星見祭二日目 15.炉度《00》
途端巨大モニターが砂嵐で乱れた。
そこに移されたのは影絵のような物語だった。
《かつて魔王がこの幽玄異郷を乱していた時代。
ある青年が神隠しでこの地に降り立った。
彼は《秤にかからぬもの》だった。
魔素測定では測定不能。
炉度を授ける宝玉が吐き出した金ボタンには摩訶不思議な数値。
前例のない《落ちこぼれ》。
彼はその時代の権力者に見放された。
使えぬ《現し世人類》など捨て置けと。
その男がのちに《勇者》となったのだ。
勇者誠である。
同じく《落ちこぼれ》を引き連れて。
アマリリー。フルカス。ジウ=フーウェイ。リリス・ヴェルミナも《00》で学園からも権力者からも見放された問題児だった。
彼がマントの下に隠していた金ボタン。
そこに記されたのは《00》だった。
無は《無限大∞》の無なのだ。
無能にも無限大にもなり得る原石。
どう変化するかは本人と周り次第なのだ。
勇者は最初は雛鳥以下だったのだ。
それは明らかに《完璧であるべき勇者像》と懸け離れていた。
この事は時の権利者の都合が悪いと消された記録である》
「え」
「勇者が………もと無能………?」
「リリス学園長も?」
「フルカス将軍も?」
「ジウは魔術の祖と呼ばれてるんだぞ?!」
会場はますます混乱した。
それを上空から見ていたらしい大きな影がりんの真上を旋回していた。
「あら。遅れてごめんなさい」
「あ。お母様!!………寒くない?」
りんは上空に浮かぶ美しいダークエルフを見上げて歓声をあげかけたけど冷静になった。
華美な衣装なのはいつものことだけど何故かリリスは巨大な噴水の天辺に佇んでいた。
その噴水も空に浮いている。
その天辺で水着姿だ。様相がリオのカー二バルじみていた。
「何故噴水………?水着にはまだ肌寒いよ?」
「「「「(よくぞ聞いてくれた)」」」」」
この会場でそれを口に出来たのは娘のりんくらいだろう。
会場の皆が頷いた。やはり皆が疑問に思ったらしい。
リリスは大きな瞳をこれでもかとかっぴらいて叫んだ。
「だってりんちゃん?!
かわいい貴女の!!娘の晴れ舞台よ?!
しかも《史上初最年少生徒会長》よ?!
数々の役職から逃げ回る私にはない責任感と人の良さと可愛らしさに。
感動の涙がちょちょぎれなくて白哉に噴水に押し込まれたのよ〜〜!!」
「バスタオルが足りなくなったので致し方なく」
「あ〜しょうがないね〜」
りんはお疲れ様ですと白哉を労った。
リリスが号泣すると彼女はいつもバケツやたらいを華麗に捌いたりモップで拭いている。
それを式典中に熟すのは無理だろう。致し方ないことだ。
「(しょうがないの………?)」
「(主を噴水に押し込めることが?)」
「(ビキニ似合うな学園長)」
「(あれで500歳超えはすごい)」
会場はざわついているけど静かだ。
正確にはりん達の動向を注視する視線は熱い。
リリスの背後からひょっこりと無表情ビューティーの白哉が顔を出す。相変わらず蒼い執事服を隙なく着こなす美女だ。
虎の耳と尻尾がゆらゆらピクピク揺れている。
リリスがやっと帰ってきて嬉しいのだろう。
「お母様、お母様。お腹冷えると熱が出ますよ?
ナイナイしましょうナイナイ」
「ナイナイするわ。白哉」
「はいリリス様。ショールをどうぞ」
「「「「「(幼児か?)」」」」」
リリスはお腹にスケスケのショールを巻いた。
ビキニ姿は少しは中和されたけどまだまだ寒々しい。
りんは着ていた軍服の上着を脱ぎリリスの肩にそっと被せた。
「お母様。お身体に障ります。
私………せっかく会えたのにお母様が風邪でもひいたらーーー」
「びぎゃぶ!!」
「お母様?!」
「リリス様〜!」
リリスの鼻血が噴水のように噴き出した。
白哉がティッシュをどんどんリリスの鼻に詰め込んでいく。
リリスは鼻にティッシュを詰められた残念な美女にフォルムチェンジした。
「「「うわ………………」」」
観客席はドン引いている。
りんにとっては日常だが学園トップが娘にメロメロで鼻血吹くなど異常事態だ。
「りん様。そこで《王子様》出すのは致死量よ。おやめなさい」
「気の毒だ。控えなさい」
「佐藤。控えろ」
「御三方で私を疫病神みたいに扱うのはやめてくださいませんか。レディを慈しむのは最早条件反射です」
真神教諭とスレア副会長、イーテディ副会長までりんとリリスを引き離しにかかる。
触れるな危険みたいな目つきで。
そこに雷クラスも加勢した。
「いや寧ろ災害だろ」
「直視不可王子様安売り陳列罪」
「無自覚爆撃機」
「たらし王子」
「殺人兵器」
「控えめに答えて聖女………」
「あ」「ばか」
ピシャーーン。
澪に白い雷が落ちた。
プスプスしながら倒れた澪を雷クラスが救護室に搬送させる。
「澪………ちゃん………??」
「おいおいマジかよ」
流石に真横に雷が落ちたのに無傷なことも友達が焦げていることは異常事態だ。
「繰り返します。
《僭越ながら勝手に呼んではいけないあの天の秘匿》の正式な役職名を口に出してはいけません。
天罰が落ちます。
リリス学園長がバリアを張りましたが学園外では決して口に出してはいけません。死にます。
あれは迷信ではありません。事実です。
繰り返します。死にます。
繰り返しますーーー」
またあのアナウンスが響いた。
りんはやっと理解した。
何故先程《天罰》が落ちたのかを。
「あれ。《聖女アマリリー》は皆が呼んでるのになんで?」
真神教諭がやれやれといった感じで首を振った。
「《僭越ながら勝手に呼んではいけないあの天の秘匿》は役職名ではないからだ」
真神教諭は面倒くさそうに。
だけど丁寧におしえてくれた。
校歌にも載ってない《役職》"聖女"(書く分には良いらしい)。
役割は《神が選んで》初めて成るもの。
聖女アマリリーは《神から認められた》聖女だと。
彼女を讃えることには天罰はない。
魔王を倒しもしないのに勇者を名乗る愚か者みたいなものだと。
あれは人々に称えられるからではない。
称えられるのは結果なだけである。
だから不敬にも口にすると天罰が下る。
「モルガンは悪い見本だ。貴様ら心魂に留めよ、肝に銘ぜよ、ゆめ忘るるな」
「覚えろ刻め忘れるな。です!」
りんはニッコリ解説した。岸を始め新入生の殆んどが首を傾げたから。
真神教諭の《古語説教》は少し難解だから。
でもそれがいけなかったみたいだ。
「貴様が覚えろドアホぅ。解説できる立場か?!」
「ひゃっ………ひゃい!!ごめんなさい!!頑張ります!!」
横にいた真神教諭の額に青筋が走りりんの頬をびょ〜んと伸ばした。
りんの頬がよく伸びることを今りんは知った。
「りん!!」
「りんさんのほほをお離し下さい!!
伸びたらますます可憐にっ………んん!!危険です真神卿!!」
「ひゃっ………いひゃい」
岸と星が真神教諭を止めにかかる。
会場は笑いに包まれた。
前代未聞のことだったのに皆がそれを祝福した。
まさかの《何も権威を持たない》生徒会長が誕生したからだ。
血筋は現し世の孤児である。
魔素適応測定では判定不能。
性自認は結婚願望の無さから《無》とされ。
今回の炉度も無《00》判定である。
本来なら異端児だ。鼻つまみ者だろう。
だけど。
「佐藤さんだもんなあ………」
「りん様私よりも弱いはずなのにあんな偉業を?
尊敬を通り越して偉大だわあ………」
「炉度2弐の俺等も、もしかしたらもしかするかもだな?」
「今回の式典リリス学園長不在だろ?
なら八百長、手助け無理だよな?」
「すげぇ………さすが雷クラスだなあ」
「炉度が高いから凄いことするわけじゃないのかあ」
「りん様の周りはいつも賑やかですのね」
「彼女はブラックホールのようでビックバンみたいな存在だからね」
「りん君は騒動を引き寄せる天才だなあ!!飽きん」
「佐藤 りんさんは本当トリックスターだね!」
爆笑の渦とはこのことだ。
混乱のざわめきは居心地悪いけど楽しければ心から笑えるこの校風は素晴らしい。
「佐藤 りんさん。
就任式締めの挨拶をどうぞ」
肩を震わせて一番爆笑していた空隙教諭からマイクを渡された。金髪のおかっぱ細目イケメンも笑うと目尻に涙が出るらしい。
それをりんは満面の笑みで受け取った。
「佐藤 りん!!
この通り《なにももたない》生徒会長です!!
私はモブ。モブの中のモブとして!!むしろ現し世代表落ちこぼれとして!!
それでも皆様の手助けでこの場にいます!!
私は《無》何物に染まってない《無》です!!
透明は何とでも混ざりあえます!!
皆様のために坩堝学園を楽しくより良くしていきます!!
皆様!!助けてくださいね〜!!」
「他力本願か。邁進すると誓え」
「頑張ります!!」
真神教諭から厳しい合いの手が入ったが
「「りん様〜」」
「佐藤さん素敵〜」
「よ!!落ちこぼれの一番星!!」
「期待してるよ〜!!」
「わくわくさせてね〜」
式典は笑いの中で終わった。
和やかな余韻に浸りだした空気をぶち壊すのはいつでもこの人だった。
空隙教諭だ。
その笑顔は楽しそうだった。
心底。
背後にいる真神教諭の渋い顔のほうが内容は相応しい程に。
「あ。現実の話をするね。
炉度5伍がないと他校との《連立生徒会長会議》に参加できないんだ。
この一年はスレア副会長とイーテディ副会長が《代理》として出席することで調整します。
この世はまだまだ《炉度》社会。これは覆せないよ?
だから佐藤 りんさんはまだ生徒会長(仮)となります」
「「「「「「はあ?!」」」」」」
会場が本日一番に轟いた。




