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「少し遅くなっちゃったけど、遊びに来る?」
翔華ちゃんと二人で家に帰る道すがら、聞いてみた。
「……うん」
「でも、朝も言ったけど、『執事学園』は長い作品だからね。一日で全部見るのは無理だよ」
「うん、大丈夫」
さーやの家の前で翔華ちゃんとは別れた。またすぐに来ることになると思うけど。
「ただいまー」
「おかえりー」
声はすれども姿は見えない。
お父さんは、仕事で机に向かってるんだろう。
それなら問題ない。
この前なんか、さーやが帰ってきた声でやっとベッドから起きてきたのだ。
どうも、漫画家という仕事は夜にやりたくなるみたい。
……お父さんだけかも知れないけど。
「ただいま」
「あ、ルリカもお帰り」
「ずっとさーやさんをみていたのに、そう言われるのも不思議な感じがしますが」
ルリカはそう言いながら、さーやの部屋へ向かって廊下を飛んでいった。
さーやはルリカの後を追わず、ランドセルを背負ったままお父さんの部屋に向かった。
「お父さん、ちょっと見て欲しい物があるの」
「おいおい、俺の部屋に入るときもノックしてくれよ。小学生なんかが見ちゃいけないようなゲームをやってたらどうするんだ?」
「そんなゲームをイヤホンも使わずに普通にやってるクセに、今さら気にするの?」
「…………聞こえてたのか?」
「大丈夫、男のオタクなんてそんなものだって、リコさんから教えてもらってるから」
「な、なにぃ!? ……ク、余計なことを……」
「それより、これ学校からのプリント」
さーやは帰りの会で渡されたプリントをお父さんに見せた。
「……ん? ああ、もうそんな時期なのか……」
少し寂しげな表情で、プリントを見ながらお父さんはつぶやいた。
「締め切り優先、だからね」
何か言いたそうな目をしていたけど、さーやはそう言いきった。
「ん、ああ……」
「後、それから今日翔華ちゃんが遊びに来るから」
「委員長が? ホントに仲が良いなー」
「委員長って……翔華ちゃんは別に委員長じゃないよ」
「あのな、さーや。黒髪・三つ編み・眼鏡・大人しい。これだけ揃ってたらそれはもう天然記念物ものの委員長なんだよ」
――ピンポーン。
お父さんの力説をインターホンが遮る。
「あ、来たみたい。じゃあそういうわけだから、お父さんは仕事がんばってね」
さーやはお父さんの話をスルーして、玄関へ向かった。
「ううっ、小学四年生にしてあれだけ華麗に聞き流すとは、末恐ろしい子」
「きっと信志さんに鍛えられたんでしょうね」
ルリカがそう言いながらお父さんの部屋に入っていくのが、目の端に映った。
……そうか、お父さんならまだしも、親友とはいえ翔華ちゃんにはルリカのことを話すわけにはいかないよね。
――お約束的にも。
「どうぞ、あんまり片付いてないけど」
「お、お邪魔します……」
その日は結局夜の八時くらいまでさーやの部屋で『執事学園』というノベルゲームをやった。
歩いて三分もしないほど翔華ちゃんの家は近いけど、もちろんお父さんが送ってあげた。
さーやは泊めてあげたかったのに、翔華ちゃんの両親に反対されてしまったのだ。
父子家庭であるさーやのお父さんに迷惑をかけたくないとかで。
……迷惑どころか、きっとお父さんは喜んだだろうけどなぁ。
まあ、その理由を話したら、泊まるどころか今後友達として遊ぶことも禁止されそうだけど。
さーやにとっては世界で一番安全な大人なんだけどなぁ。
お父さんは絶対にさーやが悲しむようなことはしないから。
でも、世間のオタクに対する偏見は、お父さんのことをさーやと同じようには思ってくれないだろう。
「それも、悪の妖精の仕業なのかな……」
「さーやさん!? 今、悪の妖精がどうとか言いました?」
どこで聞いていたのか、ルリカがいきなり詰め寄ってきた。
「あ、いや……そういうつもりで言ったんじゃないの」
「そうですか……」
見るからにルリカは落ち込んで、さーやの部屋へ戻っていった。
悪の妖精に関してルリカは調べたいと思ってるはずだけど、もしもの時にさーやの側にいてくれないとさーやは戦えない。
もどかしいと思ってるのは、さーやも一緒だった。
ルリカの話だと、悪の妖精は人間社会に紛れ込んで目立たないように活動しているらしいから、見つけるだけでも簡単じゃないみたい。
二次元から生まれた妖精なんだから、もっとわかりやすく悪事を働いてもいいのにな。
そんなこんなでさらに数日が過ぎていき、授業参観日になった。
授業参観ってだけでもさーやにとってはつまらない一日なのに、加えて日曜日に学校があるというのも余計にやる気をなくす。
だって、日曜日の朝っていったら、スーパーヒーロータイムとプリキュアがあるっていうのに……。
先生たちはさーやたち子供がどれだけ日曜日の朝を楽しみにしてるのか、きっとわかってないんだ。
……一応録画はしてきたから見られないわけじゃないけどさ。
教室の時計に目をやると、八時半を指していた。
プリキュアが始まる時間だ。
「ハァ……」
まだ授業が始まるわけでもないのに、気が早い誰かの母親がちらほらと廊下から教室の様子を窺っている。
教室の中も普段とは雰囲気が違っていた。
日曜日に学校にいるってことと、親が見ているということが、みんなのテンションを狂わせてるのかも。
「おい、お前の親は来ないのかよ」
プリキュアが見られなくて何度目かのため息をしていると、Tシャツに半ズボン姿の、今どき珍しいくらいのガキ大将のようなクラスメートが冷やかしにやってきた。
こいつ――等々力亮とは一年生の時からずっと同じクラスだったから、さーやにはお父さんしかいないことも、お父さんが仕事でこういう行事には参加しないことも知っている。
一二年生の頃はまださーやも幼かったから、ムキになって言い返したりしてたけど、今はもうそんなマネはしない。
「さーやは親離れしてるから、見られてる方が落ち着かないの。君は、親が近くにいないと安心できないんだ? もしかして、マザコン? それとも、ファザコン?」
「――っ!」
等々力は唇をかんで顔を真っ赤にさせた。
「へっ、かーちゃんがいないからって、強がってんじゃねーよ」
「あのね、いないことが当たり前のさーやにとって、強がるも何もないんだけど。さーやがどれだけ一人で留守番してきたと思ってるの?」
「そんなの自慢にならねーよ。さみしーヤツだってことに変わりはないじゃん」
「だから、当たり前なんだから寂しいって気持ちにならないの。もしかして、君は親が近くにいないと寂しいの?」
「そ、そんなことねえよ」
見るからにうろたえている。
子供だ。
「よかったね。授業参観に親が来てくれて。来てくれないと寂しいんだもんね」
子犬を見るような目で微笑みながら諭すように言う。
その方がバカな子供にも伝わりやすい。
案の定、等々力は返す言葉を失っていた。
「小山内さんて凄いね。何か僕たちより大人みたいだ」
見るからに悪い雰囲気を作りだしていたさーやと等々力の間に、この学年のアイドル的存在である、加藤正義君が割って入ってきた。
「ちぇっ」
等々力は逃げるようにして、自分の椅子へ戻った。
加藤君はさーやのことを凄いと言ったが、加藤君こそ小学四年生にしてなんでもできるすごい人だった。
成績は優秀だし、運動神経も抜群、性格もみんなに優しいし、顔だってどこかの男性アイドル事務所に入ってもおかしくないほどのイケメン。おまけにこっちは本物の学級委員。
女子だけでなく、男子からも好かれていた。
加藤君を敵に回すことは、みんなを敵に回すことになりかねない。
だから等々力はあっさり引き下がったのだ。
「ありがとう」
「ううん、いいんだ。一応僕は学級委員だからね。授業参観の日にクラスメイトが喧嘩してたら、みんなのご両親を心配させちゃうからね」
そう言って微笑むと同時に、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。
「あ、加藤君も席に戻った方がいいよ」
「う、うん……」
「朝礼を始めるぞ。日直ー」
「きりーつ、礼」
『おはようございます!!』
教室に、元気な声がこだました。
やっぱり今日はみんなのテンションがいつもより高いみたい。
さーやには、関係ないけど。