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第6話 ミッシング・リンク〈1〉

【2034年11月22日 水曜日 02:45 東部標準時 ワシントンD.C. ホワイトハウス地下 シチュエーションルーム】


 国家安全保障局(NSA)本部のヘリポートに滑り込んできた沿岸警備隊のMH-65((※1))にキングスレーが飛び乗ると、レスキュー・オレンジの空域警戒ヘリコプターは間髪入れずに、星降る空へと舞い上がった。


 眼下を流れるポトマック川の闇を縁取るワシントンD.C.の灯火は、さながら精密機械の基板だ。この、世界で最も厳格に管理された特別飛行制限区域(FRZ)を、キングスレーのためにだけ開かれた空中回廊を通って、機体は最短距離で突き進む。


 だがキングスレーは、窓の外を流れる首都の夜景に目を向けることなく、電磁波遮断(EMC)加工されたアタッシュケース内のミネルヴァ端末と首っ引きで、北朝鮮関連のインテリジェンスと格闘し、考察に耽っていた。


クラウン((※2))、こちらCG6588。ポトマック川を越え、P-56アルファ空域境界へ接近。南庭へのダイレクト進入を要請する」


 機長の声がインカムに響くと同時に、機体は「不可侵の禁域」――P-56の境界線に触れる。


『CG6588、P-56進入を承認。スコーク4412。認証コードを確認:ウィスキー・ブラボー・ナイナー』


 管制の事務的な声に続き、別のチャンネルの交信が漏れ聞こえてくる。それは、ホワイトハウスを全方位から見据える防空システムへの標的除外命令だった。


『……各対空火器ユニットへ通達。CG6588を監視対象(トラック)から除外せよ。コード・ブルー。繰り返す、ロックオンを解除せよ』


 刹那、機体を執拗に捉えていた地上からの火器管制レーダーの不快な警告音が、ぷつりと途切れた。


『CG6588、現在240度から5ノットの風。大統領警護隊(PPD)が待機中。貴機の判断での着陸を許可する』

「了解、クラウン。これより南庭に着陸する。荷物を下ろしたら、直ちに離陸する」


『間もなくホワイトハウスです。キングスレー分析官、衝撃に備えて下さい』


 機内インターコムから聞こえてきたのは、航空支援AI「ネリス((※3))」の感情が籠もらない声。キングスレーは小さく頷くとインカムを外し、アタッシュケースのラッチをカチリと閉じる。その硬質な音が、準備の終わりと、彼を待つ戦いの始まりを告げた。


 次の瞬間、機体は急激にピッチを抑え込み、軽い衝撃が機体に走った。車輪が芝生を噛むと同時にスライドドアが外から荒々しく開かれ、深夜の冷気とローターの爆音がキャビンに流れ込む。


「急げ!」


 黒い背広の男達に腕を引かれるようにして、キングスレーは機外に飛び出した。

 ローターが巻き起こすダウンウォッシュに煽られ、芝生の匂いと冬の先触れのような冷気に目を細めながらも、彼は大きく歩を進める。


 シークレットサービスの男達に包囲されるように守られながら、ライトアップされたホワイトハウスの静謐な外観を背に、キングスレーは地下へと続く重厚な階段を駆け下りる。

 何重もの生体認証を通り過ぎ、たどり着いたその場所は、外界の喧騒から隔絶された世界帝国皇城の最深部――シチュエーションルーム。


 チラリと腕時計を見ると、針は二時四十五分を示していた。キングスレーは乱れたネクタイを直す余裕すら与えられぬまま、重厚な防音扉の前に立つ。

 そして、目前の扉が室内に吸い込まれるように左右に開くと、そこでは既に六人の人物がキングスレーを待ち受けていた。


 円卓の主である、軍人上がりの国家安全保障問題担当補佐官ダニエル・アドラーは、かつての戦場で浴びた火薬の匂いを今も皮膚の裏側に染み付かせているかのような、鋼の威圧感を放っている。

 彼は椅子に深く沈み込み、冷戦時代から置かれているであろうガラス製灰皿を、まるで深淵を覗き込むように凝視していた。


「予定より三分早いな」


 アドラーの声は、氷点下の風のように低く、鋭かった。彼は椅子に深く掛けたまま、ギロリとキングスレーに視線を向ける。


「座れ、キングスレー。そして、我々を夢の世界から引き戻した訳を教えてくれないか」


 アドラーの視線が、キングスレーの瞳を射抜いた。そこには、一刻も早く「自分たちが置かれている絶望の正体」を言葉にせよという、暴力的なまでの圧迫感だけがあった。


 アドラー補佐官の脇には、統合参謀本部議長アンソニー・ヴィリアーズ大将。その分厚い胸板は、何千もの若者を死地へ送り出してきた悔恨を押し殺すための鎧のようだ。

 彼の対面には司法長官チャールズ・ハリス。法という盾を抱えて六十年を生き抜いた男の顔には、この深夜の呼び出しに対する隠しきれない疲弊と、本能的な拒絶が刻まれている。

 その傍らには、冷徹な知性を湛える才女、司法次官補メリッサ・モラレス。

 そして、深夜の招集に最も不快感を露わにしているのは、国土安全保障省(DHS)長官ロバート・マクリーシュだ。彼の横には、DHSの現場を統括するトム・ヴァンス分析官が控えていた。

「オーリス」の中核AIが発した第一級国家優先警戒警報――その知らせに呼び集められた者たちの視線が、一人の分析官に突き刺さる。誰もがその真の理由を知ろうと息を潜め、キングスレーを凝視していた。


 意外なことに、国務長官の席は空いていた。国務省の不在は、まだ外交という名の不可逆な領域に踏み込んでいないことを示している。キングスレーはその事実だけを、無言で受け取った。


「それでは、始めます」


 キングスレーは乱れた呼吸を整える間もなく、アタッシュケースを開いてミネルヴァ端末を操作した。


「……まず、現在ボストン港に上陸した積荷『BBB』と、それを運んだ貨物船コバヤシ号、これらが北朝鮮の偵察総局第121局による長期的、かつ組織的な調達計画の最終結実点であるという仮説をここに提示します」


 彼の言葉が終わるや否や、複数の北朝鮮関連情報をミネルヴァが再評価した「統合インテリジェンス・サマリー」がメインスクリーンに映し出された。それと同じものが、各自のタブレット端末にも映し出される。


【統合インテリジェン(JIC)スセンターデイリー・サマリー:2034-11-22】 

 件名:朝鮮民主主義人民共和国・偵察総局(RGB)第121局関連事案の整理

 概要:過去五年間に確認された北朝鮮・偵察総局第121局に関連する一連の経済・物流事案について再評価を実施した。各事案は個別には合法的商取引または周辺的活動として説明可能であるが、複合的に検討した場合、特定用途に向けた資材・設備調達の可能性を排除できない。

 ・事案29-14A:2029年/ロシア・ウラジオストク

  旧ソ連製低温コンテナ二〇〇基を回収。※当該規格は一般冷蔵用途としては陳腐化しており、再利用目的は限定的。化学剤試作品が収まっていた可能性あり。

 ・事案29-14B:2029年/シンガポール

  フロント企業を介したドイツ製五軸CNC工作機械の複数調達を確認。※民生用途としては過剰性能であること。

 ・事案29-14C:2030年/ベトナム

  中国製多関節産業用ロボットを大量調達。※同時期に関連技術者の移動を伴っている点が注目される。

 ・事案29-14D:2031年/極東沿岸域

  工作船1211号による島嶼部沿岸への複数回の小規模侵入。倉庫数棟を損壊のうえ、工芸品等を奪取。過去にも同様事案あり。※戦略的価値は限定的と評価。

 ・事案29-14E:2033年/マカオ

  偵察総局傘下フロント銀行より、ベルギーの生体適合性ポリマーメーカーへ多額の送金。※通常の商取引額を大きく上回る。

 ・事案29-14F:2034年/メキシコ

  ティファナ近郊の軍放出品店にて、旧式暗視ゴーグルおよび通信機の大量買い占めを確認。※転売目的もしくは、夜間作戦実施の可能性あり。


「29-14シリーズ。過去五年、我々が『単発の経済・物流事案』として片付けてきた北朝鮮の記録です。ミネルヴァ、解説を」

『ご存じのとおり、二〇二八年以降、北朝鮮は核開発とミサイル実験を一切凍結しています。そして、国際インテリジェンスに()の国の話題が登ることも少なくなりました。この度、過去五年間に渡る同国の不審な行動を洗いましたが、複合的な脅威判定の結果、この六事案を今回の「BBB」ボストン上陸疑惑に関連する事案として提示します』

「ミネルヴァ、事案29-14DとFは戦略的価値が皆無だと言ったはずだ。ノイズとして処理しろ」


 キングスレーの指示に応じて、ミネルヴァは二つの事案を画面から削除するとともに、新たな一文をモニター表示に付け加えた。


 ・暫定総合評価:事案29-14A、B、CおよびEは、単独では脅威判定に至らず、事案確認当時に脅威度を下げたものであるが、今回、総合的かつ横断的に評価した場合、特定の兵器製造ライン構築を示唆する兆候と整合する。現時点で合衆国本土に対する直接的脅威を断定する証拠は確認されていないが、引き続き注視を要するものである。


「見てのとおり、ここにある複数の事案が現在の物理的脅威の根拠です。北朝鮮は高度な化学剤とポリマー技術を自動精密加工技術と組み合わせ、新型の『BBB』を開発したものと思われます。『BBB』を持ち込んだコバヤシ号は現在、この型の船とは思えない速力で外洋に向けて航行中。速やかに合衆国の領海を脱出し、船に満載の証拠の数々を、我々に掴ませたくないのでしょう」


 キングスレーはそこで一度、言葉を切った。


「北朝鮮がこれらすべての資材を注ぎ込んだ先が、今日この場所であるという状況的符合。これが、私が提言する『貨物船の強行臨検』を求める根拠です」

「低温コンテナ、多軸工作機械、産業用ロボット、そしてポリマーか……」


 ヴィリアーズ大将が、唸るように呟いた。その太い指が、モニター上の「兵器製造ライン」という文字列を指し示す。


「君は、北朝鮮が極右のテロリストを支援しているというのかね。目的は何だ? 体制転覆か?」

「もっと効率的かつ広域的な破壊工作です」


 キングスレーは大型モニターを振り返ると、表示されたデジタルマップを指し示した。


「リバティ・バードによる一連のテロは、これまで散発的なテロ行為に過ぎませんでした。しかし、平壌の兵器製造技術が加われば話は別です。彼らは偽装船を使って、新たに開発した『BBB』を一般貨物として、全米の物流ハブへ送り込もうとしています。国内のテロリストは、ただそれを受け取って設置するだけの、末端の実行犯に過ぎないのです」

「リバティ・バードが北朝鮮の手先だと?」

「はい、将軍。これまでは、どうだか分かりません。ですが、これからは、そうだと言えるでしょう」

「しかし、キングスレー君。君はこれらが単なる調達リストではなく、ひとつの『兵器』としてボストンで結実すると言うが、工作機械が作った筐体にロボットが化学剤を詰め、ポリマーで偽装する――それは、あまりに飛躍してはいないか?」

「飛躍ではありません。必然です、将軍。彼らが核を捨てたのは、核が目立ちすぎるからです。代わりに彼らが選んだのは、現代の物流(ロジスティクス)という動脈に溶け込み、我々が自ら敷いた効率化のレールの上を滑り進む『呪い』なのです」

(※1)MH-65 ドルフィン:エアバス・ヘリコプターズ社製のアメリカ沿岸警備隊向け中型多用途ヘリコプター。主に捜索救助および法執行を伴う武装任務のために運用される。ワシントンD.C.など、飛行制限区域の空域警戒任務にも使用される。

(※2)クラウン:ホワイトハウス内のシークレットサービス管制センターのコードネーム。

(※3)ネリス(NELLIS):アメリカ空軍主導で開発されたAI搭載型航空支援システムの総称。ネヴァダ州ネリス空軍基地にて初期評価試験が行われたことから、通称として「ネリス」の名称で呼ばれるようになった。ヘリや輸送機、戦闘機といった機体種別ごとに設定が異なる。空軍および宇宙軍ではNELLIS、陸軍ではNELLIS-A、海軍はNELLIS-N、海兵隊はNELLIS-M、沿岸警備隊はNELLIS-C、法執行機関向けには制限機能を施したNELLIS-Dが運用されている。なお、公式文書上の名称は Joint Airborne Support System(JASS) であるが、実運用の現場では軍・法執行機関を問わず「ネリス」の呼称が用いられることが多い。

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