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 自転車に乗り、学校を目指した。

 さーやの足だと、十五分以上はかかる。

 自転車なら半分くらいで着くはず。

 いつも通学路で使っている交差点は使わず、車の少ない裏道を走る。

 すると、学校へ向かう道の途中で、どこかの家から子供の喧嘩をするような声が聞こえてきた。

 あまりの剣幕に、急がなければならないさーやの足が止まった。

 辺りを見回すと近くの家の玄関で男の子が押し問答をしていた。


「ここは俺の家だ!!」

「バカかお前、ここは俺ん家だっての!!」

「あのなあ、表札を見ろよ!! 等々力って書いてあるだろ!?」

「だから俺の家なんじゃねーか!! どけよ!!」

「勝手に入るな!!」

 玄関で仁王立ちしているのは、等々力亮だった。

 そして、後ろ姿でよくわからないけど、等々力とよく似た背格好の男の子が等々力をどかして家の中に入ろうとしていた。


「さ、さーやさん。これはまさか……?」

「ルリカも気づいた? もしかしたら、被害者はお父さんだけじゃないかもね」

 さーやは自転車を止めて、声をかけた。

「等々力、どうしたの?」

「ん? ああ、なんだ小山内じゃねーか」

「何があったの?」

「お前には関係ねーよ」

 ふてくされながらそう言ってそっぽを向いた。

 ちょっと……いや、かなりムカついたけど、このまま放っておくわけにもいかない。

 もしかしたら何か知っているかも知れないし。


「この子は?」

 等々力は話したがらなそうだったけど、さーやは気にせず話を続けた。

「知らねー。いきなり俺の家に来て入ろうとしやがったんだ」

「はあ? ここはお前の家じゃねーよ。俺の家だ!」

 等々力曰く、勝手に入ろうとした少年がそう言って等々力に摑みかかろうとした。

 さーやは二人の間に入る。

 等々力もその少年もさすがに女の子が間に入ったら手は出さなかった。


「ねえ、君。名前はなんていうの?」

「名前? 俺は等々力(あつし)だ」

「――え?」

 淳と名乗った少年の名前を知って、等々力亮はその場で固まった。

「ねえ、等々力。二人が喧嘩する理由はないわよね」

「……小山内……」

 いつもの強気でいじわるな表情はいっぺんに吹き飛んで、見たこともないくらい青ざめた顔をしていた。


「何がどうなってるんだ? 淳は、俺のとーちゃんの名前だぜ?」

「この状況で安心してって言うのも変だけど、子供になっちゃったのは等々力のお父さんだけじゃないわ」

「ってことは……」

「さーやのお父さんも同じ。小学生になって帰ってきた」

「そ、そんな……」

 泣きそうな顔で等々力亮は等々力淳の肩を揺さぶった。

「なあ、とーちゃん。俺のこと覚えてないのかよ!」

「はぁ? 何言ってんだお前。俺はまだ小学生だぜ」

「そうだけど、でも……!」

 さーやはそっと等々力亮の手を離して、等々力亮に聞こえるようにだけ言った。

「混乱させちゃうから、それ以上は言わない方がいいと思う」

「お前は! なんでそんなに冷静なんだよ! とーちゃんが……」

 亮が怒ってるんだか泣いてるんだかよくわからないような声を上げる。

 でも、そっか。これがルリカの言うところの普通の小学生の反応かも知れない。

 さーやにとっては、このくらいのことは漫画やアニメでたくさん見てきた。

 さすがに最初はビックリしたけど、原因は知っているし、ルリカがいるんだからこの世界でも同じようなことが起こっても取り乱すようなことじゃない。


「ねえ、淳……君だっけ?」

「ああ」

「今は忘れてるかも知れないけど、君とこの亮君はとても仲がよかったの」

「…………」

 訝しげな顔で淳……等々力のお父さんはさーやを見た。

「そうだよね?」

 さーやが聞くと、嗚咽混じりに等々力亮は答えた。

「ああ、俺ととーちゃんは世界で一番仲良しだったさ」

「だから、仲良くできないかな?」

「……俺は別に、最初から喧嘩するつもりなんてなかったし。ただ、そいつが俺の家に入るなって言うから……」

 やっぱり、さーやのお父さんのように、等々力のお父さんも全てを忘れてるわけじゃない。

 自分の子供に抱いていた想いは、そう簡単には失われないんだ。

「等々力、もうそんなことは言わないよね」

「ああ、ここはとーちゃんの家だしな。俺が悪かった、入れよ」

「うん、俺も悪口言ったりして悪かったな」

 取り敢えずは一件落着かな。


 って、そうじゃない。

 せっかくだから等々力のお父さんにも聞いておかないと。

「あ、ねえ。淳君」

「なんだ?」

「今日は学校に行っていたと思うけど、その後どこかに寄ったりした?」

「いや、真っ直ぐ家に帰ってきたよ」

「そう、ありがとう」

 さーやは止めて置いた自転車の方に戻る。

 すると、等々力が追いかけてきて言った。

「な、なあ。あいつがとーちゃんだってことはわかったけどさ、俺はいったいどうしたらいいんだ? とーちゃんはずっとあのままなのか?」

「それは大丈夫、魔法少女がきっと何とかしてくれるから」

「はあ?」

 さーやは不敵な笑みを浮かべると、自転車に乗って学校に向かう。

「お、おい。小山内――」

 等々力の声が遠ざかっていった。


 さーやはさらに住宅街を抜けていく。

 そこで、さらに妙なことに気がついた。

 すれ違う人が、小学生ばかりなのだ。

 今日は授業参観でしかも半日授業だったから、外で遊んでる子供は多いだろうけど、それにしても大人をまったく見かけないというのはどう考えても異常だ。

 自転車の前カゴに乗っているルリカに話しかける。


「ね、ねえ。これってまさか……町中の大人たちが……?」

「わかりません。もしかしたらもっと……」

「昨日までこんなことなかったのに……」

「……さーやさんは早く活躍したがっていましたが?」

「こんな時に言うことかなぁ」

 そりゃ、こんなことになってちょっとうれしいと思ってるのは嘘じゃないけど。

「ルリカの話じゃ、悪の妖精はもっとわかりにくいように三次元世界を支配して、二次元世界を悪意で満たそうとしてるんじゃなかったっけ?」

「そうですね。正直ワタシもこれほど表立って行動するとは思ってもみませんでした。もしかしたら……」

 ルリカは思わせぶりなことを言ったまま、考え事をしているようだった。


「もしかしたら、何?」

「……これはワタシの推測なのですが、ワタシがこの三次元世界にやってきてることが知られてしまったのかも知れません」

「どういうこと?」

「この世界に来た当初、ワタシの力はほとんど失われていました。ですが、さーやさんたち親子に出会ったお陰で、ワタシは共に戦う仲間を得て、力もだいぶ回復してきましたから」

 ルリカの存在が、悪の妖精に感づかれた。

 だから、一刻も早くこの世界を支配して二次元世界を滅ぼそうと動き出した。

 何となくだけど、想像はできる。

「そうかもね。でも、気にすることはないんじゃない」

「……そうでしょうか……。ワタシが現れなければ、悪の妖精たちは表立っては行動しなかったかも知れませんよ」

「それってつまり、気づかないうちにさーやたちが悪の妖精に支配されて、二次元世界を悪いものだと思うようにされちゃうってことでしょ?」

「…………はい」

「だったら、これでよかったんだよ。さーやもお父さんも……ううん、世界中のオタクたちはそんなこと望んでいないんだから」


 学校の校舎が見えてきた。

 さーやは立ちこぎで校門に続く坂道を下る。

 その勢いのまま、開け放たれた校門の中へ滑り込んだ。

 すでに、いつもと違う。

 校門が開けっ放しになっているのは、平日の朝だけ。

 しかも必ず警備員のおじさんが校門のところに立っているんだ。

 おじさんの姿はどこにもない。

 さーやはまず下駄箱に行って、上履きに履き替えた。

 こんな時でも、土足で校舎に入るのは気が引けた。

 階段を上り、脇目も振らずさーやのクラスの飛び込む。

 ――ガラガラガラ、と勢いよく開けられたドアの先には、小学生しかいなかった。


「紗亜弥ちゃん!」

 その中の一人がさーやの名前を呼んだ。

「翔華ちゃん?」

 一緒に帰ったはずの翔華ちゃんの姿がそこにあった。

「どうし――」

「お母さんが帰ってこないの。それで、心配になって学校に来てみたんだけど……」

 そういえばこの教室には小学生姿の誰かの親も残っている。

 全員が帰ったわけじゃない?

 でも、どうして?


「――あ。ねえ、翔華ちゃんのお母さんて、子供の頃はこの町に住んでなかった?」

「え? うん。お母さんは子供の頃、長野のおばあちゃんの家に住んでたから……」

 今の記憶が段々失われて子供の頃の記憶が蘇ってきてるなら、知らない町じゃ迷子になってしまうのは当たり前だ。

 そういう意味では、さーやのお父さんや等々力のお父さんはラッキーだったのかも知れない。

「紗亜弥ちゃんは? どうしてここに?」

「翔華ちゃんには話してあげたいけど、今はそんなことをしてる場合じゃないかも」

 さーやも一緒に探してあげたいけど、あいにく翔華ちゃんのお母さんの小さい頃なんて知らない。

「翔華ちゃん、よく聞いて」

「う、うん」

「お母さんの小さい頃の写真とかって、見たことある?」

「え……。うん、ある……けど」

 歯切れが悪い、こんな時までお母さんのいないさーやを気遣ってくれているのか。

「理由は上手く説明できないけど、小学生姿の翔華ちゃんのお母さんが、この辺りのどこかで迷子になってるかも知れない」

 さーやのお父さんや等々力のお父さんが帰ってきた時間から想像すれば、みんなの親が子供にされたのはそんなに時間に差がないはず。

 小学生の足なら、きっとそれほど遠くまでは行っていない。


「……紗亜弥ちゃん?」

「お願い、今は何も聞かないで探してあげて」

「うん、わかった。ありがとう」

 教室を出て行った翔華ちゃんの目は、さーやの話を全て信じると語っていた。

 さーやも教室を出る。

 廊下や教室、至る所に子供はいるが、大人は一人も見かけない。

 さーやは大人を探して校内を駆け抜けた。

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