星見祭二日目 9.整理整頓
「見違えたよ………凄いや」
もう夕闇がもう少しといった時間。
岸と澪をまた広範囲転移魔術で魔導騎士サークルに送ってくれていた四郎先輩が戻ってきた。
「あ………ごめんなさい。勝手に。
暇だと整理整頓しちゃう癖が」
四郎先輩はこの空間を見て驚いている。
その空気に《拒否》がなかったことに内心ホッとしてりんはヘラリと笑った。
「もう少しここ展示品の良さが分かる配置に出来ないものかな?」と四郎先輩が呟いていたのを聞いてしまったからだ。
岸も澪も、星も他のサークル入団の手続きが必要で先に退室してしまってから暇を持て余したのだ。
少し。
少しだけのつもりが思ったより捗ってしまった。
「いや。大丈夫。
君はもう《副団長》だからね。
寧ろ僕が嫌がっても同好会を変えるだけの権利はあるよ?」
「いやいやそこまでは………」
そう。
何故かりんは恐れ多くも《副団長》になってしまった。
四郎先輩がもともと大きな目をまん丸にして部室内を見渡す。
鬱蒼としていた部室内が少しだけ整頓されているのを眺めているのだろう。
りんとしてはまだまだ改善の余地はあるけどそれは他の団員とも相談して決めたい。
そんな最小限の移動で最大限の効果があったようでいい気分である。
「場所はそんなに変わってないよ?
なのに。こんなに変わるものなのか………?」
「へへ。ごちゃごちゃ………。んん。
チグハグを揃えるの得意なんです」
りんは少しだけ鬱蒼とした所の色味を揃えて形を揃えて寄せただけだ。
明らかに置き方にこだわりがありそうな所は一切手を付けていない。
美術館ほど理路整然とまでとは行かずとも最低限の清潔さは出せたはずだ。
得意なのだ。鬱蒼とした所の開拓が。
「わ………。ありがと。
このやりかけの所は避けてくれたのかな?
ここみたいな僕が場所把握しながら作業してる所は動かされると困るから業者も入れないんだ。
僕の手癖なんてどうやって………?」
明らかに作業中ですって物が散らばった床はそのままに。
積み上げられた書類。開きっぱなしだった本もそのままに。
出しかけの細かいパーツをそのままにいかに《ここは景色です〜》みたいにするかがコツだ。
そこはホコリや塵を取るだけにした。
ぐちゃぐちゃの紙もそのままにした。
少し衝立をずらしたり視線誘導をした。
手前と奥で色味の工夫をするだけだ。
大きな移動はしてない。
「うちの孤児院に似たような特性の子がいました。
やっぱり工作とか集める事が大好きな子で。
夢中になると周りが見えなくなるタイプですね。
作業に没頭できる所と、人に見せなきゃいけない所は分ける訓練をしてるんです。
ひどい子はパニックになるみたいだけどそこまでではなければ、周りに迷惑かからないレベルにはなります。
規律と自由の狭間を探さないと。
過度な整理整頓は心の平安を崩すみたいですね。心理学の本にありました。
その人にとっての『心地よい散らかり方』を壊しちゃうと、心が疲れちゃうみたいですから。
身内に《綺麗好き》がいると崩れるバランスですよね。
お互い譲れる間合いが必要ですよね。
良かった。
場所は覚えたので最悪四郎先輩が不便なら戻せますよ?」
「わかる。僕も友達に怒られるんだよ。
大事なメモ。もっと若い時に勝手に捨てられて大喧嘩したなあ………。」
「お友達はかなりの綺麗好きです?」
「潔癖のけがあるね………」
「あららら。それはまたタイプの違いそうなお友達で」
「僕。細かい作業は好きだけど性格は………豪快なところもあるみたいでね」
「うふふ。私もありますよ。細かい所気になるけど大ざっぱです」
顎に手を当て四郎先輩が唸る。
彼は悪気はないけど横暴なんだよ。と庇ってるのか貶しているのか分からない評価をする。
「ありがと。使いながら移動することもあるし許容範囲だな。でも。どうやって………。
ここなんかただのゴミに見えない?」
確かに。
ぐちゃぐちゃな紙が丸まってたり。
壊れたとわかる道具があったり。
一見に見える箇所はある。
でもりんには香ったのだ。わかるのだ。
大事に大事にされている愛情が籠ったものは仄かに甘いことを。
「ん………?《触らないで〜》《ごちゃごちゃだけど大事にしてます〜》《赦して〜》みたいな匂いがしました」
「それは………。君が《花火士》だとしても。《物の記憶》までなんて………。
いや。《残留思念》を匂いで………?」
黙り込んでしまった四郎先輩を見上げた。
思案しだすと思考の世界にトリップしてしまう質の人みたいだ。
「あの………?」
「あ。ごめんごめん。君だけ残ってもらっちゃって。
………だから不安になった代理行動かな。
ちょっと気になることがあってね」
「気に………なることです?」
りんは首を傾げた。
なんだろうか。
やっぱりりんは何かやらかしているのだろうか。
不安のまま促されたソファーに座る。
座るのに一切音のしない不思議なソファーだった。
手触りが上質だ。
しばらくさわさわ触っていると四郎先輩が咳払いした。
いよいよ話が始まるみたいだ。
「僕の………家系の《ギフト》はおぼえているかい?」
「ギフト………」
《御嶽家》のギフトは魂の感知と《触診》。
触った対象の傷や身体の記憶を追体験出来る能力。
とサチ婆が話していたのを思い出した。
「え………と。《触診》ですよね?」
「うん。
後は能力に個性がでる。同じギフトでも微妙に違うんだ。
僕の場合は《触るとその人の考えが覗けてしまう》んだ。
だから僕は………。
日頃はこの手袋をしているし極力人と肌が触れ合わないようにしてる。
その前提で………。話を聞いてくれるかな?」
「え…………と。
今日一日私は四郎先輩に直接触れられていませんよ?」
「あ。うん。
そこに疑念を持たないで貰えるのありがたいな」
今はまだ肌寒い春だ。
彼が全身を白衣で包みマスクをして手袋をしていても違和感はない。
それもこれから暑くなる季節になるとまた印象が変わるだろう。
「人の痛みがわかるの大変な能力だなあ」なんて他人事に思っていたけれど、目の前の四郎先輩の慎重な仕草を見て、ようやくその重さを理解した。
彼はこの何時間かりん達が滞在していただけでもたぶん多大なる配慮をしていた。
はじめましてなのだから当たり前だけど。
あんなに気安く懐いた岸と澪に触れたり小突いたりもなかった。
この幽玄異郷の民は比較的スキンシップが激しい。
無闇矢鱈に抱きつくし肩を抱くし頭をこねる。
しゃいな日本人は面食らうほどだ。
その中では確かにりんが気後れしない距離感にいる四郎先輩は異質だったのだ。
なら。
「あの………。もしかして。
ここは四郎先輩の《安住の地》だったりしました?
人に囲まれるの苦手だったりしませんか?苦痛では?
なのに私、無遠慮に人を引き連れてぞろぞろと………」
「わわわわ。違う違う違う。
ああああ〜きみはやっぱりそっちに思考が行くよね。
いい子の典型だ。気遣いしい。
ほんとにごめん不安にさせてごめん〜。
君は自分のことより先に人のパーソナルを気にする質なのに僕が不安定だと思わせるなんて先輩として失敗だあ………」
「え」
マスク越しで表情が分かりずらいけど明らかに狼狽した声色だから落ち込んでいるのがわかるし狼狽えが目に見えて匂う。
「安心して。僕は精神の病気は抱えてない。
あるなら身内が気付くしストッパーの友達もいる。
君にとっては頼りないとは思うんだ。
君から見た僕はたぶん挙動不審の人見知りの引きこもりだろ」
「そん………なことは」
「あ。いいのいいの。
君がどう見てるかじゃないな。《一般論》ね。
少なくとも僕の初対面の友達の評価がそれだ。多分アベレージな印象だ」
そうだろうか。
確かに四郎先輩は身体を縮こませて目を彷徨わせていることはある。
言動は日頃は物静かなのに興味のあることに淀みなく饒舌だ。
大きな瞳は好奇心でキラキラ光る。
翡翠色の瞳は綺麗だ。
すこし雑多な所に蹲るようにいるから自信がないのか暗い所が好きなのかと思ったら話せば快活だ。
寧ろ明るい所は好きそうだ。
どちらかと言うと彼こそが自分の体の大きさをもてあましているような。
それを補うために人前に出ないような。
縮こまるのはまるで。
「時折………。怯えた雛のように見えます」
「ひな?あの………ちっちゃい雛?」
「はい。大丈夫だよって撫でたくなります」
「君の感性………大丈夫かな?!え………雛?」
四郎先輩が耳を真っ赤にして項垂れた。
「怯え………か。
確かに身体が大きいから周りを壊さないか気にしながら生活はしてるかも。
これらはもう身体に染み付いた《癖》みたいなもので《拒否反応》じゃない。
なんなら、いつでも疑念を持ったら《嗅いでほしい》」
「か………?」
次はりんが真っ赤になる番だった。
《嗅いでほしい》と《花火士》のりんに言う。
仲良しの岸ですら《嗅がないでほしい》と言う能力だ。
誰が自分の習慣や趣味嗜好まで知られたいと思うのか。
その提示が《異常》な事がわかった。
「その代わり僕は君には《触れない》よ」
ーーーそれは………。私に都合が良すぎる気が?
思わず呆然とする。
《君の疑念のためには全てを受け渡すのにこちらは君を侵害しない》
その心持ちはどんな徳を積んだらたどり着くのだろうか。
人は欲張りな生き物だ。
自分の懐に入れたら独占したくなる生き物。
自分を曝け出すなら相手も誠実であって欲しいと欲深く欲するもの。
だからりんは晒さないし晒させない。
誰かに懐かれると思わず腰が引ける。
相手に全部を与えるなど無理だから。
りんは所有しない。だから所有もされたくない。
だってりんの中身など《いい子》以外に空っぽだから。
相手の理想に当てはめる方が楽だ。
自由奔放さと無神経さはりんに深みを与えない。
りんは《無》だ。
このスカスカな内面を覗かれない。
覗ける能力がある強いものがだ。
そのことがこんなに切実にりんを救うことだとは思わなかった。
「ただあまりに挙動で分かりやすい君の揺らぎは指摘する。
今回みたいに」
「あ………」
りんは心当たりがあった。
ここ幽玄異郷に来てからあまりにりんは《中心》にあり過ぎた。
元来目立つことは苦手なのにだ。
りんは良くも悪くも《周りを巻き込む吸引力》があるのを幽玄異郷に来てからも自覚せざるを得なかった。
現し世でもそうだった。
皆の期待には応えたいのにそれ以上にりんを離れても更に熱狂する空気が苦手だった。
余りに周りに恵まれていて。
余りに周りがよい人ばかりで。
何故その中心に自分がいるのかがわからない。
頼られたら助けたくなるから嫌なのではない。
でも。
《自分より相応しい人がいるのではないか?》そう思考がもたげるほど自己嫌悪になる。
これは《君が必要だよ》と言って欲しい幼児の思考だ。
自信のなさを他者に押し付ける思考。
一人になると陥ってしまう思考だ。
だからか。
りんは忙しなく動き回りたくなるのは。
この不安を埋める忙しさを朝から欲していた。
自分でも気付かなかったりんらしさのない行動が頭を駆け巡った。
皆の空気に流れるように行動したつもりだった。
そこに停滞を見た。
このままお開きの気配が。
そこに縋り付くように頭を巡らせ本能のままに《好ましい所》に縋り付いた。
いつもならしない。
誘われていない空間に押し入るなんて。
まるで。
避難所を探すみたいに。
「生徒会長になるの不安かい?今夜だ。就任式は」
四郎先輩の翡翠色の瞳は静かに光っていた。




