19.
骸骨の手が――ゼフの意識の隅で、ちらついた。
掴まれそうで、掴まれない距離。
――家族……
「……何だ、お前」
――家族……
手が伸び、彼を掴んだ瞬間。
ゼフは目を開けた。自分のベッド。誰かの膝の上に頭があり、額に手が当てられている。
「よ、よかった……起きた!」
「慈凪……? 何が――」
「狙撃……! 撃たれたの! わ、私……全部使って治した。でも……でも、完全には……」
ゼフは左手の指を動かそうとする。
「……は? なんで、手が動かねえ」
「あ……えっと……」
「慈凪」
「言うべきか分からなくて……」
「視界をくれ。今すぐ」
「ほ、本当に……?」
「うん」
融合した瞬間、ゼフは自分の腕を見た。
左腕が、青白い。幽霊みたいに――色が抜けている。
「……何だよ、これ」
「その弾……霊を消すための弾だと思う。でも、あなたは霊じゃないから……別の形で作用してる」
「冗談じゃねえ。狙撃手はどこだ」
「下……。みんなが捕まえた」
ゼフは起き上がろうとして、脚が崩れた。床に落ちる。
「っ……!」
「歩かないで! 背中、かなりやられてる!」
「下に行く。今」ゼフは歯を食いしばる。「支えになる物は? 近くにないか」
「さ、探してくる!」
慈凪が出ていく音。数分後、金属を引きずる音が戻ってきた。
「こ、これ……たぶん……昔、誰かが歩くのに使ってた……」
「歩行器か。ナイス。手、置かせて」
「でも、私……力が……」
「いい。いける」
慈凪が必死に持ち上げ、ゼフの手を歩行器へ誘導する。脚がふらつくが、なんとか立てた。
「……よし。行くぞ。案内して」
慈凪に支えられながら階段を降りると、リエルの声が飛んできた。
「ゼフ! 生きてた! やべえ、マジで死んだと思った!」
リエルが抱きつき、ゼフは顔を歪める。
「背中……! 抱くな……!」
「あ、わり、わり!」
もう一つ、腕が回る感触。
「護里か?」
「は、はい……! 助けてくれて……ありがとう……! ごめんなさい、私……何も……」
「いい。お前は無事か」
「……はい。でも……繋がりが変。あなたの中に入れない。あの男……何かした」
部屋の中心から、聞き慣れない笑い声。
「ははは。探偵坊や。霊じゃなくてよかったな。霊なら今ごろ――消滅してる」
「そいつの所へ連れていけ」
左右から腕が添えられる。近くで、飢呑と玲離の声がした。
「ゼフ! まだ死んでないの、いいね!」飢呑がけらけら笑う。
「安心した」玲離が淡々と言う。「この男が犯人」
「……俺、そっち向いてる?」
「向いてる」リエルが答えた。「てか、腕どうしたんだよ」
男が腹の底から笑う。
「それは俺の弾の効果だ。こいつは霊じゃない。だから“霊に変える”。今は腕だけ。だが数か月もすれば――全身が幽霊になる」
空気が凍った。
ゼフは顎に指を当てる。
「止める方法は」
「護符だけだ」男が言い切る。「そしてお前は護符を持ってない。詰みだな」
玲離がゼフの腕を軽く引く。
「隠し事をしている。情報を取る?」
「頼む。割らせろ」
玲離がリエルへ溶け込む。
リエルが呪句を口にした瞬間、男の呼吸の乱れが“見える”ように伝わってくる。
「……おい」リエルが言う。「お前、焦ってる。言いたくないことがあるな?」
「な、なんで――」
「ポケット」玲離の声がリエルの頭に響く。「右。何かある」
縛られた男のポケットを探り、リエルが引き抜いたのは――砂時計の首飾り。
「……何だこれ。心のネックレスと似てる。ってことは、砂時計の仮面が“お前”を寄越したのか」
男は黙った。
「当たりか」リエルが吐き捨てる。「じゃあ言え。砂時計の仮面はどこだ。ゼフを治すんだ」
「お前らに話すことはない」
「ならいい」ゼフが冷たく言う。「クローゼットに放り込め」
「了解。来いよ、クソ野郎」
リエルが男を引きずって出ていく。扉が閉まったあと、護里がゼフを抱き締め直した。
「本当に……大丈夫?」
「腕は痺れて、背中は痛い。でも頭は動く。それで十分」
「休んだ方が……」
「休まない」ゼフは言った。「俺と、お前ら全員が狙われてる。止めるしかない」
「……分かった。私、付いていく」
慈凪も反対側から支える。
「わ、私も……!」
「うん!」飢呑が元気よく頷く。「リエルと玲離も連れてくる!」
ゼフの胸の奥が、妙に熱くなる。
(……最近、こいつらやけに優しいな。……これが“友達”ってやつか)
そこへ、リエルが勢いよく戻ってきた。
「みんな! ヤバい情報!」
「何だ」ゼフが耳を立てる。
「そいつのジャケット。タグに“白川郷”って――玲離が気付いた!」
「良い観察だ」ゼフは短く頷く。「なら行くぞ。砂時計の仮面を追う」
「スマホは?」リエルが聞く。
「後。今は俺が幽霊になる方が困る。これ以上襲撃もいらねえ。準備しろ。旅だ」
ゼフの脳内で、冷たい文字が走る。
[事件ファイル2:七つの仮面]
[――第1節:砂時計の仮面――]
「……私たち、パートナーとして行く?」護里が小さく尋ねる。
ゼフは少しだけ間を置いた。
「……弾を受けたんだ。さすがに、もう“仲間”だろ」
姉妹たちの表情がぱっと明るくなる。
「よし」ゼフが言った。「砂時計へ――行くぞ」
その頃、クローゼットの中。縛られた男は指先だけ動かし、腰の小型無線を押した。
「ボス。動き出しました」
『来させろ、下僕。来させろ』
声が低く笑う。
『――来るがいい』
――




