4.
ゼフとリエルは分厚い服とジャケットを着込み、タクシーの後部座席に座っていた。走り出した瞬間、リエルがゼフの耳元に顔を寄せる。
「なあ。本気であの幽霊ども信用してんのか?」
「まったく」ゼフが即答する。「殺し屋だ」
「その殺し屋に、体乗っ取らせたのお前だろ」
「お前も選べた」ゼフは淡々と言う。「それに、たぶん殺さない。俺を殺すのは無駄だからな」
リエルが首を振った。
「ここで得る答えが、この悪夢の終わりに繋がるといいけどな」
「同意。じゃ、俺は寝る」
ゼフはシートに身を預ける。車はひたすら走り、数時間後――雪に覆われた、村のような場所で止まった。
「着いたよ、白川郷」運転手が言う。「ご乗車ありがとう」
ゼフは伸びをし、リエルと一緒に礼を言って車を降りた。
ゼフはフードを深く被る。
「見えなくても分かる。ここ、死ぬほど寒い」
「いいことだ」リエルが言う。「怠けた骨を動かして血回せ。まずは村人探すか」
「足音がする」ゼフが言った。「近いな」
リエルが振り向くと、コートを着た年配の女性がこちらへ歩いてきていた。
「耳がいいねえ、坊や。旅人かい?」
リエルが頷く。
「はい。俺がリエル。こっちが弟のゼフです」
ゼフが手を上げるが、リエルが向きを直した。
「どうも、どうも」
「……その子、目が見えないのかい?」女性が尋ねる。
「その通り」ゼフが答える。「でも、それであなたの目的が止まるなら、目的のほうが弱いってことだ」
「妙な子だねえ……」
女性は軽く会釈した。
「ご挨拶を。渡辺メイです。白川郷の――代理の長を務めています。旅人は滅多に来ないのでね」
「代理?」ゼフが反応する。
「ええ。先代の長――中村ケンが、何年も前に悲惨な事故で亡くなりまして」メイは穏やかに言う。「それ以来、正式な後継が現れるまで私が預かっているのです」
メイは二人を見比べた。
「お茶でもどうだい?」
「ありがたいです」リエルが即答する。
「この寒さから逃げたい……」ゼフがぼやく。
「ついておいで」
二人は村の道を進み、最も大きな家の前で立ち止まった。毛皮のコートを着た二人の護衛が扉を開ける。
「メイ様」
メイが頷き返す。だが、護衛は少年たちを見た途端、鉄の穂先がついた槍を構えた。
「止まれ! メイ様、尾行されています!」
メイが手を上げて制した。
「違うよ。この子たちは外れで見つけた旅人だ。悪さをしに来たわけじゃないだろう?」メイが二人に視線を送る。
「もちろんです」リエルがすぐ答える。「少し聞きたいことがあるだけで」
「なら、入りなさい。できる限り答えよう」
護衛は二人を睨みつけ、少し間を置いてから槍を下げ、道を空けた。
二人は“長の家”へ入る。
*
室内――
メイは暖炉へ向かい、近くの薪を足して火を保つ。
「座りなさい」
二人が火の前に座ると、メイは手際よく茶を用意した。数分後、湯気の立つ茶碗が二つ運ばれ、メイも向かいに座る。
「うまい」リエルが感心する。
「確かに」ゼフも頷く。「何の茶だ?」
「もう生えていない特別な薬草から作るんだよ」メイは言った。「さて、質問とは? 何についてだい」
ゼフが口を開く。
「東京にある、オード邸という屋敷の者です。“マスク”と呼ばれる集団――あるいは、その影響について何か知りませんか」
メイは眉を上げ、暖炉に手をかざした。
「マスク……ね。聞き覚えがないでもない。だが、なぜそれを?」
「……知人が、関わってる可能性がある」ゼフは言葉を選んだ。
メイは目を閉じる。
「そうか」
そして、ゆっくりと二人を見た。
「多くは知らない。ただ――一度だけ、この村に来たことがある。七つのマスクの一人だ」
リエルとゼフの空気が変わる。
「名乗りは――“砂時計のマスク”」メイが続ける。「顔を覆う仮面が、名の通り砂時計の形だったからね」
「何をしに?」ゼフが問う。「男? 女? 日本の人間か?」
「態度から背景は読めなかった」メイは首を振る。「ただ、男だったと思う。力、支配、革新――そういうものに取り憑かれた男だ。数週間、村に滞在したいと言った」
メイは一拍置く。
「……その後、子どもが消えた。何人も。まとめて、跡形もなく。砂時計も一緒に」
(護里の話が本当なら……あの子どもたちは、父さんの家に?)
「……何か言いたいことがあるのかい、坊や」メイが尋ねた。
ゼフは首を振る。
「いえ、何も」
メイは顎に指を当てる。
「むしろ、あなたたちが来てくれてよかった。この失踪事件、調べたくても――私たちは村を離れられない」
「どうして?」リエルが聞く。
「冬が厳しくてね」メイは静かに言う。「資源が少ない。家と人を守るために、ここを空けられないのさ」
外で、冷たい風が鳴った。
「もしここに滞在して調べてくれるなら、客用の家を貸そう。ただし――暖炉が壊れている。薪は自分で集めなさい」
「うわ、労働」ゼフがうめく。
リエルが肘で小突く。
「助かります、メイ様」
「いいよ」メイは微笑む。「私は用があるが、必要ならできる限り情報を出そう。調べる気があるならね」
「もちろん」ゼフが言う。「労働抜きで」
メイがくすりと笑い、リエルがゼフを引っ張って連れ出す。
「幸運を」
二人は外へ出た。
護衛が待っていた。リエルは緊張したように頭を掻く。
「あの……客用の家まで案内してもらえます? 子どもの失踪、調べる間そこに住んでいいって」
護衛二人が一瞬だけ息を呑む。だがすぐに無表情に戻った。
「こちらへ」片方が言う。
護衛は揃った歩幅で歩き、村の奥へ二人を導く。ほどなくして、埃をかぶった家の前で止まった。
「ここは十年ほど使われていない」もう一人が警告する。「今使えるのはここだけだ。他は整備が必要」
「ここでいい」リエルが即答する。
「俺は見えないしな」ゼフが肩をすくめる。
護衛は扉を開けると、そのまま踵を返して去った。
リエルはゼフを、火の消えた暖炉の前に座らせる。
「冗談じゃねえな……」ゼフの声が震える。「外より寒いんだけど」
「日が入ってないからな」リエルが言う。
その瞬間――
護里、飢呑、慈凪が、兄弟の体からふわりと抜け出て姿を現した。
「うわっ!?」リエルが飛び退く。「おい、お前らずっと静かだったろ!」
「聞いていた」護里が言う。「全部」
「車の中も?」
「全部、と言ったでしょう」
護里は二人を睨む。
「陰口は失礼。契約はどうした」
「はいはい」ゼフが言う。「信用はしてない。でも助ける。あと、陰口じゃない。お前ら頭の中にいたしな」
「屁理屈ね」護里は払いのけた。「で、計画は? 私はこの村全体を洗うべきだと思う。砂時計の――あのマスクを」
「ちょっと待て」リエルが割り込む。「いつからお前が指揮官だよ」
「私が指揮する。私がリーダー」
「いや違う」
「俺もリエルに同意」ゼフが言う。「俺は指揮とかどうでもいいが、キレやすい幽霊に命令されるのは嫌だ」
「なら、誰がやるの」
リエルが手を上げる。
「俺が――」
「却下」護里が即答した。
飢呑が跳ねる。
「じゃあ私! 私がリーダー!」
「却下!」
ゼフは耳を掻く。
「じゃあ、こうしよう。俺が探偵担当。護里が探偵以外の担当。共同指揮だ」
護里は腕を組む。
「……いい。で、あなたの案は」
「まず薪」ゼフが即答する。「幽霊って凍える?」
「凍えないよ!」飢呑が笑う。
「寒いの?」慈凪が心配そうに言う。
ゼフは必死に腕を擦った。
「そんなに分かる? 死ぬほど寒い」
護里がドアを指さす。
「なら薪を取りに行く」
三人は再び兄弟の体へ戻り、村の外れへ向かった。
白山展望台――そこに着き、リエルが木の前で立ち止まる。
「……やべ。斧、借りるの忘れた」
「斧があればよかったな」ゼフが他人事みたいに言う。
三人が体から抜けると、護里は木々を見上げた。
「こんなの、難しくない。人間でもできる。木を殴れ」
ゼフが自分を指す。
「俺に言ってる?」
「あなたに。殴れ」
ゼフが拳を振り、護里が目を剥いて彼を木の方へ向け直す。
「こっち。今」
ゼフが木を殴った。
――血。
拳の皮が裂けた感触だけが残る。
「うん。実験は失敗だな」ゼフが言う。
護里が額に手を当てた。
「だから私が指揮するべきなのよ」
護里は回転蹴り一発で、木を根元から断ち切った。木は雪の上へ倒れ込む。
「うわ……」リエルが固まる。
「今の、すごいことした?」ゼフが聞く。
「した」リエルが即答する。
「私の力を扱うなら、それくらいは奪い取れるはず」護里が言う。「木くらい殴れないの?」
「無理」ゼフが認めた。
「呆れる」
飢呑は森の中を疾走し、枝を次々へし折って飛ばしてくる。
「ほら、キャッチ!」
その間に、慈凪がゼフの手にそっと触れた。裂けた拳がじんわり熱を帯び、痛みが引く。
「……今、何した」ゼフが問う。
「ち、治しました……! 無断で触ってごめんなさい……」
「いや、いい」ゼフが言う。「だいぶ楽。これ、いつでもできる?」
「人間には……何度もは無理です。回数が……」
「だよな」
護里と飢呑が作業を終え、リエルの腕の中には薪が山になっていた。
「これで十分だろ」リエルが言う。
「帰ろう」ゼフが頷く。
ゼフは杖で展望台の道を急ぎ、リエルがぼやく。
「最初から最後まで手伝いゼロだな……」
家へ戻り、リエルが薪を置いた。
「で、火をつけるもの」リエルが言う。「誰かマッチ持ってる?」
「私たちは幽霊」護里が言う。
「俺も持ってない」ゼフが言う。
護里は飢呑を指した。
「妹。高速で手を動かして火花を起こして」
「はーい!」
飢呑は暖炉の前にしゃがみ、薪に手を当て、高速で擦り始めた。やがて小さな火花が生まれる。
「お、いけてる!」リエルが声を上げた。
「待て」ゼフが眉を寄せる。「それ、どれだけ速く動かしたら可能なんだ」
「めっちゃ速い」
さらに数秒。
ボッ、と炎が立ち、部屋に暖かさが広がった。
「……やっとだ」ゼフが息を吐く。「熱……」
リエルは炎の前へ崩れ落ちる。護里は無表情で見下ろしていた。
「人間って……妙ね」
「お前も元は人間だろ」リエルが火に近づきながら呟く。
しばらく温まり、二人は立ち上がった。
「よし、チェック一つ目終了」ゼフが言う。「次。失踪した子どもの情報を集める」
「村を探らないなら、どこから始める?」護里が問う。
「簡単」ゼフが言う。「メイ様に、被害者の家の一覧と、砂時計のマスクを泊めた家を聞く」
護里が少し黙ってから言った。
「……それは、思いつかなかった」
「俺が探偵だからな」ゼフが言う。「で、ついてくる? それとも――」
護里がため息をつく。
「選択肢がない」
三人はまた兄弟の体へ戻る。
そして外へ出た、その瞬間――冷たい風が家の中を突き抜け、
……暖炉の火が、ふっと消えた。
——




