9.
――白川郷・左側。
護里とリエルは、シゲルの家の前の雪道を歩いていた。角を曲がろうとしたとき、酒の屋台で瓶を拭いているキョウカが目に入る。
「リエル!」キョウカが手を振った。「あっ、リエルの友だちも!」
護里は目を細め、キョウカを値踏みする。
「……また、あんた」
リエルは気さくに手を振る。
「よう、キョウカ。まだ準備してんの?」
キョウカは頷いた。
「うん! 祭り近いし、気合い入れて片づけてる! 何かいる?」
「ある」護里が割り込む。「大量に」
「えっと」リエルが慌てて修正する。「質問があるんだ」
キョウカはワインボトルを置いた。
「いいよ! 何?」
リエルは深呼吸し、シゲルの家を指さす。
「あの家、知ってる?」
「長谷川家? うん……息子さんがいなくなって、お母さんは捕まって、お父さんは……ああ、ほんと気の毒」
「そう」リエルが頷く。「俺ら、息子に“女友達”がいた可能性を考えててさ。あの家に入ったことある? もしくは、入ったって人を知ってる?」
キョウカは首を振った。
「ないない。子どもって大変だし! でもサブロウ君、外ではよく見たよ。キャンディマンの飴が大好きだった」
「もし何か見たり聞いたりしたら、教えてくれ」リエルが言う。
「おっけー!」
護里はキョウカをもう一度だけ睨みつけ、リエルと一緒に歩き出した。
「信用できない」
「なんで?」リエルが言う。「人間だから?」
「違う」護里が言い切る。「不自然。こんな村で、あんなにいつも明るいのは“隠してる”」
「ただ優しいだけかも」リエルが言う。「証拠もないのに疑うのは――」
「ふん。じゃあ、あっちの女」
近くで別の若い女性が家の外壁を塗っていた。護里はそのまま踏み込む。
「筆を置け。チビ」
女性はあくびをして護里を見る。
「えー……仕事の依頼?」
「違う」
「雇う?」
「違う」
「えー……」
「子どものことを全部言え。今すぐ」
女性は困惑した顔になる。
「子ども? この村に子どもなんて……二年? いや三年くらい、まともにいないけど」
「そう」護里が言う。
リエルが慌てて前に出て、丁寧に手を振った。
「こんにちは。俺はリエル。こっちが“相棒”の護里。あなたの名前は?」
「柴田ミサキ」女性が答える。「で、名刺交換? それともナンパ?」
ミサキはまた大きくあくびをした。
「長谷川サブロウ、知ってる?」リエルが切り出す。「父親が、失踪前に女が家にいたかもって――」
ミサキは目をこすった。
「ああ……シゲルさんの子……? シゲルさんは知ってる。昔、家を塗った気がする。……あの家、いつも幸せそうだった」
護里が腕を組む。
「子どもはいない。男は役立たず。質問に答えろ。無駄に引き延ばすな」
ミサキは伸びをする。
「知らないよ。私はあの家と深くないし。……でも、他の女の子は知ってるかも。行って聞けば?」
ミサキは何事もないように塗装に戻った。護里はリエルを引っ張って離れる。
「あれは怪しくない。ただの馬鹿」
「正確には“怠惰”だな」リエルが言う。
「どっちでもいい。行き詰まりだ」護里が吐き捨てる。「弟に電話しろ」
リエルはスマホを取り出し、ゼフにかけた。すぐ繋がる。
「よぉ、デュード。こっちは詰み。そっちは何かある?」
『ある』ゼフの声が返る。『右側に来い』
「了解。今行く」
*
――白川郷・右側。
リエルと護里は、家の壁にもたれているゼフと飢呑を見つけた。
「で」リエルが言う。「何が出た?」
「“ウィンター・スウィートハーツ”って集団がいるらしい」ゼフが言う。
「劇団の名前か?」
「残念ながら違う」ゼフが即答する。「子ども支援の慈善グループ。リーダーはチヒロって女らしい」
リエルは額を押さえる。
「つまり、女子の慈善団体を追って、“子どものクローゼットに寝てた女”が自白するのを待てって?」
「……まあ、そう単純でもない」
「チヒロって女はどこにいる?」
「不明」ゼフが言う。「合理的には長に聞くのが早い。あの人、今のところ協力的だし」
飢呑が指を差した。
「あっ! いた!」
メイが家の前で、若い女性二人と話していた。二人はクッキーを持ち、笑顔でメイに渡している。
「何だよこれ」リエルが眉をひそめる。「ガールスカウトか?」
「ん?」ゼフが反応する。「何の話?」
「長が女の子たちと仲良くクッキー食って笑ってる」
「……聞くぞ」ゼフが低く言った。「近づけ」
護里がゼフたちを片腕でまとめて掴み、跳躍した。屋根の上に着地し、指を唇に当てる。
下では会話が続いていた。
「旅人の二人、協力してくれると思う?」
「どうだろうね」メイが言う。「年上の方は社交的だ。頼みやすい。年下は礼儀正しいが……かなり内向き。目が見えないのもあるだろう」
「どこにいる?」
「長谷川家の辺りじゃないかな。もう遅いから、捕まらないかもしれない」
「大丈夫! 会えるの楽しみ!」
「それと……チヒロによろしく伝えておくれ」
「もちろん!」
二人の女性が去ると、護里は一行を屋根から降ろし、家の陰へ静かに着地した。
「どっち行った?」ゼフが問う。
リエルが角から覗く。
「西だ。急いでる」
ゼフの体から慈凪が抜け出し、怯えた声を漏らす。
「わ、私たちを探してる……?」
護里が拳を握る。
「確かめに行く」
「賛成」ゼフが言う。「飢呑、追跡はどれくらい速い?」
「すっごく速い!」
「よし」
飢呑が勢いよく動き、一行は少し先の家の陰へ移動した。ちょうど二人の女性が通り過ぎ、話しながら歩いている。
「声をかける?」片方が言う。
「うーん。ボスがどうするか次第かな」
(ボス……?)
二人は村人や屋台の人に挨拶しながら進み、やがて大きな倉庫のような建物へ着いた。入口をノックする。
護里たちは近くの家陰に身を潜めて待った。
しばらくして扉が開き、二人は中へ滑り込んだ。
「入った」護里が低く言う。「あの妙な場所に」
「中は無理だろ」リエルが唸る。
「全員はな」ゼフが言う。「でも、俺とお前だけなら?」
「潜入?」リエルが眉を上げる。
「そんな感じ」
慈凪が震える。
「危なくないですか……?」
「危険ね」護里が言う。「だから賛成」
夜がさらに濃くなる。リエルは深く息を吐いた。
「……分かった。でも俺が喋る。死にたくない」
幽霊たちは兄弟の体へ戻る。護里はゼフに、慈凪と飢呑はリエルに。
「よし」リエルが呟く。「ドア開けて、忍び込んで、見つからないよう祈る」
「俺は見えない」ゼフが言う。「目はお前」
「はいはい」
二人は入口へ行き、取っ手を引く。扉はゆっくりと軋みながら開いた。
リエルは息を整え、ゼフを引き連れて中へ入った。
*
――???
中は薄暗く、天井から吊られたライトが数個点いているだけだった。機械の稼働音が、どこからともなく響く。
「入ったか?」ゼフが囁く。
「入った」リエルが返す。「音立てるな。女どもに見つかったら終わる」
リエルは周囲を見回し、通路を進む。やがて、どこかから声が聞こえた。
「おもちゃが足りない。子どもが飽きる」
「ボスにもっと女の子雇うか聞こうよ! 生産が上がる!」
「男も雇うのを検討してるって」
「男!?」
「うん。あの旅人二人。変な連中だけど、メイ様とは仲が良さそう」
「どうやって勧誘する?」
「男って何が好きなの?」
「知らない。ボスに聞こ」
足音が近づいてくる。
リエルは咄嗟にゼフを引っ張り、通路脇のロッカーへ押し込んだ。
「……なんでロッカー」ゼフが囁く。
「女の足音だ」リエルが返す。「聞こえたろ」
「聞こえたが、位置が分からない」
リエルはロッカーの穴から覗いた。
「しっ。来る」
複数の足が通り過ぎ、施設の奥へ向かっていくのが見えた。
「……行った。大丈夫」
二人はロッカーから抜け、さらに奥へ。リエルが扉を押し開けると――
生産ライン。
機械がぬいぐるみやミニカーを作っていた。
「慈善って言ってたの、本当かよ」リエルが呟く。「これ、町ひとつ分の物資だろ」
「作業員は?」ゼフが聞く。
「見当たらない」
「調べよう」ゼフが言う。「部屋は?」
「コンベア、プラスチックの槽、機械アーム……村より遥かに進んでる」
「妙だな」ゼフが言う。「村の家より、ここに金が入ってる。なぜだ」
(メイが知ってる? 子ども慈善の工場なのに、村の子どもはいない。別の街に流してる? それとも――)
リエルはぬいぐるみを拾い、裏返した。
「……これ、感触が変だ。ゼフ、触ってみろ」
ゼフに投げる。ゼフは毛を撫で、眉を寄せた。
「毛が……不自然だ。妙だな」
その瞬間、二人の身体がわずかに震え、ゼフの頭の中で護里の声がした。
『……それ、置け』
「知ってるのか?」
『……見覚えがある』
「なら持ち帰――」
扉が開く音。
リエルが血の気を引かせ、周囲を探す。
「やば……あそこ! 空の槽だ!」
二人はぬいぐるみを握ったまま、巨大な空の槽へ飛び込む。
部屋に女たちの声が入ってきた。
「今日の生産、平均以上。祭りには十分ね」
「今年は来客、増えるかな?」
「増える。旅人だけでも目玉だし、あの人が戻るなら――日本中の子どもが飴を求めて来る」
「“依頼主”から連絡は?」
「まだ。向こうは“巨大な荷”を望んでる。待つしかない」
「巨大ね。なら、もっと大きい商品も作る?」
「……いい案かも」
(依頼主……まさか――)
「ユカリは衣類、終わった?」
「終わった。盲目の方――“ゼフ”が、彼女を尋問しようとしたらしい」
「賢い子。もっと……魅力的な手段で手を引かせないと」
「ボスが対応する。信じなさい」
「もう一人――“リエル”は?」
「ミサキと話した。あの子の優しさは、こちらの武器になる。明日、こちらから会いに行く」
「……明日、ね」
リエルが息を殺して囁く。
「デュード、今の聞いた?」
「聞いた」ゼフも低く返す。「慈善を隠れ蓑にした、秘密組織。目的不明だが、間違いなく黒い」
女たちの会話が止まった。
「……今、何か聞こえなかった?」一人が言う。「動物みたいな」
「気のせいでしょ」
「遅いし、眠いだけかも」
女たちが去った。
リエルは即座に言った。
「今だ。出るぞ」
二人は槽から飛び出し、出口へ走った。見つかる前に外へ。
十分離れたところで、幽霊たちが体から抜けた。
「……面倒だった」護里が言う。
「地下で工場……!」慈凪が青ざめる。「あれ、何してるんですか……」
「関与は確実だ」ゼフが言う。「ただ、まだ“事件”とどう繋がるかが見えない。N・Mの同僚か、もっと深いのか――追加の情報が必要だ」
「潰すか、騙すか」護里が言い切る。「選択肢は二つ」
「後者だ」ゼフが即答する。「祭りまで泳がせて、情報を抜く」
(そして俺は――N・Mと直接話したい)
月明かりの下、一行は宿へ戻っていった。
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