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 それから約一週間、さーやは源内さんのことを注意していたけど何事も起こらなかった。


 いや、いつものように悪口を言われたり絡まれたりはしたけど、それ以上のことは何もなかった。


 そして――迎えた運動会当日。快晴……とはならなかった。


 雨こそ降ってはいないけど、雲が厚い。


 お父さんは暑くなくていいって言ってたけど、さーやはちょっと残念だった。




「それじゃ、俺は先に行くぞ」


「うん、行ってらっしゃい」




 朝の六時半。いつもならお父さんはこれから寝る時間だけど、今日は運動会の場所取りのためにさーやよりも早くに家を出て行った。


 原稿は二日前に終わらせていて、昨日から場所取りのために早起きする準備までしていたのだ。


 さーやはいつものように顔を洗ってトーストと目玉焼きを用意する。




「信志さんは、随分と気合いが入っているんですね。ですが、運動会はさーやさんたちが参加するもので、信志さんは見るだけ……でしたよね」




 ルリカがダイニングテーブルに座りながら不思議そうに聞いてきた。




「まあね。でも、世の中のお父さんお母さんは自分の子供が活躍する姿を誰よりも映像や写真に残したいんだって」


「そういうものなのでしょうか」




 二次元の妖精にはいまいち伝わっていないようだった。




「それにしても、どうしてこう学校の行事って日曜日にやるんだろう」




 先月の授業参観に続き、今月もリアルタイムでニチアサが見られない。


 先生たちはさーやたちの心をちっとも理解してくれないのだ。




「そうだ、ルリカ。今日はランドセル持っていかないけど、この袋の中に隠れててもらえるかな」




 体操服が入っている袋の中に入ってもらう。


 袋の形がやや大きくなっているが、仕方ない。


 六分の一ドールって持ち運びしようと思うと意外と大きい。


 ルリカの本体は二次元の妖精だからもう少し持ち運びしやすいフィギュアとかに乗り移ることもできるらしいけど、さーやがそれを拒絶した。


 だって、やっぱりドールの瑠璃華とお話ができるっていうことの方が重要だった。


 中身が二次元の妖精でもさ。


 さーやは家に鍵をかけて、ルリカと体操服の入った袋だけを持って集団登校の集合場所へ行った。




「おはよう、翔華ちゃん」


「おはようございます……あの、さーやちゃん。お弁当は?」




 挨拶を交わすなり、心配そうに翔華ちゃんが言った。




「それが、お父さんが用意するから作らなくて良いって」


「それは、よかったね」


「う~ん、どうだろう」




 お父さんは昨日の夜九時にはさっさと寝てしまった。


 もちろん、お弁当の仕込みなんかしていない。


 今朝だって、レジャーシートとビデオだけ持って出ていった。


 と言うことは、きっとどこかのコンビニで買っているんだろう。


 まあ、不味いってことはないと思うけど、コンビニの弁当が嬉しいかどうかと聞かれたら、曖昧な返事しかできなかった。


 さーやと翔華ちゃんが話をしていると、もう一人通学班のメンバー(上級生)が集まって、出発した。


 いつも見ている光景だけど、みんなランドセルを背負っていないというだけで少しだけ雰囲気が違う。


 さーやもちょっとウキウキしてきた。


 何しろリレーの選手だ。


 今から楽しみだった。




 お祭りのような雰囲気はさーやだけじゃなく、クラスだけでもなく、学校全体がそういう雰囲気に包まれていた。




「おはよー」




 教室に入ると、みんな体操服に着替えている最中だった。




「おはよう、じゃねー。おせーよ、小山内」




 そう言って体操服のまま挨拶を交わしてきたのは等々力だった。




「うそ、等々力がさーやよりも先に来て準備もできてる」


「当たり前だろ。今日は俺のための日のようなもんだからな」


「典型的な運動バカだもんね」


「バカじゃねーよ。スポーツマンっていうんだぜ」




 今日の等々力には皮肉を言ってもケンカにはならなかった。


 それだけ運動会が楽しみなのだろう。




「おはよう、小山内さん」


「おはよう、加藤君」




 加藤君もすでに体操服に着替えて、準備万端だけど、加藤君の場合はいつでも人のお手本になるような行動しか取らないから珍しくもなんともなかった。




「みんな、着替えが終わった人から校庭に出て! 僕らのクラスの集合場所は東門のところだからね」




 今日は朝礼はない。


 出欠は運動会の入場門のところで先生が確認することになっている。


 そして、さーやたちのクラスは白組だったから東門から入場することになっていた。


 もう何度も体育の時間に練習していたから、言われなくてもみんなわかっている。




「ほら、等々力君も行くよ。それとも、小山内さんの着替えてるところを見ていたいわけじゃないよね」


「な、何馬鹿なこと言ってやがる。こんな奴の着替えなんて見たいわけねーだろ」




 耳まで顔を真っ赤にさせて等々力はズンズンとがに股で教室から出て行った。




「じゃ、僕も先に行っているから。東門で」


「うん。ありがとう」




 別に等々力に見られても恥ずかしくはないけど、気を遣ってくれたことには感謝の気持ちはあった。


 加藤君の呼びかけで教室に残っているクラスメイトはわずかだった。


 さーやと翔華ちゃんと野崎さんと田口君と……。


 数えている時間が惜しい。


 さーやもすぐに着替えた。


 先に着替え終えていた翔華ちゃんと一緒に教室を出る。


 ドアを開けると、ちょうど源内さんが向かってきた。




「おはよう」




 さーやが挨拶すると、源内さんは鼻で笑ってさーやを退かすようにして教室へ入った。


 いつもならそれ以上のことは何もないのだが、今日は違った。




「ねえ、今日のリレー楽しみにしてるわよ」


「え……」




 さーやのことを嫌ってるはずの源内さんがそんなことを言うとは思っていなかった。




「みんなに抜かされて不様な姿を晒せば良いわ」




 ……やっぱり、源内さんは源内さんだった。




「そう、忠告ありがとう。そうならないように全力でがんばるから、応援よろしくね」




 だからこっちもお返しに満面の笑顔で返してあげた。




「ふんっ」




 源内さんは面白くなさそうな顔をして自分の席へと向かった。


 さーやは今度こそ翔華ちゃんと一緒に東門へ向かった。


 東門には各学年の三組と四組が集合している。


 さーやのクラスはすぐにわかった。


 先生だけでなく学級委員の加藤君も一緒に点呼を取っているからわかりやすい。


 すぐに自分のクラスの列に加わる。




「さーやちゃん。私は応援してるから」




 隣りに座った翔華ちゃんが不意にそう言った。




「え? 何のこと?」


「もちろん、リレーよ」


「ああ、うん。ありがとう。でも、きっと等々力とか加藤君を応援した方が良いと思うよ」




 一応練習はしたけど、それでも急激に足が速くなったりはしない。


 できる限りのことはするつもりだけど、勝ち負けって意味では貢献できないことはわかっている。




「ま、そうだな。とにかく小山内はバトンを落としたり転ばなけりゃ良いんだよ」




 どこでさーやたちの話を聞いていたのか、いつの間にかさーやの隣りに等々力が来て言った。




「わかってるって」


「そんなことよりもよ。知ってるか?」


「何が?」




 等々力が変なものでも見るような目で声を潜めて聞いてきたが、いきなりそう言われても何のことかまったくわからない。


 これだからバカは困る。




「いや、それがよう。なんか俺たちの親の席が妙なことになってるらしいぜ」




 等々力の話は言葉が足りないし説明の仕方も大雑把すぎて意味不明だった。




「それじゃ、何のことかまったくわからないじゃない」


「僕が説明するよ」




 そう言って等々力の後ろに加藤君が体育座りした。




「あれ? もう良いの?」


「うん、僕のクラスはみんな出席が取れたから。後は他のクラス待ち」




 周りを見るとすでに上級生のクラスは整列が終わっていた。


 列の前で忙しなく動いているのは一年生や二年生の担任ばかりだった。




「それで、何がどうなってるの?」


「保護者用のスペースがあるでしょ。そこが例年にないくらい満席らしい。それも、どうやら部外者が紛れ込んでるんじゃないかって言ってる」


「それって、大丈夫なの?」


「いや、それが人数が多いから全員の身元を確認するのが難しいし、そもそも僕らの両親だって全員が全員身分証を持ってきてるわけじゃないでしょ。だから、部外者だけを見つけて帰ってもらうってわけにもいかないみたい」


「なんか、嫌な感じだね」


「うん、小山内さんは特に気をつけた方が良いかもしれない」


「その必要はねーだろ。こいつはコスプレ写真をロリコンの大人たちに撮らせてるんだし」




 加藤君の深刻そうな表情とは対照的に等々力はあっけらかんと言った。




「コスプレの写真はみんなルールを守って礼儀正しく撮影してるんだから良いの。こういうところで盗撮するのとは意味が違うよ」




 ……まあ、さーやの写真を撮っているカメコさんたちがロリコンではない、とは言えないからそこは否定できないけど。


 どんよりと重そうな雲が一層のしかかってくるような感覚だった。




『それではこれより、選手の入場です』




 空を見上げていると、アナウンスが聞こえてきた。


 どうやら下級生たちも整列できたみたい。


 さーやたちも立ち上がって順番を待つ。


 校庭には東側と西側から入ることができるのだが、普段はそこには入り口はない。


 校舎と校庭を仕切るのは一本の舗装された道路だけ。


 ただ、運動会の時だけは白い門と赤い門が作られる。


 木製の張りぼての門。色を塗ったり紙で作った花をあしらったりしたのはもちろんさーやたちが図工の時間で行った。


 一年生から順番に白い門を誇らしげにくぐっていく。


 さーやも門をくぐるとき、自分が作った花がどの辺だったか思わず確認してしまった。


 すると、突然の大歓声がお父さんたちの席から沸き起こった。


 一体何事かと、さーやだけでなく先生も驚いていた。




『こ・こ・あ! こ・こ・あ!』




 まるでアイドルに向けた掛け声のように、統率の取れた声が重なる。


 誰のことを呼んでいるのか、さーやとさーやのクラスメイトにはすぐにわかった。


 心愛という特徴的な名前はそうはいないだろう。


 そして、源内さんは読者モデルもやっている。きっと源内さんのファンが歓声を上げているのだ。


 保護者用のスペースが満席だったのは、源内さんのファンが紛れ込んでいたからだ。


 手が空いている先生が何人か保護者用のスペースへ向かった。


 まだ入場が続いているさーやたちのところまで先生が何を言っているのかその声は届かないが、歓声が小さくなってきたことから騒がないように注意しているんだろうなと思った。


 さーやたちは校庭のトラックの中に整列している。


 階段付きの朝礼台と校舎に向かい合っているから、もう保護者用のスペースをじろじろ見ることはできなかった。




「加藤君、保護者用のスペースが満席になっていた理由がわかったね」




 五年生がさーやたちの列の隣りに並び始めたから小声で話す。




「……そうだね。でも、源内さんのファンはどう考えても部外者だけど、良いのかな……」


「源内さんのファンなら変なことはしないんじゃない。源内さんの評判に関わるようなことをファンがするとも思えないし」


「……それもそうかも知れないね」


『それでは、運動会の開会式を始めます』




 さーやは慌てて口をつぐんだ。右側をチラリと見るとすでに六年生も整列していた。


 朝礼台に児童会長が上がる。


 そして、右手を挙げてマイクに向かって選手宣誓をした。




『僕たちはスポーツマンシップに則り――』




 信志は朝からというか、昨日の夜から張り切ったお陰で保護者用のスペースの最前列にレジャーシートを広げることができた。


 編集部から借りてきたビデオカメラもセットして準備は万端で、選手の入場から今まさに目の前で行われている選手宣誓もバッチリ映っている。


 ただ、さーやの入場する姿はあまり集中して見ることができなかった。


 さーやのクラスが入場するときにこの保護者席の一部分からアイドルのコールにも似た歓声が上がってそっちに意識がいってしまった。


 どうやらさーやのクラスには読者モデルをやっている子がいて、その子のファンらしいが……思いっきり部外者だがつまみ出さなくて良いのだろうか。


 先生も騒がないようにだけ注意しただけで、追い出したりはしなかった。


 ここは運動会の保護者席で、アイドルの劇場じゃないんだがな。


 ただ、気になったのはそれだけじゃない。


 読者モデルのファンたちが陣取っているスペースに見覚えのあるような顔がいくつかあったのだ。


 近くに行って確認したいところだが、これだけ混雑しているとそれもなかなか難しい。


 でもあれは見間違いではないと思う。


 イベントで何度も見たことがある顔だった。


 信志のサークルの常連であり、コスプレイヤーとしてのさーやのファン。


 さーやのファンサイトを運営していたカメコも混ざっていたと思う。


 お昼休みにでもさーやを連れて確かめてみるべきだろう。

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