「ダルコミートの小窟④」
鼓膜を破らんばかりの激しい雷鳴が鳴り響いた後、
一変、辺りは静まり返っていた。
「…ううう…」
「…………な、なんだよ今の…」
「うう、い、一体何が…??」
「なな、なんなんじゃ!?きょ、驚天動地……」
同フィールド上にいたプレイヤーは、死者こそ出なかったものの、
皆、大ダメージを受けHPゲージは一様に残りわずかだ。
ほとんどのプレーヤーはその場に倒れ、力なくうずくまっている。
「………い、一体なんなんだ今のはよぅ!?」
ガルヴァが、倒れながら驚きの声を上げる。
「……エギドラルオークの魔法攻撃だ。
………おそらくは、フィールド全体が対象の中位魔法……
生きていたのは幸いだが……これはまずい状況だな……」
ケイズも、冷静ながら険しい表情を浮かべる。
「おい!か、体が動かねえぞ…!?」
「麻痺のおまけつきという事だ
一分や二分じゃこの状態異常は解除されない……
まいったな………………」
「おいおいおいおい!マジかよぉ!?」
「…だめだ、もう終わりなのか!」
「くそっ!!ここまでかよ!」
辺りからは、次第に諦めの声が漏れ始める。
「……ちくしょうっ…!
……せっかくあと一歩のとこまで来たってのによう!!」
ジェイも悔しい表情をあらわにする。
「…………悪霊退散!悪霊退散!」
キジョウはひたすら怯え、頭を抱えている。
ほぼ全員が麻痺で倒れ、動けない中、
フィールド上にかろうじて立っているのは、ただ一人のみ。
フェルローデだ。
しかし、攻撃によるダメージは甚大。
雷系の魔法は、麻痺を免れても一定時間自由を奪われる特性があり、
その衝撃によってその場で意識半分という様子だった。
ケイズが、一人立っているフェルローデに気付く。
(あれは、フェルローデ!?…どうして立っていられるんだ………
……………
……キャンセラー系の魔法か!?)
ヒーラーが取得可能な特殊魔法の一つに
事前にプレーヤーにかけておく事により、
一定時間、状態異常を受けてもそれをキャンセルする事ができる魔法が存在する。
高位になれば他のプレーヤーに効果を付与する事もでき、
効果持続時間と効果回数も増えていくが
初期の段階では、自分にしか魔法をかける事はできず、
また、その効果も一回きりに限られる。
「…!…オーク!奴は…奴はどこに行った!?」
ケイズはなんとか首を動かし、辺りを詮索する。
「…!?」
見れば、エギドラルオークはフェルローデのすぐ後方。
朦朧とその場に立つフェルローデは、その気配に気づいていないようだ。
「くそっ!あそこか!…
……………フェルローデ!逃げろ!後ろだ…!」
ケイズが忠告の声を上げるが、麻痺のため大声が出ず、声が届かない。
「おい……!ケイズ!聞こえるか!」
やや前方で倒れているザリアが、ケイズに声をかけた。
フェルローデはなんとか視野が戻り、眼前の状況を確認。
次第に体も動くようになっていた。
「くっ…!?範囲攻撃魔法……!?
……まさかこれほどの威力の魔法を使うとは…不覚だ…
………………!?……」
とっさに後方の気配に気付き、後ろを振り返るが、
そこにはすでに、斧を高く振り上げたエギドラルオークの姿があった。
「ゴガァァァァァアアアアア!!!」
ガキィイイン!!!
「ぐあっ!?」
反射的に剣を体の前に出し、斧の直撃は避けたものの
剣ははるか遠くに弾き飛ばされ、
フェルローデ自身もオークの凄まじい剣圧によって飛ばされてしまう。
もはやHPゲージも限りなく0に近い。
「ゴガァァァァァアアアアア!!!」
「しまった…!これでは魔法が使…
エギドラルオークはフェルローデめがけ、
とどめの一撃を容赦なく振り下ろした。
ガキィイイン!!!!!
「…っっ!?……」
「………」
「……??」
少しの沈黙の後、
フェルローデが目を開けると、目の前には一人のプレイヤーの姿がある。
「寝るには早いぜ!お嬢様!」
「お前…!?」
ケイズがオークの一撃を二本の剣でからくも受け止めていた。
「ぐっ…!?もうもたない!後ろに跳べ…!!」
「わ、わかった…!」
ガキィン!!!
ケイズとフェルローデは後ろへ跳び、かろうじてオークの攻撃を退ける。
エギドラルオークは変わらず臨戦態勢。
いつ突進してきてもおかしくないという状態だ。
「お前…、麻痺は…!?」
「それは後だ。魔法は使えるか?」
「だめだ……。魔法剣を飛ばされた」
「ハッ、俺も気が利かないな。魔法剣を持ってくる余裕はなかった。
だが、これならある!」
ケイズは持っている二本の剣から、一本をフェルローデへ投げ渡した。
「…!?」
フェルローデはそれをキャッチする。
「フェルローデ、お前の剣の腕は俺が保証する。
そっちの方がサマになってるぜ…!」
「…………。
……フフッ……それがお嬢様に言う言葉か…?」
ケイズ、フェルローデ。
二人は剣を構え、共に並び立つ。二人の表情には一転、落ち着きの色が滲んだ。
「いくぞ……!」
「ああ…!」
「ゴガァァァァァアアアアア!!!」
凄まじい勢いで猛突進するオーク。
二人は左右に分かれ、すばやく攻撃を回避すると、そのまま後方へと回り込む。
「はああぁぁぁぁっっ!!!!」
ズガッ!!!
「ガァァァァァアアア!!」
二人の剣撃がオークの背中へ見事に命中。
オークはけたたましい咆哮を放ち、斧を振り回す。
その一振りをフェルローデは下方にしゃがみ、ケイズは上方に跳び回避。
斧を振り終わるタイミングで、上下から同時に剣で切りかかる。
ズシャ!!
「ガァァァァァアアア!!」
またもや見事にヒット。
「まだまだぁ!」
二人は二手にオークの左右へ回ると同時に、脚部へ攻撃。
そのまま左右から同時に駆け抜け、オークの腹と背に、横一文字の剣撃。
さらに振り返りざま、オークの左右腕部への剣撃。
目まぐるしい剣舞のなか、
ことごとく、オークに深いダメージを与えていく。
「ガァァァァァアアア!!??」
「……おいおいおい、なんだありゃあ…
あいつら、いつの間に打ち合わせしたんだよ…」
「ケイズのところのヒーラーのねえちゃん……一体何者だ…
ヒーラー…だよな?」
「す、すごい…まるで踊ってるみたい…」
息の合った剣撃に、麻痺で動けない他メンバーたちも思わず息をのむ。
二人の攻撃はまだまだ止まらない。
「はああああぁぁぁぁぁ!!!」
ザッ!!ガッ!!ドガッ!!
オークは、その巨体が裏目に出てしまっている。
二人が連携して繰り出す剣の速さに、全く対応する事ができない。
止まない猛攻の中、
オークのHPゲージがついに最後の一段に差し掛かった。
「ガァァァァァアアアアアアア!!!!!」
「…!?」
二人との距離が空いた一瞬の隙だった。
オークは斧をクロスさせ、力をためる。
「……まずい!かまいたちだ!」
かまいたちとは、
武器の斬撃による衝撃波を生み出し、四方八方へと攻撃する技の俗称。
一撃による威力は微々たるものだが、
斬撃が無数に発生するため、防御魔法や盾なしで全てを回避するのは難しい。
今のケイズとフェルローデでは、
一撃でもかすめれば、瞬く間にHPが尽きてしまう。
ザッ!!!!
「ガァァァアアアアアアア!!!!」
かまいたちが発動しようという刹那、オークは攻撃を受け、技は不発に終わる。
駆け抜けざまに剣で切りつけたのは、ザリアだ。
「エ・ムト・フィル!!」
「エ・ムト・フィル!!」
「ダサラ・ガ・ルート!!」
「ダサラ・ガ・ルート!!」
ゴオォォォォォォアアアアア!!!
ズガアアアアアァァアン!!!
魔法攻撃が一斉にオークにヒット。
メンバーたちの麻痺が、時間経過によって解除されつつあった。
「…今だ!やれっ!」
ザリアが声を上げる。
総攻撃を受けたオークは体勢を崩していた。
ケイズとフェルローデは一度、互いに目を合わせた後、
同時に一直線に走り出す。
「はああぁぁぁぁっっ!!!!」
「はああぁぁぁぁっっ!!!!」
ガッッッ!!!!!
二人の剣撃が、同時にエギドラルオークにヒット。
「ゴアアアアガァァァァァアアアアアアア
ァァアアゴアアアァァアアアアアアアアア!!!」
凄まじい咆哮、ひときわ派手なエフェクトと共に、
エギドラルオークは倒れ、その姿を消していった。
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「……………」
「……………」
「…や……」
「や、やったぞ!やった!」
「しゃ、しゃあああああ!!!!!ザマーミロオオォォ!!」
「勝ったああああああ!!!」
「やったー!」
「俺たちの勝ちだ!!」
「すごい…!やったぞ!」
少しの静寂の後、その場にいるメンバーは皆、歓声を上げ喜んだ。
ガルヴァ、ジェイは飛び上がり大声を上げている。
ザリアは静かに剣を鞘に納め、安堵の表情だ。
サクラとソイルも、手を取り合って喜んでいた。
キジョウはその場に力なくうなだれている。
「ハァハァ…
…………まったく…これが最初のダンジョンだぜ?
耳を疑うだろ?…ハハハ…」
歓喜の声が飛び交う中、ケイズは剣を鞘に納め
フェルローデに握手の手を差し伸べる。
「……。
………ああ、そうだな、ケイズ」
フェルローデはその手を取った。
こうして、ケイズたちのエレパーティーは、
誰一人の犠牲者を出すことなく、
ダルコミートの小窟を抜ける事に成功したのだった――――――――
小窟攻略は終了!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!