しいどころか軽く嫉妬さえしてしまうほどだった。


 さーやもこれくらい料理が上手になりたい。


 今度、リコさんに教えてもらおうかな。




「さーや、ちょっと良いか?」




 リコさんがトートバッグに空になった弁当箱をかたづけていると、お父さんが少しだけ真面目な顔をしていった。




「なあに?」


「いや、ここじゃちょっと……」




 さーやにだけ聞こえるように耳打ちする。




「もしかして、トイレ? それだったら校舎に入って――」


「連れてって欲しいんだけど」




 トイレぐらいでそんなはっきり言わなくても。大人なんだから迷子になるなんてありえないだろうし。


 そう言い返したかったけど、何だか可哀想だったので言うとおりにしてあげることにした。




「それじゃ、リコさん。悪いけど」


「いえ、気にしないでください。どうぞ、ごゆっくり」


「それじゃ、僕らも自分たちの席に戻ってるね」




 さーやとお父さんが立ち上がると、加藤君もそう言った。




「ほら、等々力君。行くよ」


「え、あ、ああ」




 呆けたままの等々力の腕を掴んで立ち上がらせる。




「それじゃ、お邪魔しました」




 そう言って等々力を引きずるようにして、保護者席を離れていった。


 等々力の奴、あの調子で大丈夫なのかな……。




「さーや、早くしてくれないとお昼休みが終わっちまう」


「はいはい」




 呆れながら返事をして、さーやたちも保護者席から離れて校舎に向かおうとした。


 ――が、お父さんが急にさーやの手を握って逆方向へ歩き出した。




「ちょっと、どこ行くの? 校舎はこっちだよ」


「あのな、トイレなんかさーやと一緒に行くわけないだろう」




 …………それもそうか。だとしたら……。




「妙なことがある。保護者用のスペースが満席なのは気付いているよな」




 お父さんとさーやは保護者用のスペースから離れ、校庭のフェンスからそっちを見渡していた。




「それは、クラスメイトの中でも話題になってるし。でも、読者モデルをやってる源内さんのファンが来てるってことでしょ」




 源内さんが競技に参加するたびにアイドル並みの声援を受けているのだから気付かないはずがない。




「問題はそこじゃないんだ。その読者モデルのファンの中に、さーやのファンだったカメコたちがいる。それに、俺のサークルの常連もな」


「それって、どういうこと……?」


「わからない。だから確かめてみようと思ってな」




 それでさーやを連れ出したのか。


 お父さんと向かったのは保護者用スペースの一角。


 そこだけ異様な雰囲気だった。


 男のそれも二十代から三十代くらいの人ばかり。




「ちょっと、ここで待ってろ」




 そう言ってお父さんは一人で源内さんのファンの中へ分け入った。


 そこだけまるで満員電車のようだから、さーやが行っても邪魔になるだけだ。


 大人しく待っているしかなかった。


 程なくしてお父さんは見覚えのある人を連れて出てきた。


 さーやのファンサイトを運営していて、いつもさーやのコスプレ写真を取りに来るカメコさんだった。




「なんなんですか、一体」




 覇気のない瞳でお父さんに抗議していた。




「それはこっちのセリフだ。どうして君がここにいるんだ」


「決まってるじゃないですか。僕らは心愛ちゃんのファンだから」


「そうじゃないだろう。君はコスプレイヤー、さーやのファンだったはずだ」


「……何を言ってるんですか? コスプレ? そんなオタクが趣味の子なんて気持ち悪い」




 そう言うと、冷めた瞳で一瞥してから源内さんのファンが占拠しているスペースに戻っていった。




「どうなってるんだ? さーやはどう思う」




 あの瞳は、どこかで見覚えがある。


 どこでだったか……。




「わからないけど、ただ趣味が変わったってわけじゃなさそう」


「だよな。ってことは、悪の妖精が――」




 お父さんの声をチャイムが遮った。


 お昼休みが終わってしまった。




「ごめん、戻らないと」


「ああ、そうだな。でも、気をつけろよ。あいつらが悪の妖精の力で読者モデルのファンになったのなら、何が起こっても不思議じゃない」




 さーやは深く頷いて自分のクラスへと戻った。




 お昼休みの後は白組赤組による応援合戦。


 食後にすぐ競技だと体調を崩す人もいるからだろう。


 それぞれの色の代表者である六年生の男子が袴にはちまき姿でお互いのチームを鼓舞し、相手チームの健闘をたたえ合う。


 さーやたちは手拍子を合わせるくらい。


 だから、どうしても意識が保護者用のスペースへ向かってしまう。


 だけど、いくら見ていても源内さんが登場しないところではただ大人しく見ているだけで何かが起こるようなそぶりすら見えなかった。




 応援合戦の後は一年生と二年生合同の花笠踊り。


 これはもちろん得点競技じゃないからある意味応援合戦の延長のようなもの。


 まあ、一年生の親なんかは今日一番の盛り上がりを見せているけれど。


 その次が五年生の騎馬戦。


 そして、六年生の組み体操と続く。


 ちなみに得点は五年生ががんばってくれたお陰で再び僅差に戻した。


 この様子だと、やっぱり最後のリレーに勝ち負けが絡みそうだった。


 でもその前に、微々たる得点でも稼いでおくべきだろう。


 組み体操の後は三年生の二人三脚で、その次がさーやたち四年生の競技――借り物競走だった。


 こうして改めてプログラムを見ると、後半戦はギャラリーである保護者を楽しませるような競技ばかりだった。




「おい、何ぼーっとしてんだ? そろそろ東門のところへ集合だぞ」




 等々力に言われてさーやはプログラムから顔を上げた。


 すでにほとんどのクラスメイトが準備を終えて集合場所へと向かっていた。


 さーやも慌てて等々力の後を追った。




 借り物競走も徒競走と同じで各クラス二人ずつの計八人でスタートする。


 ただ、徒競走と違って走る順番は適当だった。


 借り物競走は競争と書かれてはいるけど、走る速さはあまり関係ない。


 というか、どれだけウケるかを競うようなものじゃないかと思う。


 さーやの出番はすぐに回ってきた。




「位置について、よーい」




 パンと、ピストルの音が鳴り響き、みんな一斉に走り出す。


 とは言ってもスタートから二十メートルのところにお題目の紙が置かれているからすぐにスピードを落とすことになる。


 さーやは右から三番目の紙を拾った。


 三つ折りにされた紙を開くと[美人のお姉さん]と書かれてあった。


 これって、お題目としてどうなんだろう。


 美人って、人によって違うと思うけどな。


 でもまあ、今この場でさーやがすぐに見つけられる美人は一人しかいなかった。


 脇目も振らずにお父さんの座っている場所を目指す。




「な、なんだ? どうした?」


「リコさん、一緒に来て」




 そう言って手を出すと、リコさんは優しく握り返してきた。




「まだ、他の人たちは借り物が見つかっていないようですね。一番を取っちゃいましょう」




 さーやはリコさんに引っ張られるようにして一番でゴールテープを切った。


 ゴールすると、審査員役の先生が駆け寄ってくる。


 お題目にあっているもの(さーやの場合は人だったけど)を借りてきたかどうか確かめるのだ。


 もちろん、間違っていると失格になる。


 さーやはお題目の紙を先生に渡した。




『えー、お題目は[美人のお姉さん]ですね。た、確かに』




 先生がマイクでお題目を説明すると、驚いたのはリコさんの方だった。




『え? さーやちゃん。そんなお題目だったんですか?』




 リコさんの美しさは遠目でもわかるほどのオーラがあると思う。


 先生の狼狽えぶりもリコさんがお題目通りの美人だと言うことの証明になった。


 そのせいか、ギャラリーが沸いてさーやたちに歓声を送ってくれた。




 ――その時だった。


 トラックの内側に借り物競走の順番待ちをする列がある。


 ついさっきまでさーやがいたところだ。


 もちろんまだ借り物競走は始まったばかりだからクラスメイトたちもたくさんそこで待機している。


 その列の中から大きな闇が広がった。




『黙りなさいっ!!』




 闇の中心から一人の少女が空へ舞い上がる。


 黒いビキニの鎧に赤いマント。角のような冠をかぶり、足には黒いロングブーツ。


 ただ……派手な衣装に反して、顔は地味だった。




「……やっぱり、悪の妖精のセンスってどこかおかしいと思う」




 思わずそう独り言をこぼしたくなるほどちぐはぐな格好だった。




『私の名は、魔法毒モ少女ココア。世の中の男たちはみんなキモイオタクじゃなくて私に夢中になれば良いのよ!』

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