エピソードZERO 9.伏見 忠夫の不運 2
前回の法廷の別視点です。
暴力比喩あります。
繊細な方はご注意ください。
「あ………やっちまったな」
意識を失う時に思ったのは。
これたぶん褒めてももらえない死に方だなということだった。
意外と《誇った死》を夢見ていたらしい自分のロマンチックな部分に悶絶する間もなかった。
脳味噌が拒否するのだ。
その匂いを。
立ち込める不穏なまでの恐怖、痛みを。
でも。
やっぱり一番香ったのは。
《諦め》と《救い》を求める涙の匂いだった。
でも。
あの冷やかなのに微笑みを絶やさなかった一人の少女の尊厳を抱きしめたくなった。
一瞬匂った《哀しみ》の匂いを信じたかった。
後悔はないとは言わない。
やっちまったと思うし目に浮かぶ金縁の主と草臥れた隈が酷い上司の呆れた顔しか浮かばない。
でも。
誰に咎められようとも何回でもやったのだ。
だって。
ここにいる理由はその鼻の良さだったのだから。
その鼻が嗅ぎ取った少女の《哀しみ》を隠そうとしたって、たぶん神様なら許してくれる気がした。
伏見 忠夫25歳。
管轄は《東京の秘境》と呼ばれる所の県警の刑事だ。
辛うじてまだ。
あの《ウルフ事案》から一ヶ月。
怖いこととは忘れた頃に来るものだと良く言ったものだ。
それは何の前触れもなく来た。
犬飼刑事が差し出した茶封筒。
そこには《あまりりす孤児院》と書かれていた。
「これ。《例の案件》の報告書だ。
届けて証言しろとさ。あの方からだ」
「ちッ………す。頑張ります」
証言。確かに捜査はしたが資料以上の何を下っ端の自分が説明するのか。
それは昔犬飼刑事に言われた言葉を思い出した。
「資料や証拠は文字と物だ。
そこに無念や人情を見出したくなるのが人間だ」
ただの資料提示よりも《読み上げる》
ただの証拠でも《状況を語る》。
それで堕ちる星があるのだと。
「頑張るか。
頑張らなくても死ぬときは死ぬもんさ。
まあ………。気楽に行ってこい」
「気楽………とは」
「あの方は冷淡のようで情深い方さ。
なに。死ぬ思いはしても。死なないようにはしてくれるはずだ」
もうあれはフラグだったとしか思えなかった。
その後渡航管理局のヘルメス・カロンとはすぐ仲良くなった。
外人のような見た目なのに流暢な日本語。
《ユーゲン国イキョウ地方》に行くにはパスポートも身分証明も必要はなかった。
ただ《行く意思》があるかどうか。らしい。
「昔こっちの神格の高い方々が《神隠し》し過ぎたんすよ。
そのために《現し世より常世に行きたい目的がある》くらいな緩くても。
本人の意思がないと渡れないように《改定》されたっす。
ほら。拉致し放題、花嫁探し放題じゃ倫理的にアウトっす。
まあ………。それやった方々はやっぱり神様には好かれなくって神格落とされ没落したみたいっすね。
神様見てないようで見てるんすよね〜こわ」
「ん………。俺は人間が一番怖い…かな。
この《事案》だって。
裏にいるのは神か仏か悪魔かわからない。
でも《実行した》のは現し世の人間だ」
「大変すね。現し世の渡悪執行所も苦労してるんすね」
「《警察》な」
「けいさつ………。名前に由来はあるんすか?」
「由来?たしか………。
「警」=いましめる・注意する。「察」=よく見て見抜く。だったな。
奉行、同心、岡っ引きなんて昔は呼ばれてたなあ………」
「あ。意外と真面目」
「取り締まる側だぞ?ふざけないだろ普通」
「こっちの渡悪執官所なんかは諺から話し始めないと由来がわからなくてですね………」
「まてまて。そもそも《わからせや》がふざけてないか?」
「センスありません?」
「いやいやいや〜」
思うと。
あの時はまだ日常の延長だった。
気持ち悪くなる《転移魔術》。
あれよあれよと連れて行かれた空飛ぶ馬車でたどり着いた場所。
渡悪執官所本部にある法廷待合室。
造りはあまり日本の法廷と変わらない。
行き交う人は角、尻尾、耳があったりするけど話す言葉は日本語だ。
ラノベの異世界転生物みたいでワクワクした。
魔術あり。エルフいる世界。
ロマンだった。
法廷に立つまでは。
「やめて! 記憶の開示は、あの子の魂を二度殺すことになるわ!」
叫ぶ美女が鉄格子を壊さんばかりに暴れている。
伏見も知らなかったのだ。
被害者の少女が《顔出し》で証言すると決まったことを。
勇者候補と紹介された少女はふわふわの蜂蜜色の髪が可愛らしい可憐な女の子だった。
写真では見た。
やはり実物は血の通った人間だった。
会わないと実感しないことに愕然とした。
まだ。夢見心地だったのだ。
その少女への虐待の羅列を本人の目の前で読み上げねばならない苦痛など序の口だった。
誰かが笑った。
《傷を見ないことには古いかどうか分からないではないか》と。
そこから少女を冷やかす言葉が続いた。
どうあの三尊、リリスを籠絡したのか。
14にしては身体が成熟しているから学園は行かずとも嫁に最適だとか。
リリスのような片親より遥かにいい里親がある。
蝶よ花よと育てようと。
勇者候補より花嫁候補だろう。と。
もう《現し世人類少女の競り》が始まったかのような空気だったのだ。
その間。少女は困ったような微笑みでリリスの無実を語った。
資料にない過去の虐待のことを語った。
気丈だった。立派だった。もういいと言ってあげたかった。
でも言えなかったのだ。
この証言が通らなかったら彼女の養母は虐待の罪で《死刑》なのだから。
余りに重すぎる罰に何回も量刑を確認して求刑も聞き返した。
《女子供に優しい法律》がいま《女子供の親子》を引き裂こうとしていることに誰も疑問に思わないらしい。
裁判官が《記憶》をみせろと言う。
被害者の少女に。
体はおとなびても少女にだ。
大人だとしても暴力を思い出せなどと常軌を逸していた。
鉄格子の美女の制止も虚しく、ついに魔法の投映機がりんと呼ばれた少女の記憶を吸い出し始める。
モニターに映し出されたのは。
断片的な暴力の色彩。
重い打撃音、冷たい床、赤黒い視界。
しかし、その記憶は混濁しており、加害者の顔も、それがいつの出来事なのかも判然としない。
「……っ、ぁ…………」
耐えきれず、少女は糸が切れた人形のように、泡を吹いて気を失う。
助け起こす。
労った。頑張ったなと褒め称えた。
彼女の頑張りがまさか報われないなんて誰が思うだろうか。
「棄却する。これでは証拠能力がない。時期が不明であれば、一ヶ月前に学園長が手を下した可能性を否定できない。……『誰』がしたのか、それを見せなさい」
法廷に冷ややかな声が響く。
鉄格子の女が唇を噛み切り、絶望に目を見開く。
「ち。下手にでるとつけあがるのが老害なのね………」
聞き間違えかと最初は思ったのだ。
さっきまで純粋無垢で可憐な少女から出た言葉とはおもえなかったのだ。
再び顔を上げたその少女の瞳には、先ほどまでの怯えはない。
凍てつくような、深淵の無色。
「……ねぇ。おじさんたちは『昼』の景色しか見てないんだね」
その声は鈴を転がすように可憐だが、法廷の温度を一気に氷点下まで引き下げた。
「いいわよ。見せてあげる。私たちが一番消したかった、『夜』の底の出来事」
傍らにいつの間にか現れた大きな白い男が制止した。
その度にその男に緑の雷が落ちる。
法廷に轟音と血飛沫。
その光景だけでも現実味がなかった。
ここは《日本》ではない不思議な世界だと思っていたのに。
モニターに映し出されたのは。普通の日本にありそうな子供部屋だった。
悍ましき「獣」の所業だった。
スクリーンに映し出されたのは、光のない部屋。
そこで行われていたのは、もはや人間としての尊厳などひとかけらもない「ただの消費」だった。
映し出されたのは、粘ついた暗闇。
少女を人間としてではなく、ただの「肉の袋」として扱う汚濁に満ちた息遣い。
それはまさしく。女が被害者として一番悍ましい罪。
魂の冒涜の記憶だった。
間違っていた。
こんなことを少女が晒さないと守れないものなど。
大人はこの前に止めるべきだった。
だって。
表情は変わらないのに少女の瞳から。
哀しみの涙の匂いがしたのだから。
この時ほど鼻が利くことを後悔したことはない。
でも。
この哀しみは彼女のものだ。
見せなければいけない法律のほうが間違っている。
「君が尊厳を捨てることない!!こんな裁判間違ってるんだ!!やめてくれ!」
それは「追体験させないと生温いわね。見て。興奮してる馬鹿がいるもの。………男ってなんて醜いのかしら」
そう呟いて白い男を顎でしゃくる少女の肩を掴んだ。
掴んだ瞬間。
それは香ったのだ。
余りに哀しい涙の記憶だ。
生臭いドブのような匂いを必死に隠すように洗い流すように流した涙。
目玉がグルンと後ろに回ったのがわかった。
内臓が掘削される痛みとはこのことか。
これに興奮するとはまさに獣以下の所業だ。
「化け物………は退治する。お兄さんが………するから」
もうやめてくれと思い血を吐いた。
ーーーあ………やっちまったな。
これは走馬灯だ。
幼少期犬と戯れた記憶が流れる。
何故かそこに緑のもこもこが混ざる。
「ごめん。男でごめん………現し世の男でごめん………」
そんなことを呟きながら眠りに落ちた気がした。
何故か緑のもこもこが視界を埋めつくす。
羊か、綿毛か。はたまた知らない生き物か。
幽玄異郷の民が最も神聖視する「魂の結合」を、泥靴で踏みにじるような魂の捕食。
それは、暴力という概念すら超越した、生存への冒涜だった。
「……う、あ……ッ!!」
傍聴席の貴族たちが、次々と口を押さえ、血を吐きながら倒れ伏すのが聞こえた。
幽玄異郷の民は、他者の「魂の純潔」を侵す行為に対して、生理的な拒絶反応を起こすらしい。
そんなことを長々と叫ぶ年寄りや男達は盛大に血を吐いた。さらにすえた汚物の匂いもした。
女の悲鳴も聞こえた。
さっきまで少女を値踏みしていた女共だ。
少し。ざまあ見ろと思った。
死ぬ前に懺悔する。
「……これ、は……。天蓋……、いや、この世の理に反する……ッ」
裁判官が呻きながら崩れ落ちるのを横目で見た。
なら。
現し世の少女を簡単に所有しようとした己を呪え。
そこまでだ。
伏見が記憶にあるのは。
目覚めたら。
すごい豪華な天蓋の天井だった。
「やば………死んだわこれ」
「うふふ。現し世人類は同じような事話すのね」
ベッドの傍らには鉄格子の中にいた美女が紅茶を飲んでいた。
「うわ………。ここは天国なのか」
黒エルフの天使が紅茶を飲んでいる。
優雅とはこのことを言うのだろう。
憧れの年上のオネェさんだった。
神はやはり見ていてくれたのだ。ご褒美でしかない。
「ぶッ………。貴方面白い子ね」
そう笑った天使はリリス・ヴェルミナと名前を教えてくれた。
名前を聞けたなら次はデートではないか。
ーーーありがとう。天国。
ありがとう。真神さん。
死んだけど貴方のことは恨みません。
「ありがとう。遠路遥々この幽玄異郷まで来てくれて。
貴方方現し世警察の仕事のお陰よ。
………こっちではわからないことが沢山ありすぎてね。
干渉出来ないのよ。私達は。
貴方。らんも助けようとしてくれたでしょう?
すごく凄くいい男ね?
私がほしいわあ〜。ど?ここに住む?
従者にしたげるわーーー」
「出所すぐ部下を口説くのは辞めていただけますか。リリス様」
「え………?天国にまで真神さん?」
「ここは魑魅魍魎の巣窟だぞ。うつくしさに惑わされるな。お前は生きている」
「わ………やっぱり死なない程度だったわ」
犬飼刑事の先見の明に恐れおののいた。
改めてあの法廷の後始末の話を聞いて。
少女の無事も聞いた。その母のリリス・ヴェルミナの無罪も。
目の前の美女は法廷での泣き叫ぶ悲痛さはない。
神々しいほどの美しさ。
子持ち。………それもまたいい。
「伏見。すまなかったな。
ただ証言させるだけのつもりが。記憶を消せるように手配をーーー」
「あ。やっぱり死んだんだ。真神さんが謝るのは解釈違いッす」
「………元気そうで何よりだ。褒めようとも思ったがせんぞ」
「あ。褒めてくれるのは解釈一致っす」
「ちッ………。運がいいやつだ。
まあ。あいつらも現し世の底知れなさは分かったろ。
程に叶うだろう」
「ほど………?」
「程に叶うよ。
素晴らしい!!って意味よ!!」
そうリリス・ヴェルミナは言っていたが、
後で調べたら「基準や身の丈に合致している」という意味だった。普通。及第点だ。せいぜいの意味通りなら。
真神さんなりにほめてくれたのだと信じたい。
運がいい。
よく言われる。
現に運が悪いは思ったことはない。
大概ラッキーボーイだと思っている。
でも。
ーーー今回は違うな。運がいいじゃない。
あの子がたぶん「薄めてくれた」んだ。記憶を。
最後香ったのは。
甘い慈しむような匂いに包まれたから。
あの匂いが。
過去の少女の幸せな記憶だといいな。
と伏見は思った。
「記憶は消さないでください。
寧ろ《しんいちろう さん》でしたか。
記憶を呼び起こせる人と検証はできませんかね。
あの………子供部屋の置物に見覚えがあったんっす。
日本でも地方地方で特産品があります。
それで何処の県か。街か。分かるかもしれない」
目の前の二人は驚愕していた。
あの悍ましい記憶は確かに消せるなら消したい。
でもこれは彼女が魂を削りながらも忘れなかった《証拠》だ。
幽玄異郷では現し世で罪を犯した人類の魂は《咎物》と呼ばれているらしい。
人は死ぬと輪廻転生に乗る前にその咎物の魂は魔獣に転生する。
この幽玄異郷で魔獣は食料で研究材料で資源で奴隷となる。
その修業が魂を浄化するのだそうだ。
ーーーまるでここは人類が絵巻物で語る地獄の修業場所なんだな。天国の狭間だ。
こんな優しい人達が人類の魂の罪を裁いてるんだ。
なら。
咎物のさらに上の《障り物》になる《女子供を害した人類》は早く捕まえないといけないのだ。
現し世の法律では野放しのバケモノ達を。
輪廻転生にも乗せられない罪深い魂を。
それを見つけ出す。それが。
公安特別監理部・対咎物専門課。
伏見が新たに配属された部署だ。
咎物と化した人類を早く見つけて被害を少なくする。
自然の輪廻よりも早く迅速に魂だけを罰し幽玄異郷に移送する。
その後その咎人はただの人形になる。
第二の被害者を出さないために。
ただただ魂が浄化された分、欲のない人形人生を送る。
その最高責任者の裁定官。真神 玄狼警視監に最敬礼した。
「化け物はお兄さんが退治すると。約束したんすよ。
あのりんさんと。
自分、現し世帰ります。
真神裁定官殿。またご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。不出来なため見苦しいざまを晒し申し訳ありませんでした。
挽回します。………現し世で」
「………あぁ。頼んだぞ」
伏見忠夫。25歳。彼女なし。
絶世の美女のスカウトをけり現し世に帰る。
ダークエルフの言葉を初めて知った。
転生した系のライトノベルは
ここに来た勇者候補が記憶を改ざんされて帰って、作家として大成するギフトを神様に貰ったからとリリスに聞く。
あれは現し世人類を異世界の神様が誘拐しやすくするための罠なのだと。
もうあのライトノベルは読んで楽しめないなと悲しくなった。
金縁の主に何故か嫉妬される未来があるとは知らなかったまだ春の出来事だった。




