第一話 まだ誰も知らない世界
初めまして!
『ワールド・アンノウン』を読んでいただき、ありがとうございます!
本作は、ゲーム初心者の主人公・神崎陸が、フルダイブ型VRMMORPG『WORLD UNKNOWN』の世界で、誰も知らない物語や隠されたシナリオを発見していく冒険ファンタジーです。
特別な才能も、豊富なゲーム知識もない陸。
そんな彼が、好奇心のままに行動した先には、いったいどんな出会いや発見が待っているのでしょうか。
ぜひ、プレイヤー名「もち」の冒険を見守っていただけると嬉しいです!
それでは、第一話「まだ誰も知らない世界」をお楽しみください!
1 発売前夜
そのゲームの存在を知ったのは、ほんの一週間前だった。
動画サイトを眺めていたとき、偶然目に入った一本の映像。青空の下に広がる草原、雲を突き抜けるほど巨大な樹木、遠くにそびえる城壁。そして、剣を手にしたプレイヤーが、巨大な獣と対峙している場面。
映像の最後には、白い文字が浮かび上がった。
――WORLD UNKNOWN。
ワールド・アンノウン。
次世代フルダイブ型VRMMORPG。正式リリース前の先行プレイヤーを募集中。
その説明を読んだとき、僕は思わず画面に顔を近づけていた。
「これ、本当にゲームなのか……?」
まるで本物の世界だった。
風に揺れる草。木々の隙間から差し込む光。地面に落ちた葉が、風に押されて転がっていく。
もちろん、宣伝映像だから、どこまで実際のゲームで体験できるのかはわからない。
それでも、気になった。
僕の名前は、神崎陸。
特別ゲームが得意なわけではない。オンラインゲームをやり込んできたわけでもなければ、効率のいいレベル上げの方法を知っているわけでもない。
ただ、知らない世界を歩けるという言葉には、どうしようもなく惹かれた。
気がつけば、先行プレイヤーの応募ページを開いていた。
数日後、届いたメールには短い文章が書かれていた。
『先行プレイヤーとしての参加が決定しました。接続機器を発送いたします』
「……え?」
思わず声が出た。
応募したこと自体を忘れかけていた僕は、何度もメールを読み直した。
そして今日。
部屋の机の上には、見慣れない機器が置かれている。
箱には、白い文字でゲームのタイトルが印刷されていた。
WORLD UNKNOWN。
「よし……やってみるか!」
僕は説明書を開き、接続手順を確認した。
設定を済ませ、フルダイブ機器を装着する。
最後に、画面へ表示された確認項目を読み上げた。
『仮想世界への接続を開始します。準備はよろしいですか?』
僕は迷わず、開始を選択した。
次の瞬間、視界が白く染まった。
2 ゲーム内名は「もち」
最初に感じたのは、風だった。
頬を撫でる、柔らかな風。
次に、鳥の声が聞こえた。
そして、足元から伝わってくる石畳の感触。
「……え?」
僕は目を開けた。
目の前には、広場が広がっていた。
石造りの建物。赤茶色の屋根。広場の中央にある噴水。太陽の光を反射して輝く水面。
通りには、さまざまな格好をした人々が歩いている。
革鎧を身につけた剣士。大きな杖を持った魔法使い。背中に弓を背負った冒険者。
その向こうには、見上げるほど巨大な城壁がそびえていた。
「……すごい」
声が自然に漏れた。
視界の端に、半透明のメニューが表示されている。
僕はさっそく、キャラクター情報を開いた。
キャラクター名――もち。
レベル――一。
職業――見習い冒険者。
HPとMPは、どちらも最大値。
装備は初心者用の服と短い剣。所持金はわずかな銅貨だけ。
まさに、何も持たない状態だった。
「……もち、か」
画面に表示された名前を見て、少しだけ笑う。
現実の僕は神崎陸。
でも、この世界では「もち」だ。
せっかくのゲームなのだから、普段とは違う名前で冒険してみたかった。
覚えやすくて、呼びやすくて、なんとなく気に入っている。
「よし。今日からよろしくな、もち!」
自分で自分に声をかける。
もちろん、返事はない。
僕はもう一度、周囲を見渡した。
どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、まったくわからない。
普通なら、まずチュートリアルを探すのだろう。
けれど、僕はその前に噴水へ近づいてみた。
水面に触れる。
指先に、冷たさを感じた。
「うわ、本当に冷たい……!」
次に、噴水の縁に座っている猫を見つけた。
近づいてみると、猫は僕を一瞥し、何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。
「お前もNPCなのかな?」
手を伸ばしてみると、猫はすっと立ち上がり、僕の手を避けて歩き出した。
「あ、待って!」
追いかける。
猫は広場の端を曲がり、建物の隙間へ入っていった。
僕もその後を追いかけたが、すぐに見失ってしまった。
「……まあ、いいか」
少し残念だったけれど、それ以上に面白かった。
ゲームの中には、まだ知らないものがいくらでもある。
そう考えるだけで、胸が高鳴った。
3 初めてのクエスト
しばらく歩いていると、大きな看板が目に入った。
剣と盾が交差した紋章。その下には、冒険者ギルドと書かれている。
「おお、こういうところがあるんだ!」
扉を押して中へ入る。
室内には、いくつものテーブルが並んでいた。壁には依頼書が貼られ、受付の前には数人の冒険者が並んでいる。
僕も列の最後尾についた。
順番が来ると、受付の女性が笑顔で声をかけてくれた。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと……初めてなんですけど、何かできることはありますか?」
「もちろんです。まずは簡単な依頼から始めてみてはいかがでしょうか?」
彼女が一枚の依頼書を取り出した。
『草原のスライム討伐』
街の外に出現するスライムを三体倒すこと。報酬は経験値と銅貨。
「これ、やってみたいです!」
「承知しました。それでは、こちらの依頼を登録いたします」
受付の女性が書類に触れると、僕の視界にクエストの表示が現れた。
クエスト開始。
目標、スライムを三体討伐する。
制限時間、なし。
「よし、冒険開始!」
僕は依頼書を受け取り、勢いよくギルドを飛び出した。
……その直後、街の出口がどこなのかわからなくなった。
「えっと、こっちかな?」
通りを曲がる。
違った。
もう一度曲がる。
商店街に出た。
「なんでだよ!」
自分で自分に突っ込みながら、僕は再び歩き始めた。
その途中、武器屋を見つけたので立ち寄ってみる。
壁には剣や槍が並んでいた。どれも格好いい。
しかし、値札を見てすぐに諦めた。
「……高いな」
今の僕には、初期装備が精いっぱいらしい。
武器屋を出て、さらに歩く。
ようやく城門を見つけたときには、少しだけ達成感があった。
門の外には、広大な草原が広がっていた。
遠くには森があり、その向こうには山脈が見える。
空はどこまでも青かった。
僕は短い剣を握り直した。
「よし。今度こそ冒険開始!」
4 初めての戦闘
草原を少し歩くと、青いゼリーのような生き物が現れた。
地面をぴょんぴょん跳ねている。
頭上には、名前が表示されていた。
スライム。
「おお! 本物だ!」
僕は剣を構えた。
スライムがこちらへ跳ねてくる。
「うわっ!」
慌てて剣を振った。
空振り。
スライムは僕の足元にぶつかり、小さなダメージ表示が浮かんだ。
「痛っ! いや、痛くはないけど!」
HPが少し減っている。
スライムが再び跳ねた。
今度は横へ避ける。
そして、着地した瞬間に剣を振った。
命中。
スライムの身体が揺れ、HPバーが減少する。
「よし、当たった!」
もう一度、攻撃する。
今度も命中した。
スライムは光の粒になって消え、小さなアイテムを残した。
討伐成功。
経験値を獲得しました。
「やったあ!」
思わず両手を上げた。
たった一体倒しただけなのに、妙に嬉しい。
その後も何度か戦闘を繰り返し、僕は少しずつ操作に慣れていった。
攻撃を外すこともあったし、スライムの体当たりを受けることもあった。
けれど、最初よりは確実に戦えるようになっていた。
そして、三体目のスライムを倒したとき。
レベルアップの表示が現れた。
レベルが一から二へ上昇。
能力値が上昇しました。
スキルポイントを獲得しました。
「おおっ! レベルアップ!」
ステータス画面を開く。
能力値が少し上がっている。新しいスキルを習得するためのポイントも手に入ったらしい。
まだ何もわからないことだらけだ。
それでも、自分が少しずつ成長していることはわかった。
僕は満足して、街へ戻ることにした。
その途中だった。
草原の端に、細い道が伸びているのを見つけた。
道の先には、小さな石橋が見える。
その周辺だけ、草が伸び放題になっていた。
「……あんなところ、あったっけ?」
マップを確認する。
石橋の場所は表示されていたが、その先の道には何も記されていなかった。
普通のプレイヤーなら、今はクエストを報告することを優先するだろう。
でも、僕は違った。
「ちょっとだけなら、いいよな?」
報告は後でもできる。
そう考えて、道へ足を踏み入れた。
5 橋の老人
石橋は、思ったより古かった。
石の表面には苔が生え、手すりの一部が崩れている。橋の下を流れる川は浅く、透明な水が小さな石の間を流れていた。
その橋の端に、老人が座っていた。
灰色の髪。古びた服。手には、使い込まれた杖。
頭上には名前もマークも表示されていない。
「こんにちは」
僕が声をかけると、老人はゆっくり顔を上げた。
「……こんにちは、旅人さん」
普通のNPCと同じように、会話が始まった。
けれど、選択肢は表示されない。
「ここで何をしているんですか?」
老人は川を眺めたまま、しばらく黙っていた。
「待っているのさ」
「誰をですか?」
「……約束した相手を」
それだけ言うと、老人は再び黙り込んだ。
会話が終わったのかと思った。
けれど、なぜか気になった。
僕は橋の周囲を調べてみた。崩れた手すり。川辺の石。草むらの中に埋もれた小さな道標。
道標には、ほとんど読めない文字が刻まれていた。
「これ、何て書いてあるんだろう……」
手で土を払う。
文字の一部が見えるようになった。
――帰る場所は、橋の向こうに。
その瞬間、老人が顔を上げた。
「……その言葉を、どこで?」
「え? ここに書いてありましたよ」
老人は立ち上がった。
先ほどまでの穏やかな表情が、わずかに変化していた。
「そうか……まだ、残っていたのか」
「何がですか?」
老人は答えなかった。
代わりに、橋の向こうに続く細い道を指さした。
「あの道の先へ行ったことはあるかね?」
「ないです」
「そうか。ならば、一度行ってみるといい」
「何かあるんですか?」
「それは、お前さん自身で確かめることだ」
僕は少しだけ考えた。
知らない道。
マップには何もない。
目の前には、意味深なことを言う老人。
どう考えても、何かある。
「わかりました! 行ってみます!」
その瞬間だった。
視界が一瞬、暗くなった。
そして、通常のクエスト画面とは異なる文字が浮かび上がった。
UNIQUE SCENARIO DETECTED
橋の向こうの約束
特殊条件の成立を確認しました。
未登録シナリオが発見されました。
シナリオを開始しますか?
「……え?」
僕は固まった。
ユニークシナリオ。
ゲームの紹介ページに、そんな言葉が書かれていた気がする。
ただ、具体的にどんなものなのかは知らなかった。
僕は表示された選択肢を見つめた。
開始する。
開始しない。
迷う理由はなかった。
「もちろん、開始する!」
選択した瞬間、老人の表情が穏やかに変わった。
「ありがとう、旅人さん」
その言葉とともに、クエストが登録された。
僕はまだ知らなかった。
この小さな発見が、ゲーム全体に通知されることを。
そして、この橋の先に待っている物語が、自分の冒険を大きく変えていくことを。
6 最初の発見者
その直後。
視界の端に、もうひとつの通知が表示された。
WORLD ANNOUNCEMENT
未登録ユニークシナリオが発見されました。
シナリオ名:橋の向こうの約束
発見者:もち
発見記録が全プレイヤーに公開されました。
「…………え?」
今度は、本当に声が出なかった。
発見者。
全プレイヤーに公開。
どういうことだ?
その頃、別の場所では。
街の広場で装備を整えていたプレイヤーが、突然表示された通知を見上げていた。
「は? ユニークシナリオ?」
ギルドでパーティーを組んでいたプレイヤーたちも、手を止めた。
「もう発見されたのか?」
「いや、まだ先行プレイが始まったばかりだぞ?」
「シナリオ名は……『橋の向こうの約束』?」
攻略情報を集めていたプレイヤーたちは、一斉に掲示板を開いた。
しかし、誰もその名前を知らなかった。
公式の紹介ページにも載っていない。
テストプレイヤー向けの資料にも記載がない。
それどころか、シナリオが発生した場所さえわからない。
ゲームの開発チームにも、通知の記録が届いていた。
「……もう見つかった?」
担当者のひとりが、画面を見つめた。
「いや、待って。このシナリオ、初期クエストの一覧には登録されていないはずだ」
「条件は?」
「確認中。発生ログを調べてくれ」
複数の画面にデータが表示され、担当者たちが調査を始める。
けれど、そのときの彼らはまだ知らなかった。
ひとつのシナリオの発見が、これからどれほど多くの発見につながるのかを。
一方、当の本人はというと。
「えっと……とりあえず、先にクエスト報告しようかな」
通知の意味を完全には理解していなかった。
僕はマップを開き、街へ戻る道を確認した。
それから、もう一度だけ橋を振り返る。
老人は、静かに川を眺めていた。
橋の向こうには、細い道が続いている。
僕は小さく笑った。
「……なんか、面白くなってきたな」
そして、街へ向かって歩き出した。
僕の冒険は、まだ始まったばかりだった。
第一話・完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第一話「まだ誰も知らない世界」、いかがでしたでしょうか?
ゲーム初心者の陸、ゲーム内名「もち」の冒険が、ついに始まりました!
初めての街、初めてのクエスト、初めての戦闘。そして、偶然見つけた古びた橋と、謎めいた老人。
何気ない好奇心から始まった小さな発見は、どうやら普通のクエストでは終わらないようです。
『橋の向こうの約束』とは、いったいどんな物語なのか。
橋の先には何が待っているのか。
そして、開発チームさえ把握していないように見えるこのシナリオには、どんな秘密が隠されているのでしょうか。
次回からも、もちの冒険を楽しんでいただけたら嬉しいです!
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それでは、また次のお話でお会いしましょう!




