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オカルティスト・クロニクルズ  作者: rimuru the jūto
――砂時計の仮面編――
4/13

4.

 ゼフとリエルは分厚い服とジャケットを着込み、タクシーの後部座席に座っていた。走り出した瞬間、リエルがゼフの耳元に顔を寄せる。


「なあ。本気であの幽霊ども信用してんのか?」


「まったく」ゼフが即答する。「殺し屋だ」


「その殺し屋に、体乗っ取らせたのお前だろ」


「お前も選べた」ゼフは淡々と言う。「それに、たぶん殺さない。俺を殺すのは無駄だからな」


 リエルが首を振った。


「ここで得る答えが、この悪夢の終わりに繋がるといいけどな」


「同意。じゃ、俺は寝る」


 ゼフはシートに身を預ける。車はひたすら走り、数時間後――雪に覆われた、村のような場所で止まった。


「着いたよ、白川郷」運転手が言う。「ご乗車ありがとう」


 ゼフは伸びをし、リエルと一緒に礼を言って車を降りた。


 ゼフはフードを深く被る。


「見えなくても分かる。ここ、死ぬほど寒い」


「いいことだ」リエルが言う。「怠けた骨を動かして血回せ。まずは村人探すか」


「足音がする」ゼフが言った。「近いな」


 リエルが振り向くと、コートを着た年配の女性がこちらへ歩いてきていた。


「耳がいいねえ、坊や。旅人かい?」


 リエルが頷く。


「はい。俺がリエル。こっちが弟のゼフです」


 ゼフが手を上げるが、リエルが向きを直した。


「どうも、どうも」


「……その子、目が見えないのかい?」女性が尋ねる。


「その通り」ゼフが答える。「でも、それであなたの目的が止まるなら、目的のほうが弱いってことだ」


「妙な子だねえ……」


 女性は軽く会釈した。


「ご挨拶を。渡辺メイです。白川郷の――代理の長を務めています。旅人は滅多に来ないのでね」


「代理?」ゼフが反応する。


「ええ。先代の長――中村ケンが、何年も前に悲惨な事故で亡くなりまして」メイは穏やかに言う。「それ以来、正式な後継が現れるまで私が預かっているのです」


 メイは二人を見比べた。


「お茶でもどうだい?」


「ありがたいです」リエルが即答する。


「この寒さから逃げたい……」ゼフがぼやく。


「ついておいで」


 二人は村の道を進み、最も大きな家の前で立ち止まった。毛皮のコートを着た二人の護衛が扉を開ける。


「メイ様」


 メイが頷き返す。だが、護衛は少年たちを見た途端、鉄の穂先がついた槍を構えた。


「止まれ! メイ様、尾行されています!」


 メイが手を上げて制した。


「違うよ。この子たちは外れで見つけた旅人だ。悪さをしに来たわけじゃないだろう?」メイが二人に視線を送る。


「もちろんです」リエルがすぐ答える。「少し聞きたいことがあるだけで」


「なら、入りなさい。できる限り答えよう」


 護衛は二人を睨みつけ、少し間を置いてから槍を下げ、道を空けた。


  二人は“長の家”へ入る。


  *


 室内――


 メイは暖炉へ向かい、近くの薪を足して火を保つ。


「座りなさい」


 二人が火の前に座ると、メイは手際よく茶を用意した。数分後、湯気の立つ茶碗が二つ運ばれ、メイも向かいに座る。


「うまい」リエルが感心する。


「確かに」ゼフも頷く。「何の茶だ?」


「もう生えていない特別な薬草から作るんだよ」メイは言った。「さて、質問とは? 何についてだい」


 ゼフが口を開く。


「東京にある、オード邸という屋敷の者です。“マスク”と呼ばれる集団――あるいは、その影響について何か知りませんか」


 メイは眉を上げ、暖炉に手をかざした。


「マスク……ね。聞き覚えがないでもない。だが、なぜそれを?」


「……知人が、関わってる可能性がある」ゼフは言葉を選んだ。


 メイは目を閉じる。


「そうか」


 そして、ゆっくりと二人を見た。


「多くは知らない。ただ――一度だけ、この村に来たことがある。七つのマスクの一人だ」


 リエルとゼフの空気が変わる。


「名乗りは――“砂時計のマスク”」メイが続ける。「顔を覆う仮面が、名の通り砂時計の形だったからね」


「何をしに?」ゼフが問う。「男? 女? 日本の人間か?」


「態度から背景は読めなかった」メイは首を振る。「ただ、男だったと思う。力、支配、革新――そういうものに取り憑かれた男だ。数週間、村に滞在したいと言った」


 メイは一拍置く。


「……その後、子どもが消えた。何人も。まとめて、跡形もなく。砂時計も一緒に」


(護里の話が本当なら……あの子どもたちは、父さんの家に?)


「……何か言いたいことがあるのかい、坊や」メイが尋ねた。


 ゼフは首を振る。


「いえ、何も」


 メイは顎に指を当てる。


「むしろ、あなたたちが来てくれてよかった。この失踪事件、調べたくても――私たちは村を離れられない」


「どうして?」リエルが聞く。


「冬が厳しくてね」メイは静かに言う。「資源が少ない。家と人を守るために、ここを空けられないのさ」


 外で、冷たい風が鳴った。


「もしここに滞在して調べてくれるなら、客用の家を貸そう。ただし――暖炉が壊れている。薪は自分で集めなさい」


「うわ、労働」ゼフがうめく。


 リエルが肘で小突く。


「助かります、メイ様」


「いいよ」メイは微笑む。「私は用があるが、必要ならできる限り情報を出そう。調べる気があるならね」


「もちろん」ゼフが言う。「労働抜きで」


 メイがくすりと笑い、リエルがゼフを引っ張って連れ出す。


「幸運を」


  二人は外へ出た。


 護衛が待っていた。リエルは緊張したように頭を掻く。


「あの……客用の家まで案内してもらえます? 子どもの失踪、調べる間そこに住んでいいって」


 護衛二人が一瞬だけ息を呑む。だがすぐに無表情に戻った。


「こちらへ」片方が言う。


 護衛は揃った歩幅で歩き、村の奥へ二人を導く。ほどなくして、埃をかぶった家の前で止まった。


「ここは十年ほど使われていない」もう一人が警告する。「今使えるのはここだけだ。他は整備が必要」


「ここでいい」リエルが即答する。


「俺は見えないしな」ゼフが肩をすくめる。


 護衛は扉を開けると、そのまま踵を返して去った。


 リエルはゼフを、火の消えた暖炉の前に座らせる。


「冗談じゃねえな……」ゼフの声が震える。「外より寒いんだけど」


「日が入ってないからな」リエルが言う。


 その瞬間――


 護里、飢呑、慈凪が、兄弟の体からふわりと抜け出て姿を現した。


「うわっ!?」リエルが飛び退く。「おい、お前らずっと静かだったろ!」


「聞いていた」護里が言う。「全部」


「車の中も?」


「全部、と言ったでしょう」


 護里は二人を睨む。


「陰口は失礼。契約はどうした」


「はいはい」ゼフが言う。「信用はしてない。でも助ける。あと、陰口じゃない。お前ら頭の中にいたしな」


「屁理屈ね」護里は払いのけた。「で、計画は? 私はこの村全体を洗うべきだと思う。砂時計の――あのマスクを」


「ちょっと待て」リエルが割り込む。「いつからお前が指揮官だよ」


「私が指揮する。私がリーダー」


「いや違う」


「俺もリエルに同意」ゼフが言う。「俺は指揮とかどうでもいいが、キレやすい幽霊に命令されるのは嫌だ」


「なら、誰がやるの」


 リエルが手を上げる。


「俺が――」


「却下」護里が即答した。


 飢呑が跳ねる。


「じゃあ私! 私がリーダー!」


「却下!」


 ゼフは耳を掻く。


「じゃあ、こうしよう。俺が探偵担当。護里が探偵以外の担当。共同指揮だ」


 護里は腕を組む。


「……いい。で、あなたの案は」


「まず薪」ゼフが即答する。「幽霊って凍える?」


「凍えないよ!」飢呑が笑う。


「寒いの?」慈凪が心配そうに言う。


 ゼフは必死に腕を擦った。


「そんなに分かる? 死ぬほど寒い」


 護里がドアを指さす。


「なら薪を取りに行く」


 三人は再び兄弟の体へ戻り、村の外れへ向かった。


 白山展望台――そこに着き、リエルが木の前で立ち止まる。


「……やべ。斧、借りるの忘れた」


「斧があればよかったな」ゼフが他人事みたいに言う。


 三人が体から抜けると、護里は木々を見上げた。


「こんなの、難しくない。人間でもできる。木を殴れ」


 ゼフが自分を指す。


「俺に言ってる?」


「あなたに。殴れ」


 ゼフが拳を振り、護里が目を剥いて彼を木の方へ向け直す。


「こっち。今」


 ゼフが木を殴った。


 ――血。


 拳の皮が裂けた感触だけが残る。


「うん。実験は失敗だな」ゼフが言う。


 護里が額に手を当てた。


「だから私が指揮するべきなのよ」


 護里は回転蹴り一発で、木を根元から断ち切った。木は雪の上へ倒れ込む。


「うわ……」リエルが固まる。


「今の、すごいことした?」ゼフが聞く。


「した」リエルが即答する。


「私の力を扱うなら、それくらいは奪い取れるはず」護里が言う。「木くらい殴れないの?」


「無理」ゼフが認めた。


「呆れる」


 飢呑は森の中を疾走し、枝を次々へし折って飛ばしてくる。


「ほら、キャッチ!」


 その間に、慈凪がゼフの手にそっと触れた。裂けた拳がじんわり熱を帯び、痛みが引く。


「……今、何した」ゼフが問う。


「ち、治しました……! 無断で触ってごめんなさい……」


「いや、いい」ゼフが言う。「だいぶ楽。これ、いつでもできる?」


「人間には……何度もは無理です。回数が……」


「だよな」


 護里と飢呑が作業を終え、リエルの腕の中には薪が山になっていた。


「これで十分だろ」リエルが言う。


「帰ろう」ゼフが頷く。


 ゼフは杖で展望台の道を急ぎ、リエルがぼやく。


「最初から最後まで手伝いゼロだな……」


 家へ戻り、リエルが薪を置いた。


「で、火をつけるもの」リエルが言う。「誰かマッチ持ってる?」


「私たちは幽霊」護里が言う。


「俺も持ってない」ゼフが言う。


 護里は飢呑を指した。


「妹。高速で手を動かして火花を起こして」


「はーい!」


 飢呑は暖炉の前にしゃがみ、薪に手を当て、高速で擦り始めた。やがて小さな火花が生まれる。


「お、いけてる!」リエルが声を上げた。


「待て」ゼフが眉を寄せる。「それ、どれだけ速く動かしたら可能なんだ」


「めっちゃ速い」


 さらに数秒。


 ボッ、と炎が立ち、部屋に暖かさが広がった。


「……やっとだ」ゼフが息を吐く。「熱……」


 リエルは炎の前へ崩れ落ちる。護里は無表情で見下ろしていた。


「人間って……妙ね」


「お前も元は人間だろ」リエルが火に近づきながら呟く。


 しばらく温まり、二人は立ち上がった。


「よし、チェック一つ目終了」ゼフが言う。「次。失踪した子どもの情報を集める」


「村を探らないなら、どこから始める?」護里が問う。


「簡単」ゼフが言う。「メイ様に、被害者の家の一覧と、砂時計のマスクを泊めた家を聞く」


 護里が少し黙ってから言った。


「……それは、思いつかなかった」


「俺が探偵だからな」ゼフが言う。「で、ついてくる? それとも――」


 護里がため息をつく。


「選択肢がない」


 三人はまた兄弟の体へ戻る。


 そして外へ出た、その瞬間――冷たい風が家の中を突き抜け、


 ……暖炉の火が、ふっと消えた。


——

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