星見祭二日目 7.広範囲転移魔術《おひっこし》
四郎先輩は指をフリフリ鼻歌混じりに解説を続けてくれた。
澪曰く、
「幽玄異郷の民なら数年かけてちょっとずつ親に教わる話
」らしい。
りんと岸は顔を見合わせた。
リリスやフルカス将軍から聞いたことがないからだ。
「あの二人の御仁は《高みのさらに高み》だからね。
わざわざ君達に説明するほど《炉度》は重要ではない方々だよ。
現し世人類の強さは確かに《炉度》では測れない所があるからね。ちょっと特殊な家庭環境だったね」
この際一気に説明しちゃおうと四郎先輩がウキウキだ。
子供に教えることは大好きなのだとか。
澪が言うには幽玄異郷の民にもわかりやすい説明らしい。
ーーー確かに。優しい声でちゃんと頭に入る。
四郎先輩は先生に向いているのかも。
りんは一人納得した。
「【上位:気体・光の層】
ここからは《極み》の域だね。
07:ブラン・エクラ(Blanc Éclat)
白き輝き(白炎)。不純物が消え、完成された精神が放つ純粋な光。
何か賞を貰ったり研究が認められるのがこの域の人が多いかな。
08:シュブリマシオン(Sublimation)
昇華。個体を飛び越し、物理法則を無視した高次元の魔術行使を可能にする段階。
国として重要な機関のトップは必ずこの域ではないといけないんだ。
一族の長88柱の長老などはこの域にいらっしゃるね。
【頂位:プラズマの層】
ここからはどう《神格》を示せるかの域かな………。
偉業を成したり最新の発表をしたり。
もう極めるの更に上《悟り》の域と言っていい。
09:エトワール・ノワール(Étoile Noire)
黒い星。極限の熱が光を飲み込み、空間そのものを歪ませる崩壊の熱。
10:グラン・ノヴァ(Grand Nova)
古来の勇者、聖女、賢者、魔道士、魔導騎士達の領域だ。
神話級と言っていいね。
大新星(神熔)。宇宙誕生の熱量。
世界の理さえ書き換える域だね。
ざっと………こんなものかな?
後は授業にも出るし親御さんに聞いてみてね。
皆さん僕より分かりやすく教えてくれるよ」
パチパチと三人で拍手をしたら恥ずかしそうに四郎先輩はお辞儀した。
立派な講義だった。
聞いてて飽きないし分かりやすい。
驚くべきはこの説明をもっと分かりやすくしたものを指の先の閃光一つで三人の魔導端末にインストールしてくれた。
凄出来である。
「澪ちゃん何段階ランクなの?」
りんは早速気になって聞いてみた。
隣の澪はキョトンとする。
そして申し訳なさそうにしながら答えた。
「ふむ?まだ定かではないのですよ。
確か一年時の二学期に正式な測定がありますよね?
独自に炉度を測る宝玉があるらしいです。
我が家にもあるのですが兄達が
「最初に知りすぎると驕るか落胆するから。ある程度鍛えた後のほうがよい」と言うので調べていないのです。
馬鹿な兄達の助言で一番マトモなものでした」
「あ。幽玄異郷出身でもランクはまだ確定してないんだね」
「生まれた時に測定するとかじゃないんだな?」
「お答えできずすいません」
澪が神妙な顔をするから大丈夫大丈夫とりんは手を振った。
「注意点があります!」
手を挙げて四郎先輩がりん達の小話を制止した。
大人しく傾聴する。
「あのね。
「ランクはいくつ?」は学生間のうちは大丈夫だけど。
外では《ランク差別》になって禁句だよ。
凄く失礼だし、もし相手が高位の方だと消された人もいる。
大抵の生活様式と実績で予想は出来るから言わない示さないことが美徳なんだ。
ボタン型の《勲章》を貰うから服に付ける人もいるけどね。
現し世人類だからとか、無邪気さでも赦されない。
気をつけてね」
「消された………?」
「命が力の前では軽いな………怖い」
りんと岸は青ざめた。
「因みに………?四郎先輩は?」
「気になる気になる。な?りん」
「え?いや。気にはなる………けど」
ーーー聞いちゃうんだ。
失礼なことだと教えて貰ってから聞くのはなかなか勇気がいらない?とりんは少し焦った。
でも岸と澪は凄くキラキラした瞳で四郎先輩を見上げた。
切り替えが早いし純朴な瞳だ。
確かに四郎先輩は《学生》。
りんは恐恐見守った。
すると四郎先輩は「一本取られた」みたいな顔をした。
彼は頬をかきながら眉を下げた。
恥ずかしそうに。申し訳なさそうに。
まるで懺悔する人みたいな空気の香りがした。
「《永久資格者》の条件段階は07 漆ランク。
ブラン・エクラなんだ」
「「「え………!!」」」
想像以上だった。
全然申し訳なく思うようなランクではない。
寧ろドヤ顔しても許される炉度だった。
「「「わ………。高位の方だ………」」」
「ん?僕は庶民だよ。貴族は貴族でも分家の末端だからお金持ちでもないかな」
《高位》とは炉度の高さも勿論だけど《家柄の高さ》も同列に論じるものらしい。
家柄良し炉度良し。
そんな人いたら化け物だ。
「《極み》の域………!!尊敬します!!」
「すげぇなあ………。
あ。御嶽先輩は何年生なんすか?」
「ん?………五年だよ」
「四年後にそこに行き着くのかあ………。ぱねぇ………なあ」
岸と澪がまるで子犬のように四郎先輩を取り囲んでいる。
彼は耳を真っ赤にしてタジタジだ。
とてもヒエラルキーの上の住人には見えない。
四郎先輩が現し世に興味を持ったのは《勇者異伝》を子供の時に読んでからだそうだ。
生き物も法律も倫理も違う勇者が生まれ育った所。
その最強の勇者の故郷の文化や考え方がどんどん面白くなり。
今では現し世の道具を取り寄せて研究、幽玄異郷の魔導機械に応用出来ないか研究しているのだそうだ。
魔獣と現し世の動物の違いも研究していて。
そちらのほうが《学園の管理下の研究》として教室を貰っていると。
それが《魔獣研究予備室》なんだとか。
あの医務室の真上の教室のことだ。
「え??こんなに立派な塔なのに。
こっちの研究が主ではないんですね?」
「そ。この《現し世文化研究》のほうは趣味だね。
楽しいからしてる。
それこそ実績がなくても細々とね。
あとは魔道具研究サークルとか魔植物研究サークルのお手伝い。支給される魔獣のデータとか素材をアルバイト代で貰ったりとかね」
仲間がやっているから。
誰かに誘われたから。
そんなふうにしか物事に取り組んでこなかったりんには四郎先輩のその嬉々として語る笑顔が眩しすぎた。
だから。
思ったのだ。
この人が語る見る現し世とりんの知る現し世の違いを。
共通点を知りたくなった。
何がこの人の瞳をキラキラさせるのか。
不可解な事を知ること。
それがりんの好きなことだったみたいだ。
知らないのだ。
学校と施設の往復で知ろうともしなかった。
友達にも詳しく語れない現し世のことを。
初めて知りたいと思った。
「四郎先輩。是非《現し世研究同好会》の部室をみせてもらえませんか。
時間かかりますが上で待ってて貰えます?
岸と澪ちゃんは付き合わなくてもいいよ。
私が行きたいって思ったんだ。
もっともっと話が聞きたいの」
「え?………部室?」
「りん?」
「りん様?」
しばらく静寂が訪れた。
りんが一番驚いている。
誘われてもいないのにやりたいことを発言するのはりんには凄く勇気がいることだった。
「え………と?
嬉しいな。そうだね。同好会のことか。
お茶を出すし歓迎するよ!
岸くんと澪さんもどうかな?
いっぱい僕の話を聞いたから疲れただろ?お茶とお菓子あるんだよ」
「あ。俺も行きたいっす。りん一人は心配だ。
それに四郎先輩の話面白いし」
「私も。最悪りん様をおぶれる体力はあります」
二人は手を挙げた。
「え?いいの?」とりんが言うと
「寧ろなんで当たり前のように置いていこうとするんだ」と小言を言われた。
だって。二人は怖がっていたし………。時間は有限だし………とか。ゴニョゴニョしていたら。
「「仲良し同盟だよな?」」
「仲良しはずっと一緒、一番なんですよ」
「仲良しはな最優先に動くんだよ」
そう二人はニヨニヨ嬉しそうにするからいいみたいだ。
二人が嬉しいならりんも嬉しい。
三人でニヨニヨした。
「はははッ………!
君たちは本当に仲良しなんだね?
安心して。ご招待だ。
《広範囲転移魔術》でね。
さあ。行くよ《現し世研究同好会》へ!!」
「「「え」」」
苦労して決意を固めたのに展開が早い。
「試練的な修練展開は?
ここから過酷な階段登りで得られる疲労からの………」
「疲れるじゃないの。おいおいね」
「過酷さの先の選ばれしもののーーー」
「まあまあ。それもおいおい」
「心の準備………爆散………こわい………」
「大丈夫。僕転移魔術得意だから」
全ての戸惑いは四郎先輩はニコニコと塞いだ。
実質拒否権はなくなった。
その時。
りんは錯覚に陥った。
幽玄異郷に転移する時。
慎一郎に手を引っ張られて飛び込んだ翡翠色の魔法陣みたいな模様。
そのデジャブを。
四郎がニコリとして指をパチンと鳴らした。
りん達三人と四郎を包むように翡翠色の魔法陣と蔦の模様がぐるぐる回る。
眩しい光に包まれた。
最後に見たのは。
嬉しそうに細まった慎一郎に似た四郎の翡翠色の瞳だった。




