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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?〜全ての虐待児に捧げる幸せな話〜  作者: ユメミ


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身体検査 4.蔦に覆われた魔獣研究予備室 sideヴォルグ


 「慎一郎いるか」


ヴォルグは荒れ果てた《魔獣研究予備室》の惨状に眼鏡を押さえながら入室した。

ゆっくり部屋を見回す。

荒れ果てたとは違う。

鬱蒼としているのだ。夥しい(おびただしい)ほどの蔦で。


ーーー二日空けたらこの様………か。


予感はしていた。

佐藤 りんの健康診断をこの学園ですることが決まった時から。


壁紙から本棚から家具から。

あらゆる木製のものから生まれたように伸びた蔦が、奥の部屋まで続いていた。

まるで蛇のように触手のように蠢き脈動する蔦が、緑色の魔素を孕みながら弾けて増殖する。

部屋全体の蠢く蔦が一箇所に集結している。


奥へ奥へ続く蔦を踏みしめながら進む。

部屋は未開のジャングルの様相だ。

ここが新たなダンジョンだと言われたら誰も否定できないだろう。

室内にあるはずのない腐葉土や草木の匂いがむせ返るようだ。匂いだけなら森林浴だと思えるほどの清廉さだ。

まるでここの匂いを自然が全て吸収したかのようだ。

それらをかき分け奥の部屋の扉の前にまで辿り着いた。

《仮眠室》とプレートが貼ってあるドアは何重もの魔術で厳重に施錠されていた。

結界めいたそれでも防げていない禍々しさが扉からは漏れ出ていた。


「慎一郎。入るぞ」


返事がないのはわかっている。

断ったことが後々身を守るのだ。

言霊(ことだま)とは、結果の是非よりも、まず《言挙げ(ことあげ)》したか否かに重きが置かれるもの。


ーーー言った言わないで魔術も呪いも質が変わるからな。


 ため息交じりに指先の爪に魔素を纏わせた。

形式を疎かにすれば、後々いかなる障りとなって跳ね返るか、分かったものではない。

入念にトラップを探りながら魔術を纏わせた爪で魔術の網目を解錠していく。

額から一筋汗が滴った。


ーーー道筋を外すと部屋の外にふっ飛ばされるだろうな。


 こんなことは学生時代ぶりだ。

ヴォルグは過去に思いを馳せた。

自分より小さい体格なのに握力では勝ったことがなかった同級生を。

自身のギフトを持て余し、引きこもり気味だった白い梟を。

やつは誰よりも博学で努力家だった。

まんまるな瞳は貪欲に生き物を追いかけ、その一時だけは外への好奇心が勝った。

あるダンジョンを突破してしまった時の《神の祝福》を。それは最早《呪い》だったことも。

それすら研鑽のために有益だとこちらを誘うほどの変人な友を。

それを受け入れた己もまた奇人だが。


それらの解き方はわかっていても解かなかった日々。


やっと解けかかっているのに。

やはりその反動は大きかったのだ。


ーーーちッ。魔素制御も呪い前に戻るのか。厄介だ。


 若さゆえの暴走した魔素の扱いは繊細だ。

一回出力を上げ錬金し研鑽した力はなくならないのだ。

器が脆弱になろうとも力はお構いなしなのだ。

やつもそれを抑えるのに手一杯なのだろう。


最後の絡まりを細心の注意を払い焼き切った。

ギッ………と軋む無垢の扉の向こうには見知った白い塊があった。


 蠢く蔦は発光しながら脈動してそれを覆っていた。

卵のようで羽化を控えた繭のようだ。

白銀の羽毛に塗れた怪物がそこに居た。


「《神獣化》か。重症だな」


 暴走した有り余る魔素を身体に押し込めすぎたのだろう。

発散してしまえば良いものをそれも(はばか)られたのだろう。

この幽玄異郷では様々な種族が集う。

それらは天界、冥界、異界、現し世を祖とする多種多様だ。

薄れたりより濃くなったり廃れたりまた復活したり。

種族の《祖》の姿を身体に宿すものが一族には稀に現れる。

先祖返りとも言えるがそれは必然だ。

それは高みに登った研鑽者の姿なのだから。



 その高みに登った姿は禍々しくも神秘的だった。


 白銀の羽毛が全身を覆う身体は三メートル超える。

翼は閉じていても見える豊かな羽毛が、辛うじて慎一郎らしい柔らかさを残している。

風斬り羽根と羽毛が梟のそれより大きいからもう理を外れているのがわかる。

元から巨大な身体をより増大させている。

人型の形状を保ちながらも人外の様相が色濃い。

顔と腕だけは人型のそれだから辛うじて元の姿はわかる。

翡翠色の瞳が額に増えている。

白銀の蔦の紋様が服の変わりをするように全身を覆う。

猛禽類の脚がギリギリと床を軋ませていた。


 自身の逞しい腕を抱え込むようにうずくまる。

最大限縮こまるように丸くなっている。

派手な格好をしているのに姿勢は彼の気質そのものだ。

抱え込み、外に出さない。


 その行動に彼の《人格》が変わっていないことが一目で分かった。


「うむ………。よく耐えたな。獣は番の危機に我を忘れるものだ」


こちらは完全な人型だ。

生身に近い姿で敵意の無さを示しながら。

ビリビリ肌を引き裂くほどの神力を魔素で中和しながら近づく。

気を許すと覇気だけで吹き飛びそうな威圧感に汗が吹き出す。

慎重ににじり寄り彼の膝に手を置いた。


ーーー拒絶はないな。


第一関門は突破したとそっとため息をついた。


『現し世に行かねば………殺さねば………。番を傷つけた咎物など万死だ』


 日頃奴がマスクで抑えている《言の葉》の波動を久しぶりに感じた。

言葉にすら魔素を含むそれは常人なら脳を直接撫でられる感覚に失神するだろう。

耳にも防御野魔素を溜めながら頷いた。


「そうだな。気持ちはわかる」


 途端に神力が暴風となり溢れた。

慎一郎の腕がギチギチと軋む音がする。

ヴォルグの眼鏡もピシリと音が鳴った。


『わかるまい!番を容易に囲えぬ。それだけでも耐え難いものを!!護れなかった過去へは戻れぬ。この狂わんばかりの苦しみなど番ないものには!!』


 吠えるとも慟哭ともとれる叫びがビリビリと空気を揺らす。

慎一郎が蔦を覆わせていなかったら。

この会話だけで塔は崩壊しただろう。


「酷いな。俺にだって懸想する女くらい、いるさ」


『そうだろう!!わからんだろう!………ん?』


苦笑交じりに答えたら空気の威圧が止まった。

おずおずとした気配が漂った。


『………。想い人が………。いるの』


「いる」


『でも。君、若返ってない』


鼻で笑った。神力を滲ませた声で発する言葉のくだらなさに。


「俺のは………。自覚した瞬間失恋したからな。

お前を見る限りだと《持続する気持ち》が必要なのだろうな。神の考える理はこちらのそれと違うな。

喪失感は否定しないが、辛くはない」


「………。ごめん」


神力が籠った声色が和らいでいる。

さっきまで血走っていた緑の瞳が柔らかい色になった。


「冷静になったか」

「ならざるを得ないじゃないか」

「お人好しめ」

「還りなしたる、いとうれしだよ。ヴォルグ君」


ーーー君が帰ってきて嬉しい。か。


「俺もだ。慎一郎」


握りしめた拳を羽毛に埋もれた腕に添えるように当てた。

慎一郎の拳の感触があった。


姿はそのままだが荒ぶるものは収まったらしい。

周りの蔦が緑色の淡い光に消える。


「あんな劣悪な孤児院育ちだ。

覚悟はしていただろ」


ヴォルグが入れたハーブティを器用に鉤爪がついた大きな掌にのせながら、慎一郎は渋い顔をする。

苛立ちからかまだ痛いほどの威圧が漏れる。

神々しい姿で表情だけが青年だから妙な図だ。


「君。担任だからな。リリス様いない今、君には優先に共有するよ。嫌だけど。あの子のプライベートだ」

「割り切れ。お前のそれも職権濫用ギリギリのストーカー行為だ」

「僕は拒否したんだ。だって絶対気持ちが入る。俯瞰なんかできない。

でも。婆ちゃんがさ。

『両思いでもないのに身内気取るな』って。

あと。

『お前のいとこに見せるかい?あの子は未熟だから彼女を脱がすし苦痛の反動があるがいいかい?』って」


「ふッ………。脅しだな。サチ婆らしい」


 背後にどう傷つけずにしまったのか不思議なほど綺麗なファイルを受け取る。佐藤 りんのカルテだ。

慎一郎が指先を噛み血を垂らすとそれは蔦の紋様と緑の光とともに開いた。

厳重に閉じたものがヴォルグな目の前で開かれた。


「『過去13年間の虐待蓄積痕』だと………?」


あまりの内容にヴォルグも困惑を隠せない。

目の前の男は尚更だったろう。

初めて抱く同情めいた気持ちが少女に芽生えた。


「りんさんが施設にいたのは過去一年だけ。

この跡は『記憶にない空白の期間』の過去の虐待蓄積痕なんだ」


そこには。

りん本人すら覚えていない大小様々な傷の記憶の羅列。

カルテには感情のない行為だけが並んでいる。

打撲、切傷、煙草傷。

消えたものから消えない傷まで様々な傷の種類と深度が、記されていた。


それは慎一郎のギフト《触診(ハウトコンタクト)》で得た物だ。

対象を身体に触れるだけで全身の傷の記憶と受けた情景を疑似体験する能力。

その間対象者がそれを受け苦しむかどうかは術者の力量による。

未熟だと患者も追体験して痛みで悶絶する。


ーーー何度実験台にされたものか。


過去の地獄絵図が脳裏に浮かんだ。

鍛錬のたびにやらされたことを思い出しそうになったのを振り払う。


「この年月は赤子の時から………か。常軌を逸しているぞ」

「生きているのが奇跡だ。『殺意』のある跡もあった」


その下の記載にヴォルグは思わず喉が鳴った。


「生家での可能性………?他人からではなく?」


慎一郎から噛み殺した嗚咽がする。

吐き気を抑えているのだろう。

恋い慕う少女の記憶だ。その苦痛は想像の域を超える。


「記録の上ではあの子は『闇っ子』だけど。

傷の記憶では………『ママ』がいたみたい。

『パパ』も加担してた」


 その言葉が投げられた瞬間、部屋の温度が数度下がったように感じられた。

ヴォルグの指先から爆ぜる蒼い閃光を慎一郎が見つめている。

眉間に力を入れそれを抑えた。

怒りは慎一郎のものだ。こちらの役目ではない。


守るべき親が、殺意を持って赤子を傷つける。

慈しみ愛すべき義務も権利もあるものが。


ヴォルグは手元のファイルに視線を落とした。そこにあるのは、インクで記された数字や記号ではない。

一人の少女が流し、枯らして諦めてきた血と涙の記録だった。


「『解離性同一性障害』は幼少期の虐待が起因である説が。また裏付けられてしまったね」


その時ヴォルグの脳裏に浮かんだのは月夜の晩の女だ。

ジグリとする胸の痛みを無視してカルテに目線を落とした。


「お前はあれを『ギフト』と疑っていたな」

「りんさんの………魂の質が病んだそれと違うんだ。

まるで。『産まれた時から二人は一つ』みたいな意思を感じる」


「それは………。自我の強い《人格》だな」


狂気に満ちた好戦的な黒い瞳。

殺気立つ強者の気配。

時折見せる憂いとも慈愛とも取れない表情。

野花の甘い香り。

それらが本当に肉づいた女だったなら………。


ーーー俺は。あれに何を乞うんだろうか。


そう思考を深めそうになったのを引き戻したのは扉の向こうの間の抜けた声だった。


「失礼しま〜す。四郎先輩はいらっしゃいますか〜。

佐藤 りんです〜」


入口の扉を開いたと共に聞こえた声に慎一郎が震え上がった。

声にならない悲鳴と共に赤らむ神獣姿はあまりに滑稽だった。


ーーーこうはなりたくないな。 


 羽毛で銀色の毛達磨のようになり隠れる慎一郎を見上げてため息をついた。

蔦が消えていて良かった。

それだけでどうとでも出来るだろう。


「四郎とは。お前の『学生名』か」


慎一郎が渋い顔をする。滑稽だ。


「若返っても………婆ちゃんを手伝うのに必要だったんだ」

「サチ婆もスパルタなのは変わらんな。引きこもらせてもくれんのか」


 ヴォルグは件のりんを穏便に帰そうと思案した。安定した慎一郎は放っておき踵をかえす。

前に気軽に来いとも言ったし、ふわふわの化け物に化けた慎一郎に会いに来いとも言った手前、無碍にも出来ない。

普通の生徒なら怒鳴って追い出せるものを面倒だ。


「お前もふわふわの化け物も留守だと伝えーーー」


背後が虹色に光った。

丸まる慎一郎の下に描かれた紋様。

虹色に渦巻く紋様には所々ラテン語の呪文が施されていた。

それを見て慎一郎もヴォルグも青褪める。

慎一郎の額の目玉までまん丸に見開いた。



「「召喚紋」?!」


紫色の煙がボふんと立ち込め。

慎一郎が消えた。


途端背後から聞こえたのは甲高い歓声だった。


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