星見祭二日目 10.かっこいいよりかわいいが好き
りんは首を傾げた。
考えたい時、相手に話を聞いてほしい時にする仕草だ。
癖になりつつあるその仕草も四郎先輩はよく見ていたのだろう。
りんはこの部屋に来てから何回も首を傾げていただろうから。
「わかりやすいです?私」
もうりんの声は自嘲気味ていただろう。
自分で自分にあきれているのだから。
「いやあ………。凄くのほほんとした空気を《繕って》た。
取り繕えていたよ恐ろしいほどに。
岸君と澪さんは気づいてないよ。星君も………大丈夫かな。
君は女優だ。それも生粋の。
君の存在を逸らすために周りを視線誘導出来る。
自分の仕草目つきがどう影響を及ぼすかわかる。
それは君の《処世術》の努力の賜物だ。才能なんて薄いものではない。
それも自然と反射的に熟してる。そこに苦がない。
《繕っている》自分の評価が最大限に引き出されたことが不安かな?皆を騙してるようで」
「あ………。あぁ………」
もうりんは脱力した。
話しながらも促され魔術で完璧に整えられたハーブティーを飲みきった後で本当に良かった。
その透明なまでの爽やかな匂いに力が抜けた。嘘のなさに。
そう思えるほどりんはふにゃふにゃになった。
だって。
こんなりんを知っても尚。
四郎先輩には《軽蔑》の香りがしなかったから。
りんが何故か一番恐れる匂いだ。
纏わりつく苦い罪深い匂いがしなかった。
「ほんとに四郎先輩私の心覗いてませんかぁ?
私が分からないモヤモヤが的確すぎる〜。
いや。もう一思いにに触ってくださいませんか?
私もう四郎先輩に《専属の精神カウンセラー》になって欲しいです!!」
「落ち着いて………。いや。うれし………いや。落ち着こう僕が。
今は曝け出すべきか。
さ!叫ぼう!!
ここは防音魔術も完璧さ!」
「ありがとう御座います!!」
りんは叫んだ。
「私基本的にアホなんです。
一生懸命冷静に俯瞰しようとするけどコロっと楽しいことに心は奪われてしまうし。そんな皆が言うほど高尚な人じゃないんです。友達のために規定は変えましたよ?
発言しなきゃ不満は誰かが変えてはくれないから。解消されないからその元気もない澪ちゃんのために奮い立ちはしました。
一人でやり切るぞ!って。
そしたらどんどんどんどん。
皆が手伝ってくれて皆が協力してくれて皆が私を責めないんです。
出しゃばると《余計なことして目立つなよ》って目がありません?日本ではそうだったんです。謙虚と遠慮が美徳。それなのに主張出来ないと搾取される。
そんな厳しい世界からもっと物騒な世界に来たはずなのになんで皆があんなに優しいんだろ?なんで?
もっと私を嫌いな人がいてもいいはず。
満場一致ってなに?
満場一致の議決の末の生徒会長ってなに?
しかも私はその時記憶がない。《解離性同一障害》のことも気味悪がられない。
どれだけあの夜「らんちゃん」は何か話して皆を魅了したのかな?何かのフェロモンある?
私に何か魅了の能力があると言われたほうが納得するほどの皆が優しい!真神教諭が舌打ちするほうが安心するんです!!
この世界の流れに置いて行かれてついて行けない自分が悪いのかこの世界がおかしいのか分からなくなってしまったんです!!
あぁ!!私悪い子。私悪い子!!」
「わあ………ためこんでるね………」
「うう………。言っちゃった………言っちゃいました………」
四郎先輩が茶菓子をくれる。
一息ついたらお腹が空いてしまった。
思考とお腹が直結した幼児のようで恥ずかしくなったけどクッキーをもそもそと頬張る。
「友達の涙を助けたいと思ったのは?」
「私です」
「ガンザ君がレジオン団とセルクル団裏切って協力したのは?その気にさせたのは?」
「私です」
「一人でやり切ろうと思ってもクラスの皆が協力してくれたのは?誰のため?
澪ちゃんのためにではあったろうけど一緒に悪い事しようと企画したのは?」
「………私です」
「君式典でも下校中でも放送部のこ手伝ってたろ。知らない人のことも助けてる。
君がすこし手伝ったつもりの人。全てがあの星見祭の式典を裏方として参加してた。
その人達が恩を感じていたのは?」
「………?私?」
ソファーの向かい側。
決してりんに触れない位置にいるのに翡翠色の瞳は一番りんを見ていた。
「あの過剰なまでの求心力を産んだ式典の演出。
あれらを生み出したのは君だよ。
君のその《偽善》と呼ぶものが確かに誰かの役に立ったんだよ。
あの式典は《勝負に負けた》としても。
もう《思想》は誰よりも君が勝っていた。
だから運も求心力も傾いた。
君の《もう一つの自分》の功績だけじゃないよ。
あれは後押しのカリスマを示したさ。圧倒的力で。
でもその評価だけじゃないし。
あそこに行き着くように道を作ったのは君だ。
君の功績だよ。自信を持って。
自信を持たなくてもいいや。
君が大好きな仲間が君を選んだことを後悔する連中かな?
君の友達がそんな浅い人かい?
君が信じられない時は選んでくれた人を信じて。
そこから君はもっともっとわがままになろう。君はいい子過ぎるんだ。もっともっと悪い子でもいいくらいだよ」
「む………むん?」
りんの渾身の真一文字にした口元をじっと四郎先輩が見つめた。
「あ。君にとって《常に笑顔でいる》のがいい子の定義か。
その反逆。真一文字。
凄く深い表情だあ………」
「ひッ………そんなふうに見えます?
え?今までも悪い子に見えてなかった?え………」
「いるじゃないか。怖い顔出来る教諭が。担任だよね。
真似するなら彼だよ」
ふわりと浮かんだ眉間にシワがある金縁眼鏡の全身真っ黒の教諭のためいきが聞こえた気がした。
「あれは《厳しい顔》で《悪い》顔ではないですよ?」
「ははッ………君ってほんといい子だよ………」
「あ。今はそれは褒め言葉にならないですよ」
「くッはは。いい子が褒め言葉にならないのも君の強みだな」
「え………?そんな変な強みですか?」
「強みだよ強み」
改めて四郎先輩は同じ香りのハーブティーを淹れてくれた。
同じ香り同じ味のはずなのにさっきより香り高くて甘く感じた。
「この世界の人が子供に何故優しいかは考えたことはないよね。法律もそうだし………。慈しみを《義務》にするくらいに強烈なんだ。
なんでだと思う?」
「倫理的に………?」
「《神が子供が大好きだから》
《神が善なるものが大好きだから》だよ。
この世界の人々こそ。
《偽善》を繕って自分を良くあろうとしてるんだ」
「神様が見てるから………?なんで?」
りんは首を傾げた。
「それが《現し世人類》の強みなんだよ。
慎一郎も。君のその本質に引き寄せられたんだろうな」
「本質?」
「《神なんか頼らないで自分で自分を助けなきゃ》って心だよ。
それはね。
この世界の住人には逆立ちしても真似できないことなんだ。
人はね。いると気づいてしまったものに縋りたくなってしまうんだ。そこが弱みなんだ」
「………?」
「いいよ。今は分からなくても大丈夫」
「大丈夫?」
「ん。時が来たら分かるものだからね」
自動で点く魔導照明が室内を明るく照らし出した。
もうすぐ夕闇が始まる。
りんは一息ついた。
腹を括ったのだ。
「うん。スッキリした顔をしてるね」
「ありがとう御座います。話………聞いて下さって」
「んん。僕で良ければ何時でも聞くよ」
マスク越しなのに四郎先輩がニコニコしているのがわかる。
りんもやっと心から笑った。
「失礼」
「お。お迎えかな」
背後の扉が開いた。
下を向きながら入室した金色の縦に裂けたような瞳孔の男子生徒が深々とお辞儀していた。
「御嶽先輩!お邪魔します!」
「楽にしなよ〜お茶飲む?」
「いえいえいえいえ〜。またの機会に。
会長を《捕獲》んんッ………。会場まで《無事に送迎》するために迎えに上がりました」
「え?ガンザ先輩?」
入口に居たのはガンザ先輩だ。
チャコールグレーの軍隊服のような制服を着こんで紫紺のスカーフをしている。
眼鏡を外しているけど黒い髪の毛はしっかり七三にセットされている。キマっていた。
「よ。会長。まだりん君でいいか。
人前では会長と呼ぶからお前も《ガンザ書記官》と呼べよ」
りんにまでお辞儀しながら近くまで来たガンザ先輩改めガンザ生徒会書記官がニヤリと笑った。
りんは慌てて腕時計を見た。
まだ約束の時間じゃないはずだ。
「ごめんなさい………。時間過ぎてました?」
「俺がせっかちなだけです。お気になさらず。会長」
「う………。敬語やめません?」
「仰せのままに会長。
おいりん君。君も少し俺がヒント出したらまんまとここに導かれやがって。チョロいなあ。チョロい。
摩訶不思議大好きだと思ったんだ。
俺に転がされているようじゃまだまだだなあ〜。
で?やっぱり君に合うとは思ったんだよな〜。ここ。
入団するのか?やっぱりかあ………」
「え?なんでそのことを?!」
ガンザ書記官はふふんとしたり顔をした。
「君は《開拓者》だ。気質が。もう性質とも言っていい。
あとふわふわのかわいいものが好きだ。かっこいいよりかわいいだ。君が琴線に触れるのは。
かわいいだろ。あの先輩」
ズビシッと親指で四郎先輩を指し示した。
「ガンザ君?!」
驚愕した翡翠色の瞳。
まん丸な大きな瞳。
そんな四郎先輩をまじまじと見てりんは叫んだ。
「あ!そう!!そうなんです!
大きい雛みたいで四郎先輩はかわいいんです!!
つぶらな瞳が!!」
「ちょ?り………りんさん?!」
四郎先輩が真っ赤になりガンザ先輩はニヤリとした。
りんは合点がいった。
さっきから似ているとは思っていたのだ。
「私の従魔くんを大っきくしたみたいで。
凄く凄く親近感があるんです!!
首を傾げながらお話を聞いてくれる所とか!!
お話聞いてもらうと癒される感じとか!
あ。まだご紹介してなかった。え………と。召喚紋………あれ。召喚紋どこだっけ?」
「ぶほッ………まっ………やめ………げほげほげほげほ」
「四郎先輩?!」
途端に花粉症が悪化したらしい四郎先輩の背をさすりたいのに触れなくてわたわたする。
「そそ。これが見たかったんだよ。俺は。
研究生、究極のエリートの永久資格者様の《弱点》。
いやあ………。りん君はいい仕事をする」
ケラケラ笑うガンザ先輩の笑い声が部室の中に響いた。




