星見祭二日目 5.時計台の紫色の毛達磨
《時計台》
そこはリリスホール前。
学園内で一番の広大さを誇る広場にある荘厳な時計台だ。
レンガ造りの塔の天辺には大きな時計がある。
数字はローマ数字。
その大きな時計のさらに上に鐘がある塔だ。
「荘厳………だね」
「古めかしい………と言うのでは?」
「なんだ?蔦があるからか?威厳があるとかよりは………」
「「「おどろおどろしい………」」」
三人の声は揃った。
幽霊は今のところいない。
でも確かに噂になるのは納得の雰囲気だった。
夜に見上げた時は何も思わなかったのだけど昼間に見ると印象が変わる。
何故かそこは日当たりが悪い一角なのだ。
昼間なのに暗い。
背後に広大な森があるからだろう。
「この森、たしか一年生は立ち入り禁止だったよね?」
入学式のガイダンスやレクリエーションの時に再三注意書きが添えてあったのだ。
《濃霧の森 カクテルヘイズには入るべからず。
一年時には立ち入り禁止である》と。
入口らしきところはぽっかりと穴が開いたように道がある。
そこを挟むようにそびえ立つ大木二本に跨るように看板がある。
確かに《濃霧の森》とあった。
「こんなに怖そうな森。たぶん誰も近づかないよね………」
「猿田は入学式のその日に入ってすぐ先生に捕獲されて、しこたま怒られたらしいぞ」
「うわ………。あやつならやりそうですね」
「あらゆる木々を制覇したかったらしい」
「理由もアホですね」
いかにも《色んな生態系混ざってます》みたいな見た目の森だった。坩堝学園らしいかもしれない。
まず森が緑色じゃないのだ。
木の色から葉っぱの色まで極彩色。
見える範囲だけでも24色色鉛筆で色が塗れそうだ。
紫赤の蔦がうねうね動く。
美しく咲き誇っている花が近くの虫を食べた所が見えた。
形も見たことない形状だった。
深淵の虚のようにぽっかり口を開く暗がりに入り込もうとすること自体が度胸試しめいていた。
「まず。普通………植物は動かないよ………ね?」
「普通の植物はそうですね。
魔植物ばかりのようで………あ。
魔植物保護地区と紹介されています。
研究目的でいろんな植物、魔植物があるそうですよ」
そんな不気味な森を背景にしているせいか確かに雰囲気がある。
「大きいよな。この時計台」
改めて仰ぎ見た。
時計台の周りを一周するのに息切れしそうな巨大さだ。
この中に螺旋階段があるとするならば確かに。
相当の根気がないと登りきれないかもしれない。
「なんか既視感あると思ったら。
メッカの時計台に似てる!!天辺に三日月ついてるあの!」
世界地理の資料集で見たことがあるのだ。
サウジアラビアにあるアブラージュ・アル・ベイト・タワーズにそっくりなのだ。
砂漠の中の塔。
ホテルや他の建造物と一体になった世界一の時計台。
確か建造費は東京タワーの数倍だったみたいな記事をみたこともある。
「その………アブラージュなんとかは現し世にあるのですか?
でも確かこの時計台は1000年前建造だったはずです」
澪が魔導端末で坩堝学園の歴史を見せてくれた。
「出た。建造物オタク、りん。
お前。城、塔、邸宅インテリア結構好きだよな。
サウジアラビアのメッカの時計台だよな?お土産で模型あったぜうちに。
確か世界一………高い………」
見上げながら岸は気づいたらしい。
だって首が痛い。
澪も不穏な雰囲気に気づいているみたいだ。
「因みに高さはどのくらいなのでしょうか」
「現し世のは500メートル以上はありそうかな?600だったかな?」
「………………空から飛んで外側の窓を探すとか?」
見る限り窓がない。
入れそうなのは天辺の鐘の所みたいだ。
「私の翼。この間訓練で上空200メートルで落下したの。
無理そうだなあ………」
りんは背中の小さな翼をつついた。
鍛えたら少しだけ大きくなった翼をツンツンした。
「素晴らしい!!
飛行訓練してるのですね?!
滑空よりも飛び立つほうが難易度は高いんですよ?!
努力も惜しまないッ!!素晴らしい!!」
「頑張ってるの。魔素の練り方より筋肉だって言われたよ」
「本当に生えてるんだな………」
そうなのだ。
りんの小さな翼は相変わらず背中にある。
もう《身体の一部》みたいに馴染んでいる。
サチ婆曰く、《先祖返り》なんだとか。
普通の人類なのに?と不思議に思ってもサチ婆は普通の風邪だよみたいなテンポで説明してくれた。
「現し世人類も意外とこちらと《混ざってる》からね。
歴代勇者もなんかしらの能力が《先祖返り》することがあったさ。こっちの魔素と順応するとなるのさ。
そのうち岸坊も何か生えるかもしれないよ。
角とか、鉤爪とかね?
りん嬢の場合は《翼》だっただけさ」
とあまり驚くべきことでもないらしい。
日頃は襟を長くマントみたいにしてもらって隠している。
隠さないとナタージャが誘惑に勝てなくなってモミモミするのだ。癒される感触なんだそうだ。
こそばゆいし恥ずかしい。
「因みに澪は?」
「300メートルです」
「俺、400」
「かッ………岸に負けた!?」
澪ちゃんは負けず嫌いだ。
向上心があって偉いと思う。
まだ飛行訓練を始めて日にちは経っていない。
星のような生粋の翼持ち種族の友達なら偵察してもらえるのに今はいない。
ここにわざわざ呼び出すのも気が引けた。
でも澪が「あやつはしばらくりん様に尽くす奴隷です」と魔導端末で呼び出してしまった。
「え………可哀想だよ」
「いや。りんの役に立つなら今のあいつなら大喜びなはずだ」
「え………?」
そんなことを言っている間にメッセージは送られた。
即レスだった。コンマ何秒
用事を済ませたらすぐくるらしい。
「この時計台。丸いから絶対螺旋階段だよね………」
「なだらかに登れそうですね。楽なのでは?」
ちっちっち。とりんは人差し指を振る。
その指を二人がじっと見るから催眠術士の気分になった。
んん。と咳払いする。
「螺旋階段ってね。侮れないの。
直線階段より昇る距離は長いし、三半規管狂って気持ち悪くなるし、景色が変わらないから鬱になるよ。
それが二時間続くと思って。ゆっくり歩いてだけど。
諦めたら帰る時間もかかるね。
物理的な歩く段数が幽霊よりも怖いよ」
「うわ………」
「わわわ………」
岸と澪の口があんぐりだ。無理もない。
重力を操るとか。
身体を強化する魔術とかがないと登るのはかなり辛いだろう。
まだ習っていない魔術か根気強い鍛錬が必要そうだ。
「二人が見たのはどんな幽霊なの?」
ここに来たのは幽霊の検証だ。
登らないで解決するならそれに越したことはない。
どこら辺で見たのか聞くと。
中を覗こうと扉を開けた瞬間だったみたいだ。
「女の子だ」
「昔飼ってた魔獣のケロちゃんです」
「「え」」
「お互い見たものが違うんだ」
岸と澪は大慌てだ。
お互いに《何を見たのか》は話さないまま逃げてきたらしい。
「黒いおかっぱの。赤いワンピースの女の子だよ!!
トイレの花子さんみたいな!!
澪も見たよな?同じ位置を見てたはずだぞ?」
「私は首が三つの可愛い犬魔獣のケロちゃんを見たんだ!!
狩りで無残にも………とかげ魔獣に八裂きに………され………」
澪が今でも思い出すのが辛いとばかりに下を向いて震えた。
岸がそっと肩を叩く。
「悪い。辛いこと思い出させたな。
死んだ時の姿だったのか?気の毒だったな」
「………子犬の姿だったな。卵からうまれたばかりの愛らしさが逆に怖かった。
いや。卵から生まれた瞬間一瞬可愛さより怖さが勝ったんだ。
その時の気持ちを思い起こされたんだ………。
死ぬ姿のほうがまだ悲しかったかもしれんな………」
「ケルベロスって卵生だったの!?」
「魔獣って卵なんだ?」
「植物だろうが鳥だろうが魚だろうが。
魔獣は全て卵から生まれいずります」
「「へ〜〜〜」」
二人が幽霊を見たと言う時計台の扉を三人で開けた。
大きな木製のドアはすんなりと開いた。
そっとゆっくり開けてみたのに音もしないし軋まなかった。
ギギともキイとも言わない。
恐る恐る三人で覗いてみるとそこにいたのは。
「………………?」
「あれ。鏡じゃん。何にも映らないな………。
魔法の鏡か?」
「寧ろ映らないほうが気味悪いですね。
岸のアホ面が」
「澪のしかめっ面もな」
扉を開けてすぐ飛び込んだのは室内ぐるっと取り囲む繋ぎ目のない鏡だった。
二人には見えないみたいだ。
なら。
りんはあえては言わない。
それはりんを見返してニコリと笑った。
りんは笑えなかった。
でも襲ってこないなら怖くない。
気を取り直して周りを見渡した。
「物置………って外にはなかったよね?」
時計台の物置が《墓場》と呼ばれることのほうが気になった。
幽霊がいなくてもそこだけは確認したかった。
「あ。この螺旋階段の後ろになんかある………ん?」
「どうした。岸」
「あれ………なんだ?」
螺旋階段の下。
階段下に確かに物置なのかガラクタ置き場みたいな所があった。
匂いからして生ゴミがないみたいだけどそこは鬱蒼としていた。
ガサガサと音がするのだ。
そこにいたのは。
紫の毛達磨の可愛い子ちゃんだった。
「「うわ!!化け物!?」」
「あれ?ふわふわちゃんBIG?」
「わ?!なんでここに?!」
「「「ん?」」」
そこにいたのはかつて《魔獣研究予備室》にいた巨大な紫のふわふわちゃんだった。
大きな珍しい人造魔素生物。
雷クラスの草原にいる紫の個体だ。
だけど。
改めて見るとふわふわが少し剥げている。
中から見えるのは紺色の布地。
「わわ………。間に合わなかったっ。
ふわふわ。ちょっと………ちょっと離れて………」
聞き覚えのある小さいか細い声。
その声と共にふわふわが急に分解したように地面を這うように散った。
大きなふわふわではなかった。
小さなふわふわが集まっていたのだ。
あっという間にふわふわはいなくなってしまった。
現れたのは学生服を着た紫ネクタイの男子生徒だった。
学生服と少し違って見えるのは教諭と似たローブを羽織っていることだった。
白銀の髪は後ろに結っている。
まん丸の瞳は翡翠色。
白いマスクをしたその男子生徒は気まずそうに身体を縮こませる。190は超える長身を屈めても大して小さくならないのに癖なのだろうか。
大きい身体なのに可愛いい雰囲気の男子生徒。
御嶽 四郎先輩がそこにいたのだ。
「わ。わ………。ようこそ。新入生………。
僕。《現し世研究同好会》部長。御嶽………。 四郎です。
我等が………。あ。今は僕だけだけど。
我等が部室に………………ようこそ。
わ………。初めて言った?!この挨拶ッ………」
「お邪魔します………?」
意図せずお邪魔してしまったみたいだ。
表には看板は何もなかった。
致し方ないとは思う。
「同好会?」
「サークルに満たない部員数だと同好会扱いになる非公式団体ですね………。
でもおかしい。
こんな立派な拠点を与えられるような同好会………?」
岸の疑問にも澪は丁寧に解説してくれる。
前は「そんなことも貴様は知らんのか」くだりが長々と続いていたのに会話がサクサクだ。
仲良しだ。
「あ。ここ?
元々《幽霊の塔》って呼ばれて先生もなかなか寄り付かない場所なんだ。
でも歴史ある塔だから特別に《研究室》として保存しててね。
僕が管理を任されている。
だから《仮》部室でもあるんだ」
「あ!!紫のネクタイ!!」
澪が突然叫んだ。
ビシっと四郎先輩のネクタイの色を指差す。
確かに彼のネクタイは紫色。
真神教諭と同じ色だ。
「貴方様は《永久資格者》の方でしたか?!
納得しました!!
それはそれは!立派な塔の一つ二つ。お持ちのはずだ!」
「《永久資格者》?」
「あ。ネクタイの学年別の種類にあった。あの?」
また岸と改めて魔導端末を起動した。
1年生 ノーブルブルー(青)
2年生 スカイブルー(水色)
3年生 リーフグリーン(緑)
4年生 サンシャインイエロー(黄)
5年生 ピュアオレンジ(橙)
6年生 ガーネットレッド(赤)
永続資格者、教員 (紫) ※永久資格者
魔導端末で以前澪が説明してくれた学生のネクタイの色見本のページをめくる。
一番下に教諭は紫とある。
その隣には注釈のように小さく《永久資格者》とあるのだ。
《永久資格者》
坩堝学園において数々の実績、研究を認められた学生に授与される資格。
在学中に関わらず教諭相当の資格、権限を有する。
学生の憧れのエリート中のエリート。
専門の分野では他の教諭よりも権限が上回ることもある研究生である。
研究のため研究費は勿論研究塔の贈与もある。
「「ふわ………。エリート先輩だあ………」」
りんと澪はキラキラと御嶽 四郎先輩を見上げた。
その視線すら恥ずかしいのか御嶽 四郎先輩は目を逸らし縮こまる。
エリートにしては偉ぶっていない。奥ゆかしい人みたいだ。
改めて見上げると大きい。
澪もりんも女子にしては大きめだけどそれよりさらに大きい。20センチくらい差がある。
背が高いとやはり威厳がある。
背丈は真神教諭くらいだ。
ほとんど大人と言っていい。
「ん?御嶽………?御嶽………って」
岸が怪訝な顔をして四郎先輩をしげしげと見る。
その視線も恥ずかしいのか四郎先輩は目を背ける。
「あ。慎一郎さんのいとこだよ。
サチ婆ちゃんのお孫さんなんだよ?
私はね。《健康診断》で一度お会いしたの。
その節はお手紙の代理郵便ありがとうございました」
りんは深々とお辞儀した。
四郎先輩はタジタジして耳を真っ赤にしている。
「………こちらこそ。ご丁寧にクッキー………いただきました。
慎一郎………も。喜んでました」
「いえいえこちらこそ。無理言いまして………」
「いやいやこちらこそ慎一郎が………ごめんなさい」
りんと四郎先輩がペコペコし合っているのを不思議そうに見ていた岸は納得したようだ。
「あ!!道理で既視感ある銀髪と緑の瞳のはずだ!!
似てるとは思ったけど見た目だけだな?
あっちの御嶽さんはなんか………笑顔の圧がある人だったもんなあ………。後。分厚い。
いやあ………。でも。そっくりだなあ………。
どうも初めまして。岸 護です」
「澪 モルガンです。初めまして。
りん様憧れの《白の王子様》の御嶽氏の親戚ですか。
優秀な家系ですね………」
「ぶッ………げほげほ。
よろしく………ごほッ………んんんッ………」
「四郎先輩?風邪ですか?」
「………花粉症かも。ごめん。すぐ落ち着く」
しばらく四郎先輩の咳は止まらなかった。




