最後の訪問者
作:愛莉
「ミステリ」「ホラー」
よろしくお願いいたします★
この町に引っ越してきて約一ヶ月。ようやく新しい土地に慣れてきて、近所の人たちと世間話ができるようにもなってきた。ずっと実家から大学に通っていたのだけど、通学に片道二時間近くかかるため、いずれ一人暮らししたいと思っていた。そして選んだのが、小さな田舎町のアパート。一番の決め手は格安の家賃で、二番目に大学への距離だった。
町内会の清掃活動に参加した、日曜の朝。竹ぼうきで公園の外を掃いていると、同じ場所担当になった主婦の亜希子さんに声を掛けられた。
「もうすぐハロウィンね」
「……そうですね」
確かに十月三十一日――ハロウィンは数日先に迫っている。でも、わざわざ「もうすぐね」なんて言うような大きいイベントだろうか、というのが本音だった。
「由実ちゃんは引っ越してきたばかりだから知らないと思うけれど。ウチの町内会のハロウィンには気を付けた方が良いのよ」
亜希子さんは公園の中で走り回っている子供たちに目を向けた。
「ウチの町内、子供がやたら多いから……」
「……もしかして、みんなそれぞれの家を回るんですか?」
「そうなの。だから準備が大変なのよね」
ハロウィンといえば、仮装した子供たちが「Trick or Treat !」――「お菓子をくれないとイタズラするぞ」と言って近所の家を回るということは知っている。その家の人は「Happy Halloween !」と言って、子供にお菓子を渡すのだ。
お菓子をくれない家には、報復として悪戯をしていいと言われている。お菓子によって霊を鎮める、悪霊を追い払う、神様がお菓子を食べてくれるなど、諸説あるらしい。
「さすがに自分だけ渡さないわけにもいかないし。大学生の一人暮らしで経済的に大変だろうけど、キャンディ一個でもいいから。由実ちゃんも相手してあげてね」
「分かりました」
「あとで小学生以下の子供の人数を連絡するけれど、少し多めに用意しておいた方が良いと思うわ。お兄さんやお姉さんと一緒に回る子もいるからね。――それから、『ジャック・オー・ランタン』を家の外に置くのを忘れずに」
聞き慣れない単語に「え?」と首を傾げる。
「ジャック・オー・ランタン。カボチャをくり抜いた顔だよ」
「あぁ、あの『ハロウィンといえば!』って感じのカボチャランタンですね」
亜希子さんは小さく頷いた。
「ハロウィンの晩、家の外に飾るのよ。本物のカボチャじゃなくても大丈夫なんだけどね。ハロウィンの晩には悪霊や魔女がやって来て、災いをもたらすと信じられてる。あのカボチャも、悪霊を怖がらせて追い払うアイテムの一つなんだよ。ウチの町内ではね――」
……何だか随分と、ハロウィンを盛り上げる町内のようだ。
私はハロウィンやクリスマスなどのイベント時、特別に盛り上がるようなタイプではない。何だか面倒な町内に引っ越してきてしまったかもしれないな、なんて考えが頭をよぎった。亜希子さんの話にも全くと言っていいほど興味が沸かず、右耳から左耳へと抜けていく。
でも、子供たちが訪ねて来るというなら……。近所で「あの子はケチだ」とか噂が立っても困るし、スーパーの特売で、大袋のキャンディ詰め合わせでも買っておこうとだけは思った。
――ハロウィン当日。
夕方頃からインターフォンが鳴りっぱなしだった。小学生から中学生くらいの子供たちが次々と現れ、「Trick or Treat !」と言って手を差し出してくる。そのたびに私はキャンディを一つずつ渡してあげた。
たった一つのキャンディでも、お祭り気分のためか、みんな満面の笑みで喜んでくれた。もし「これだけかよ」というような顔をされたらどうしようと、ちょっぴり不安に思っていたのだ。
亜希子さんも言っていたけれど、大学生の一人暮らしに、子供が満足するほどの量をばらまいてあげられるような余裕はない。とにかく子供たちが喜んでくれて一安心だった。あとはキャンディの数が足りるかどうか……。
というのも、「一体どこから沸いてきたんだ?」というほど子供が多いのだ。兄弟どころか、他の町内の友達を誘って来ている子がいるかもしれない。亜希子さんから「少し多めに用意しておいた方が良い」と言われたけれど、〝少し多め〟では足りなかっただろうか……。
インターフォンが鳴り止んだのは夜の九時過ぎだった。さすがにもう来ないだろうと、ベッドに寝転がる。キャンディが残り五個を切った時点で「足りなくなるかも……」と焦っていたけれど、無事に終了してくれたようで助かった。
そのままうとうとしてしまい、気付いたら二時間経っていた。緩慢な動作で起き上がり、シャワーを浴びようと脱衣所へ。――と、そこでインターフォンが鳴った。もう夜の十一時を回っているのに、まだ子供が家を巡っているのだろうか。仕方なくドアを開ける。私の腰くらいまでの身長の男の子が立っていた。どう考えても小学生くらいだ。
「こんな時間まで一人で回ってたの? ダメだよ、おうちに帰らないと」
「――この家にだけ、ジャック・オー・ランタンがない」
「え?」
ふと、亜希子さんの言葉を思い出す。
確か、悪霊を怖がらせて追い払うアイテムだとか――。
……あれ? そのあと、何て言ってたんだっけ?
目の前の男の子は無表情で、じりじりと私に迫ってきている。どう考えても〝普通〟の子供ではない。全身に鳥肌が立つと同時に、あのとき真面目に話を聞かなかった自分を悔やんだ。
「オ菓子、クレナイ、悪戯スル――」
「!」
子供が発しているとは思えない、気味の悪い声。思わず身を引いた。
「ちょっと待って。ちゃんとお菓子あげるから」
「モウ遅イ――!」
その瞬間、子供の歪んだ笑みが視界に映った。
+++++
――。
「あのカボチャも、悪霊を怖がらせて追い払うアイテムの一つなんだよ。ウチの町内、何十年も前に悪霊に取りつかれた人がいてね。以来、全ての家庭で必ず飾るというしきたりになってるの。由実ちゃんは初めてだから、ちゃんと忠告しておかなくちゃと思って。子供へのお菓子は忘れてもいいけど、ジャック・オー・ランタンだけは絶対に忘れないようにね。悪霊に取りつかれて、引きずり込まれてしまうから」
(了)
次話、尖角さんです。
引き続きお楽しみください★