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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?  作者: ユメミ


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王子様が壊れた夜


 りん様に抱え込まれた。


萌香が冷静だったのはここまでだった。


りん様は萌香を包む瞬間まで王子様だった。

もうすでに満身創痍だった身体のどこにそんな力が残っていたのか。


危険な時は無駄に悲鳴をあげてはいけないのに。

りん様がいたから皆は冷静だったのだ。

その彼女が目の前で害されている。

女の子達が誰もが冷静にいられるわけがなかった。


一人が悲鳴をあげ、

一人は泣き叫ぶ。

辛うじて警察に通報していた萌香が1番冷静だった。


それでもダメだった。


さっきの軽薄な男が唾を飛ばしながら割れた瓶を振り上げた。

その動きがゆっくりに見えるほどだった。

ありえない早さで萌香達の前に彼女は間に合った。


ーーー間に合ってしまったのだ。


彼女と最後目が合った。

微笑みは慈愛をおびていた。


低い衝撃音。


その音がこの世の地獄の始まりだった。


崩れ落ちる彼女の身体。

縋り付く女の子達。

悲鳴。

怒号。

下卑た笑い声。



 りん様のブーツが落ちていたのだ。

寒くて皆で自販機に寄ったのだ。

一人駅の入り口の反対方向に向かう彼女を心配して。


歩いて帰るならプレゼントしたかった。

ただそれだけだったのに。

さっきまで笑っていたのに。


「りん様!りん様!!」


男達が彼女を引きずろうと引き剥がすように持ち上げた。

私達に覆いかぶさっていた彼女の身体は人形のように力が抜けていた。

縋り付く萌香たちを嘲笑う声が木霊する。


ーーやめて!


血に塗れた彼女のブーツを握りしめて叫びたくても脚が動けない。


りん様のまぶたが開いた。


ぞわりと空気がざわめいた。

途端に甘い香りが風もないのにたちこめた。


ありえなかった。

ーー血塗れのりん様がーーーふらりと立ちあがって。


それからは何が起こったのかわからなかった。


 彼女が揺らめくたびに影しか見えない。

音だけが置いていかれたように鮮明だった。


硬いものが砕ける音。


金属がひしゃげる音。


苦痛の声。


地面に倒れ、

転がり、

衝突する音。


――それだけが、続いていた。




男だと思ってひん剥いたら女だった。


ラッキーだと思った。


女がふえた。


うるさいから黙らせようとした。


庇った女が面白いほど血しぶきを上げてたおれた。


楽しくなってきた。


女の腕をもちあげた。


気付いたら地面だった。


いたい。


いたいいたいいたいいたい。




なんだ?


兄貴たちは?


音だけしかわからない。


恐ろしい音があちこちでする。

ーーーあ。これ死ぬやつだ。



ーーばさり。


おぼえてるのはこの音だけ。



 音が、途切れた。


 

あれほど満ちていた衝突音が、嘘みたいに消えた。


代わりに聞こえたのは、

 ――羽音だった。


ーーーばさり、と。

夜気を切り裂くような重たい音。


 顔を上げると、影があった。


街灯の光を遮るほど大きな影が、

りん様の前に降り立っていた。


 白い。

 翼。


大きい鳥。



その影は、りん様を庇うように覆いかぶさった。

抱きしめるように、守るように。


 その瞬間。

りん様の顔が歪んだ。

鳥の翼を引き剥がすように暴れている。

翼の羽根が飛び散った。


「邪魔をするな」


底冷えする冷たい声。

感情が感じられない。

りん様の声なのにりん様ではなかった。


「殺すな。もういい」


なだめるような優しい声。


「守った。もういいんだ」



 ――すべての音が、止まった。


 さっきまでの地獄が、嘘だったみたいに。


 

残っていた男達は、動かなかった。

いや、動けなかった。


ただ息を荒くして、後ずさる。


「……もう、大丈夫。これは僕の仕事だ」


 低い声だった。

 怒鳴ってはいない。

 脅してもいない。


 それなのに。


 空気が、凍った。


白い仮面がこちらを向いた。

梟の顔。


光を反射しない、無機質な目。

それだけで無事だった男達まで崩れ落ちた。


「ここから先は――僕が引き取る」


それだけだった。


 次の瞬間、りん様の身体から力が抜けた。


糸を切られた人形みたいに。


慌てて駆け寄ろうとして足がもつれた。


 

影――梟らしきものが、りん様を受け止めていた。


血に濡れた身体を、

血に塗れた梟が。


乱暴にならないよう、慎重に。

労わるように。


 その仕草だけが、人間みたいだった。


「大丈夫」


 誰に言ったのかわからない声。


 私達か。

 それとも、りん様か。


 梟は一度だけ、周囲を見渡した。

首がぐるんと回転する。



街灯の下には、倒れたまま動かない影。


 でも、もう――音はしなかった。


 萌香は、ようやく息が吸えた。


震える手で、血に塗れたブーツを握りしめる。


「……りん様?」


 やっと囁くように呼ぶと、

梟の丸い瞳の奥で、何かが一瞬だけ揺れた気がした。


 けれど梟は、何も言わなかった。

梟の緑色の光が光った。気がした。


ーーー梟が喋る?………なに言ってるの私。


ただ、翼で夜を遮りながら、梟は闇の中へ溶けていった。


 残されたのは、

ざわめき出した路地の向こうの通行人と。


女の子達の震えが止まらない呼吸だけだった。



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