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8

「――――――!!」


 一二年生が使っている新校舎と、三年生以上が使っている旧校舎の渡り廊下に来た辺りで、どこからと

もなく大人の声が聞こえたような気がした。


「さーやさん?」

「ルリカも聞こえた?」

「え、ええ」

 だけど、どこから聞こえてきたのか。

「さーやさん、あっちです」

 迷っているとルリカがそう言って、階段の方を指した。

「声が聞こえたの?」

「いいえ、感じるんです。……悪意のこもった負の感情……。悪の妖精の力を……」


 ――悪の妖精――。


 あれほど話に聞いていながら、一向に姿を現さなかったさーやとルリカの敵。

 それが、今さーやの学校にいる。

 不思議と、怖くなかった。

 ううん、そうじゃない。

 知ってるんだ。

 魔法少女は負けないって。


「ルリカ、悪の妖精もルリカのようにドールとかに宿ってるの?」

「いいえ、奴らは……人間に宿るのです」

「人間に?」

「はい、人間の心にある二次元世界に対する負の感情につけ込んで、同化するのです」

「それじゃあ、誰の中に同化してるのかわからないんじゃ……」

「いいえ。これほどまでに力を使っているということは、さーやさんと同じように変身して魔法を使ったに違いありません」

「そんなことができるの?」

「基本的には、奴らの構造はワタシと同じですから」

 少しだけ寂しそうに、ルリカは言った。

「――ですが、奴らは妖精と人の心を同調させるのではなく、宿主となった人間の、負の感情を無理矢理に引き出すのです」

「そんなことしたら……」

「ええ、その人間の心は負の感情で満たされ、感情を失ってしまいます。ですから、こんなことは早く止めなければ」

 ルリカは走るのをやめて飛び上がった。

「ルリカ!」

「さーやさん、こっちです!」

 どこに向かっているのか見当もつかない。

 さーやはただ、ルリカを信じて後を追いかけるだけだった。


「――――――!!」


 ヒステリックに叫ぶ大人の声が近づく。

 もしかしたら、誰かが助けを求めてるのかも知れない。

「こ、ここです」

「しょ、職員室……」

 先生たちの教室だ。

 もしかしたら、まだ逃げ延びた先生がいるのかも知れない。

 恐る恐るドアを開ける。


「し、失礼します」

 職員室に入るときはそう言う決まりになっていたから、一応言った。

 でも、その必要はなかった。

 あるいは、想像通りであって欲しくなかったから先生たちがそこにいると信じてそう言ったのか。

 職員室の中は、一言で言えば汚かった。

 先生たちの机――さーやたちが教室で使っているようなものとは違って、どこか会社で使っているような机がいくつかのグループごとに並べられていて、それの上には本やら教科書やらプリントの山やら……。

 とにかくどの机も全然片付いていない。

 先生はよく片付けをしなさいって教室で言ってるけど、先生たちこそ片付ける必要があるんじゃ……。


「さーやさん、見てください」

 ルリカに言われてハッとした。

 危うくここへ来た目的を忘れるところだった。

 職員室の開けた場所……っていっても、それほどスペースがあるわけじゃない。

 机と机の間に、さーやと同じくらいの小学生が二列で正座していた。

 みんなうつむいていて何かに怯えているかのよう。

「ねえ、君たちは? いったいここで何してるの?」

 取り敢えず近くにいた子に聞いてみたけど、さーやの声が聞こえていないみたい。

「ねえ、聞こえてないの?」

 またさらに別の子の肩を揺らす。

「……あれ? まさか……この子たちって……」

 さーやは正座している子の中に、体操着姿でショートカットの女の子を見つけた。

 その子の胸に書かれた文字を見て確信した。

「せ、先生……」

 ショートカットの少女は、間違いなくさーやの担任の先生だった。

 ということは、ここにいる子たちはみんな先生?

 ……さっき聞こえてきた大人の声は、いったい……?

「ルリカ、どうすればいいの?」

「さ、さーやさん。気をつけてください」

 ルリカが一点を見つめたまま、そう言った。

 さーやもそっちに目をやる。


「うあああああああああああ!!」


 ――突然、職員室の奥から、子供の泣き叫ぶ声と何かを叩く音が響き渡った。

 周りの子供たちは震えながら耳を塞いで怯えている。

 叩く音は数回続き、やがて泣き叫ぶ声はまったく聞こえなくなった。

 さすがにさーやも冷や汗が頬を伝う。

 息をゴクリと飲む音が、うるさいくらいよく聞こえた。

 そして、程なくして一人の大人が職員室の奥からやってきた。


「――え? あれ?」

 化け物でも現れるのかと思ったら、現れたのはさーやの知っている人だった。

 加藤君のお母さんだ。

 お団子頭はボサボサで、先の尖った眼鏡にひびが入っているけど、間違いない。

「無事だったんで――」

 加藤君のお母さんに話しかけようとして、言葉がつまった。

 さっき叩かれていたのは、加藤君だったのだ。

 加藤君のお母さんは抱きかかえていた加藤君を捨てるようにして投げた。

 さーやは慌てて受け止める。

 アイドル並みの顔は、見る影もないくらい腫れていた。

 よほど強く叩かれたのだろう。気絶している。


「どうして、こんなことを!?」

「決まってるじゃない。わたくしに隠れてこんなものを読んでいたからよ」

 そう言って投げ捨てたのは、少年ジャンプだった。

「え? これがこんなに怒られるようなことなの?」

 さーやにはまるで理解できなかった。

「そうよ」

 まるでさーやの方が非常識だと言わんばかりに冷徹に言い切った。

「少年ジャンプくらい、男の子だったら誰でも読んでるわよ。そんなことで怒るなんておかしいよ!」

「……そういえば、あなたはあのお下劣な漫画を描いているクズ人間の娘だったわね。あなたたち親子は、最後に教育してあげようと思っていたけど、今ここで再教育してあげるわ!!」

「な――」

 闇が加藤君のお母さんを包み込む。

「さーやさん、離れて!」

 ルリカに促されて、気絶してる加藤君を置いて職員室の端へ逃げた。


 加藤君のお母さんは黒いマントを翻し、闇を振り払う。

 現れたのは、とぐろを巻いたようなお団子頭に、SMの女王様のような黒いエナメルのハイレグにエナメルのブーツ。おまけにガーターベルト。肩にはドクロの肩パットのようなものまで。

「魔法矯正再教育ママトモコ。あなたの心、正しき道へと導きます」

 直視するのが辛い。

 ……気持ち悪いにもほどがある。

 なるほど、悪の妖精というのは恐ろしい奴らなのかも知れない。

 さーやの萌え心を見た目で打ち砕こうというほどのインパクトを与えてくるのだから。

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