星見祭 17.栄誉授与
「真神先生。嫌われ役、ご苦労様でした」
「いえ。職務ですから」
空隙教諭が真神教諭を小突きながら笑った。
そこは舞台裏の簡易控室。
りんが語り出してから舞台からはけた真神教諭は魔術で服を変えた。
全身真っ黒なのは変わらない。
だが学園職員の制服ではない。
キッチリとした詰襟に金縁の装飾が刺繍された式典服だ。
首の詰まりが普段より強まり息苦しそうだ。
苦々しい表情を隠さず首元を直す真神教諭はブツブツと悪態をついていた。
漏れ聞くりんの主張をしっかりと聞いていた。
「ちッ………まどろっこしい言い方しよって。
もっと威厳をだし、私について来い。くらい言えんのか」
「夜のりんさんなら言いそうですけどね〜?
彼女なら「ひれ伏しなさい!!」くらい言いそうだ」
空隙教諭はニヤリと笑う。
真神教諭は青ざめた。腰が引けている。
この後何を言われるか分かっているようだ。
真神は分かっていた。それを知っていて空隙教諭は面白がって構うのだ。
真神教諭は厳格な男だ。
自分にも周囲にも。
出来ることなら押し付けたい業務がまだ残っているのは頭には入っていた。
悪あがきだ。
現にほぼ諦めて身支度は整えていたのだから。
ただ。
気が乗らないことだけは主張したかっただけだ。
「ささ。本日の《栄誉》の時間ですよ。学園長代理」
「貴方で良いでしょう………。
貴方が本来総括じゃないですか」
「だって。リリス様指名なんだよ?」
「そもそもそれもおかしいんですよ!!
俺よりも貴方が!!適任でしょう!!」
空隙教諭の首元のバッチをチラりと真神教諭は見た。
そこには金枠に覆われた《総》の文字。
坩堝学園教諭陣代表の《総括》の証しだった。
その金縁の輝きを隠すように空隙教諭は襟を直す。
「え?!僕は見た目若いから威厳が足らないんだよ?
君みたいに視線で魔獣殺せないよ〜。
君は《学園長代理》と、《主幹教諭》の二つ肩書きがある。
今や僕よりも上だよ。上。
上に立つものの責任だよ〜責任感強いでしょう〜。
真神せ・ん・せ・い♥」
真神教諭はやっと諦めた。
これ以上愚痴った所でこの教諭にからかわれるだけなのだから。
「ちッ………。アナウンスは頼みました」
「お任せ〜いってらっしゃーい」
真神教諭はズンズンと足音を鳴らし舞台に上がった。
「これより。
坩堝学園学園長代理より《栄誉》の贈呈になります」
空隙教諭の声でアナウンスがあった。
りんをスレア団長とイーテディ団長が両手をすくい上げるようにエスコートした。
佇む真神教諭の元に導くように。
りんはポカンと見上げた。
真神教諭の男っぷりが上がっていたから。
さっきよりも服が綺羅びやかなのだ。
派手な訳では無い。
でも高級で品があって《正装の一番上》だとわかる式典服だった。
「わ………。真神教諭ご立派です」
「ちッ。囀るな黙れ囂しい」
「はい。すいません」
「ちッ………。褒めてはやらんが。認めてはやろう」
「はい。ありがとうございます」
「笑え。辛気臭い」
ーーー不機嫌な貴方の前でにこやかにするほうが心が死にます!!
りんは担任の無茶振りにもうヘトヘトだ。
「りん様。最初にお辞儀をします。
その後。真神教諭が乞い願います。
そして………。「栄誉を授けよう」と言いますの。
簡単でしょ?大丈夫。貴女なら出来るわ」
真神教諭に睨まれながら萎縮するりんに優しくイーテディが耳元で指南する。
甘い蜂蜜と麝香の匂いにドキドキしてしまうけど。
お辞儀をした。
イーテディに教わった膝を曲げてちょこんと脚を後ろに交差する動き。
正式な淑女の礼「カーテシー」だ。
しっかり出来たようでイーテディが満足そうだ。
見なくとも息の飲み込み方で分かった。
ーーーあれ。私が授けるの?授かるんじゃないんだ?
疑問をいちいち口にはしない。幼児の所業と口を引き結んだ。
「その後片脚を前に出します。
爪先を伸ばすように地面に着地させないでくださいね。
それが作法です。
後は。
真神教諭に身を委ねて」
「はあ………」
「早くしろ」
「はッ………はい」
ここまで小声で話しながらだから会場には声は拾われていないはず。
粛々と真神教諭が片膝ついて跪き頭を垂れた。
真神教諭のつむじが見えてしまい居た堪れない。
「勝者よ。ステラの王よ。
我が身に《栄誉》を与えてください」
「えっと。『『栄誉』を授けよう』」
「………ありがたき、幸せ」
言い切れた。
後は脚を片脚前に出して終わり。
そっと右脚をだした。おずおずと。
するとりんのラングブーツの踵の部分を掬い上げるように真神教諭は持ち上げ頭を垂れた。
その綺麗な鼻先をブーツの先にーーー。
「ひッ………?!」
りんは仰け反るように反転しバク転して。
真神教諭の鼻先がブーツにつくのを全力で回避した。
会場が固まった。
スレア団長は笑いイーテディ団長が苦い顔をしてる。
真神教諭はさっきの体勢のまま睨み上げている。
「すごいな。避け方まで『勇者誠の初めての式典』通りだ。
素晴らしい再現度だ」
「ブラボー。まさか勇者誠の所作の再現とは!!」
誰かが呟いた。
感嘆とした眼差しを感じる。
でもりんはパニックだった。
「ひッ………?
だめですよ?だめです。
いくらこちらが勝者でも。
靴に鼻擦り付けさせるなんて侮辱的な行為。
恩師に向かって!!
私そんな退廃的な趣味は持ち合わせてません!!」
「お。セリフまで似てる」
「凄いな《演劇》か?」
生徒が囁いていたけどりんはそんな事聞いてやいない。
目の前の剣呑さに磨きがかかった教諭を見上げた。
詰め寄られている。
「囀るな。これは儀式だ。
権力者は大戦の功労者の脚に口付けることで魔術の力で着飾らせる。
その者の労力に対価として《栄誉》を授かるものだ。
別に奴隷契約でもなんでもないぞ。ほら。やるぞ」
「わわわッ………。口づけるなんてもっともっと無理ですよ!!
真神教諭の唇が汚れッ………。
あ。
敬意を表すなら手の甲に額を軽く当てるとか………」
「ッ………な。
バカもん!!それこそ『従属の誓い』だ!!
書物オタクならこちらの歴史と作法を学べ!!」
「ひッ………ごめんなさい!!
あ!!簡略化!!日本人、儀式を《略式》にするの得意!!そうしましょう?そうしよう?」
「お前等現し世勇者のせいでな?!
この儀式も簡略に簡略を重ねとるわ!!これ以上削ぐとこなどないわ!!」
「あります、あります!まだまだいける!!
薄紙をはがすように………」
「トイレットペーパーか?!もう軸しかないわ!!」
「ひッ………無理無理無理無理!!心が死にます心が!!」
「こらッ………逃げるな佐藤 りん!!敬意を払え!!
お前は優等生だろう?!」
「いや!!先生汚すくらいなら悪い子でいいです!!」
その様子を会場中は笑いながら見守る。
雷クラスは笑いすぎて転がり回る勢いだ。
岸と星と澪がハラハラしながらりんを助けようとして二の足を踏んでいた。
「着替えが《栄誉》なら!!
先生が用意したの裏で着ますから!!」
「それも意味が違うわ!!俺を社会的に殺す気かお前は?!」
「い………いやですぅ………」
りんはもうこの式典を逃げ出したくなった。
弱々しくか細く呟いて真神教諭を見上げた。
教諭の額の血管がブチ切れそうだった。
「ならさ。《保護者代理》からの贈り物ならいいかな?」
上空から声がした。
それはりんが聞きたくて聞きたくて仕方がなかったテノールの響きと、爽やかな消毒液と森の薫りに包まれていた。
「み………御嶽さん?え?本物?」
りんが呟くと彼はニッコリと笑った。
笑ったのが分かった。マスクをしてなかったから。
「真神先生。リリス様がいない今。
僕、御嶽 慎一郎は《保護者代理》の立場になります。
後見人が《栄誉》を贈られるなら。妥当では?」
穏やかなテノールが鼓膜を揺する。
りんはそれだけで夢見心地だった。
真神教諭が一瞬眉間を深めた後口を開いて。
でも一巡したのか口を閉じた。
「………………………………………………」
沈黙が続いた。
ニコニコの御嶽とゲンナリする真神教諭。
二人はお互いしばらく見つめ合い。
目をそらしたのは真神教諭だった。
「妥当だな。いいでしょう。早くそれを着飾らせて下さい。
《栄誉》は譲ります」
「ありがとう。喜んで引き受けますよ。真神先生」
しっしっと手を払うようにしてから、真神教諭は舞台を降りた。
銀色の短めに刈り込んだ髪と立派で大きな白銀の翼が月夜に輝いていた。
りんを見下ろす瞳は翡翠色で。
前と変わらず温かい穏やかな色をしていた。
一ヶ月ぶりの御嶽 慎一郎は相変わらず真っ白だった。
でも前も品があったのに今は綺羅びやかさもある。
クラクラするほどの大人の魅力を纏ってりんの前に着地した。
りんは口がハクハクと開いたり閉じたりした。
彼はまるで白い王子様だった。
りんがなりたい王子様そのものだった。
「りんさん。君の《保護者代理》として。
君を着飾らせる栄誉を下さいませんか?」
「へ………?」
「《はい》だよ。りんさん。………ダメかな?」
見おろされているのにまん丸な翡翠色の瞳は縋るように伺っている。
頭が馬鹿になった。
ーーーやっと会えた。お久しぶりです。ずっと会いたかったです。手紙は届きましたか?私も子供達もこんなに幸せなんです。貴方のお陰です。ありがとうございます。貴方の実験神獣と契約したんですよ。たくさんたくさん話したいこと楽しいことあったんです。
言いたいことは色々あった。
でも出てきた声はかすれていた。
「………手紙………お礼………クッキー………四郎さんに。
あと…。フワピィも譲ってもらって………あの。ありがとござい………ます」
頭がパンクして言いたいことが言えなかった。
それを御嶽は根気強く聞いてくれた。
「うん。手紙見た。クッキーも食べたよ。美味しかったよ。ありがと。元気そうだ。会えてすごくうれしいよ。
ね?………君を素敵に着飾らせてくれるかな?
クッキーのお礼だよ。そんなに深く考えないで。ね?」
笑顔が発光して見えた。
「は………はい」
「うん。………いい子」
御嶽がりんのおでこにそっと鼻を近づけた。
触れるか触れないかの距離。
りんは必死に目を瞑った。
心臓が早鐘のように高鳴る。
バクバクいいすぎて。耳が熱いし痛い。
頭痛がした。
息が上がり気が遠くなった。
ーーーあ。幸せ過ぎて死んじゃいそう。
緑色の魔術の光が蔦のようにりんを包み込んだ。
りんのボロボロの制服は銀色の騎士服のようになった。
銀色の光沢が角度によっては虹色の光沢を出す。
キュロットの後ろに長めのジャケットスーツがフリルの波のように垂れ下がる。
髪は結い上げられ虹色の薔薇が王冠のように鎮座していた。
足元は繊細なレースが蔦やかすみ草の紋様を描く二ーハイロングブーツだ。
華奢な踵なのに足元が軽い。
コツコツ鳴る音は鈴を転がすようだ。
りんは《虹色の白銀の姫騎士》といった出で立ちになった。
会場中が息を呑んだ。
雷クラスは間近での魔術の変貌に呆然とした後、皆が皆真っ赤になった。
「りんッち。着飾らせると破壊力ビックバンだわ」
「ん!………すごい!きれい………」
「あの子。日頃から華があるのにまだ上があったんだ。
これはこれから婚活市場荒れそうだね」
「りん様………尊い」
「あれと俺等、円陣を組んだのか。恐れ多くなってきたわ」
「あ。岸と星が赤くなって噴火した」
「純情は大変だなあ………。星なんか顔色が土気色だぞ。
こりゃダメだ。救護室救護室」
「てか。あいつ誰。りんが顔真っ赤なんだけど?」
「岸?………岸?おいおい岸が白目向いてるぞッ」
雷クラスがドタバタしているのは変わらなかった。
歓声が止む。
式典のダンスの時間になったのだ。
厳かなのに軽やかな三拍子と共に会場の中央が空けられた。
そこに主役は誘導された。
御嶽は改めて少女を見下ろすとため息交じりに唸った。
囁やこうとした賞賛の言葉を引っこめた。
『ふん。りんのための衣装ね。いい趣味だわ。癪だけど』
「………あれ。らんさん。どしたの?
今は闘いはないし安全だよ。休んでなよお疲れ様」
着飾った少女を会場の真中でくるくる回しながらファーストダンスの曲に合わせようとした御嶽の手の動きが変わった。
エスコートしようとした手を裏返し。
魔術で彼女を回したり飛ばしたりしながら一切手を触れずにダンスしている《フリ》をした。
その曲芸のような動きに観客からは歓声が上がる。
ニッコリわらっていた御嶽の顔がすんとなった。
対するりんの顔をした女は陽の光のような柔らかい笑顔で舞っていた。
まるでりんのように。
それでも小声で御嶽を刺すのは忘れない。
『ん?りんが『死んじゃいそう………』って。
気を失ったの。
しょうがないでしょう。
私だって出たくて出たんじゃないわよ。
りんのフリするから笑いなさい。
私も笑うの嫌なのよ。合わせなさいよ。大人でしょ。
その《ガッカリ》って顔しないで。うっとうしい。
《保護者きどり》の自分の色贈る変態』
「っ………………保護者の色は《保護》の色だよ。
リリス様の色は不敬になるし。これが最善だよ………。
その顔で辛辣なのやめて………。
それに僕はギリギリ未成年………」
「三十路の大人の男ですって害のなさそうに笑う思春期の男?ますます気持ち悪いわ」
「ッ………。
りんさん。若い姿の僕よりもこの僕のほうがいいみたいで。
これでもね。すごく苦労して老けて見せてるんーー」
「あぁ………。あの子《枯れ専》の気があるわね。
貴方の本当の若さ聞いたら幻滅するかもね?
嘆かわしいわあ………」
「くッ………」
おおらかな雰囲気で和やかな式典の中、顎に手をやり真剣にりんを見つめる視線があった。
フルカスだ。
「おいおい。リリス。似すぎにも程があんだろ………?
お前………。勇者と聖女両方に似た養子を………?
そもそも。あいつらの………?
いや。100年だ。子供?いや孫………?それとも………」
フルカスは背後に控えていた執事に声をかけた。
「渡悪執行官本部に行くぞ。
………リリスに会いに行く」
初老の鼠族の執事は頭を垂れながらも困り顔だ。
「フルカス様。ここの結界を破るにはまず申請しませんと。学園間の《宣戦布告》になります。運営に打診を」
「悪い。忘れてたワ。
力押しなら最短なのになあ………。
ちッ………面倒な古来魔術制約ダナ」
「………貴方様はアルギス学院の学院長でもあります。手順は踏んでくださいませ」
「スマンスマン。恐がるナヨ。ちゃんとするサ。
俺も「お父さん」ダ。落ち着いて行動する。
護が呆れることはしないサ」
「ご立派です」
フルカスは執事に渡されたマントを羽織りながら式典に背を向けた。
星見祭。
満天の星空の下。
異例の早さで式典は終わってしまった。
まだ結界期間は二日残されている。




