星見祭二日目 14.宝玉ももの触感
いにしえの時、神々うち集ひて、とりとめなき物語をしたり。
「近ごろ、心慰むもの少なし。花も糧も、今ははや飽き果てぬ」
語らふ末に行き着くは、常に女の神秘なり。
一柱の神の宣はく、
「我は、乳房こそ至高なりと思ふ。慈愛に満てる膨らみ、弾のごとき瑞々しさ、甘き香り。この世の癒やしはすべて、ここに極まれり。我は乳房派なり」
また一柱の神、これを強く否定して言ふ、
「何をか言ふ。女の本質は臀にこそあれ。かの豊かなる膨らみこそ、命の根源にして、人の欲をすべて包み込む包容力なり。我は臀派なり」
これよりのち、神々は何百年も争ひ続け、下界の民は多く命を落としたり。
世に言ふ「上か下か、聖なる戦」なり。
そこに、一柱の女神、荒ぶる風とともに降臨せり。二柱の男神を半殺しになし、いかめしく宣はく、
「痴れ者共よ、汝らが女を語るな。浅ましきこと、この上なし。神の山の溶岩に落ちて混じり合い、一から生まれ変わるがよい」
二柱の神は、どろどろに溶け合い、一つとなりにけり。
その跡より生ひ立ちたるが、《桃の木》なり。
二つの膨らみ、柔らかなる肌ざわり、芳しき香り、そして甘美なる味わい。
すべてを兼ね備えたる、神の果実なり。
二神は赤子より生まれ直し、鍛錬と錬成を重ね、今ではあまねく女を慈しむ神となりにけりと聞く。
その折、桃の木より稀にこぼれ落つる《宝玉》。
それこそが、
《もも》なり。
モニターに流れた《神話》。
これらも幽玄異郷の民にはお馴染みらしい。
仰々しい古語で綴られた神話。
一見耳障りは良い。
勿論りんには意味が分かりげんなりするけど背後の岸はよく分かっていなさそうだ。
「な。意味なんだよ」
古語が得意で書物オタクのりんに聞くのはいつもの流れだ。
でも岸は壊滅的に空気が読めなかった。
隣にいる澪すら微動だにせず解説もしないあたりで察してほしい。
ーーー口に出すのも嫌な知識ってあるんだ。
りんは多分渋い顔をしたのだろう。
同じく渋い顔をしたイーテディ副会長が解説しようとしたのをスレア副会長が制した。
彼女の肩をそっと抱き、マイクを奪ったスレア副会長は本当に男前だった。
彼は解説した。
しかもマイク越しに。
それは高らかに会場に響いた。
「ある日神々はだべっていた。
癒しが少ないのだ。
花も食べ物も飽きた。
なら。
行き着く話はだいたい女の神秘についてだ。
「私は胸こそ至高だと思う。
慈愛に満ちた膨らみ、弾力。甘い香り。
この世の全ての癒しがそこにはある。
私は胸派である」
違う神はそれを否定した。
「何を抜かす。
女は尻である。
あの膨らみに生命の根源と癒し欲望全ての包み込む包容力があるのだ。
私は尻派である」
その後神々は何百年も争った。
人類は多大なる命が散った。「上か下か聖戦」である。
そこに女神が降臨した。
二人の神を半殺しにして言った。
「お前達が女を語るな。
最低のクズめ。
神の山の溶岩に落ちて混じり合い生まれ変わるがよい」
二人の男神はどろどろになった。
そこから生まれたのが《桃の木》である。
二つの膨らみ。柔らかさ。芳しい香り。美味しさ。
全てを兼ね備えた神の果実。
神は赤ん坊から生まれ直し鍛錬、錬成を重ね。
今では全ての女を愛せる神になったという。
その時の桃の木から稀に生まれる《宝石》。
それが。
《もも》である。
ふむ。浅ましい争いの歴史だ。
女の神秘は《脚》なのだがな………」
言い切ったスレア副会長はこの瞬間確かに勇者だった。
男子生徒を中心に羨望の眼差しと拍手が送られた。
女子生徒は沈黙を守った。
異様な空気だ。
さっきまでの和やかな熱気はどこに行ったのだろうか。
「お下劣な神話だな………男の俺でも引くわ」
岸がそう呟いたことがりんの救いだった。
「慣れるよ」
「岸がマトモなほうの感性の勇者候補で安心したよ」
「歴代勇者。これにロマンを感じて喜ぶのもいたから」
「いやいやいや………。男のロマンは秘めてこそだろうよ」
「「「「それな」」」」
何やら雷クラスの男子の結束が強まった気がした。
羨ましくない結束の仕方だ。
「神話とは、往々にして人の業(性癖)の結晶である。
こんなことで狼狽えるな。もっと救いようのない神話は山程ある」
真神教諭が目を瞑り首を振った。
まるで狼狽えるりんが悪いかのように。
この《宝玉》に触れると自分の《炉度》がわかるのだとか。
書物では読んだ。解説も見た。
ただ由来まで調べておかなかった過去の自分を嘆いても目の前の現実はなくならないのだ。
ーーーーこの神話聞いた後にこれに触れるの?
桃………好きだったのにな。
これから桃のタルトを見る目が変わる事が一番残念だった。
でもここは式典だ。
それを口には乗せなかった。
口にしなくともりんの表情から察したらしい真神教諭はため息をついた。
「嘆くな。俺もかつて嫌々ながらも触れたのだ。
これは《正式な》炉度のレベルを測る神器だ。
貴様だけに拒否権があると思うな」
今回はりんを助けてくれそうな代替え案はなさそうだ。
「それ………若干八つ当たりでは?」
自らの黒歴史を後輩も味わえと言わんばかりの横暴さだ。理不尽である。
「囂しい。触れろ」
「はい」
それでもりんは素直に触れた。
ツルンとした桃の宝石はりんの手が触れた瞬間温かみを帯びて柔らかくなる。
そのあまりの甘美な触感にりんは震え上がった。
不覚にも《これで争いが起こるのは仕方ないかも》と思ってしまう癒しを感じて力がぬけてしまったのだ。
心地よさに目を瞑った。
指先に微かに堅いものを感じた。
その小さな粒を摘みながらりんは手を抜いた。
プルルン。
桃が魅惑的に揺れた。
しばらく桃のゼリーも受け付けなくなるかもしれない。
掲げたボタンのようなものを覗き込んで真神教諭の眉間が深まった。
それは金色のボタンだった。
りんも《炉度の勲章について》と記された本で見た通りの見た目だった。
まん丸のボディーに繊細な雷の紋様の縁取りがされている。
その中央に記された数字が《炉度》を表すのだ。
スレア副会長やイーテディ副会長の襟に同じ物がある。
彼等は《05》坩堝学園の《卒業資格者ライン》のフリュイド・ドールだ。
りんの手元にクローズアップしたものがモニターに映る。
「ば………ばかな」
「ありえないわ………。彼女は私達を倒したのよ?!」
「「「「「「え」」」」」」
背後の副会長二人が驚いている。
会場中が驚いている。
でもりんは何故皆が驚くのか分からなかった。
やっと身の丈にあった評価が成されたのだ。
りんは深く頷いた。
皆がりんを過大評価しすぎるのだ。
りんは何も特別な存在などでは何もない。
それが証明されたのだ。
多分この式典で一番満足げにしているのはりんだろう。
「………00………"原初"か」
真神教諭の声が静かに響いた。
「「「「00って何」」」」
会場の声は一つになった。
りんはキョトンとした。
なに。とは。
00は0だ。無だろう。何もないし何者でもない。
りんらしい数字だと思うのだがやはり皆は違うみたいだ。
こんなにも数字で現れた評価に何故皆疑問を持つのか。
りんは首を傾げた。
会場中が上に下にの大騒ぎだ。
「え。01以下って存在したの?」
「00………?エラーってこと?」
「国宝の宝玉だぞ?間違いなんてないはずだぞ?」
「00ってことは。《何もない》ってこと?
魔素も才能も技術も………。覇気も?え?計測外?」
「なんで会長………生きてるの?」
「あれ?会長って性別無だったよね。
魔素測定も………《計測不能》。
それで………。今回も………《無》?」
《無冠の生徒会長》
後にりんは生徒達から敬意を払って呼ばれることになる。
その《無》としての始まりだった。
リリスは時計台の上から式典を眺めていた。
愛娘としばらく離れていたのだ。
大々的に式典を仕切りたかったのに狼に阻止されたのだ。
『娘を信じて見守れないのですか』
そう煽られたら教育者としては待つしかない。
待つしかなかったがやはり娘は《規格外》だった。
真面目な狼はイレギュラーに弱い。
娘の《規格外》を幾度と隠そうとする変な過保護さがある捻くれた男だ。
魔素適応測定でも。
初授業の《魔素暴走》の爆発も。
飛行訓練の《覚醒》も。
全て狼が表沙汰にしないようにした。
あれらを学園側が大々的に宣伝すればりんの覇道には近道だったろう。
でも狼は《知っている側》だ。
りんの望みもリリスの望みも。
「献身が報われない男も哀れよね」
リリスは呟きながら思案した。
目の前の娘を見ると嫌でも思い出すのだ。
"汝は偉大なる神話の母になるだろう
その者は現し世から来たる
《何も持たないもの》である
慈しめ
そのものは冠を被らない
欲しない
奪わない
新しい世界を創るものである。
慈しめば善に
虐げれば虚無になる
虚無は引力を纏い皆を壊すだろう
無欲は皆を癒すだろう
無欲と虚無が分かたれた時、魔王は復活する
神話がまた一つ増えるだろう"
リリスは思い出していた。
かつての魔王に予言されたことを。
死に際の呪いのような戯言を。
女しか愛せない自分に子など出来るはずもないと笑っていられたのは魔王を倒して81年経った頃だった。
感じたのだ。
"何かが産み落とされた"のを。
感じた。
それだけを頼りに捜索した。
一年前にプツリと感じなくなった時には気が狂いそうになった。
でもやっと見つけたのだ。最愛の娘に。
「誠。
なんであの子はあんたと違うはずなのにあんなにも同じなの。
『愛こそ全て』だって言ったわよね。
あんたが導けば良かったじゃない。
あんた………何をしてるの。
親を知らない私がどう愛せばいいというの………」
愛した女より思い出すのは間抜けなほどお人好しだった男の顔。
年月としてはあり得ない。
彼等の子供のはずもない。ただ孫かすらも分からない。子孫かどうかなんて確かめようがないのだ。
彼等の痕跡はこの幽玄異郷にはないのだ。確かめようがない。
血縁者などいないのだ。
分かるはずもない。
それでも感じた自分の"直感"をリリスは信じた。
「あの子達は私の子供。
慈しむなんて当たり前のことを魔王め。
予言にすんなっつうの」
「リリス様」
背後に控えた虎獣人の執事白哉がリリスに杖を手渡した。
それはリリスの紫紺の瞳と同じ拳大の魔宝石が嵌め込まれていた。
「娘の晴れ舞台。締めるわよ」
「御意」
リリスは空高く舞い上がった。




