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オカルティスト・クロニクルズ  作者: rimuru the jūto
――砂時計の仮面編――
3/13

3.

 リエルが即座にゼフの腕を掴み、強引に引き戻した。


「デュード……」


「何だよ。何を見た?」


「デュード……!」


「言えって! 何が起きた!」


「メイドがガキを殺した! 逃げるぞ!」


 リエルがゼフの腕を引いて走り出す。同時に、緑髪のメイドが人間離れした速度で突進してきて――地下の壁へ激突した。


 ドンッ。


 間一髪。二人は階段へ駆け上がる。


「待て。お前、あいつらが少年を殺したのを見たんだな? 俺に助けを求めた、あの少年を?」


「助けを求めたって?」


「昨日の夜だ。俺に縋って、助けてくれって――それで引きずられた」


「どっちにしろ、三人で始末した。次は俺らだ!」


 階段の上に、慈凪が立っていた。


 肌は――幽霊そのものの、白く透けた質感。


「待――!」


 リエルが悲鳴を上げ、足を滑らせる。ゼフごと階段を転げ落ちた。


「いってぇ……」リエルが呻く。


「今、床か?」ゼフが問う。


 リエルがゼフを引き起こす。その前に、三体の幽霊が現れ、二人を囲んだ。


「……デュード。これ、詰んだかも」


 幽霊たちが、じりじりと距離を詰める。


「三人の可愛いメイドに殺されるなら、最悪の死に方じゃない!」ゼフが言い放つ。「ビビるな!」


「今それ言うタイミングじゃねえ!」


 護里が近づいた。赤い目が妖しく光る。


「言ったはず。そこに近づくな、と」


 護里は二人の首を片手ずつで掴み、宙へ持ち上げる。顔が、すぐ近くに迫った。


「自分で招いたのよ」


 次の瞬間――二人は床へ叩きつけられた。


 視界が、真っ黒に沈む。


  *


 ――???


 リエルとゼフが目を覚ますと、二人は椅子に縛り付けられていた。


 薄暗いオフィス。正面には、あの三人。


 今度は巨大なTシャツを着ているだけで、他は何も身につけていない。肌は青白く、透けている。


「……俺ら、死んだ?」リエルが喉を鳴らす。


「質問するのは私」護里が低く言った。


「尋問は初めてだ」ゼフが口角を上げる。「楽しみだな」


 護里がゼフの椅子を蹴り飛ばし、向きを無理やり変えた。


「なぜここに来た」


「具体的に。地下のことか?」


「この家よ。なぜこの家に来た」


「ああ」ゼフは肩をすくめる。「手紙だ。父が遺産を相続させたい、って。以上」


「あなたの父……」護里は二人の周りを歩きながら、何かを測るように呟く。


「ここからが詰問タイムか?」ゼフが言う。


 護里が睨みつける。


「おい」リエルが小声で警告する。「相手、幽霊だぞ」


「まあ、俺には見えない」ゼフが平然と言う。


「その通り」護里が淡々と肯定した。「私たちは幽霊。もう生きていない」


「なるほど」ゼフが言う。「死んでるのに、どうしてメイドとして機能してる?」


「それが……私たちの仕事だったから……」慈凪が小さく言う。「死ぬ前から……」


「死んでどれくらい?」


「……何十年も……」


 リエルが首を伸ばす。


「で、なんで三人いるんだ?」


 緑髪の少女が手を挙げた。


「はーい! あたし、飢呑! 外のこと担当! 遊ぼ!」


 慈凪が飢呑の耳元で何かを囁く。護里はなおも兄弟を値踏みするように見ていた。


「あなたたちは……“あいつら”じゃないの?」


「あいつら?」ゼフが眉を上げる。「待て。なら、なんであの少年を殺した」


「……マスク……」護里が呟く。「マスクの連中の……」


「もう少し具体的に頼む」ゼフが言う。「甘い子ちゃん」


 護里の目が吊り上がる。


「その呼び方、やめろ!」


「了解。好みは尊重する」


 護里は深く息を吸った。


「……閉じ込められた。痛めつけられた。利用された」


 護里は月の扉の方へ顎をしゃくる。


「扉は、あいつらのもの」


「“私たち”って、何人くらい?」ゼフが聞く。


「……大勢」


 慈凪が不安そうに腕を擦る。


「見られてしまって……ごめんなさい。マスクの連中……もう耐えられなくて……」


「まだ情報が足りない」ゼフが言う。「で――俺の両親は?」


 護里がゼフを指さした。


「あなたの両親……マスクと関わってた」


 ゼフが少し身を乗り出す。


「じゃあ、お前らが復讐で二人を殺して隠した、と?」


 三人が一斉に後ずさり、首を振った。


「違う」護里が言う。「私は……何が起きたか知らない」


「へえ。信じろって?」ゼフが鼻で笑う。「で、結局お前らは何がしたい」


 護里の視線が、ゼフのポケットに戻った。護符が、いつの間にか戻っている。


「……あなた、護符を持ってる。私たちを解放できる?」


「解放? どういう意味だ」


「ここに縛られてるの!」飢呑がけらけら笑う。「外に出られないし、永遠にメイド! 最悪!」


「それは……きついな」リエルが言う。「でも、だからって子どもを殺していい理由にはならない」


「あの子は邪悪だった!」護里が叫ぶ。


「だからって首を切るのが普通の女の子のやることかよ!」


「私たちは普通じゃない!」護里が怒鳴り返す。「死んでるんだ、馬鹿!」


 ゼフが咳払いをする。


「……俺は協力してもいい」


 部屋が静まり返った。


「本当?」慈凪が小さく言う。


「来た理由の一つは、父の死の真相だ」ゼフは淡々と言う。「お前らが手伝う。俺が解放を探す。幽霊と組むのは普通に面白そうだし」


「お前、正気か?」リエルが割り込む。


「もし殺す気なら、今頃死んでる」ゼフが言う。「論理的に」


「……まだ決めてない」護里が呟いた。


「何だって?」


 慈凪が護里の耳元へ必死に囁く。


「お姉ちゃん……お願い。私たち、もう何をしてもダメだった……!」


「……ふん。確かに」


 護里は兄弟へ向き直った。


「取引成立よ」


「つまり」ゼフが言う。「仕事仲間だな」


「何それ」


「気にするな。じゃあ、自由にして」


 護里は目を細めたあと、腕を一振りする。縄が裂け、拘束が落ちた。


「契約を破るな」


 二人が立ち上がると、ゼフの護符がポケットから滑り落ちた。


「さて」ゼフが言う。「少しでも楽になる情報は? 何でもいい」


 三人が視線を交わす。


「……えっと」慈凪が言葉を探す。「記憶が欠けてて……でも、火がいっぱいで……叫ぶ子どもが、たくさん……」


「いつだ?」


「……ずっと昔」


「マスクが来なくなった時期は覚えてない」護里が言う。「でもある日、私たちだけになった。“他のもの”と一緒に。腹が減って、獣みたいで……」


「わたしみたい!」飢呑が元気よく言う。


 ゼフは顎に指を当てる。リエルがゼフを引っ張って小声で言った。


「頼む。何してるか分かってるんだよな?」


「分かってない」


「は?」


「幽霊の解放は知らない。やったことあるのは除霊だ。解放じゃない」


「嫌われるぞ……」


「適当にやる。科学はだいたいそう」


 護里が腰に手を当てる。


「何を話してる」


 ゼフが指を立てた。


「質問。昨夜、俺を眠らせたのは誰だ?」


 慈凪が顔を赤くする。


「ごめんなさい……私です……」


「どうやった」


 慈凪は胸に手を当てた。


「ここで起きた“酷いこと”のせいで……私たちは力を得ました。私は治癒と……それから、眠らせる力が……」


「じゃあ」リエルが言う。「飢呑は音速みたいに走れて、護里は片手で人を持ち上げられる」


「ふん」護里が鼻を鳴らす。


 ゼフは両手を合わせた。


「つまり、お前らは他の扉に入れないんだな?」


 三人が首を振る。


「やっぱりな。じゃあ、解決策がある」


 三人が身を乗り出す。


「――マスクを見つける」


 空気が凍った。


「……何?」護里が息を呑む。


「無理!」慈凪が叫ぶ。


「やだ!」飢呑が拒否する。


「それは俺も反対」リエルが即座に言う。「なんで殺人秘密結社を追うんだよ」


「理由は単純」ゼフが言う。「あいつらはお前らをこうした。戻し方、もしくは解放の方法を知ってる可能性が高い。母さんと父さんのこともな」


「居場所が分からない」護里が言う。「分からない方がいい」


「でも答えは要る」ゼフが言った。


 全員がゼフを見た。


「どこから始める?」慈凪が震える声で言う。


「ここ、月の部屋だろ?」


「そう」護里が答える。「ただのオフィス。あなたの父がよく使っていた」


「オフィスには紙がある」ゼフが言う。「関係ありそうな書類、残ってないか」


「探してくる!」飢呑が手を挙げた。


 飢呑は一瞬で部屋中を駆け回り、紙を一枚だけ持って戻ってきた。


「これだけ! リース契約書!」


「リエル、読めるか」


 リエルが紙を受け取り、目を走らせた。


「……『この賃貸契約は、オトマール・オードと【黒塗り】の間で、期間10年――。日付:1986年』」


「父さんが誰かにこの家を貸した?」ゼフが言う。「誰に。なんで」


「マスクのやつらかもな」リエルが言う。「四十年前なら、実験でも何でもできる」


 護里が冷たく言う。


「手がかりは?」


「住所だ」ゼフが言う。「リエル、住所は?」


「白川郷だって」リエルが答える。「遠いぞ」


「金ならある」ゼフが肩をすくめる。「冬服、用意できてるか?」


「お前、ほんと腹立つ時あるわ」


「荷造りしよう」


 階段へ向かう二人に、護里が呼び止めた。


「待って。私たちは一緒に行けない。このままでは」


 二人が振り返る。


「なんで?」リエルが問う。


「私たちは家に縛られてる」護里が言う。「魂を別の器に縛らない限り、ここから出られない」


「つまり?」ゼフが嫌な予感で眉を寄せる。


「あなたたちの肉体に、私たちの魂を結びつける」護里が言い切った。「ソウルバインドよ」


 リエルがゼフを見て青ざめる。


「こいつら……融合したいってさ。幽霊と!」


「害はないよ!」慈凪が慌てて言う。「お互い得しかない!」


「どう得なんだよ」リエルが引きつった声で言う。


 飢呑が笑って、指先を震わせる。


「どっちかがくっついたら、その人は私たちの力をちょっと使えるの! 楽しいよ!」


「……それは確かにカッコいい」リエルが小声で言ってしまう。


「問題?」護里が睨む。


「ない! ないです!」


「よし」護里が腕を組む。「三人いる。二人の人間に入るなら、二人は同居になる。私は単独。力が一番、制御が難しいから」


「待て」ゼフが言う。「まだ同意して――」


「してない」リエルも言う。「してないぞ!」


 護里は二人の前を行ったり来たりし、ゼフを指さした。


「あなた。私はあなたがいい」


「……俺?」ゼフが首を傾げる。「なんで」


「もう一人は退屈。柔らかい」


「おい!」リエルが噛みつく。「俺はどっちでもねえ!」


 慈凪と飢呑がリエルの腕をがしっと掴む。


「準備いい?」慈凪が聞く。


「楽しみ!」飢呑がはしゃぐ。


 護里がゼフの腕を掴んだ。


「副作用は?」


「出たら分かる」


 次の瞬間、三人の幽霊が光り始め、同じ言葉を唱える。


「魂の鎖! 魂の鎖!」


 光が弾け、幽霊たちは兄弟の体へ吸い込まれた。


 ゼフとリエルは床へ崩れ落ちる。


「……頭が……」


 ゼフが起き上がる。


 ――見える。


「待て。視界が……なんで見える?」


 頭の中に、護里の声が響いた。


『私の力。身体能力を底上げする。目も同じだろう』


「最高だ。完璧――」


『調子に乗るな。三十秒だけ。その後は“充電”が必要』


「くそ……いや、どれくらい?」


『数時間かもしれない。数日かもしれない。私は重い』


「何の文脈で?」


『……は?』


 リエルも起き上がり、身体に妙な高揚を感じていた。


「おい、俺の頭の中、声が二つあるんだけど……静かにできない?」


『無理!』飢呑が楽しそうに笑う。


『ごめんなさい……』慈凪が申し訳なさそうに言う。『この子、よく喋るの』


 ゼフはふと呟いた。


「……物を壊すには?」


『言え。“力の幽霊”』


「よし。力の幽霊!」


 ゼフが床を殴りつける。


 ドンッ。


 反動でゼフもリエルも転がった。


「……おっと」


『殴る場所を選べ』護里が呆れた声で言う。


 リエルが自分の手を見つめる。


「俺はどう使うんだ?」


『私のは“速さの幽霊”って言って!』飢呑が言う。


『私は……“活性の幽霊”です……』慈凪が付け足した。


「回復はいらないし……速さの幽霊!」


 リエルは弾丸みたいに飛び出し、壁へ激突した。


「いってぇ……!」


 頭の中で飢呑が爆笑する。


「笑うな!」


 起き上がったリエルが言うと、幽霊の三人が“外”に姿を現した。


「待て。融合したんじゃないのか?」リエルが言う。


「うん。でも出てこられるの!」飢呑がけらけら笑う。「君たちのそばにいないとダメだけどね!」


 飢呑がゼフの背中に飛びつき、ゼフが転ぶ。


「背中……やめろ……」


「それに、人間はいつでも替えられるよ!」飢呑が言う。


 護里が腰に手を当て、吐き捨てるように言った。


「……不本意だけど。解放のためなら、白川郷へ行く」


「タクシー呼ぶ」リエルが言う。「絶対高い」


 彼らが家を出るとき――誰も気づかなかった。


 床に落ちたままの、月の護符。


 そして換気口の奥から、一本の骸骨の手が伸びる。


 護符を掴み、闇へ引きずり込んでいった。


 ……跡形も残さずに。


「……」


——

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