星見祭 20.男なら繕え
男五人は項垂れていた。
全てを聞いても尚。
星を責め立てられるものはここには誰もいなかった。
それこそが。
星が苦しんでいることだった。
真神は、激昂していた岸と、蹲る星を静かに見下ろしていた。
ーーー無理もないな。
真神すら《醜悪》だと思うこの世界の理の根源にまだ年端もいかない少年達が途法に暮れることは必然だ。
この世界の法は、生殖能力を失いつつある種族が、生存本能の果てに作り上げた“執着”の結晶だ。
そもそも《狂っている》。
「女」という名の苗床。その中でも希少な「人類の少女」。
この世界にとって、彼女たちはもはや個人の人格を持った人間ではなく、守られるべき「神聖な資源」なのだから。
リリスという三尊の一角ですら、その「資源を損ねた」となれば、法はその首を撥ねる。
「……気づくのが遅すぎたな」
真神が低く呟く。
星の慟哭は、もはや後悔の域を超えていた。
彼がりんを想って放った矢は、彼女の愛した居場所を、保護者という名の恩人を、根こそぎ破壊する魔弾へと成り果てていた。
「気持ちはすごいわかるんだけどな………。
真神教諭に相談しろよ………。あ。リリス様側の大人と思ったか。加害者側と思っちまったら頑なになるよな………。
これも真神教諭の顔が怖いのが悪くない?
あ。すいません。ごめんなさい。
寮生なら身内に頼りづらい。そこすっ飛ばして叔父さんに告発したのか………。
あの《デウス》に?
88柱の中でも若手の筆頭の名高い《イザミ・デウス》深淵の堕天使に?それほぼ本部に直訴だ。
ははッ………あは。………やば!あははは………はあ」
アンテはなんとかこの空気をどうにかしようと星と岸両方の肩をつかみ努めて明るく話した。
その笑い声がから笑いなのがわかるほどいじらしい。
「ごめん…………。短慮だった」
「いやいや。謝るな。
少なくともりんを守りたくて《正しい》と思ってやったんだろ?誰が責められんだ。
たぶん。某でも、したかもしれん」
頬を腫らし項垂れる星の背中をバジリと叩いたのは猿田だ。
「いや!!わりい………星。殴ったりして。
ビックリした。
俺さ。もっとなんかのサスペンスみたいにドロドロの計画的な取り返しの付かない冤罪だと思ったんだ。
そんなの。すぐ冤罪だってわかんじゃん?
そもそも傷害罪………?
身内だから保護責任者遺棄致傷かな?
子供の虐待なんて。子供が否定したら一発で冤罪だってわかるじゃん。りんに話せば………」
「「「「「うわ………」」」」」
真神は岸の発言を予想していたが他は違ったらしい。
一斉に顔を真っ青にした。
ーーーここでの倫理観の隔たりは拗れるぞ。
それでも真神は見守らなければならなかった。
それは教諭としての一人の男の先輩としてのけじめだった。
「なに」
岸はやはり分からないのだろう。
周りの顔を見渡して困惑している。
真神はこれからこいつが直面する地獄を思うと初めて気の毒に思った。
「現し世が子供に対して鬼畜だということだけはわかった」
「待って?岸の価値観が現し世の普通の価値観なら。
たぶんりんもだ。これこっちの倫理観に正すの酷だぞ………」
「な………なんだよ」
「真神教諭が言ったよね?《人殺しより女子達を害したほうが罪は重い》って」
「なんだよ。俺だってそのくらいの倫理観ーーー」
「違うんだよ。《理想論》じゃないの。
文字通りなんだよ。
この幽玄異郷では。女子供に害を成したと証明されてしまったら。《死刑》なんだよ」
「《死刑》?!大げさじゃないか?」
ーーーあぁ。そうだな。現し世の民の常識はそこだ。
《死刑》のハードルが限りなく高いのだ。
命が伴った罪に《加害者の人権》も加味される。
その罪の背景や状況を精査してから罪も罰も決まる。
そんな《正しい》法治国家の民。
《咎人》すら《人》と定義した綺麗事の法治国家の民なのだ。
「いや。俺も気持ちのうえでは《万死》だとは思ってるよ?
思ってはいるけどさ。
俺ら、現し世の法律は「命対命」の法律が普通でさ。
相手が死んでなかったら懲役だ。反省したら社会復帰。
怪我なんて精々《罰金刑》とか《賠償》で服役すら逃れられるものだぜ?
俺も、りんも。そんな法律に罰せられなかったからここにいるんだ。
りんなんか。
あいつなんか何回男に殴られたか。
もちろんやり返したさ。
あいつはいつも完全な《被害者》じゃなかった。
でもこちらが殴ったら《正当防衛》でも罪になったんだ。
だからあいつは退学もしたんだぜ?五回もだ。
あいつは悪くないのに。
あいつは女の子達や自分を守っただけなんだぜ?
だってさ。弱肉強食だろ?ここ。
女子供はその中の一番の弱者。お前らこそ命軽そうに戦うし、遊んでるだろ?」
「それが出来るのも坩堝学園が異常なんだよね」
「保護の仕組みがエグい。
ここはたぶん。女、子供を一番安全に守れる所だよ」
琥珀が苦い顔をしながらも猿田やアンテに目配せした。
真神にも目線を送る。
ーーー話してもいい内容か………。か。
これは俺の役目だな。
真神はため息交じりに言葉を投げた。
「岸、そもそも。この幽玄異郷は子供が生まれづらい」
「ん………?」
岸がアホ面晒しながら「なんで今出生率の話?政治演説?」みたいな顔をする。
「種族的に長寿。それにしてもだ。
子供を持つということはこの世界の《最大の渇望》であり《最大の成しづらい渇望》でもある。
それへの執着はお前等現し世人類の比ではない」
岸が訳がわからない顔をした。
舌打ちしたくなるのを抑えやはり琥珀に目線を送った。
「噛み砕け」と牙を見せたら青ざめながらも首を縦に振った。
意を決した様に琥珀が岸を突付いた。
「簡単に言うとさ。
夫婦やカップル1000組中子供は1人も難しいと思って」
「ひ………1人?」
「子供は貴重、宝。これ母体数もある。
そのうち女の子は二割かな」
「男率多ッ………?
あれ。ここ坩堝学園は男女同数だよな………」
「だからここはエリートの集まりでもあり、校則に「婚活市場」なんてふざけた慣習がある。
皆本気だ。なんせ《種族の存亡を賭けた婚活》だからな」
岸が青ざめる。
いつも岸を拉致する婚活市場の乙女達を思い浮かべたのだろう。
「あまり言いたくないんだけど。
現し世人類の受胎率は100%なんだ。
そりゃ神隠しするよね。
人類の花嫁さらう話とかざらにあるじゃん。
あれ神格高い奴は結構無罪。こっちも強いやつが法律だからね。
だけど神隠しされた婦女子はそれはそれは丁寧に輿入れされて大事にされる。女の子害するのは死刑だから。
性別意外と関係ないんだよね。
岸も望めば女の子になれるよ。ここはそんなとこ」
「え………」
「君等人類……ゲスいようだけど。
僕等からしたら、この世界の命を繋ぎ止めるための《始原の苗床》なんだ。
どんなに薄い血でも、君たちの体を通せば確実に実を結ぶ。
あぁ……言いたくなかったあ……」
琥珀のダメージは凄まじかったようだ。
それを引き継ぐようにアンテが続いた。
「君たちは、この世界の住人にとっては『命の源泉を注ぐための最も貴い器』なんだよ。
大丈夫。無理強い出来ないから皆必死なんだ。
男………現し世人類の………守る法律はないかもだけど。
女の子にはすごい安心な法律だよ?
同意だったのに不同意だって嘘つかれても、それをさせるほど不快にさせたんだで死刑だ。
この幽玄異郷の法律は女子供を守るためには狂気じみてるんだ」
「「希少種の人類の女の子を危険に晒した」と報告したのであれば、それはこの世界では「国家反逆罪」レベルの大罪人だ。
星が衝動的に動いてしまうのはわかる。
わかるんだけどさ。
まさか三尊のリリス様にも正しく等しく適応されるなんて」
琥珀は青ざめ天を仰いだ。
「ここ幽玄異郷では「養子縁組」は幼少期が普通なんだ。
僕が………そう。
普通は《生家》や《孤児院》の斡旋と紹介なんだ。
暴力がなくても養子の疎外感は凄まじいよ。やっぱり。なんだかんだ《血筋》は名家ほど重視されるんだ。
りんさんも同じだと思った。
尊い身分のものに消費されているって。
三尊だ。だれがあの方に逆らえる?
いや。違う………。こんなの言い訳だ。
傷を見て頭が真っ白になったんだ。激昂したんだ………」
ここでやっと星が言葉を絞り出した。
「俺でも怒るさ。俺すら………知らなかった。
知ってたら。
俺…現し世で殺人犯になってたかもな。犯人探し出して八裂きにした。
法が守ってくれなかったんだ。過去には戻れない。
下手したら時効もあるんだぜ?
りんを傷つけた奴らはのうのうと笑ってるのかと思うと反吐が出る。
俺も同じだ。星。俺も。
俺も。知り合う前のりんを守れてなかったんだよ」
岸のその言葉を最後に、会話は途切れた。
星を断罪しようと具現化していた二十の聖剣が、霧のように揺らぎ、消えていく。
怒りは行き場を失い、深い無力感へと変貌した。
アンテは鼻血を拭うことも忘れ、琥珀は空になった瓶を握りしめたまま震えている。
猿田はただ、友の背中を見つめることしかできない。
真神は懐中時計を取り出した。
ーーー頃合いか。
ため息をつきながら懐中時計をカチンと閉じた。
その音に男達は一斉にこちらを見た。
皆が情けない顔をしていた。
「ここからは大人の仕事だ。
すべて終わったら懺悔の機会は作る。
今は繕え。この空気を察せさせるな。
馬鹿な男に戻れ」
しばらく沈黙が続いた。
最初に動いたのは岸だった。
真神の言葉に岸はニヤリと笑った。
「表でろ。星」
訳が分からない星を引き摺る岸の後を男達が追いかける。
真神は目を瞑り指をパチッと爆ぜさせた。
床の汚れを一掃する。
ーーー生徒の尻拭いか。俺が一番やらなそうな事をする羽目になるとはな。
やっぱりあの少女は起点なのだ。
良くも悪くも周りを巻き込む。
ーーーこの結果が地獄なら。
俺だけで足りるだろうか。
あいつには慎一郎もいる。白哉も。
責を負うのは俺だけで済めばいい………。食い止めねば。最小限に。
ち………。岸が俺に似てるだと?
慎一郎のやつ。俺をあの青臭いのと同列にしよって。
どちらかと言ったら。似てるのは。
殴られながらも引き摺られながらも決して泣かなかった星を思い出した。
懺悔もしていたが投げ出してはいなかった。
まだ壊れきってない目をしていた。
ーーーあいつならまだ間に合う。託していいだろう。
懐から書物を取り出して眺め。
真神は蒼く光り姿を消した。転移したのだ。
岸の行った先は嫌でもわかったから。
そこは池だ。
りんが好きな池。
覗くと透明すぎて下の世界が見える《写し鏡の池》に岸はついた。
引き摺る星を池に蹴り落とした。
「……ッ、いっ………た」
鈍い衝撃音。
星の頬を、岸の拳が掠めるようにして叩いた。
一発目より決して全力ではない。だが、容赦のない、目が覚めるような痛み。
「……岸……?」
「『殺してほしい』なんて甘えたこと言ってんじゃねえよ。
……言っただろ。お前を殺すなら俺も死ぬ。
お前に死なれたら、俺も道連れだ。冗談じゃねえぞ。
俺なんか。まだりんに告白もしてねぇんだぞ?
まだ死ねねぇ………」
「「「うわ………重ッ………」」」
「うるせぇ」
岸は突き出した拳をそのままに、ギラついた瞳で星を射抜いた。
その背後で、琥珀がふっと息を吐き、脱げかけていたタオルを腰にしっかり巻いた。
「そうだね。星。
君の『正義感』が招いた最悪の結果は、僕ら全員で背負ってあげる。
……ただし、今夜だけは。
明日からは、君がこの『地獄』をどうにかするための足掻きを見せて。
それまでは……」
琥珀の合図に、猿田とアンテが顔を上げた。
泣き腫らした顔を、アンテが力いっぱい手の甲で拭う。
「……そうだよ。
『馬鹿な男』に戻れ、ってさ。
あのおっかない教諭が言ったんだ。……これ、命令だよね?」
「うむ。命令違反は某の領分ではないな」
猿田がドスンと星の肩を叩き、そのままヘッドロックをかけるように引き寄せた。
「立て。星。
いつまでも惨めな顔をしていると、女子達に『男達は通夜でもしてるのか』って呆れられるぞ」
「……あ、あはは……」
星の口から、乾いた、けれど少しだけ温度のある笑いが漏れた。
岸はそれを見て、自分もまた、指先の震えを隠すように拳を握りしめた。
彼らは知っている。
真神教諭が言った「繕え」という言葉の意味を。
これから起こる嵐を、りん達女子に悟らせてはならない。
それは、この残酷な幽玄異郷の法から彼女たちを守る、男たちの最後の「嘘」であり、意地だった。
こんな事何回もあってたまるか。最後にする。と岸は誓った。
「よし。アンテ、お前さっきの『スケスケ』の修行、もう一回やれ。
次は俺も手伝ってやる」
「……え、岸?! 良いの? 君、さっきまで聖剣で僕を消滅させようとしてたよね?!」
「うるせえ! 騒がしくしろって言われたんだよ!疲れるんだ。馬鹿した後みたいに。疲労困憊さを見せんだよ」
「よ、よーし! 見てろよ、僕の限界を……!」
無理やりひねり出したような、けれどどこか温かい怒号が戻る。
岸は池に映る自分の顔を見た。
ひどい顔だ。絶望を知り、それでも笑おうとする「嘘つき」の顔だ。
ーーー……りんにだけは、絶対に知らせない。
お前の居場所を壊したのは、俺たちの仲間だなんて。
……俺が、必ず書き換えてやる。このクソみたいな世界の結末を。
男たちは、互いの傷を隠し合い、虚勢という名の鎧を着込む。
湯気の向こう側で、女子たちの楽しげな笑い声が聞こえた気がした。
その境界線を守るためだけに、彼らは「最高のバカ騒ぎ」を演じ始めた。




