星見祭 22.星降る夜の月の光
それは満天の星空だった。
まるで天から星々をひっくり返したような何万何億もの光が降り注ぐようで壮観な夜。
時折降り注ぐ流星群。
水瓶座流星群だ。
春先に見える流星群は冬ほどは多くない。
でも周りに光を一切無くした立地をしている坩堝学園からは十分よく見える星の展覧ショーだった。
寝っ転がるとふと天と地がひっくり返ってしまったような錯覚もする。
皆で鍋を囲いよく食べよく笑い。
下の草原で一週間鍋を囲っていた日々を懐かしんだ。
すっかり身体が暖まった所で皆が横たわるのは透明な蚊帳の中だ。
真神教諭が張ってくれた防寒防音防虫防御の透明な蚊帳の中は室内のように快適だった。
総勢9人の子供達が寝袋に包まり寝転がっても快適だった。
こんな粋なことも出来るなんてやはり真神教諭は凄出来である。
そんな真神教諭もりん達の静止を振り切って職務に戻ってしまった。
生徒の感動の分かち合いには付き合ってくれないらしい。
「大っきい火球が落ちたな………」
「「「「「お………綺麗〜〜〜」」」」」
人間。本当に美しいものを見ると語彙力はなくなるみたいだ。
さっきから男子が静かだ。
一心に星空を見ている。
時折漏れるのは「綺麗」と「お〜」と「降ってきそうで怖い」くらいだ。
皆疲れているみたいだ。
「あ!あれはシリウスだ!!おおいぬ座の星だよ!」
「ワンちゃんの星?」
「そ。わんわん星だね〜」
「りんッち物知り〜」
「りん様の博学さは留まるところを知らないです。その知的なまでの好奇心を支える膨大な読破量ッ………。
りん様の頭の中はさぞや素晴らしい図書館が広がっているのでしょうね?」
一等星のシリウス。
夕方が一番よく見えるのだけど今は地平線に沈みそうだ。
パジャマのモコモコの羊さんにされてしまったりん。
寒くないのに女の子達にぎゅうぎゅうにされる幸せな刑を執行されていた。
何でも
「無自覚無防備たらし有罪」らしい。
「それゃ有罪だな」
「うむ。ギルティって奴だな」
「罪深い女罪かあ………。うん有罪だね」
「僕もその刑になりたい〜ナタちゃん〜」
「りんさんは………無罪でいいんじゃないかな?」
男9割一致団結していた。りんの無罪はマイノリティーらしい。岸にまで裏切られてしまった。
りんを見て苦笑いする星はやはりいい人だ。
「星座の配置が同じだ。やっぱりここ日本なんだね。
時空が歪んだ狭間なんだ………。同じ地球なんだぁ」
「あぁ。同じ太陽と、同じ月に星だな。
異世界なのに同じ天体があるって不思議だな」
「空は紫なのに?」
「空は紫なのにな」
岸と話していると珍しく澪が食いつかない。
代わりにナタージャが興味津々な目でこちらを伺う。
「………ね?りんッちは現し世好き?」
「ん?私?」
「現し世の好きだったとこ教えて?」
りんの好みと主観の話だった。
もっと現し世の幽玄異郷に無いものとか珍しいものとかを聞かれると思ったのにと不思議に思う。
「ん?現し世?ご飯はおいしかったよ?ここのとはまた違う美味しさだったけど」
「あとは?好きなとこは?」
「え………?好き。好きかあ………。
チビ達はこっちだし。岸もこっちだし。
あ。置いてきちゃった友達は皆可愛くて大好きだったなあ………。あと。シスターは優しかったから好きだったな。
あとは。幽玄異郷でも手にはいることかな?
ほら。結構幽玄異郷は日本に似てるもん。ね?岸」
「そだな。似てるし全然違うのもあるな」
「ね?温泉なんてそっくりだもんね?
あ。でも。こんなに豪華なのは経験ないーーー」
「んとね?現し世でりんッち。幸せだった?あんな怖い所なくなってしまえ〜なんて思わなかった?
みんな消えちゃえ〜みたいな辛いことなかった?」
幸せか。
ここに来てからよく聞かれる言葉だ。
こっちの生活は胸を張って言える。幸せだ。
でも。あちらの現し世での生活とは違う幸せと気付いた後だったけど。
そんなことまで話さなくてもいいかな?とりんは思って当たり障りのない幸せを探し出した。
「ん………?現し世でも幸せだったよ?
だって。寝ている間に殺されたりしないし戦争はなかった国だしね?理不尽な殺戮には遭遇しなかった。
道にギャングがいて子供が撃ち殺されるほど治安は悪くなかったし。世界中のニュース見ると恵まれた国に産まれただけラッキーだなあって思ってたよ?
あ!
自然がすごく凄く美しいんだよ。
山だと四季折々が森の中で感じるんだあ………。
それにね〜。岸もいたし優しい友達いたよ?
チビ達はかわいいし、お腹いっぱい食べてたし。
本だって図書館で読めたんだよ?すごいすごい恵まれてたの」
「そ………かな。それ。幸せ………かな」
「ん。幸せ」
「ん………?ん………?」
ナタージャが少し困った顔をした。
咲ちゃんが唸りだした。
「好きなことは?
りん様が好きな物や好きなことはなんですか?
好きな雑貨とか服とかありませんでしたか?好きな遊びとか。何して遊んでましたか?ゲームとかは?」
澪が引き継ぐように畳み掛けた。
何やら沈黙が赦せない質らしい。
少し小さい子の「なんでも知りたい時期」の狂気じみていた。
りんはあまり話上手ではないから楽しい話題を提供出来なくて申し訳なくなる。
「ん?好き………かあ。
素敵、綺麗!かわいいとは思ってもあまり物を持てない施設だったからなあ………。
お花は好きかな………。自然が好き。
糸と布で繕えるから刺繍も好きだよ。
現し世の遊びは岸のほうが知ってるかも。
岸はお坊ちゃんなんだよ〜。現し世博士は岸に譲る!
野山駆けずり回る遊びなんか、チビ達大好きだから盛り上がったなあ………。私………鬼ごっこ得意なの。
でも。好きはここで増えたよ〜。
白哉さんのパフェとか。澪ちゃんがくれたリボンとか。ナタちゃんのダンスの振り付けとか。咲ちゃんのかわいいお花は押し花にしたし。
猿田の筋斗雲はカッコいいし琥珀は解説嫌がらないし。アンテは面白いし。せい君もね。よくお花くれるよ。お菓子も。
ふふふ。現し世より幽玄異郷のほうが一ヶ月しかいないけど楽しいことも怖いことも嬉しいこともいっぱいだよ〜。
うふふ。贅沢ものだよ〜私。
皆優しいよね。みんな大好きだよ?」
「そっかあ………。あたいも大好きだよ」
「りんちゃん頑張ったね。………………大好き」
「りん様。立派でしたね。
澪は………………りん様がだいだいだすきですよ」
「え〜?照れるね?
皆のお陰だよ?応援ありがと。
今日もね?岸と猿田くんと、せい君が助けてくれたの。
アンテくんも、琥珀くんもね。アドバイスくれたんだよ………。ガンザ先輩も助けてくれたの。
真神せんせいも………。楽しかったな
みんな………やさし……やさし………ふあ………」
りんは欠伸を噛み締めた。
強く抱きしめられた。
「りん様。これからいっぱい好きな物探しましょうね?」
「りんちゃん。連れ出す。………買い物とかカラオケとか。ゲー厶センターとか」
「コスメ屋廻らなきゃ!!りんっちを最先端の波にどっぷり溺れさせないとッ………」
「え?カラオケ?こっちにもゲームセンターあるの?すごい!
私行ったことないんだあ!!行きたい!!」
「………箱入りなんですね。りん様は」
澪の言葉が少しかすれている。
彼女も眠いのかもしれない。
りんは今猛烈に眠い。
「うふふ。お母様心配性だからついてくるかも?
………早く帰って………くるといいなぁ。
今ね。出張………でね。
今日………頑張った………から。ほめて………くれるかも………」
「大丈夫ですよ。リリス様はすぐ帰ります」
「ん………うん。………………ちょっとね。ちょっと寂しい………………………の」
りんはまた大きな欠伸を一つして夢の世界に入った。
覗き込んだ皆の心配そうな顔が気になりながら。
「だ………いじょうぶ。………………だいじょ………うぶよ」
そう呟きながら寝入るりんにしがみつくように澪が項垂れた。肩が震えている。
「ッッ………りん様………りん様っ………」
「ちょッ澪っち。皆、外でよ。澪っち限界」
「あぁ。頑張ったな」
「うむ。咲、りんを頼んでもよいか?」
「ん………」
この時ほど真神教諭の魔術に感謝したことはなかった。
澪の嗚咽と唸りが薄いカーテン越しに遮断された。
外では乱闘騒ぎだった。
岸に澪が掴みかかる。
猿田が澪を羽交い締めにして岸を庇う星が澪に代わりに殴られる。
アンテとナタージャが一緒に抱きしめ合い泣き。
琥珀はオロオロした。カオスだ。
りんと入浴したのだ。
女子達がりんの傷に気付かないはずがなかった。
ーーー女のほうが嘘が上手いとはこのことか。
猿田はりんにさっきまで悟らせなかった女子達の胆力に敬意を払った。
非力さと精神の強さは比例しないと猿田が知った夜だった。
「貴様!!何故あれほどの傷をりん様が?!
見たか?!古くともッ………痛ましい。夥しいほどの数だった。
いや見てたら変態の所業だ!?腹を切れ!
恥をしれ!!従者として身を挺してお守りすべきだろうが?!時空を超えろ時空をッ………」
「すまん」
「すまんで済んだら渡悪執官所は要らんのだ!!歯を食いしばれ!」
そう言ってボディーを攻める澪は鬼畜だった。
岸は抵抗もせず崩れ落ちた。
「無茶言うな澪。岸もりんとは一年の付き合いらしいぞ。
過去の傷は岸にはどうにも出来んだろうが」
「ッ………現し世に行くぞ。犯人もみつける。なぶり殺しだ。
こっちに拉致して死刑にしてやるか?
それか現し世咎物討伐組織に捜索依頼か………」
「澪さん、叔父様巻き込むとまた僕みたいに大事に………」
「うるさい!!私の父の権力私が使わんで誰が使うんだ?!あとなんだ?澪さん?
小さい頃は澪ちゃんだったろうが?!こそばゆいわ!?」
「ご………ごめん。澪………ちゃん」
今度は星に殴りかかる澪をもう猿田は止めなかった。
岸は地面にめりこんでいる。
「あれ。澪っちのお父さんって………」
「アスモ・モルガン。88柱の1人の《渡悪執行所》の執行官官長だよ。
イザミ・デウスの兄さんだね。確かモルガンに婿に行ったんだよ。珍しい大恋愛だってさあ………。家督捨てるって凄いよね」
「あ。二人って………」
「従兄弟になるね?血は繋がってないから結婚も出来るらしいよ」
「「あり得ないから!!」」
澪と星が叫んだ。
確かに似ていない従兄弟だ。言われなきゃ気づかないだろう。
「「「知らなかった………」」」
「僕等ほんと家柄とか気にしないで過ごしてるよね………」
「「現し世こわい〜〜」」
「澪ちゃん!僕が明日叔父様に緊急連絡をするんだ。必ずリリス様の冤罪を晴らしてみせるから!!」
「遅いんじゃボケッ!?行動が遅い!!今夜行け今夜!!」
「夜は流石に繋がらないよ………結界がッ………」
「とめろ!澪をとめろ!!!」
「これ。朝までに収まるかなあ………」
琥珀は頭を抱えた。
たぶんその時何が起こったなんて誰も覚えてない。
ただ琥珀が聞いたのは確かにりんの声だった。
「うるさいわよ。りんと咲が起きるわ。
お子様は寝る時間よ。
悩め若人?大きなお世話よ。
この子の不幸も私のものよ。
………光の世界の住民は光にいなさい。
『Bene dormi. (ベネ・ドルミ)』よく眠れ」
そこまでだ。
琥珀がおぼえているのは。
星降る夜に月の光のような瞳をしたりんの姿をした誰か。
満天の星空を背景に薄着のタンクトップとホットパンツを履いていた。
その瞳は後ろの星空の輝きを全て反射して吸収したような不思議な瞳をしていた。紫紺の中に煌めく極彩。
ーーーこれが《夜の女王》のりんか。確かに女王様だ。
でも。女王ってよりも………。
物言いは辛辣なのに。
瞳が絵本の泣いてる魔王じみてるな。
そう思ったのが最後だった。
「さっむッ………」
「あれ。俺等ここで寝たのか?」
「女のこ達は蚊帳の中だね?」
「追い出されたか?」
「………………かもね」
朝日と共に紫紺の雲の上で琥珀達は目を覚ました。
朝露に塗れて身体が冷えていた。
なけなしの毛布は掛けられていたけど悪意を感じた。薄いし腹しか巻いてなかったから。
腕や足が冷え切っていた。
背後の蚊帳の中が騒がしい。歓声が聞こえた。
「お母様から留守電だ!!今夜帰るって!!」
りんの笑い声が響く爽やかな星見祭二日目の朝だった。わ




