星見祭二日目 8.現し世研究同好会
目が眩んだ。
耳の奥がぐらりと傾いた感覚があった。
これは確かに経験したことがある身体ごと理を飛ばされた感覚だった。
でも。
今回はそれだけだった。
現し世から転移した時ほどのぐるぐる回る感じがしなかった。
リリスが「感受性が高いのね」と評した《魔術酔い》の症状がない。
意識もハッキリしている。
バヒュンーーーヒョイ。
そんな感覚で新しい床に脚が着地した。
少しジャンプしたような感覚しかしないのに景色は確かに違うのだ。
《転移魔術》は成功したみたいだ。
薄っすらと目を開ける。
眩しい光に目を数度瞬いた。
「あれ。気を失ってない………」
「お。俺も今回大丈夫だ」
「おぉ………不快感がまるでない。素晴らしい転移魔術ですね………」
りんと岸も不快感のない転移魔術に感動したけど澪の反応は感動よりも感心といった感じだ。
手を握ったり開いたりしながら身体の動作確認をしている。
「ふむ。四肢欠損なし。神経断絶なし」
チェック項目が不穏なのが気になるが問題はなかったみたいだ。
二・三時間の鍛錬になると思われた時間が一瞬。
しかも不快さなし。
これは大変助かる移動手段だ。免許を頑張って取りたがる理由が分かった。
皆が皆、鍛錬が好きな訳では無いことに安心した。
怠惰。文明の発達の起点。大事だ。快適さは。
りんは四郎先輩の魔術に感謝した。
怖がったことが申し訳なくなった。
「………父が私の幼少の頃の抱っこ移動を思い出しました。やりますね四郎先輩。
なかなかの手練れですよ。
兄達の魔術ならもっと気持ち悪くなります」
「「経験者だった?!」」
澪が呟いたことに驚く。
りんと岸は現し世から転移した時に経験したのみだ。
そんじょそこらでお目見えしないと思っていたら澪も経験者だったとは驚きだった。
「身内に《転移魔術》持ちいると慣れますよ。
《免許取り立て》の時ほど妹弟など格好の餌食です。
これは抵抗しないで身を任せるのがコツですね。
それか虚をつかされるとか。
疑念があると拒否反応で具合悪くします。《魔術酔い》はようは慣れです………わあ………」
「「わあ………」」
夢中で話していても壮観な眺めは時に人から言葉を奪うものだ。
りん達の真上には大きな鐘が見えた。
見上げても上の造りが見えないほど巨大だった。
この時計台は鐘のある部分が吹き抜けのようになっているようだ。
下にはりん達が三時間の苦行を覚悟した螺旋階段がとぐろなように下に続く。
恐ろしいことに下の床の色が見えない。
高所恐怖症の人が見たら卒倒する絶景だった。
日当たりが悪くおどろおどろしかった外観が思い出せないほどの暖かな日差しに溢れた最上階だ。
そこだけは日当たりが良く爽やかな日光を感じた。
外観から感じた暗い雰囲気は皆無だった。
「大きな鐘………きれい」
「あれが星見祭の夜に《100年ぶりに鳴った鐘》かあ………」
「学園創設からある古代遺跡並みですからね。
確かに《保護施設》なだけあります。地上から見上げるのとは格別に違いますね………」
その鐘は外から見たのでは分からない輝きと風格があった。
しばしその黄金色の輝きに魅入った。
背後から明るい四郎先輩の声がするまで。
「ようこそ〜ここが我等が《現し世研究同好会》だよ」
縦三メートルはありそうな巨大な二つの扉が開かれた先にあったのは、かつての文明が悲鳴を上げているような「ガラクタの墓場」だった。
「ガンザ先輩の言った時計台の裏物置って………」
「たぶんここだな」
「え?下の物置は?」
「あ。ごめん。
今日のゴミ出し間に合わなくて下に置いたんだ。
いつもはもう少し綺麗なんだよ。
ガンザ君?よくここ来るよ彼。この間もいいスピーカーの修理に成功したから譲ったんだ」
「「「あの高級スピーカー直したんですか!?」」」
「うん。使えたみたいだね?良かったよ」
整理整頓はされている。だが、そこには「秩序」が欠落していた。
そこは様々な現し世骨董品の見本市と呼べれば聞こえはいい。
鬱蒼とした道具達の負のオーラが立ち込めていた。
色彩も形も動きもチグハグで《理路整然》さがない。
何世代前か分からない洗濯機が横倒しにされぐうぉんぐうぉん唸っている。そこから何故か糸が紡がれている。糸は排水管を通りキラキラ光る糸に製糸されている。糸を吸い取って玉にしているのは掃除機だ。
農家の倉庫にありそうな木製の機織り機は魔改造されて色んな服を逆再生のように糸にしている。
ブラウン管のテレビはタワーのように積み上がり硝子の中で魔植物が繁殖している。
パーツは現し世とわかるのにへんてこな動きをする道具や家具になっている。
ただ一番りん達の目に飛び込んできたのは派手な布だった。
天井にお洒落なスワッグのように掲げられているのは旗だ。
「卍横麻布最強」とか「東京最強」とか「日本統一」とか「夜露死苦」とかが描かれた旗。
難しい漢字や当て字の物々しい旗が並んでいた。
りんがあまり見たことがない派手派手しい旗だった。
そこに混ざって「銭湯」の暖簾もある。「大漁」の旗もあった。運動会の万国旗もある。
旗展覧会だった。
「カラフルな旗………」
りんが見上げると四郎先輩はマスクを抑えながらフフンと自慢げだ。
「あ。これね。現し世で「仲良くしようやあ、兄ちゃん」って声かけられてタイマン大会に参加したら賞品で貰ったんだ。
魔術なしで武器なしなのに相手は途中刃物持ってるからその刃物もコレクションしたくて捌くの大変だったんだ………………。
………………………………ッて。慎一郎が言ってたよ」
りんは慎一郎の話がでて目を輝かせた。
さすが現し世で働く慎一郎だ。
従兄弟のために取り寄せてくれているらしい。
「御嶽さん、暴走族の界隈制覇してませんか?!
うわ………これ俺の地元の壊滅した族の旗………。
え?御嶽さんが………?なにやってんの………あの人」
「ぼうそうぞく?」
「あれ、私も知らないや」
りんと澪がキョトンとすると岸が渋い顔をした。
これは「教えたくないな」の顔だ。
でも四郎先輩が教えてくれた。
綺羅びやかな車やバイクをかき鳴らす音楽集団らしいと。
「うわ………。ちげぇよ!!
改造車やバイク乗って徒党組んで犯罪行為してる集団のことだよ………。
式典の《悪い子同盟》のモデルにしただろ………」
「「「え………そうだったの」」」
「おいおいマジかよ………。
りんすら知らなくてやったのかよ………」
「私の血が騒いだから「悪い子のファッション」なのはわかったんだけど………」
「悪い意味で箱入りだな………」
りんにはさっぱりな現し世文化だった。
岸と行っていた学校はお金持ち学校だから治安が良かったらしいし施設は山奥だ。
それらは大抵街中や駅前に出没すると。
岸が恐れおののいているなら有名な武闘家の集いらしい。
ちょっと見てみたかった。
大きな時計台の最上階。
その《見張り台》の役目を果たしてそうなドーナツ型の空間が全て《現し世研究同好会》の部室だった。
魔術ではない白熱球のランプが懐かしい熱とオレンジ色に発光していた。
それは蠢く魔植物達に熱を送っている。
入口からのインパクトが強すぎたのだけど、
改めて見渡すとまだ魔改造されてない家具も家電もりんすら分からない機械もたくさんあった。
それと。
「わ………ドレスですね………。
奇抜なデザインですね………」
「あ。十二単だ。ゴテゴテのゴシックドレスもある。
こっちはタキシードに燕尾服。こっちは………作業着?」
そこには服の展覧会もあった。
「服には文化や歴史が色濃いからね。
日本だけじゃなく地球上の全てのものを集めるのが夢だなあ………」
「観光客の思想だな」
「あのね?!
現し世人類には分からないかもしれないんだけどね?!
《魔法石なし》で動く機械をお金させ払えば《平等に等しく》文明の利器を分配するんだ!!
格安で《知識》を広める。
素材の《単価差》はあるにしても金持ちと貧が殆んど仕組みが同じものを使う。
これは凄いことなんだよ?!」
「それは………凄いことですね」
「「凄いの………?」」
澪が頷きながら四郎先輩の熱弁に同調したことが意外だった。
「《炉度》ランク社会の幽玄異郷では、魔術の巧みさと魔力量と身体の力を誇示することがヒエラルキーです。
今の教育機関は比較的《平等》を謳ってはいますが。
昔はもっと選民的な受験資格だったと言われますしね。
特待制度などここ100年くらいではないでしょうか。
《炉度》は身分証明です。
でも成功しても《炉度》はお金では買えないものです。
ましてや《魔宝石》はどれだけ強い魔獣を倒したかで価値が決まるもの。
そこらのクズ《魔宝石》なら大量生産可能ですがそれでも《高機能で長持ちする》高級魔道具には高級な魔宝石が必要不可欠なのです。
この学園支給の魔導端末も。
普通の庶民には買えないものです。天文学的な価値がある。
道具一つ取っても《特権社会》ですよ。
なんせ弱肉強食なのですから」
それに続くように四郎先輩の力説は続く。
「現し世の道具の仕組みを調べるとね。
いかに《最小限の力》で動かすか。コンパクトにするか。低価格にするかを試行錯誤している歴史を見るんだ。
あと幽玄異郷にはない《もったいない》思想が一番尊敬してるかな」
「これって日本語なのに幽玄異郷にもない言葉だ。
澪さんも知らないだろ?」
「存じ上げませんね………。どんな意味ですか?」
現し世の民が幽玄異郷の民に現し世の知見に置いていかれている。
りんも岸もポカンとしながら傾聴した。
澪が四郎先輩の弁を後押しした。
「資源も命も限りがあるのだから最後まで大切にするし直すし粗末にしない。
簡単には食べ物を残さないし、壊れた物は捨てないし繕う。
命も資源も限りある種族だからこその発想だよ」
「それはそれは………奇っ怪な思想ですね………」
「「そうなの?」」
澪の驚きがりんと岸には共感出来ない。
そこに文化の違いを感じた。
「幽玄異郷は人類がいる限り《資源》は尽きない世界ですからね。
寧ろ使って使って打ち捨てることこそに《美学》と《特権》を誇る民でもあります。
あれらは永久機関ですしね」
「いつかさ。もしかしたら《魔獣》が生まれない世界を僕は………。
特に慎一郎は信じてるんだよ」
「まさか!!
面白いことを考える御仁ですね!?慎一郎氏は!!」
ははは!と澪が笑った。
四郎先輩はすごく真面目な顔をしてるから笑われることに眉を下げた。
困ってはいないけど慣れている瞳をしていた。
「魔獣って………輪廻転生するんだよな?魔豚は魔豚に。とか言ってたよな?」
「やっぱりいないほうがいい存在なのかな?美味しいのにね」
「僕が《世界倫理政治学》の教諭の仕事を取っちゃうから難しい話は終わりにしようか!
魔術なしで育てた薬草茶飲まないかい?
《赤紫蘇》なんだ。りんさんと岸くんは知ってる味かも。
魔宝石なしのオーブンで焼いたクッキーもあるよ。
火起こしも持続魔術もないんだ。
人類がホモ・サピエンス時代に初めて作った木ノ実クッキーのレシピなんだ!!」
「「「いただきます!!」」」
ほろほろの素朴な木ノ実クッキーはりんには馴染み深い味がした。
このクッキーは直火で作れるからりんも山に籠って作ったことがあった。
それよりも格段に美味しいのは使う木ノ実が幽玄異郷産だからだろうか。四郎先輩の腕もあるのかもしれない。
和気あいあいとお茶をした。
あっという間に空が茜色と紫色のグラデーションを描く。
幽玄異郷らしい夕方の風景だった。
バルコニーからの眺めは最高だった。
「私。全然現し世のこと知らなかったなあ………」
「俺も。当たり前の事が当たり前じゃなくなると見える視点もあるよな」
「怖い所かと思いましたが、奇っ怪で魅力溢れた文化ですね………」
りんは背後でニコニコ見守る四郎先輩に振り向いた。
そして。
「四郎先輩!!私。
《現し世研究同好会》に入りたいです!!
入ってもいいですか?」
「え」
「俺も。兼任で《魔導騎士団》にも入りますけど」
「私も。《魔導騎士達団》と《魔獣騎馬隊》の合間でも大丈夫でしたら………」
「え?!三人も?!」
「あ。僕も入りたいな」
上空から声がして見上げた。
そこにいたのは星だ。
ぜいぜい息を切らしていた。
「せい君?!飛んできたの?!」
「澪さんが「飛んで時計台の鐘の上あたりに危険がないか偵察しろ」ってあったから」
「わあ………わざわざありがと!!おいでおいで!!」
「わわわ!!四人目ッ………。茶器!茶器探す!」
大慌ての四郎先輩が慌ただしく室内に入るのを見届けてからりんは降りたった星に向き直った。
その手には小さなかわいい野花が小さなリボンで結ばれていた。
「はい。りんさん」
星は雷クラスでクラスメイトになってから毎日のように花を送ってくれるのだ。
リリスに聞いたら「彼は貴族だからよ」と言っていたから女の子にマメだという意味らしい。
「わあ………いつもプレゼントありがとう!
せい君のお花ね?毎日押し花にしてるんだあ。押し花日記になってるんだあ。
休みの日も屋敷に配達してくれるよね?ありがとう」
「ん。幽玄異郷にはね。毎日花を渡す事に凄く意味があるんだよ。
たぶん周りは面白がって教えてはくれないだろうけど。
一年後に意味がわかるから楽しみにしてて?」
「ん?ほんとにお返しはいらないの?クッキーとかあげたかった………」
茜色の夕焼けに染まった星の頬が緩やかに緩んだ。
黒髪がサラサラで風に巻かれている。
深く暗めの瞳が今は夕日を反射してキラキラ光る。
「りんさん。この世界では女の子は《貰う側》。
りんさんが生理的に受け付けないなら言ってね?これは幽玄異郷の男の義務なんだ」
「遠慮………すると?」
「ん………僕泣いちゃうかも」
「え………?何もくれなくても友達だよ?」
「ふふふ。君に一年間花を送る権利を。
それが僕には一番のプレゼントだよ」
「うふふ………。星くんはプレゼントオタク?
ようこそ〜オタクが集いし《現し世研究同好会》へ〜。
あのね。私は《書物オタク》でしょ?
澪ちゃんは《鍛錬オタク》。
岸はねーーー」
星とりんが夕焼けのバルコニーで話す姿を暴れる澪を二人で抑えながら四郎先輩と岸は複雑な顔で見守っていた。
「因みに意味は?」
「ん………?
現し世のバレンタインの毎日バージョンを一年続けることはさ?《許嫁になりたいです》って意味だよ。
《結婚したいくらい好きです》を相手の家族にも示す行為だ。貴族的な求婚だね。
母親のリリス様が断らない。
それは彼が外堀を固めるのを許容されていると意味する。
いやあ………青春だ」
「あやつ!!図々しい!!まず私の許可を取れ!!
私は《大好き同盟》加入一号だぞ?!」
「マジかよ………。結婚………?マジかよ………。俺等まだ14だぞ?」
暴れる澪、呆然とする岸。
話に夢中になるりんと星を見渡しながら四郎は頬をかきながらも笑みを深めた。
「賑やかで楽しい同好会になるね?」
とクスクス笑う。
「若人よ。悩めだよ。
結局選ぶのは女の子なんだからね?あれは古来の求婚だから。一年続くかも分からないし。
巻き返しは出来るよ?」
「ま?巻き返し………?いや?なんの………ことだか」
岸がタジタジする所を澪が冷めた視線で見ながら「ヘタレ」と呟いた。
「いやあ………羨ましいよ。若人は眩しいくらいまっすぐだね。僕は。正攻法は真似できないなあ………」
四郎先輩はクスリと笑ってマスクを抑えるとお茶を淹れ直した。
確して。
《現し世研究同好会》は星見祭で高得点を持ち点にした四人の新入生を獲得した。
その合計点。1500点。
そのことの重要さをまだ岸達は知らなかった。
勿論その点の重み1000点をもたらした当事者のりんが一番分かっていなかった。




