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「感心してる場合じゃありません! さーやさん」
「へ? ああ、ごめん」
「行きますよ!」
「うん、待ってました!!」
――二次元世界、だーい好き!!
さーやが心の中で叫んだその時、ルリカの瞳とさーやの瞳が交差した。
――キラキラリーン。
二人の瞳の輝きが光と音を放って重なり合う。
すると、そこにフリルで装飾された真っ白なパラソルが現れた。
さーやは思わずそれを摑む。
「{モエモエ・スウィート・ロリロリター}」
パラソルはさーやの言葉に反応し、クルクル回る。
パラソルが軌跡を描いた部分に光が舞い降りて――。
――頭には白いヘッドドレス。
――肩には白いケープ。
――全身は真っ白なフリフリのドレス。
――袖口は姫袖に真っ赤なリボン。
――胸にも大きなピンクのリボン。
――スカートの中はパニエにドロワーズ。
――足を包み込むのはエナメル製の真っ白なシューズ。
――まるでショートケーキのお姫様のよう――。
甘ロリファッションに包まれたさーやは、パラソルを肩にかけてポーズを取った。
「二次元世界の守護天使――魔法オタク少女ロリータサーヤ!! あなたの萌え心、守ります!!」
「どうでもいいですけど、作者はずいぶん楽をしていませんか? これはほとんど最初の変身シーンのコピペでは……」
「ルリカ。変身シーンなんてどんなアニメもバンクシーンなんだから、コピペで当然なのよ。気にする必要はないわ」
サーヤは自信たっぷりにそう言いきると、パラソルを閉じて魔法きょうせいさいきょういく……呼びづらい。
とにかくサーヤはトモコにパラソルを向けた。
「さあ、覚悟しなさい!」
「……くっ、魔法オタク少女ですって……?」
うろたえるトモコ。
「………………」
サーヤはトモコを見据えたまま……様子を窺うだけだった。
そういえば、啖呵を切ったのはいいんだけど、具体的にどうすればいいんだろう。
「ね、ねえ。ルリカ」
「どうしましたか?」
「戦うって、具体的に何をすればいいの?」
「へ?」
ルリカの目が点になって、呆れていた。
「お、おい。お前たち、何をコソコソ話してるのよ」
緊張感にたまりかねたのか、トモコが聞いてきた。
「トモコ!!」
再びパラソルを向ける。
「――――!!」
トモコがサーヤの言葉に反応するかのように、身構えた。
「ちょっとタイム」
「――――どわっ!」
昔のお笑い芸人よろしく、トモコはその場に頭からずっこけた。
――さすがだ。なかなかよくお約束というものをわかっている。
「って、ルリカまでずっこけてないでよ」
「……ワタシは、もしかしたらものすごく人選を間違えたのかも知れません」
「それって、この状況で思うこと?」
「それを言うなら、戦い方は今さら聞くことですか?」
「でもさあ、変身する方法は教えてもらったけど、具体的にどう戦うのかは教えてもらってなかった気がするけど」
「……変身できるなら、勝手に理解しているものだと思っていました」
「わからないよ。教えてくれなくちゃ」
「……これが、ゆとり教育の弊害というやつでしょうか」
「大丈夫、ゆとり教育はもう終わったんだから」
「わかりました。それでは簡潔に説明します。今のサーヤさんには、魔法が使えるはずです。それを悪の妖精に支配されてしまった人間にぶつければ、宿っている悪の妖精を打ち倒すことができるはずです」
「魔法って……それがいまいちよくわからないんだけど。なのはみたいに砲撃するってこと? それともセーラームーンみたいに浄化させる光を放つってこと? それともどれみみたいに呪文とか唱えて願いを込めるってこと?」
「ち、違います。ワタシたちが使う魔法というのは――」
「何をごちゃごちゃと!!」
あ、トモコが復活した。
顔を床にぶつけて真っ赤にさせたトモコが、それをさらに塗り替えてしまうくらい怒りで赤くさせていた。
「喰らいなさい! 矯正再教育ママ魔法――{漫画を読むとバカになります}!!」
言葉が闇と混ざり合ってサーヤとルリカに襲いかかる。
「うわっ!」
慌てて飛び退くサーヤと、天井まで飛び上がって避けるルリカ。
「サーヤさん! 二次元世界の妖精の力は、想いに魔法を与えることです!!」
「なんとなくわかったわ!」
「隙だらけよ! 魔法オタク少女ロリータサーヤ!」
ルリカに返事をするちょっとの間も逃さず、トモコが襲いかかってきた。
「矯正再教育ママ魔法――{オタクは社会の敵であり、オタクを生み出す漫画なんてものは子供の健全な成長を阻害する}!!」
「サーヤさん!! それをまともに喰らってはいけません!! 想いに込められた魔法は、それを喰らった者の心を侵食してしまう!!」
そんなこと言われても、避けられない!
とっさにそう思ったサーヤは、身を守るようにパラソルを開いて受け止めた。
「うあああああああ!!」
「サーヤさん!!」
「クククッ……ハーッハッハッハッハッ! 魔法オタク少女、恐るるに足りぬわ!」
机の上で勝ち誇ったかのようにトモコはポーズを取っていた。
「………………」
サーヤは、声も出せなかった。
「……フッ……後はそこの妖精を消してしまえば、この世界は我ら悪の妖精の思うがまま。二次元世界など、悪意で染めてくれるわ!」
なんて言ったらいいんだろう。
そうだ、拍子抜け。
あまりにルリカが必死に叫ぶものだから、何かとんでもないことが起こるんじゃないかと思っていたのに……。
「ねえ、今の言葉って、本当に魔法が込められてたの?」
「な、何!?」
まるで何事もなかったかのようにサーヤが話しかけたら、こっちがビックリするくらいトモコは驚いていた。
「サーヤさん! 無事だったんですか!?」
「見ての通り」
「き、貴様……いったい……!」
なんかよくわからないほどトモコがびびってるけど、これはチャンスだよね。
「それじゃあ、行くよ。オタク少女魔法――{いろんな価値観を認めない教育じゃ、心が豊かな人間は育たない}!!」
想いが言葉となり、言葉に魔法が込められる。
光となった想いの魔法は、職員室の中を余すことなく照らす。
当然、トモコに逃げる場所はなく――。
「ぎゃああああああああああ!!」
思いきり光を浴びて、悪の妖精の魔法が全て失われた。
その場に倒れたトモコ――いや、加藤君のお母さんは授業参観で着ていたスーツ姿に戻っていた。
「……ねえ、ルリカ。加藤君のお母さんは、死んじゃったの?」
「いいえ、気絶しているだけです」
「そっか……」
「サ、サーヤさん。見てください」
ルリカに言われて辺りを見回すと、子供にされていた先生たちもみな元の姿に戻っていた。
……気絶しているみたいだけど。
「帰ろっか」
「はい」
サーヤとルリカは、先生たちを起こさないようにそっと学校を後にした。