第2話 リバティ・バード
【2032年11月11日 木曜日 山岳部標準時 22:40 コロラド州ボルダー郊外】
氷点下の夜気が、ATF特別捜査官サム・ミラーのタクティカル・ヘルメットを冷たく締めつけていた。
彼のターゲットは、ボルダー郊外の荒野に佇む、古びた木造の民家だ。
その薄い壁の向こう側に、全米を震撼させているテロ組織「リバティ・バード」が潜んでいる。
ミラーはヘルメット内蔵型の支援AI『アレス』を起動した。
司法省が試験運用を開始した最新AIが、MRゴーグルのレンズ越しに、現実の世界を琥珀色の戦術レイヤーで上書きしていく。
『ミラー捜査官、心拍数が上昇しています。また、アドレナリン放出に伴う軽微な筋緊張を検知しました。深呼吸を推奨します』
「余計なお世話だ、アレス。お前は黙って、標的だけ追ってろ」
低く呟いた声は、喉元のスロートマイクを通じてチーム全員に共有される。
同時に、チームメンバーの含み笑いがイヤーピースから聞こえてきた。
『スキャン完了。ターゲットまで残り十五メートル。壁越しに検知した対象三名の心拍、呼吸に乱れなし。リビングのカウチに腰掛け、極めてリラックスした状態のようです。ミラー捜査官、屋内の環境音を増幅し、音声を転送します。突入の最終確認を行ってください』
ミラーのイヤーピースに、壁の向こう側の音がクリアなデジタル音声で流れ込んできた。それは、ニュース番組の音声だった。
『――ロサンゼルスおよび近郊の都市で、多臓器アポトーシスと見られる症例が相次いで報告されています。医療当局によると、患者はいずれも女性と十二歳未満の子供に限られており、腹部の痛みを訴えてから十二時間以内に死に至るという、極めて特異な――』
「おいおい、お気楽にテレビなんか見てやがるぜ、このクズどもは」
ミラーは、イヤーピースから流れるキャスターの緊迫した声を鼻で笑い、カスタム仕様のSIG MCXのグリップを握り直した。
「ブルー・エレメント、セット」
ミラーの合図とともに、漆黒のタクティカルウェアに身を包んだ隊員たちが、音もなく壁際に身を寄せ、次の突入に備えて列を組む。彼らの視界にも、共通のアレスネットワークから送られる琥珀色のグリッドが投影され、ドアの蝶番や壁の脆弱な構造を正確に捉えていた。
『ブリーチング・ポイント確定。爆圧による構造崩壊のリスクは最小限。スタンバイ……三、二、一』
爆音と閃光が、コロラドの静寂を暴力的に引き裂いた。
ブリーチング・チャージがドアを紙細工のように吹き飛ばし、間髪入れずに放たれた閃光弾が室内を白銀の世界に変える。
凄まじい爆圧がミラーの鼓膜を震わせるが、MRゴーグルは瞬時に光量を減衰させ、網膜を保護しながら敵の姿を鮮明に描き出す。
そしてミラーは、爆圧の残響を裂くように室内に飛び込んだ。
「ATFだ! 伏せろ! 手を頭の後ろに組め!」
床に敷かれた安っぽいカーペットが、踏み込んだタクティカルブーツの衝撃でめくれ上がった。
アレスが瞬時にカウチに座る三人の動線を予測し、それに従って、レーザー照準器の緑色の光点を敵の眉間に固定する。
一人の男がローテーブル下のショットガンに手を伸ばそうとしたが、ミラーが放った数発の5.56ミリ弾がローテーブルとともに戦意を打ち砕いた。
「動くな! 次は脳漿をぶちまけるぞ!」
狭い部屋に飛び交う怒号と威嚇射撃。プロの暴力に圧倒されたテロリストたちは、為すすべもなく冷たい床に組み伏せられた。ジップタイが締め上げられる硬い音が、リビングに響く。
「ブルー・ワンより指揮所。アジトを制圧。ターゲット三名を拘束した。負傷者なし。FBIの連中に一泡吹かせてやったぜ」
「おい、連中も聞いてるんだぞ」
「構うもんかよ。さて、これより家屋の詳細なスキャンを開始する」
ミラーは銃口を下げ、安全を確保すると、アレスの「マルチスペクトル・スキャン」モードを起動した。ゴーグルの視界が切り替わり、壁の裏側や床下の構造までが透過して表示される。
すると、隣の部屋に興味深いものが映し出された。
ミラーがブービートラップに用心しながらその部屋に向かうと、そこには稼働していない数台のCNCルーターと大型のデスクトップPCがあった。
「ビンゴ! 奴らの心臓をついに押さえた!」
そこは、全米の法執行機関が血眼で追っている爆発物の製造拠点だった。
作業机の上には、作りかけの木の箱と粘土状の物体が無造作に置かれている。
そして部屋の奥には、まるでホームセンターの倉庫のように、大量のバードハウスが整然と並んでいた。
一見すれば、それは中西部のどこの庭先にもある、愛らしい木製の巣箱にしか見えない。だが、アレスの解析レイヤーがその内部を透過した瞬間、警告の赤いシグナルが点滅した。
『スキャン完了。すべての巣箱内部に高密度のコンポジット爆薬を確認。内容量四五〇グラム。起爆装置は遠隔受信機とデジタルタイマーのデュアル構成。……解析完了。爆速は秒速約六〇〇〇メートルと推定。個別の破壊半径は十五メートルに達します。室内にある三〇五個が連鎖起爆した場合、市街地の二ブロックを壊滅させるエネルギーに相当します』
「三〇五個だと? こいつら、感謝祭のパレードを地獄に変えるつもりだったのかよ」
『EMPを照射。起爆装置を無効化しました』
ミラーは、巣箱の一つを慎重に手に取った。杉の香りが、突入時の硝煙の臭いに混じって鼻を突く。裏返すと、底面にはエポキシ樹脂で固められた精密なデジタルタイマーと、不気味な光沢を放つ粘土状の塊――C4プラスチック爆薬が詰め込まれていた。
リバティ・バードは、この殺人道具をただの「巣箱」と呼んでいたが、FBIの広報官が定例会見で略称を使って以来、その呼称は全米の法執行機関で共通言語となっていた。
「こちらミラー。大量のBBBを確保した。繰り返す、BBBを確保。奴ら、感謝祭に向けて増産していたようだが、危機は去った。ミラー、アウト。――さてと、アレス。証拠の記録を開始しろ。漏れなくな」
『了解。全てのBBBに個別の管理IDを付与。シリアルナンバーのカタログ化を開始します。ミラー捜査官、本件は司法省における過去十年の国内テロ阻止事案において、最大級の戦果として記録される見込みです』
「ああ、おそらくな。今回の作戦は、俺たちチームの昇進切符だ。AIじゃなけりゃ、お前も一緒なんだがな」
ミラーは、バイザーの中に表示される「三〇五」というカウント数に満足げに目を細めた。全米を揺るがせた「BBBテロ」の根源を、自分たちが今、完全に断ったのだ。その達成感は、冷え切った身体を内側から熱くさせた。
『ミラー捜査官、次の手順――爆発物処理班への引き継ぎデータの作成を開始します』
「ああ、頼むぞ。これだけの事を成し遂げたんだ。もしかしたら、AIのお前にも階級がついたりするかもな。人間サマと同じように」
『ご冗談を。私は、あくまでも人工知能です』
「それはさておき、あとは首謀者のバードマンを穴倉から引きずり出すだけだ。おそらく、あのサーバーに奴らの構成員リストや拠点情報、それに協力者の名前まで全部入っているはずだ。どうあがいても、これでチェックメイトだ、バードマンさんよ」
リビングに戻ると、仲間たちに拘束された男たちの憎しみに満ちた視線が刺さってきたが、ミラーには快感しかもたらさなかった。
ミラーは誇らしげに笑みを浮かべながら、ヘルメットを脱いだ。その視線の先で、テレビの中のキャスターが極めて深刻そうな様子でニュースを読んでいる。
――安心しな。その憂鬱そうな表情も、俺のニュースを読めば笑顔になるさ。
ミラーは心の中でそう嘯きながら、祝杯の味を思い描いていた。
(※1)ATF:アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局
(※2)アレス:A.R.E.S.「Advanced Reconnaissance and Evaluation System(高度偵察評価システム)」の略称
(※3)BBB:Birdhouse Box Bomb(巣箱爆弾)の略称。トリプルBと読む。




