18.
リエルとゼフが屋敷へ戻ると、四姉妹はふわっと二人から離れ、それぞれ綿あめを手にして散っていった。護里が一歩前に出る。
「……ありがとう、二人とも」護里は言った。「長い間ここに閉じ込められていたから……とても、楽しかった」
「ありがとゼフ、ありがとリエル!」飢呑が弾んだ声で笑う。
「も、もう一回……すぐ、できる?」慈凪が恐る恐る尋ねる。
「七十二時間以内なら、いつでも?」玲離が淡々と提案した。
リエルは肩を揺らして笑った。
「お前らお前ら! ただのゲーセンだって! 次はもっといい所行こうぜ。な、ゼフ?」
肘でつつくと、ゼフはハッとしたように顔を上げた。
「……え? ああ。どこでも」
リエルは咳払いする。
「女の子たち。ちょっとだけ席外していい?」
護里が頷くのを確認すると、リエルはゼフを廊下へ引っ張り出した。
「なあ、大丈夫か?」リエルが低い声で言う。「いつもより、だいぶ上の空だぞ」
ゼフは即座に手を伸ばし、リエルの肩を掴んだ。
「女たちは近くにいるか?」
「いねえよ。なんで?」
「七つの仮面だ」
「……は?」
「見られてる。俺の名前を知ってた。のんきに遊びすぎた。もう屋敷の中に入り込んでる可能性がある。――携帯を取られてたらどうする?」
リエルはため息をつき、廊下を見回す。
「……携帯なら、まだここにある」
彼は傷だらけのスマホを拾い上げて見せた。
「それ、ただの“事件脳”が戻ってきただけじゃねえの?」
「聞いたんだよ」ゼフは食い下がる。「中身を引きずり出す。今すぐだ」
リエルは渋い顔のまま頷いた。
「でもさ。お前、二日間は休むって約束したろ」
「はいはい。明日からまた遊べばいい。だが、その前にこの端末だ。片時も待てない」
「機嫌悪くなるぞ、あいつら」
「綿あめを追加で買えばいい」
その瞬間、飢呑が角からひょいと顔を出し、手を振った。
「ねえ! さみしい! 二人とも戻ってきて!」
飢呑はリエルの頬をつまむ。
「へ、へへ……」リエルが引きつった笑いを浮かべる。「あとちょっとだけな。すぐ戻るから」
「うん!」
飢呑はあっという間に走り去った。リエルはゼフに向き直り、スマホの電源を入れる。
「十五パーだ」
「十分。ロックは?」
「……暗証番号か指紋だな」
「試せ。『7162』」
「ダメ」
「『9811』」
「無理」
「『2001』」
「違う」リエルが眉をひそめる。「お前、適当に言ってんだろ」
「適当じゃない。……半分はな」ゼフは指を鳴らした。「違う。発想が違う。――家の誕生日だ」
「は?」
「建てた日だ、馬鹿」
「……それ、分かんねえだろ」
「だが“向こう”は知ってる」
「お前さ……」
「じゃあこうだ。明日も“友達ごっこ”は続ける。だがスマホは持って行く。情報を拾う」
リエルは大きく息を吐く。
「分かったよ。ケース脳で空気ぶち壊すなよ。じゃ、説明しに行くぞ」
二人が居間へ戻ると、四姉妹はソファで綿あめを舐めていた。リエルが気まずそうに切り出す。
「えーっと、 ladies……お願いがあるんだけど」
護里が舐める手を止める。
「……なに?」
リエルがゼフを肘でつつく。
「言え。正直に」
「え、ええと……その……」ゼフが頭を掻いた。
護里が眉を上げる。
「……それ、何?」
「これか? 中に入りたいんだ」
綿あめが止まる。四人の視線が一斉にゼフへ刺さる。
「……今、見られてる?」ゼフが小声で言った。
「見られてる」リエルが即答した。
「約束した!」護里が低い声で言う。「止めるって」
「明日からだ。だが今は――俺だけじゃなく、お前らも見られてる」
綿あめが床に落ちた。空気が一気に硬くなる。
「……え?」
リエルが言った。
「座った方がいい」
ゼフが座らされると、スマホを持ち上げた。
「屋敷が建った日。誰か分かるか」
四姉妹が視線を交わす。
「知らない」護里が答えた。「それが、どうして」
「ロック解除だ。仮面の情報が入ってる可能性がある」
しばらく沈黙。護里は立ち上がった。
「……手伝う。だけど、約束して。私たちをまた“使う”だけに戻らない」
「いい! 最高! もちろん!」ゼフは即答した。「――で、建築日だ。何か心当たりは?」
「古い紙なら」玲離が言った。「あなたの父の部屋を探すべき」
「良い」ゼフが階段の方を指す。「兄、案内しろ」
「それキッチンだ」
「……ああ。そうだった」
慈凪がそっと腕を取る。
「わ、私が……」
「頼む」
階段を上がり、ゼフは足を止めた。
「父の部屋はどこだ」
玲離が廊下の奥を指す。
「左。いちばん奥」
慈凪がドアまで連れていく。ゼフがノブを回すと、鍵がかかっていた。
「予想通り」
護里が隣へ滑り込む。
「私がいる。助けが必要?」
「必要だ。頼む」
「……ふん。今は機嫌がいい」
護里の回し蹴りで、ドアが蝶番ごと吹き飛んだ。ゼフは護里の肩に手を置く。
「感謝――あ、これは護里か?」
「え、えっと……慈凪です……」
「……護里に礼を言っておけ」
「わ、私は後ろに……」
「……ああ」
リエルが部屋へ入る。
「ここが母さんと父さんの寝室か。結構散らかってるな」
「母がいないなら当然だ」ゼフが言った。「あの人がいなければ、父はすぐ“元に戻る”」
護里がゼフの腕を取り、壁にぶつけないように支える。
「あなたの母は知らない。どんな人?」
「完璧主義。厳しい。過保護。怒らせたら――地獄」
「幽霊より?」
「幽霊は殴る。でも母は一年外出禁止にする」
護里は小さく鼻を鳴らした。
「……当然だ」
「事件は解決されるべきなんだよ」
護里は呆れたように目を逸らす。リエルは部屋中を掻き分けた。
「ない……ない……ない……ん、引き出し!」
服の山の下に隠れたナイトスタンドを引っ張り出し、メモの束を掴む。
「請求書……母さん側の親戚の手紙……銀行の……あ、あった。契約書。――日付!」
「何だ」
「1952年1月23日」
ゼフの顔が引き締まる。
「父が生まれる前だ。……祖父母がここに住んでたのか?」
「知らねえ。話してなかった」
「いい」ゼフは切り替える。「リエル、その日付を入れろ。答えを出す」
リエルがスマホに手を伸ばした、その時――
護里が二人の間に割って入った。
「待って。……嫌な予感がする」
「は?」
ゼフの耳が跳ねる。
――カチリ。
硬い金属音。
ゼフの顔色が変わった。
「慈凪! 融合!」
「お、おっけ……!」
慈凪がゼフへ溶け込む。呪句。視界が戻る。
そしてゼフは見た。
遠く、影の奥に――銃口。スコープ。狙撃手。
狙いは、護里。
「……これで終わりだ。幽霊がいなければ、ただの無力だ」
「護里、伏せろ!」
ゼフは反射で護里を抱えて引き倒した。
同時に――
乾いた破裂音が屋敷を貫き、弾丸がゼフの背中に突き刺さった。
――




