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王子様になりたい私、勇者候補になりました!?〜全ての虐待児に捧げる幸せな話〜  作者: ユメミ


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身体検査 2.サチ婆

 清潔な空気。

爽やかな石鹸のいい匂いのリネン。

磨き抜かれたガラス窓の戸棚には理路整然と並べられた薬品。薬草の匂い。仄かな消毒液の匂い。

日当たりのよい温かな陽光が飾り窓から優しく降り注ぐ。



久那斗 幸代(くなど さちよ)よ。

サチ婆ちゃんと呼ばれているわ。よろしくね」


「岸 護っす」

「佐藤 りんです。よろしくお願いいたします」


サチ婆は何百年も医者として働いているらしい。小さな薬草店をご主人と営み暮らしていたのをリリスにヘッドハンティングされたのだとか。



「この城が建つ前はここに店があってね〜。

引っ越したくなくて。 そしたらリリス様がねーー。どうしてもここにってーーー。

あら〜この子いい筋肉だわ〜」


「わわわ………いきなり触りますね」


パーテンションの裏。

先に健康診断を受ける岸を待ちながらりんはお茶を飲む。

甘い香りのハーブティーだ。

ガラスポットに踊るように舞う数々の野草やフルーツが色合い華やかだ。

日差しに反射した机に虹のような光が映る。 

懐かしい香りがする部屋。

上の階にある雑多な《魔獣研究予備室》とは匂いは似ているのに違った。


ここは兎に角《清廉さ》が染み付いたような場所だった。

全体が白と木目。

凹凸のない掃除のしやすそうな壁紙。

フレンチカントリー風の素朴ながら艶のある家具。

レース編みのキッチンクロスが優しい色合いをしている。

優しくもピリッとした緊張感のある、だけど病院ほど寒々しくはない。

不思議な雰囲気の養護室だった。

澪を運んだ養護室とは少し違う。

あちらの方が摩訶不思議な器具が多く実験場のような風貌だった。


サチ婆と、岸の会話が漏れ聞こえる。


「細かい傷はあるけど『鍛錬傷』ね。

あの脳筋の皮被った家での修行はキツイだろ。

あぁ。でもいい筋肉筋だね。バキバキだね。バキバキ」


「バキバキ!まさにそれ。

あの人達丸太みたいな腕なんすよ!」


岸の笑い声がした。

サチ婆はどうも話し上手聞き上手な人みたいだ。

岸がこんなに和やかに大人と話すのは初めて聞くかもしれない。


「わかるもんすか。傷とか。服着たままっすけど」


「あぁ。わたしらにはギフトがあるからね。

少しの触診でわかるのさ」

「カッコいいっすね。MRIも顔負けだ」 

「あれ。わたしらの能力真似しようとしたのさ。人類が」

「ぱねぇ………」  


確かにすごい話だ。

医療大国日本のお医者さんが真っ青な能力だ。


「この国はね〜。子供への『傷を負わせる』行為には免許制や申請があってね。

それらがない虐待は『死罪』なの。

私らみたいなのが見ると『記憶』が見えるの。

他人からの憎悪からの傷か鍛錬かくらいわかるのよ」


「へ………へえ?すごいんすね」


ーーーなんか不穏なことを聞いてしまった。


 りんは御嶽や渡航管理局(わたらせや)のヘルメスさんが施設の行いにドン引きでいたのを思い出した。

傷の残らない身体的への暴力なんか。

施設育ちは普通だと思うのだ。

一般家庭でも普通に虐待の話は聞く。

日本は子供や弱者に優しくない国だ。

それが普通。


こちらが防衛して強くならなければならない。

日本は『自己責任国家』だとりんは思っていた。


それらの思想もおかしいらしい。

リリスや白哉にも泣かてしまったことを思い出す。


「子供はね。いいこ悪い子。障害、病気。

全ての欠点も含め《愛されるべき存在》なのよ。

無条件の愛を抱けないなら親をやめるべきなの。

愛せないなら作るべきでないし、養子に出すべき。

死別や病気は止むを得ないことだけどーーー。


子供は宝なのよ」


そんな偽善などあるものかと。

命の重みが現し世よりも軽そうなこの国で。

子供が一番命の重みがあるなんて。


だけど。


ーーーチビ達。よく笑うようになったな。


孤児院ごとここに引っ越した家族達。

勇者候補ではない子供も手厚く保護してくれる。


ーーー私も幸せだしね。


その幸せを導いてくれた人。

幸せを感じれば感じる程一番に伝えたい人に会えない。


ーーーあぁ。だめだ。私。こんなウジウジ考えないはず。


りんの一番は子供達。

家族。

その次に食べること。


それ以外に執着したことない。

ないはずなのに。


リリスの笑顔が弾けて消えた。

白哉や岸。

澪や咲、ナタージャ。

猿田、アンテ、琥珀、星。

真神教諭。


そして。

また白銀の翼がちらついて目を閉じた。


ーーーお母様がいなくて寂しいのかも。だからだ。


大切なものが増えると強くなるとは本当だろうか。

りんには大切なものが増えるほど、心が弱くなる心地がした。


だからだろう。

彼の匂いの残り香がするこの部屋がちょっぴり居心地が悪いのは。


入れてもらったハーブティすら、あの人の匂いに思えてきた。

温かな熱に薬草と花の香りが喉に抜けると苦味が仄かに香るのだ。


ーーー御嶽さんに会いたいな。


「りん。次お前だってさ」


「お疲れ様、岸」


岸の声で顔を上げるとサチ婆の小さな瞳が細まるのが見えた。


「あ!よろしくお願いします!!」


りんはニッコリ笑い、声を張り上げた。

初対面。挨拶は大事である。


岸とすれ違いで入ったパーテーションの奥はまた不思議な世界だった。

普通の診察室と違った。

まるで魔方陣のような紋様が円を描いている。

大樹を思わせる絵の周りには葉が記号のように描かれている。

サチ婆は小柄な可愛らしいおばあちゃんだった。

髪だけが黒黒していて艷やかだ。

老眼鏡をかけて腰の曲がった孝行婆だ。

優しい面持ちで目を細めながら心地良いソプラノが響いた。


「お前さん………。今辛いだろ」

「え」


緑の瞳が眼鏡の中で光った。

その瞳から目が離せない。

くらりとする感覚に目眩がした。



「リリス様も何してんだか。こんな『無理やり大人』してる子ほっぽいて………」


りんはヘラリと笑うしかない。

りんが過剰に反応するとリリスが悪くなる気がしたからだ。

ここはなんと言うべきなのか。

破天荒なリリスのことを誤解する人も多い。

りんが否定するほど疑念が深まることもある。


ーーー無理して?私幸せなのに?どうしよ?


その反応もつぶさに見ていたらしいサチ婆は、ため息交じりに近づいた。

何故かしゃがむように言われて。

そして。

ぎゅっと抱きしめられた。


「悪かったよ。お前のお母様を悪く言って。

………。幸せなんだね。悪かった。そんな顔しないでおくれ」


「………?」


背中をポンポンされる。

幼子のように。


ーーー私。どんな顔してるのかな。


困ってしまった。

抱きしめられているけどサチ婆のほうがりんより小さいのだ。

華奢な肩がりんの顔を抱き込み包む。

戸惑いでサチ婆の背中をさすり返すしかできない。


「怒り方も泣き方もわからないのかい。

こりゃ………。まるで。戦争孤児だ。

あんな平和なはずのこの時代の日本で。

どうしたら………こんな………」


「大丈夫ですか?」


サチ婆の肩が揺れた。


「私よりもサチ婆ちゃんのほうが辛そうなんです。

大丈夫ですか?」


サチ婆の表情はかつて見たことがあった。

病院の医師。看護婦。それらが浮かべた憐憫だ。

こちらはなんともないのにりんを診た大人は皆この顔をする。


「ごめんなさい。心配かけてる………よね。

ダメなんです。最近。どんどん甘やかされて………居心地悪くても皆が温かくて。しっかり出来ないんです」


サチ婆の指が震えている。

彼女の揺らぐ瞳はきれいな緑の宝石のようだった。

眉間をしかめて苦しそうだ。


「あの。私は大丈夫です。

確かに………。今お母様留守ですし寂しいです。

心配だし。相談………してもどうしようもないし。

だから。大丈夫なんです」


しばらくの静寂。

お互いに話さない時間は時計の音に包まれる。

その間もサチ婆の抱擁は続く。

温かくて眠くなるような心地になった。


「それはね。大丈夫じゃない。|諦めることに慣れている《・・・・・・・・・・・》だけさ。

お前さんはまるで………。赤ん坊の無垢な魂が無理やり大人の身体に入れられたみたいだね。純粋すぎる。

お眠り」


森林の香りがした。

鬱蒼とした土臭さや風の匂い。

かすかな。かすみ草の匂いも。


りんの意識はプツリと途切れた。


 

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