星見祭 6.実況モニターの裏側
坩堝学園リリスホール。
そこは学園長リリスの名を冠した巨大なホールだ。
数々の式典を執り行う会場として使われるそのホールは、今は教諭陣のオペレータールームと化していた。
今日の《星見祭》に参加した全ての生徒に一台付けた監視カメラ型人工魔獣。
それが映し出す映像が100を超えるモニターに映し出されている。
それらが半分以上オフになっている。
イベントは佳境に入り巡回していた教諭陣もこのオペレータールームに休憩に帰ってきていた。
さっきまでこのオペレータールームを生で観ていた生徒やOB、父兄は特設会場に移動していて。
外部の目がなくなった気安い空間になりつつあった。
教諭達はそこかしこで労いあったり、生徒の珍行動や新入生の逃げ惑う姿を面白可笑しく話す賑やかな会話が響く。
そんな中。
むしろ本番はこれからだと興奮を隠せない一角があった。
《実況席》である。
そこを一手に仕切っていた教諭、空隙 ヌラはマスクテストを済ませた後、手元の資料を確認する。
一瞬無表情だった顔に笑顔を貼り付けて声を張り上げた。
たぶん彼の無表情を見たのは隣の男だけだろう。
「本日の《星見祭》クライマックスイベントを前にスペシャルゲストをご紹介いたします。
雷クラス担任、真神 玄狼先生で〜す」
「なんですか。これは」
「まあまあ………少しだけですよ」
「座れとは言われましたが。話せとは聞いていませんが」
「まあまあ………」
モニターには厳つい顰め面の眼鏡の教諭が映し出された。
粛々と席につかされ渡されるマイクにその眉間は困惑でひくついた。
「さて!」
「空隙教諭。巻き込まないでいーー」
「雷クラスという前代未聞の栄誉を獲得したトリックスターを生徒に持つ真神先生ですが。
彼等はまたまた新たな偉業を成し遂げました。
最終ステージへの権利を獲得したのはなんと五名!
その全てが雷クラス!!
一人は残念ながら自主棄権となりましたが。
いやあ………。素晴らしいですね?実況の真神先生?」
諦めたらしい真神教諭はため息交じりにマイクを握った。
「はあ………………。妥当では」
「おお!!生徒達の実力を信じていたと?!」
「………。私のクラスですよ?妥当です」
「わあ………お。真神教諭の信頼厚いその雷クラスが!!
今!!凱旋いたします!!
あ!!みえ………ま………した。ん?」
実況席の背後にいた教諭陣が固まる。
鳴り響く爆音。
軽快なビートに思わず体を揺らしたくなるドラムソロ。
それに合わせたのか微妙にリズムが狂っている太鼓の音。
歓声と轟音。
背後から響いたその音とワンテンポ遅い映像がやっと繋がった。
「何しとるんだ。やつらは」
真神教諭は白目をむきそうになるのを堪えて眉間を抑えた。
隣の空隙教諭は金髪のおかっぱを振り乱して爆笑している。
「これは!!衣装係りを担当していた淑女サークルが卒倒する光景です!!」
「もう。してますね」
「お。これは現し世仕様の《戦争》のための正装ですよ」
そこにひょっこり現れたのは白い白衣の教諭だ。
「あれ。御嶽先生。お久しぶりですね」
「休暇明けました。ご心配おかけしました」
「まあまあ。先生は研究生でもありますからね。無理なさらず」
モニターには彼の胸の部分しか映っていない。
彼は身体が大きすぎて画面には入らないのだ。白い白衣だけは二人の実況者の背後の壁のようになっている。
一見すると背後の白い壁が話している図だ。
「あの服装も《妥当》ですか?真神教諭」
ニヤニヤしながら空隙教諭は真神教諭にマイクを向ける。
真神教諭はだんまりだ。
その代わりとばかりに御嶽教諭は話しだした。
目線はモニターに映る興奮の坩堝の中心を見つめた。
「水臭いな。玄狼先生。現し世仕様の衣装用意したかったなら言ってくれれば僕が………。
少しディテールが雑だ。あり合わせかな。
確か法被は学ランを長くしたものに《夜露死苦》などの豪華な刺繍を施して。
バイクを改造して爆音を轟かせながら踊りまくるはずだから………」
「へ〜。流石、現し世人類二人が所属する雷クラスらしい衣装ですね?
御嶽先生お詳しい!!さすが《現し世文化研究会》顧問!!」
「いやあ。僕だけしかいないので《同好会》ですけど」
「私の錬金術サークルも部員数少なくてですね〜。今回彼女達狙ってるんですよ〜」
「私の魔術研究部も狙ってますよ!」
魔術学のエルル教諭も乱入した。
妖精の羽の鱗粉がパラパラと真神教諭の真上にかかる。
「……………………………………。囂しい」
そこへ異音がした。
ガチャガチャとノイズが走るモニターがあったのだ。
「おい、見ろ。五番モニターだ」
誰かの声に、実況席の教諭たちが一斉に視線を向けた。
そこには、人工魔獣のカメラを真正面から捉えた佐藤りんの姿があった。
「……佐藤?」
真神教諭が声を漏らす。
モニターの中の少女は、背中の《総長》という刺繍をひけらかすように肩を回すと、ふいに対象――つまり自分たちを覗き込んでいるカメラに歩み寄ってきた。
ドアップで映し出される、サングラス越しでも分かるギラついた瞳。
彼女は口元に不敵な、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべると、魔獣のレンズを指先でコツンと叩いた。
「もしも〜し。真神先生〜!見てますかあ?
あ。まかみぃ〜きいてっかあ?!
あ。違う?ここはメンチきらなくて大丈夫?わ。
ごめんごめん。悪い子難しいなあ………」
実況席のスピーカーから、彼女の間の抜けた声が響き渡る。
オペレータールームが、一瞬で凍りついた。
生徒が、それも新入生が、担任を呼び捨てにした。
でもどこか抜けきれていない善良さが教諭陣を唖然とさせた。
「真神先生。先にお詫びしますね?
一応………。《規約内》に基づいた宣言と行動をするつもりです。
だけど。私。今すごく《悪い事しちゃうぞ!》って頑張ってるんです。
ほら。《悪い子》って顔してます………でしょ?」
佐藤 りんがサングラスをあげて顔をドアップにした。
眉間をしかめ口を真一文字にして頬を膨らましている。
美少女は奇抜な格好をしても美少女だった。
でもそれは。
「むん」って顔だった。
日頃しないであろう表情を作り出そうと無理しているのがわかってしまう。
頑張っている。
それは伝わる。
「何この子。アホの子でかわいい………」
隣の空隙教諭が呟いたのを無視して真神教諭はモニターを見た。
「先に謝ります。
会場は騒然とするかも。
騒動のご迷惑はお詫びします。
でも。
雷クラスの担任として真神先生には分かってほしい。
私達。
悪戯に悪い事したんじゃないって。だから。
ごめんなさい!!悪い事してきます!!」
彼女はレンズに向かって、挑発的に人差し指を立ててみせた。
意味がわからずまた静まりかえるオペレータールーム。
佐藤 りんの背後でバッテンの印をつくる男共の姿が見えた。指をつつき合っている。
ハッとした佐藤 りんがヘラリと笑った。
「あ。中指だっけ?間違えちゃったあ………」
最後まで締まりのない声が響く。
その背景では、また気を取り直したかのように猿田が旗を振り回し、空中では星が金色の紙吹雪を爆撃のように散布している。
リズムが狂った太鼓を一心不乱に叩くのは岸だ。
「待て、佐藤。……………なにをする気だ!!
なんの説明になっとらん!!」
真神教諭が反射的にマイクを握りしめたが、彼女は聞いちゃいない。
佐藤りんはそのままカメラを掴み上げると、それを特設ステージの時計台、つまり待ち構える二人の《巨星》の方へと向けさせた。
「澪ちゃんを泣かせた規則への反逆です!!
先輩方!!覚悟してください!!」
ガシャリ、と映像が乱れる。
彼女が人工魔獣を強引に放り投げたのか、あるいは魔獣が彼女の気圧されて逃げ出したのか。
暗転するモニターの前で、空隙教諭は腹を抱えて椅子から転げ落ちんばかりに笑っていた。
「ひ、ひひっ!!……なに?真神教諭!《悪い事する宣言》?担任に?!愛されてますねぇ!!」
「懐かれてますね………」
「いいなあ。悪い事するって伝えてくれる素直な生徒」
「大抵こそこそ姑息にするから見つけてもどう躾けようかタイミング伺いません?」
「わかる〜」
背後から聞こえる囁きも的外れなものが多い。
「……辞表は、どこに出せばいいんですかね」
真神教諭は眼鏡を外し、もはや隠しきれない深い苦悩と共に、両手で顔を覆った。




