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「さ、それじゃあドアも直ったようなので、授業を再開させるわよ」

 さーやの担任の先生がそう言って、教卓に戻った。

 先生のことは、さーやから少しは聞かされてるけど、実際に見たのは今日が初めてだった。

 ショートカットの快活そうな、二十代後半くらいの女性。

 さーやから聞いていた年齢は三十二だったはずだから、お世辞じゃなく実年齢よりも若く見える。

 今着ているスーツ姿よりも、ジャージ姿で体育を教えていた方が似合ってそうな先生だった。

 三時間目の授業は図工で、今日までに描いたのだろう……家族の絵の発表会だった。

 さーやはもちろん、信志と自分の二人家族……かと思ったらちゃっかりルリカも描かれていた。


「小山内さん、この小さな女の子は?」

「はい、去年の誕生日にお父さんからもらった大切なドールです」

「ドール?」

「先生、知らないの? オリジナルカスタムドール。さーやにもお父さんにも改造はできないから正確にはカスタムじゃないんだけど……」

「さーや、それ以上マニアックな話をするのはやめとけ。その話についていけるのは、少なくともこの教室では俺とさーやだけだ」


 本当はもう一人、委員長――違うか。さーやの親友、翔華ちゃんも理解しているだろうが、信志親子のコントに巻き込んでしまっては申し訳ないと思ったので口には出さなかった。

 あの子の親も、この教室にはいるだろうし。

「はーい」

 先生は信志とさーやの会話の意味をまったく理解していなかったようで、目を白黒させていたが、ハッと我に返り、

「――と、とにかく。小山内さんにとっては家族同然に大切なお人形なのね?」

「ドール。今どきお人形なんて呼ばないんだよ、先生」

 そう言ってから、さーやは黒板に貼った自分の絵をしまった。


 ……ちなみに、さーやの絵の感想だが、ノーコメントってことで。

 信志にも才能があったわけじゃないから、その血を引いてるさーやもプロになるにはかなりの努力が必要だってことだな。

 とはいえ、小学四年生の絵なんてみんなそんなものばかりだった。

 唯一、目を惹かれたのは翔華ちゃんの絵だった。

 以前遊びに来たとき、ノートに描かれた漫画を見せてもらったことがあったから、それほど驚かなかったけど、写実的な絵も基本ができていて小学生が描いたものとは思えない。

 将来漫画家になったら、強敵になりそうだ。

 信志も参加できた三時間目の授業参観も好評なまま終わり、この後は子供たちだけで帰りの会をやって、子供たちには先に帰ってもらうらしい。


 親たちはというと、懇談会というものがある……らしい。

 というか、今知ったので懇談会というものがどういうものなのか、信志にはわからなかった。

 昔、信志が小学生だった頃、親が憂鬱そうな表情で懇談会とやらに臨んでいた――というようなことしか覚えていなかった。


「お父さん、この後どうするの? 懇談会に出るの?」

 帰りの会が終わったのか、廊下で待っていた信志のところに、ランドセルを背負ったさーやが現れた。

 もちろん、さーやだけじゃなくて、他の子供たちも各々の親のところへ向かっている。

「ああ、せっかくだから出てみようと思う。俺の親が何をあんなに憂鬱そうにしてたのか知る、いい機会だしな」

「何それ?」

「さーやも親になったら、今の俺の気持ちがわかるかもな」

「…………?」

 さーやはとぼけたような表情をしていた。

「わからないならいいさ。それより、懇談会ってーのが何時に終わるのかわからないし、さーやは先に帰ってろよ」

「うん」

 そう言うと、階段に向かって歩き出した。

 ――かと思ったら、急に振り返って、

「お父さん。さーやのためにがんばってくれて、ありがとうね」

「別に、さーやのためだけじゃねえよ。俺の自己満足さ――って、聞いてねーし」

 すでにさーやの姿はそこにはなかった。


「それでは、これより懇談会を始めますので、どうぞ皆さん教室へ」

 廊下に先生が出てきてそう言った。

 待っていた親たちは、ぞろぞろと教室の中に入る。

「先生、どこに座ればいいんですか?」

 親たちが皆立っていたので、信志は手を上げて聞いた。

「あ、すみません。それでは、椅子の後ろに名前が貼ってあるので、お子様の席へどうぞおかけください」

 まあそうだろうな、と納得した信志は、すぐにさーやの席に向かった。


 他の親たちは椅子の名前を確かめたりしていたが、信志はさーやの席を覚えていたからその必要はなかった。

 全員が着席すると、先生からのあいさつがあった。

 要約すれば、忙しいところ出席してくれてありがとう、って意味の話だった。

 その後は、学級経営方針の説明。子供たちの普段の様子、学習などの進み具合などが先生から発表された。

 それから、親たちがいくつかのグループに分かれて話をすることになった。

 信志は父子家庭ということもあり、普通の家庭の話なんかは結構興味深く聞いたし、信志の話もそれなりに聞かせてあげることができたと思う。

 最後に、グループごとに話をしたことの報告と、それに対する先生との質疑応答があるはずだったのだが……。


「わたくしのグループから一つご報告したいことがあります!!」

 お団子頭に端の尖った眼鏡をかけた、いかにも教育ママという感じのおばさんが手を上げた。

「皆さんは青少年育成条例というのをご存じでしょうか?」

 その言葉は自然と信志の心を曇らせる。

 東京都が改正をしてからというもの、信志のプロとしての仕事には否応なしに制限がかかるようになってしまったからだ。

「今もなお、コンビニにはこんないかがわしい漫画が売られているのです!!」

 そう言ってどこから買い集めたのか、いわゆる十八禁の漫画雑誌がドサドサと机にばらまかれた。

 その雑誌の一つには、信志の漫画も掲載されている。


「こんな漫画が出回っていて、子供たちの健全な育成が約束されるでしょうか? わたくしはPTAとして、さらに漫画なんてくだらないものは規制するように学校単位で呼びかけていくべきだと思っています」

 こういうやつがいるから、あんなくだらない条例が通ってしまうんだと、改めて感じる。

 いっそのこと信志がPTAの役員になれないものだろうか。

 ……今さら遅いか。

 きっとこういうのは、一学期の懇談会で決まってしまっているんだ。

 だからといって、これ以上仕事を奪われたらかなわない。


「すみませんが、今あなたが叩いているのは十八禁の雑誌でしょ? それはコンビニに置いてあっても、十八歳未満の子には買えないんだから、青少年の育成なんたらには関係ないと思いますよ」

 一応手を上げてから信志は発言した。

「そういう問題ですか!? こんなものが出回っているから気味の悪いオタクなんてものが現れて、私たちの子供が危険にさらされているのですよ!?」

「それはただの偏見だろ?」

「あなたは、ご自分のお子様が心配ではないのですか?」

「オタク=犯罪者っていう偏見を子供に教えようとする、あなたの教育方針の方がよっぽど心配だと思うが?」

 信志の棘のある反論に、そのおばさんは不気味な笑顔を返した。


「……ああ、忘れていました。あなたはこんないかがわしい漫画を描いている、卑しい職業の方でしたね。そんな方にまともな人の言葉なんてわからないのでしょう」

「な、何?」

 一応プロとしてはペンネームを使っているはずなのに、どうして漫画に詳しくなさそうなこんなおばさんが信志のことを知っていたのか。

「いいでしょう、わたくしが再教育して差し上げます!!」

「うわああああああああああっ!!」

 ――教室が闇に包まれ、信志には驚く暇さえなかった――。

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