星見祭 21.男の子は三人以上集まると馬鹿になる生き物
「あれ。男子達遅くない?」
ナタージャが棒アイスを食べながら呟いた。
銭湯の待合所のような脱衣所で買ったアイスだ。
魔導端末をかざすと買えるその自販機は日本の電子決済を魔術でしているような機械らしい。
構造が気になってしまうのはロボット大国の出身の性なのか。
いくら検索しても《工業魔術》という自販機業者の説明にガッカリしながらもりんは楽しかった。
誰のお世話もしない友達だけとの銭湯なんて初めてだったから。
「また馬鹿な事をしているのでは?」
「んん〜〜!」
澪が頬をぷりぷりにさせて牛乳を飲んでいる。
ナタージャセレクションのアメニティの化粧水や乳液で磨き上げられた澪の頬は今お餅のようになっていた。
咲は氷アイスを頬に入れてコロコロ転がしている。
「男のこって。その時のテンションで世界タイトル取るのか?ってくだらない闘い始まる時あるよね?」
りんはフルーツ牛乳を飲みながら呟いた。
フルーツはフルーツでも幽玄異郷フルーツだったから何が入っているのか表記がない闇鍋のような牛乳だった。
だけど味は今まで飲んだ牛乳の中で一番だった。
孤児院のチビ達に飲ませてあげたくてブランドも調べた。たぶん白哉さんに聞いたら取り寄せてくれるはずだ。
現し世の施設にいた時から皆頭が良くお利口さんだったけど。
部屋の何処かに何人か敵がいるタイプの男の子は良く備品を壊してシスターに怒られていた。
そんな事を思い出してクスクス笑うりんに皆がくっついて離れない。
「わかる〜!
ジャンケンごときに大声出したりね?
うちも兄貴いるから、変なテンションに付き合うの大変だったなあ」
ナタージャはお兄さんと暮らしているらしい。
独り立ちしたお兄さんの部屋に上がり込んだみたいだ。
一人暮らし。憧れである。
「女は三人集まると姦しいとはよく言われますが、男は三人集まると知能指数下がりませんか?
私の兄達三人がそうです」
「「「わかる〜!」」」
檜の良い薫りがする大きな梁がある。
照明だけは魔術と分かる竹型のランプがふわふわと浮いていた。
りん達が待つのは女湯と男湯に分かれる前の共有スペース。
純和風の温泉宿風の広間だ。
卓球台やビリヤード台。
幽玄異郷の漫画も置いてある。
「勇者誠の冒険」
「リリス無双物語」
「フルカス将軍不遇日記」
「ジウの聖女観察日記」
「聖女アマリリーの元彼図鑑」
リリスお母様の漫画があることに驚き魔導端末で注文は済ませた。
帰ったらゆっくり見たいからだ。
仕組みと遊び方がわからないスロットマシンとか遊べるものも設置されていた。
大人数でワイワイ出来る娯楽施設のようだった。
真神教諭の苦そうな顔を思い出す。
ーーー日頃からここに入り浸ったりしたら。確かに学生の本分忘れそうな過分な豪華さだね。
そこの大きめなソファーに女の子達とギュッとなり座っていた。
なんか飛行訓練の後もこんな距離感だった気がするのだけど、お風呂の後から三人がりんを守るような陣形でずっといる。
後は。
「ちょっと脱いでもいいかな?熱くなっちゃった」
女の子皆にリボンを付けられたりふわふわのルー厶ウェアを着せられたり。
りんは着せ替え着ぐるみのように着膨れていた。
確かに春先だからと風呂上がりの薄着はよろしくない。
白哉にもおうちでの風呂上がりの服装に注意された前科があるりんは何も言えない。
ーーー晒しにホットパンツで浴室出て来た時にはすごく凄く怒られたもんね。反省。
やっぱりこの異常なまでの厚着は幽玄異郷の普通らしい。
「ダメ!りんッちは肌は一切出しちゃ駄目だよ!湯上がり可憐なりんッちは破壊力がビックバンだから!!
危険なの!危険!」
ナタージャはリンにもエステティシャン並みの手入れを施してくれたのにそれらをりん自身が堪能する暇も与えてくれない。
ほっぺはプルプルで腿もぷるもちなのに触れない。
捲くろうとすると怒られるから。
「………………モコモコにしよ。もっとモコモコに」
咲ちゃんも何かに取り憑かれたかのように荷物を漁っている。
必要最低限の宿泊準備しかしてないはずなのに、そのスーツケース十個はどう運んだんだろうか。
「りん様のパジャマとセーターでは何も隠しきれませんよ?寧ろ可憐さの暴力っ。あのオレンジ執事のセンスには脱帽してしまいます!!だがしかし!
やはりりん様の可憐さは夜は特に隠すべきであります!!
もっと!!もっと着せなければ!!」
澪が何に悶絶し何に悶えているのかはさっぱり分からなかったけど、共通するのは女の子達はまだまだりんに服を着させたいみたいだ。
「え〜。羊さんになっちゃうよ〜」
「「「羊さんでもかわいいから大丈夫!!」」」
「え………?」
女の子も三人揃うとやはりテンションが狂気じみるのだなとりんは思った。
一通り笑って。
そこでやっぱり違和感がよぎる。
男風呂から何も音がしないのだ。
「男子は………五人いたよね?
普通の銭湯だったら水の音とか笑い声とか。
女風呂にも響くくらいなんだけどな?
入ってた時も静かだったよね?」
そこへナタージャがハッとした顔をした。
「あ〜〜。真神っちが言ってた。
『ここは完全防音、完全防御の魔術が施されている。お前等を侵すものは何もない。楽しめ』って。
確かに男子の声がない女子だけの空間って貴重だったから楽しすぎて忘れてたわ〜」
「幽玄異郷って男ばっかだからいつもむさ苦しいんだよね〜」とナタージャがボヤく。
坩堝学園は男女同数だけど、幽玄異郷の世界人口は男子8割、女子2割らしい。
それはそれは男子社会なのだそうだ。
「あ。だからか。私が「岸〜そっちどう〜」って言っても返事なかったの」
「あんな声掛けでコミニケーション取ろうなんて。現し世人類の野生を感じたわ。現し世ギャップ」
「あっちの銭湯は小さな男の子は女湯に入れたりするし。
大衆浴場って昔は混浴だったんだってーーー」
ガタタタ。震えだした女の子達のあまりの狼狽にりんは首を傾げた。
「恐ろしい………現し世文化」
「ん〜?混浴は確かに大らかすぎるよね?」
「貞操観念のバクがえぐい………こわい」
ドン引きの女の子達から離れてりんは男風呂のほうを覗き込もうとして止まる。
これは逆セクハラだ。
ついつい小さい男の子を探すために男風呂に声をかけていた癖が出そうになる。
声は聞こえないのだ。
「ん………?」
りんは微かに香った甘い匂いに首を傾げた。
くんッと鼻を擦る。
温泉の硫黄の匂いと混ざって薫るそれは。
ーーーあれ。《喧嘩上等》って匂いがする。
フルーツ牛乳誰か零してる。
後は………。なんだろ。《困惑》と《喜び》と《呆れ》?
ん………?なんかぐちゃぐちゃだ。
「どしたん?」
「フルーツ牛乳の匂いが外に向かって移動したみたいな残り香が………。
後。トラブルの匂いがする」
「りんッちの鼻、やば!もう探査魔獣犬化してるじゃん!」
「ワンちゃんりん様………」
「りんわんちゃん………………」
りん的にはミステリーじみたこの状況。
女子達はなんだかワクワクしている。
この空気守りたい。
りんはもしもの場面に遭遇することを心配したのだけど。
ーーー血の匂いはしないから。大丈夫かな。
あと。真神せんせいのコロンの薫りもするし。
暴力ざたはないでしょ。
「行ってみようか?」
「名探偵わんわん!」
「名探偵りん様!」
「ん!………モコモコワンちゃん」
「あはは!!要素盛りだくさんだよ〜。
この後死体見つけたら探偵物よりスプラッタホラーになっちゃうよ?」
「「「こわい〜」」」
まさか。スポ根になるとは思いもしなかったが。
「………どういう状況?」
男達は何故か金剛の宮の庭にある池。《写し鏡の池》にいた。
何故か皆バスタオルを腰に巻いているかバスローブで。
滝はないのに滝行している神妙な顔をしていた。
傍らで何処から出したか分からないガーデンチェアで真神教諭は紅茶を飲んでいた。
手には何故か888法全集。
りんすらまだ読めていない法律の専門書だ。
資格がないと読めないものらしいと白哉から購入不可が出された書物だ。
透明な水が張ってある美しい水辺。
そこで男子達が皆で力尽きたボクサーのように真っ白になっていた。
その池の底は透明で。
下界の様子がストリートビューのように映し出されている。
底がないように見える透明で綺麗な池そこなし池。
そこに反射するのは疲労困憊で半裸で真っ白の男子達と。
まん丸になりかけたモコモコ羊さんのりん。
「どしたの。その格好」
いつもなら岸が真っ先にツッコむのにこんこは琥珀がいち早くりんに話しかけた。
「私は羊になるのが今夜の使命なの」
「………?かわいいならいいんじゃない」
「琥珀達こそどうしたの。この格好」
「………………暑いの」
丁度良い格好は出来ないものか。
お互いに極端を限界突破していた。
絵面が季節感をバクっていた。
男は半裸女はモコモコパジャマ。
どちらでもないりんはモコモコ達磨。
今はまだ肌寒い春の夜である。
「あ。白哉さんとチビ達絵本読んでる。いい子は寝る時間だね」
「うちの兄貴酒盛りしてる〜」
「他の生徒はキャンプファイヤーみたいにしてますね?
外界は賑やかですね」
女の子達は男子達の奇行を見て見ぬふりしたらしい。
男子に目も向けず池の映像に夢中だ。
改めてりんが岸を見つめると岸が視線を逸らす。
まるで悪さが見つかったチビ達のような反応だ。
「話せない状況?なんか喧嘩………してなかった?そんな空気なんだけど?」
「………………」
「岸。黙ってたら私がいつも見逃すと思ってるの?
岸が一番ギンギンギラギラした匂いするよ?星君頬赤い。
どしたの?」
りんは努めて穏やかに話した。
りんは責めたり叱ったりする気はない。
ただこの状況が女の子達から見ても異常なのが問題なのだ。
呆れるか茶化すかする彼女達もだんまりにする空気間。
しかも半裸。
少しやんちゃの範囲を超えている。
「………………」
「ちょっと。野球拳を」
「盛り上がっちゃって暑くてさ」
「だから………水浴び?温泉の後に?水風呂あったよ?」
「外に………………出たくて。あつくて………」
りんが話さない岸から目線を外して見渡す。
話すのがアンテと琥珀なのがまた《作為》がある。
皆が皆目を逸らす。猿田は肩から湯気が出ているし、アンテと琥珀はブルブル震えている。
星だけは少しだけ顔色が良くなっていた。
顔色が悪いわ悪いのだけどスッキリした顔だ。
その代わり岸があまりに頑な顔をしている。
あれは《りんには分からない男の世界があるんだよ》のカッコつけた顔だ。
これは揺さぶったり鎌をかけても絶対話さない。
たぶん無駄に執拗に問いただしても良いけどそれをクラスメイトの前ですることでもないとは思う。
思うのだけど。
ーーー女の子に見せたくない悪い事するなら。バレないようにして欲しいよね。
やっぱり男の子は三人以上集まると馬鹿になる生き物なのか。
りんはしばらく黙った後ため息を吐いた。
チラりと真神教諭を見るのだけど。
彼こそこれを放置しているのだからりんに話す気はないのだろう。
「………………早く上がりなよ?風邪ひくよ?」
「「「「「「はい」」」」」」
そんなだんまりの男子が浸かる《写し鏡の池》には満天の星空が映り込んでいた。
まさに星見祭の名に相応しい夜だった。
「りんこそ、暖かそうだね?熱くない?」
「ん………。ナタちゃんと、咲ちゃん、澪ちゃんの何かが目覚めたみたいでね?
なんか着させてもらってる」
「ふ〜〜ん。そか。モコモコ達磨みたいだね」
「んんッ………羊さんにして」
ナタージャと咲と澪が真神教諭に話しかけている様子を眺めていたアンテにバスタオルを渡す。
女の子に囲まれる真神教諭は珍しい。
しかも嫌な顔をしていない。
今夜の真神教諭は少し雰囲気が違うみたいだ。
用意のよい咲ちゃんが「死体………隠す………布………必要」と不穏なことを言うからそれが当たらなくてよかったとは思っている。
でもバスタオルはたくさんあっと助かった。
「この後星見るんだよ?
男子達〜!防寒してよ?防寒〜」
「「「「「「へ〜〜い」」」」」」
りんからの追求がないことに目に見えて安堵の表情で着替えに行く男子達を見送ってりんもため息をつく。
性別《無》でもりんは男の子ではない。
真にはあの男の子の世界に入れないことに少し寂しく思いながらもりんは諦めた。
だって。
男の子は男の子で大変なのだ。羨ましいとは思っていないし、女の子の自分は好きだ。
結婚したいとかは別だけど。
「ん。仲良くてよろしい」
ーーー嘘は下手くそだね。ま。上手くなるのも良くないか。
「皆運動したみたいだし小腹空いたかな?鍋作ろうかな」
「私めが下から材料掻っ攫ってまいります!!」
「薬草………スパイス。出せる」
「え〜〜。ならあたいは良いサウンド探すわ」
りんは枝を集めて携帯万能ナイフがないことに気づいた。
そう言えばこの祭りが始まる前に《危険物》で取り上げられていたのだ。
あれで枝を尖らせないと火起こしに凄く時間がかかることに今更気づいてしまった。
真神教諭と目が合った。
凄く嫌な顔をされた。
「真神せんせい〜!火起こし魔術教えてください!!」
「はッ………。火が出せんなら光の屈折を圧縮させろ。
その原理で木は燃えるぞ」
「わ!真神せんせい!ありがとうございます!!」
ーーーあれ。嫌な顔された割には、真神せんせいも少し優しいかも。
ま。いっか。
りんが逃げ回る光のふわふわを出して火事を起こしかけ。真神教諭に怒鳴られるまで後二分。
星見祭はまだ二日残っている。




