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オカルティスト・クロニクルズ  作者: rimuru the jūto
――砂時計の仮面編――
9/13

9.

――白川郷・左側。


 護里とリエルは、シゲルの家の前の雪道を歩いていた。角を曲がろうとしたとき、酒の屋台で瓶を拭いているキョウカが目に入る。


「リエル!」キョウカが手を振った。「あっ、リエルの友だちも!」


 護里は目を細め、キョウカを値踏みする。


「……また、あんた」


 リエルは気さくに手を振る。


「よう、キョウカ。まだ準備してんの?」


 キョウカは頷いた。


「うん! 祭り近いし、気合い入れて片づけてる! 何かいる?」


「ある」護里が割り込む。「大量に」


「えっと」リエルが慌てて修正する。「質問があるんだ」


 キョウカはワインボトルを置いた。


「いいよ! 何?」


 リエルは深呼吸し、シゲルの家を指さす。


「あの家、知ってる?」


「長谷川家? うん……息子さんがいなくなって、お母さんは捕まって、お父さんは……ああ、ほんと気の毒」


「そう」リエルが頷く。「俺ら、息子に“女友達”がいた可能性を考えててさ。あの家に入ったことある? もしくは、入ったって人を知ってる?」


 キョウカは首を振った。


「ないない。子どもって大変だし! でもサブロウ君、外ではよく見たよ。キャンディマンの飴が大好きだった」


「もし何か見たり聞いたりしたら、教えてくれ」リエルが言う。


「おっけー!」


 護里はキョウカをもう一度だけ睨みつけ、リエルと一緒に歩き出した。


「信用できない」


「なんで?」リエルが言う。「人間だから?」


「違う」護里が言い切る。「不自然。こんな村で、あんなにいつも明るいのは“隠してる”」


「ただ優しいだけかも」リエルが言う。「証拠もないのに疑うのは――」


「ふん。じゃあ、あっちの女」


 近くで別の若い女性が家の外壁を塗っていた。護里はそのまま踏み込む。


「筆を置け。チビ」


 女性はあくびをして護里を見る。


「えー……仕事の依頼?」


「違う」


「雇う?」


「違う」


「えー……」


「子どものことを全部言え。今すぐ」


 女性は困惑した顔になる。


「子ども? この村に子どもなんて……二年? いや三年くらい、まともにいないけど」


「そう」護里が言う。


 リエルが慌てて前に出て、丁寧に手を振った。


「こんにちは。俺はリエル。こっちが“相棒”の護里。あなたの名前は?」


「柴田ミサキ」女性が答える。「で、名刺交換? それともナンパ?」


 ミサキはまた大きくあくびをした。


「長谷川サブロウ、知ってる?」リエルが切り出す。「父親が、失踪前に女が家にいたかもって――」


 ミサキは目をこすった。


「ああ……シゲルさんの子……? シゲルさんは知ってる。昔、家を塗った気がする。……あの家、いつも幸せそうだった」


 護里が腕を組む。


「子どもはいない。男は役立たず。質問に答えろ。無駄に引き延ばすな」


 ミサキは伸びをする。


「知らないよ。私はあの家と深くないし。……でも、他の女の子は知ってるかも。行って聞けば?」


 ミサキは何事もないように塗装に戻った。護里はリエルを引っ張って離れる。


「あれは怪しくない。ただの馬鹿」


「正確には“怠惰”だな」リエルが言う。


「どっちでもいい。行き詰まりだ」護里が吐き捨てる。「弟に電話しろ」


 リエルはスマホを取り出し、ゼフにかけた。すぐ繋がる。


「よぉ、デュード。こっちは詰み。そっちは何かある?」


『ある』ゼフの声が返る。『右側に来い』


「了解。今行く」


  *


――白川郷・右側。


 リエルと護里は、家の壁にもたれているゼフと飢呑を見つけた。


「で」リエルが言う。「何が出た?」


「“ウィンター・スウィートハーツ”って集団がいるらしい」ゼフが言う。


「劇団の名前か?」


「残念ながら違う」ゼフが即答する。「子ども支援の慈善グループ。リーダーはチヒロって女らしい」


 リエルは額を押さえる。


「つまり、女子の慈善団体を追って、“子どものクローゼットに寝てた女”が自白するのを待てって?」


「……まあ、そう単純でもない」


「チヒロって女はどこにいる?」


「不明」ゼフが言う。「合理的には長に聞くのが早い。あの人、今のところ協力的だし」


 飢呑が指を差した。


「あっ! いた!」


 メイが家の前で、若い女性二人と話していた。二人はクッキーを持ち、笑顔でメイに渡している。


「何だよこれ」リエルが眉をひそめる。「ガールスカウトか?」


「ん?」ゼフが反応する。「何の話?」


「長が女の子たちと仲良くクッキー食って笑ってる」


「……聞くぞ」ゼフが低く言った。「近づけ」


 護里がゼフたちを片腕でまとめて掴み、跳躍した。屋根の上に着地し、指を唇に当てる。


 下では会話が続いていた。


「旅人の二人、協力してくれると思う?」


「どうだろうね」メイが言う。「年上の方は社交的だ。頼みやすい。年下は礼儀正しいが……かなり内向き。目が見えないのもあるだろう」


「どこにいる?」


「長谷川家の辺りじゃないかな。もう遅いから、捕まらないかもしれない」


「大丈夫! 会えるの楽しみ!」


「それと……チヒロによろしく伝えておくれ」


「もちろん!」


 二人の女性が去ると、護里は一行を屋根から降ろし、家の陰へ静かに着地した。


「どっち行った?」ゼフが問う。


 リエルが角から覗く。


「西だ。急いでる」


 ゼフの体から慈凪が抜け出し、怯えた声を漏らす。


「わ、私たちを探してる……?」


 護里が拳を握る。


「確かめに行く」


「賛成」ゼフが言う。「飢呑、追跡はどれくらい速い?」


「すっごく速い!」


「よし」


 飢呑が勢いよく動き、一行は少し先の家の陰へ移動した。ちょうど二人の女性が通り過ぎ、話しながら歩いている。


「声をかける?」片方が言う。


「うーん。ボスがどうするか次第かな」


(ボス……?)


 二人は村人や屋台の人に挨拶しながら進み、やがて大きな倉庫のような建物へ着いた。入口をノックする。


 護里たちは近くの家陰に身を潜めて待った。


 しばらくして扉が開き、二人は中へ滑り込んだ。


「入った」護里が低く言う。「あの妙な場所に」


「中は無理だろ」リエルが唸る。


「全員はな」ゼフが言う。「でも、俺とお前だけなら?」


「潜入?」リエルが眉を上げる。


「そんな感じ」


 慈凪が震える。


「危なくないですか……?」


「危険ね」護里が言う。「だから賛成」


 夜がさらに濃くなる。リエルは深く息を吐いた。


「……分かった。でも俺が喋る。死にたくない」


 幽霊たちは兄弟の体へ戻る。護里はゼフに、慈凪と飢呑はリエルに。


「よし」リエルが呟く。「ドア開けて、忍び込んで、見つからないよう祈る」


「俺は見えない」ゼフが言う。「目はお前」


「はいはい」


 二人は入口へ行き、取っ手を引く。扉はゆっくりと軋みながら開いた。


 リエルは息を整え、ゼフを引き連れて中へ入った。


  *


――???


 中は薄暗く、天井から吊られたライトが数個点いているだけだった。機械の稼働音が、どこからともなく響く。


「入ったか?」ゼフが囁く。


「入った」リエルが返す。「音立てるな。女どもに見つかったら終わる」


 リエルは周囲を見回し、通路を進む。やがて、どこかから声が聞こえた。


「おもちゃが足りない。子どもが飽きる」


「ボスにもっと女の子雇うか聞こうよ! 生産が上がる!」


「男も雇うのを検討してるって」


「男!?」


「うん。あの旅人二人。変な連中だけど、メイ様とは仲が良さそう」


「どうやって勧誘する?」


「男って何が好きなの?」


「知らない。ボスに聞こ」


 足音が近づいてくる。


 リエルは咄嗟にゼフを引っ張り、通路脇のロッカーへ押し込んだ。


「……なんでロッカー」ゼフが囁く。


「女の足音だ」リエルが返す。「聞こえたろ」


「聞こえたが、位置が分からない」


 リエルはロッカーの穴から覗いた。


「しっ。来る」


 複数の足が通り過ぎ、施設の奥へ向かっていくのが見えた。


「……行った。大丈夫」


 二人はロッカーから抜け、さらに奥へ。リエルが扉を押し開けると――


 生産ライン。


 機械がぬいぐるみやミニカーを作っていた。


「慈善って言ってたの、本当かよ」リエルが呟く。「これ、町ひとつ分の物資だろ」


「作業員は?」ゼフが聞く。


「見当たらない」


「調べよう」ゼフが言う。「部屋は?」


「コンベア、プラスチックの槽、機械アーム……村より遥かに進んでる」


「妙だな」ゼフが言う。「村の家より、ここに金が入ってる。なぜだ」


(メイが知ってる? 子ども慈善の工場なのに、村の子どもはいない。別の街に流してる? それとも――)


 リエルはぬいぐるみを拾い、裏返した。


「……これ、感触が変だ。ゼフ、触ってみろ」


 ゼフに投げる。ゼフは毛を撫で、眉を寄せた。


「毛が……不自然だ。妙だな」


 その瞬間、二人の身体がわずかに震え、ゼフの頭の中で護里の声がした。


『……それ、置け』


「知ってるのか?」


『……見覚えがある』


「なら持ち帰――」


 扉が開く音。


 リエルが血の気を引かせ、周囲を探す。


「やば……あそこ! 空の槽だ!」


 二人はぬいぐるみを握ったまま、巨大な空の槽へ飛び込む。


 部屋に女たちの声が入ってきた。


「今日の生産、平均以上。祭りには十分ね」


「今年は来客、増えるかな?」


「増える。旅人だけでも目玉だし、あの人が戻るなら――日本中の子どもが飴を求めて来る」


「“依頼主”から連絡は?」


「まだ。向こうは“巨大な荷”を望んでる。待つしかない」


「巨大ね。なら、もっと大きい商品も作る?」


「……いい案かも」


(依頼主……まさか――)


「ユカリは衣類、終わった?」


「終わった。盲目の方――“ゼフ”が、彼女を尋問しようとしたらしい」


「賢い子。もっと……魅力的な手段で手を引かせないと」


「ボスが対応する。信じなさい」


「もう一人――“リエル”は?」


「ミサキと話した。あの子の優しさは、こちらの武器になる。明日、こちらから会いに行く」


「……明日、ね」


 リエルが息を殺して囁く。


「デュード、今の聞いた?」


「聞いた」ゼフも低く返す。「慈善を隠れ蓑にした、秘密組織。目的不明だが、間違いなく黒い」


 女たちの会話が止まった。


「……今、何か聞こえなかった?」一人が言う。「動物みたいな」


「気のせいでしょ」


「遅いし、眠いだけかも」


 女たちが去った。


 リエルは即座に言った。


「今だ。出るぞ」


 二人は槽から飛び出し、出口へ走った。見つかる前に外へ。


 十分離れたところで、幽霊たちが体から抜けた。


「……面倒だった」護里が言う。


「地下で工場……!」慈凪が青ざめる。「あれ、何してるんですか……」


「関与は確実だ」ゼフが言う。「ただ、まだ“事件”とどう繋がるかが見えない。N・Mの同僚か、もっと深いのか――追加の情報が必要だ」


「潰すか、騙すか」護里が言い切る。「選択肢は二つ」


「後者だ」ゼフが即答する。「祭りまで泳がせて、情報を抜く」


(そして俺は――N・Mと直接話したい)


 月明かりの下、一行は宿へ戻っていった。


——

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