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 仕事が一段落付いた信志は、さっきさーやが持ってきた同人誌を自分の本棚にしまっていた。

「ったく、俺の本棚だって余裕があるわけじゃねえのに……」

 そうは言っても娘の頼みだと断れるわけなかった。

「あれ? これって……確か……」

 見覚えのある同人誌。

 信志は自分が買った同人誌が収められている本棚を漁った。


「うわ……」

 小さな驚き……というより、呆れ返るような声をつい出してしまった。

 血は争えないということか、信志とさーやは揃って同じ同人誌を買っていた。

「……今度からこのサークルの本は買わないように言っておかねーと」

 ぶつぶつ独り言をつぶやいていると、廊下の方から信志を呼ぶさーやの声が聞こえてきて、

「お父さーん」

 ノックもなしにまたさーやが入ってきた。


「今度は何だ? まだ預かって欲しい同人誌があるのか?」

「ううん。そうじゃなくて、見てこれ」

「ん――」

 何を見て欲しいのかと思って、さーやが入ってきたドアの方を見たら、そこには甘ロリファッションで着飾ったさーやが立っていた。

「……何だ、それ? 新しいコスプレ衣装か?」

「ううん、違うよ。でもせっかくだからお父さんに写真を撮ってもらいたくて」

「それはいいけど……コスプレ衣装じゃなかったら、いったい何なんだよ。そんな服買ってあげた覚えはないぞ」

 さーやが買ったとも思えない。

 六月からお小遣いを貯めて、その全てをコミ市で使ったはずだから、これほどの服を買う余裕なんてあるはずない。

 コミ市で着たコスプレ衣装の端切れで作ったとしても、とてもそうは見えない作りだ。


「教えてあげてもいいけど、きっと驚くと思うな」

 さーやは不意にいたずらっぽく言って見せた。

 その瞳はとても小学四年生とは思えないほど大人びていて、一瞬だけ亡くなった妻を思い出させる。

「何だよ、気になるな」

 言いながら、机の脇に置いてあったカメラを取りだした。

 夏コミでさーやと中野さんを撮影しただけだから、メモリーは十分だろ。

 後は、電池が切れてないかだけだな。

 カメラの電池は充電式なので、切れてると充電するのに時間がかかる。

 そうなるとすぐには撮れないわけで……。


「お……大丈夫、かな」

 カメラの電源を入れると、液晶が明るくなった。

 そこに自分の部屋が映し出される。

「さーや、そっちの壁の方に立てよ。ドアの近くだと薄暗いから上手い具合には撮れないぜ」

「うん」

 さーやは素直にちょこちょこと部屋の中を移動した。


「って、おい」

「なあに?」

「ここはアメリカじゃねーんだぞ。土足で家の中を歩くなよな」

 さーやは真っ白でつま先当たりに小さなリボンをあしらったエナメル製の靴を履いていた。

「大丈夫だよ、さっき履いたばかりの新品だから」

「……そういう問題か?」

 日本人的感覚だろうな、新品だとわかっていてもあまり気持ちのいい思いはしない。

 かといって、たかが衣装の撮影をするのに外に行くのも面倒だった。


「ほらほら、お父さん。早く写真撮って」

「ああ。ったく、仕方ねえなぁ」

 口ではそう言っても、表情が緩んでしまっては、何の説得力もない。

 むしろ仕方ないのは信志の方ではないか、と思う。

 でもなあ、想像してみろ。

 自分の娘だってだけでも可愛いのに、さーやはネット上でコスプレアイドルとして有名になるくらいなんだぜ。

 そのさーやにせがまれたら、どんなわがままだって聞いてやりたくなるんだよ。


「さーや、いくぞ」

「さーやはいつでも準備オッケーだよ」

 ――パッとフラッシュの光がさーやを照らし出す。

 その度にさーやはポーズを変える。

 ただ黙って撮影してるのもつまらないし、さっきの話の続きを聞いた。


「で? その衣装はなんて作品の衣装なんだ?」

「作品?」

「なんかのコスプレ衣装だろ?」

「作品名か……う~ん、まだ考えてなかった」

「考えてなかったって……それじゃあさーやのオリジナルってことか?」

「さーやだけじゃないよ。きっと、ルリカとさーやの物語だから」

「瑠璃華? あのドールが関係してるのか?」

 話を聞いてると、なんか頭が混乱してくる。


 どうやら、さーやはオリジナルの物語の設定を考えついたようだ。

 さすが漫画家の娘。

 面白そうだったら、信志が描いてあげてもいいと思った。

 さーやが気にしているからあまり考えたくはないが、さーやの画力じゃとても読めるような漫画は描けない。

 小学四年生だから仕方がないんだけど、絵が上手くないというのはさーやのコンプレックスの一つだった。

 信志だって天才ってほどじゃないから、さーやも努力すればプロになれるくらいの画力は身につくはずだと言ってはいる。

 後はさーや次第。

 こればっかりは信志には助けてあげられない。

 ただ、さーやは幼い頃から……今も十分幼いけど、漫画やアニメをたくさん見せてきたせいで理想がやたら高くなっている。

 オタクとして一流品から三流品まであらゆるものに触れてきたからこそ、自分が描くものに対しても求めるものが高くなっているんだ。

 お陰で想像力や理解力は同学年のこと比べても遙かに高い。

 しかし、プロの漫画家になるために最も大切なことを知らずに育ってしまった。

 それだけが、信志の後悔しているところだった。


「ううん、違うよ。ルリカはね、瑠璃華に宿った二次元の妖精さんなの」

 信志の思いを知ってか知らずか、楽しげにさーやは話を続けた。

「何だそりゃ、紛らわしいな」

「大丈夫、文字は違うから読んでる人はちゃんと区別付いてるから」

「ってことは、アニメ化するときはわざわざ文字で表さないといけないな」

「あっ、そっか。それは考えてなかった」

「それで、それはいったいどういう物語なんだ?」

「二次元世界を崩壊させるために、三次元世界の人間を支配しようとしてる悪い妖精たちを、さーやと正しい心を持った妖精さんのルリカが一緒になって退治するの」

「……それが、その新しい衣装と関係あるのか?」

「これは、さーやとルリカが協力することによって生まれた戦う力。お父さんにもわかりやすく説明すれば、魔法で生まれた魔法少女の制服みたいなものなんだって」

 ……さーやには悪いが、このネタはプロとしては使えないな。

 魔法少女ものの設定としては及第点ってところだが、似たようなものはいくらでもある。

 このネタを買ってくれる編集部はないだろう。


「さーやが魔法少女ってことか……」

「うん。魔法オタク少女ロリータサーヤ」

 決めポーズを取ったさーやの前で、シャッターに指をかけたまま固まってしまった。


「何だそのしょーもない名前は? つーか、それがその物語のタイトルじゃないのか?」

「ち~が~う。今のはさーやが魔法少女になったときの名前なの」

 地団駄を踏んで、さーやはぷぅと頬を膨らませた。

「そ、そうなのか? こだわりがあるんだな。そんでロリータサーヤにはいったいどんな魔法だ使えるんだ?」

「知らない。まだ教えてもらってないし」


 …………何か話が嚙み合ってない。

 この話を聞き始めたときからずっと妙な違和感に襲われていた。

 何か、信志とさーやの話には、大きな前提が違っているような……。


「な、なぜあなたにはサーヤさんがさーやさんであると認識できるのですか?」

 開けっ放しになっていたドアから、去年さーやの誕生日にプレゼントしたドールの瑠璃華が入ってきた。

 ……気のせいか、今何かしゃべっていたような気がする。


「疲れてるのかな」

「あ、ルリカ。せっかくだから一緒に写真撮ってもらう?」

「いえ、そんなことより、ワタシはなぜこの方がサーヤさんの正体を見破れるのかが気になります」

「――ド、ドールが動いてしゃべってる!?」


 目の錯覚や空耳じゃない。

 ってことは何か? 今までさーやが話していたことは、現実のことだっていうのか?

 あまりの出来事に思考が追いつかない。

「ああ、やっぱりビックリされますよね」

 瑠璃華が寂しそうに、だけどどこかホッとしたような表情でそう言った。

「すげえ! 夢みたいだ!」

「――え? あれ?」


 確かに何がどうなってるのかはさっぱりだ。

 でも、実際にドールが勝手に動いてしゃべってるのを目の当たりにしたら、理由なんかどうでもよくなってしまった。


「さーや、瑠璃華が生きてる!」

「さっきからそう言ってたじゃない。瑠璃華には二次元の妖精さんが宿ったって」

「ん……ってことはそうか、瑠璃華に命が生まれたわけじゃなくて、その妖精の命がドールに入ってるってことなのか?」

「ええ、まあそうなのですが……」

「そうか……それはちょいと残念だな。俺が瑠璃華をどれだけ大切にしてきたかはわからないってことだもんな」

「……あの、それだけですか? 驚いたり怖がったりはしないんですか?」

 瑠璃華がキョトンとした瞳で聞いてきた。


「いや、特には。まあよくある話だし」

「お父さん、さっきからルリカのこと瑠璃華って言ってるけど、ルリカだからね」

「――なあ、さーや。それやっぱり紛らわしくねーか?」

「でも、この姿で他の名前の方が嫌じゃない」

 そう言われると、そうだな。

 二次元の妖精の命が宿ってようが、姿が瑠璃華である以上それ以外の名前じゃ呼びたくはないか。


「ワタシのことより、どうしてあなたにはサーヤさんの正体が見破れるのですか!?」

 ルリカは信志とさーやの間に割り込んでそう言った。

 そして、顔を上げてさらに言葉を続ける。

「――本来、魔法少女に変身すると、たとえ姿が元と変わっていなくても家族でさえ正体を認識することは不可能になるはずです!」

 信志はさーやと顔を見合わせる。


「そうなの?」

「全部が全部そうとは限らないだろ。セーラームーンとかプリキュアはそうだとしても、どれみやなのははそうとも言えないし」

「他の二次元世界の話をしているのではありません、ワタシはあなた方のことを言っているのです」

「そんなこと言われてもなぁ。俺の目にはサーヤはさーやにしか見えないし、そういうものなんじゃないのか?」

「……何だか、頭が痛くなってきました。ワタシの方が常識とはかけ離れた存在のはずなのに、あなた方親子の常識自体がワタシの知っているこの世界の常識とかけ離れているので……」

 ルリカは頭を抱えながらそう言った。


「ま、とにもかくにも今日はお祝いしようぜ」

「お祝い? そっか、そうだね。さすがお父さん」

 さーやは信志の言葉をすぐに理解してくれたようだが、お祝いの席のゲストであるルリカは困惑している様子だった。

「な、なぜそんなことを?」

「決まってるだろ。俺たち親子と、愛すべき二次元世界の妖精とやらの出会いを祝して、だよ」

「そんなことをしている場合ですか!?」

 ルリカが顔を引きつらせて声を上げたが、その表情は喜怒哀楽のどれともつかない微妙な表情だった。


「出会いを祝うのは、大切なことだぜ」

「そ、そうではなくて、先ほどサーヤさんが言ったことは本当のことなんですよ!? サーヤさんはワタシと共に悪の妖精と戦わなくてはならないのですよ!? 心配ではないんですか!?」

「楽しそうだからいいんじゃない」

「そ、そんな……簡単に……」

 呆れたようにそう言うと、ルリカはその場に座り込んだ。


「どうしたの? ルリカ?」

「あの、あなた方親子が二次元世界について大変理解が深いということはわかりました。そのことにいちいち驚くのも、やめようと思います。ですが、これだけははっきりさせてください。あなたたちは何者ですか!?」


『――ただのオタク、だよ』


 信志とさーやの声がきれいに重なった。



 ――こうして、長らく信志とさーやの二人家族だった小山内家に、小さき同居人が加わることになった――。


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