20.
ゼフとリエルはタクシーの後部座席にいた。運転手は道中ずっと、不気味なくらい無言だ。
「なあ、白川郷まであとどれくらい?」リエルが聞く。
男は返事をしない。
「愛想がないようだな」ゼフが言った。「放っておくのが合理的だろう」
「……はいはい。もういい、スマホで見る」
リエルが地図を開き、数秒入力して――息をのむ。
「……あと四時間!? マジかよ。今日ずっと車じゃん!」
「なら覚悟しておけ」
さらに数時間後。
雪山の村に着くと、運転手は唐突に車を止めた。
「降りろ。着いた」
「ここか?」ゼフが尋ねる。
「荻町だ」男は短く答える。「観光しに来たなら、ここが見たかった場所だろ」
リエルは車外へ目をやる。雪を被った家々が固まっている。
「……静かだな。ほとんど廃村みたい」
「知ったことか。金を払って出ていけ」
「はいはい」
リエルが金を渡し、二人は車を降りた。その瞬間――運転手に気づかれないように、護里が屋根の上からひらりと降りる。
「後ろに一緒に座ればよかっただろ」ゼフが小声で言う。
「あなたが怪我をしてるから。少し距離をあげたかった」護里が答える。
「……気が利くじゃないか」
運転手は発進しかけたが、窓を少しだけ下げた。
「お前らが何しに来たか知らねえが……あの気味悪い家から逃げたくて来たなら、この村は“上位互換”にはならねえぞ」
「どういう意味だ?」ゼフが眉をひそめる。
「自分で確かめろ」男は吐き捨て、走り去った。
リエルが肩をすくめる。
「寒すぎ。家にノックして、泊めてくれって頼む?」
「無駄だ」ゼフが即答する。「見知らぬ人間を家に入れる確率は低い」
「外で編み物してるおばあさんがいる。ワンチャンあるだろ」
「忠告はしたぞ」
二人が村の奥へ近づくと、リエルは家の前に座る女性に声をかけた。
「すみません!」
女性が顔を上げる。
「……ん?」
「俺、リエル。こっちは兄のゼフ。ちょっとここで泊まれる場所を探してて……手助けしてもらえませんか?」
女性は毛糸を膝に置いた。
「旅の方かい」
リエルがうなずく。
「妙だねえ。町の“妙事”を調べに来たのかい? 人を寄越すと言ってたのに、結局来なかったからね」
「妙事……?」リエルが首をかしげる。
ゼフが咳払いをする。
「詳しく聞かせてもらえますか」
女性は道具を手に取り、家の戸を開けて二人を招いた。
「入んな」
二人は一瞬だけ躊躇し、それから家に足を踏み入れる。
暖炉の前に座らされ、湯気の立つ茶が差し出された。
「ほら。飲みな」
「えっと……ありがとうございます」リエルが受け取る。
ゼフは香りを確かめる。
【毒……じゃないな。よし】
二人が茶を飲む間、女性は火の具合を見ていた。
「……あんたら、何者だい」
「俺たちは――」
「探偵だ」ゼフが割り込む。「東から来た」
「……ほう」
「それで、さっきの“妙事”とは?」ゼフが続ける。
女性は一口すすり、言った。
「うちの村の“長”が、一年前に家で死んだ。すぐ後に、娘も消えた。それから夜になると、変な音と影が出るようになった」
手が強張る。
「人の声じゃない悲鳴。長の家の周りを回る足音。空気が、ありえないほど冷たくなる」
「死因は?」ゼフが問う。
「分からん。医者も“特定できない”って言ったよ。急すぎた。心臓発作みたいにね」
「……妙だな」ゼフが小さく呟く。「その家へ案内してもらえますか。調べたい」
女性はくすりと笑った。
「朝まで待ちな。夜は隠すんだよ。現象が出るからね」
そして立ち上がる。
「その代わり、寝床を貸してやる。こっちだ」
案内された客間には、床に敷いた布団が二つあった。
「何年も客なんて来なかったからね。気に入らなかったら勘弁しとくれ」
「十分です。本当に助かります」リエルが頭を下げる。「あの、名前は?」
「メイ・ワタナベ」女性は答えた。「今じゃ、ひとりさ」
「家族は……?」リエルがそっと聞く。
「旦那は死んだ。子どもは皆、海外へ行った」
「……それは……すみません」
「気にしな」メイ・ワタナベは淡々と言う。「今は編み物で村に返してる。それが私の楽しみさ」
軽く会釈し、女性は戸口へ戻った。
「好きなだけ休みな。用があれば、暖炉のところにいるよ」
女性が去ると同時に、飢呑・玲離・慈凪が姿を現し、護里は扉をすり抜けて入ってきた。
「全員集合だな」リエルが言う。「で、ゼフ。どう思う?」
「この現象は砂時計の仮面と繋がっている可能性が高い」ゼフが考え込む。「だが、どう繋がっているかは分からない」
リエルがゼフの腕を指さす。
「それ、もっと白くなってる。あんま時間ないぞ」
「焦るな。砂時計がこちらの動きを把握すれば、逃げられる。あるいは――先に叩かれる」
「じゃあ、どうする?」
「明日、長の家へ行く。一年経っていても、死の痕跡は残る」
ゼフは布団に腰を下ろした。
「……とにかく寝ろ。全員」
リエルはゼフが頭を倒すのを見て、ぽつりと言う。
「今の、人生で初めて聞いたかも。お前が“休め”って言うの。……お前ら、影響力すげえな」
それに反応するように、姉妹たちの頬がわずかに灰色を帯びた。
「聞こえてるぞ」ゼフがぼそっと言う。「バカ」
「はいはい。もちろん」
――その頃。
長の家の外。村人が懐中電灯を向けながら、そろりと玄関へ近づいた。
「……もしもし? 誰かいるのか?」
手を伸ばすと、扉が――なぜか開いていた。
「え……?」
一歩入って、光で室内をなぞる。
「息子はここで死にかけたって言ってたが……大げさだったのか?」
さらに奥へ。部屋を覗く。
「……空っぽだ。長よ、どうやって死んだ? 本当に病気だったのか――」
その瞬間、冷たい風が撫でた。玄関の扉が、バン、と閉まる。
「おい、な――!」
振り返ると、巨大な人型の影が――膨れ上がる。膨れ上がり、腕と脚が増え、増え、増えていく。
「うわああああ! 誰か! 助けて! 助けてくれ!」
男が扉へ駆ける。しかし腕が伸び、彼を部屋の奥へ引きずり込む。
そして――扉は閉じた。
――




