星見祭 19.男は総じてバカでアホでバカで変態
「………姦しいのは貴様だろう」
黒い金縁眼鏡の魔獣が入口に立っていた。
気怠げに入口に腕を組みもたれ掛かっている。
「因みに。この隣には女風呂はない。
魔術で空間を歪ませてある。あるのは虚空だ。
物理的に破壊したものを吸い込む。試すか?」
「「「「「止められず、すいませんでした」」」」」
岸を筆頭にさっきまで青かった星まで腰にタオルを巻き土下座していた。
傍らにバスローブで佇んで泣くのはアンテだ。
「皆は止めたんだ!!女子が居ないから悪ふざけしただけだよ?!皆は悪くないよ!?皆殺しはやめて!!」
「まだ何も言っとらん。
まあ………。座れ。俺は今は時間外だ」
男子風呂の脱衣室。
真神教諭の指がパチンと蒼く発光した。
そこに備え付けてあった自販機がチカチカと光りガラガラと六本のフルーツ牛乳が転がり出てきた。
「俺の驕りだ。飲め」
ガラガラと音を立てて落ちてきた瓶は、風呂上がりの至宝、フルーツ牛乳。
予期せぬ展開に、土下座したままの男子たちが顔を見合わせ、信じられないものを見る目で真神教諭を見上げる。
真神教諭は自ら一本手に取ると、親指で器用にキャップを弾き飛ばした。
そしてどかりと乱暴に胡座をかいて座り込んだ。
いつも厳格な所作に品がある真神教諭がただの近所のお兄さんに見えた。
「………今夜は長い。あの無責任な色ボケ花畑の団長共のせいで、俺もこれからまだ寝られんのだ。少し付き合え」
湯上がりの脱衣所に、冷たい瓶の結露が光る。
恐怖の「魔獣」は、今はただの《男》の顔をしていた。
男達はしずしずと順に牛乳瓶を手に取る。
まだ座る時は正座だったが。
さっきよりは空気が緩む音がした。
「まずだ。俺は貴様らが《清廉潔白》な《人格者》になるとは端から思っとらんしそう教育して嵌め込む気もない。
まあ………。貴様らの人格形成など、どうでもよい」
「「「「「「どうでもよい」」」」」」
「それはお前等の人格が《最低のクズではない》と判断したからだ。その信頼を裏切るなよ」
しばらく沈黙が続いた。
説教なのか断罪なのかわからない状況で互いに目を見合わせ首を傾げる男達の中の一言が空気をピリつかせた。
「真神教諭。なんか………《恐れて》ませんか?
貴方。日頃そんなに話さない質だ。
言葉選んでます?
………………僕等に?今更ですか?」
そう呟いた琥珀がグビグビとフルーツ牛乳を飲み干して苦い顔をした。
「甘いの苦手〜」と呟きながらアンテに手渡した。
アンテがゴミ箱を探してキョロキョロした。
またしばらく沈黙が続いた。
時計の秒針がコチコチと鳴る。
「………。今は言えん。
ただ。この後女子共が情緒不安定になったら支えてやってくれ。話すまで聞くな。
過剰に心配せずいつものお前等でいろ。
お前等だけはあいつらの《安全圏》でいてほしい。
特に。佐藤 りんには」
ゴクリ。
誰かの喉が鳴った。
キョロキョロしていたアンテの動きすら止まった。
星は牛乳瓶を握りしめブルブル震えている。
「男は総じてバカでアホでバカで変態だ。
好きな女のことになると更にだ。
これは理屈じゃない。特に十代の時など顕著だ。
それらはここみたいな《完全に隔離された空間》で馬鹿話をしたり。息抜きをしろ。
男同士の馬鹿な時間も。
………ふん。否定はしない。
ただ。下品な言動も思想も欲望も。
女子供に悟らせるな。女子供のせいにするな。隠し通せ。
そのほうが清廉潔白で居続けるより遥かに難しいがな。
バカ騒ぎはほどほどにしろ」
真神教諭はぐいッと牛乳瓶を逆さにすると一飲みで飲み干した。喉仏が上下に動く。
それはこれ以上言うことはないと何かを飲み込むようだった。
アンテが目に見えてホッとしていた。断罪はなかった。
男達はアンテの背中をポンポンと労った。
馬鹿な勇者の危機は脱したと皆が思っただろう。
真神教諭が最初から誰を見ているのか。
たぶん気づいているのは琥珀ぐらいだった。
「星。いい加減吐け。
お前の短気と短慮がこれからどう佐藤 りんを不幸にするかいい加減直視しろ。
………お前はもう一人じゃないだろ。こいつらを信用しろ。
俺を信用出来なかったのは。俺の落ち度だ。お前のせいじゃない。すまなかった」
途端に星が蹲った。
さっきやっと温まったはずなのに。
彼の身体は冷え切ったように真っ青だ。
「ッ………くッ………真神教諭………すいませんすいま………」
「星?ど………どした?」
一番近くにいたアンテが星の肩を叩いた。
アンテが謝っているのは日常茶飯事だとしてもだ。
クラスの男子の中で一番問題を起こさなそうな男の懺悔だ。
面食らうのは仕方がないだろう。
琥珀以外ポカンとして様子を伺うしかなかった。
茶化せなかった。
そんな絞り出すような慟哭に近かったから。
「僕は。
無実の人を告発してッ………。
その人はッ………死刑になるかもしれないんだ。
いや。まだ間に合っ………ッ………。
彼女にどう償えばいいんだ………。僕は………僕は」
「彼女?」
「彼女ってだれさ?」
アンテと琥珀が星の肩を叩く。
それを眺めていた岸が飲みかけの牛乳瓶を落とした。
ゴロン………ゴロゴロ。
軌跡を描く乳白色の液体を踏みしめながら岸は星に近づいた。
「りんなのか?」
「りんに関係してるの………か?」
「そうか?そうなんだな?!」
岸が星に掴みかかった。
まだ湿気を帯びた床に滑りながらも必死になりアンテと琥珀が岸の脚にしがみつく。
猿田が星の前を塞いだ。ただ猿田の視線も星を射殺すように細まった。
「落ち着け。岸。
星が全て話してから殴れ」
猿田が低く唸った。
「言え!!」
まだ岸は暴れる。
岸の頭の上にギラリと光るエクスカリバーが具現した。
無数の黄金の剣が、処刑を待つ刃のように頭上を埋め尽くした。
その余りに殺意の孕んだ鋭さに昼間のビニール製の空飛ぶエクスカリバーの面影はない。
それを見上げたアンテと琥珀が泣きそうになった。
その上空からの緋色金の煌めきが殺気となって星に標準を定めていた。
アンテは泣きそうなのに離さない。
琥珀も岸の背中によじ登りなんとか止めようと羽交い締めしているが出来ていない。髪をなんとか引っ張るのみだ。
「取り返しがつかなかったら俺がりんの代わりにお前殺してやるから!!
何をしたんだ?!今すぐ吐け!!」
「殺して………くれる?」
星はまるで救われた顔をした。
「あぁ。りんが悲しむことしたならお前を殺す。
そしたら俺も死ぬんだ。
お前が様子おかしいのも。
リンのことで思い悩んでたのも気づいてたけど放っといた。
俺も同罪だ!!だから言え!!」
真神教諭はそっと目を瞑った。




