王子様の休日
りんは喜びに戦慄いていた。
生まれてはじめて""女の子だけのお出掛け"のお誘いをうけたのだから。
今回ばかりは倹約家のりんも少ない有り金をかき集めて臨んだ。
孤児院の子供達からお土産を強請られて出かける。
シスターも快く送り出してくれた。
いつもなら休日は孤児院の家事で追われるのだけど。
シスター曰くオーナーが最近機嫌がいいらしいのだ。多少お目こぼしが期待できると太鼓判を押された。
投資が上手くいったらしいのだ。
でもりんは素直に喜べないでいた。
オーナーは孤児院経営に関心もないし、寛容でもない。慈悲深さもない。
今後孤児院が豊かになることは想像できないことは悲しい。
だけど理不尽に叱られる子供達が少なくなる。そのことだけはりんには喜ばしかった。
本日の服は岸からのお古が八割、古着屋一割、プレゼントや寄付一割の出で立ちだ。
鏡で見た限りは恥ずかしくない出来だった。
彼女達の最寄りの駅までりんは走っていった。
「はわッ………。りん様は私服まで麗しい………」
誘ってくれたのはいちご柄ランチボックスの女の子ーー
花京院 萌香ちゃんだ。
あの岸無自覚お弁当横流し鬼畜の所業事件の後、改めてお友達になったのだ。
恥ずかしがりの女の子らしい華奢な可愛らしいこだ。引っ込み思案なのかなと思ったら交友関係が広かった。社会適応能力が高くて尊敬しかない。
彼女は様々なイベントを企画する生徒会に所属してるし、テニス部では関東大会に行くほどの実力者だ。真面目で優秀。友達たくさん。かわいい。優しい。無敵だ。
それなのにりんと仲良くしたいなんてなんて。
本当によい子だとしみじみ思う。
りんが女の子と外出したことがないと話すと岸を睨みつけて(何故?)サクサク予定を組んでくれたのだ。
岸は反対したけどそこはその他の女子生徒の非難が轟いた。
岸の会社の社員さん同行も却下。
岸の会社の人はいつもりん達のお出かけに同行してくれている。岸はなかなかの家のお坊ちゃんだからだ。
「いつも見失いやがって………使えねぇ………」
とたびたびこぼしているから、お坊ちゃんのお守りの仕事は大変だと思う。給料上げてあげてほしい。
結局岸は折れた。
折れざるを得なかった。
岸のお家の事情で早退気味になってしまったから。
物理的に連絡取れなくなってしまったのだ。
あの時こそ女の子達のパワーには男は敵わないのだと目の当たりにした。
運すら味方するらしい。
そんな訳で、
せっかく外出するほど仲良くしてもらえるから。
もえちゃんと呼んだら泣かれてしまった。
「お誘いしてよかったわあ………。確かにオーラがある子ね?いつも萌香がお世話になってます」
疎いりんですら凄く高いブランド物だとわかるワンピースを着ているのはゆみさん。
もえちゃんのお姉様だ。
なかなかのお嬢様。もえちゃんもお嬢様。
彼女は大学生。今回のお出かけの保護者役だ。
「鬼の居ぬ間ッてやつですね!」
クレープを幸せそうに頬張るのはくみちゃん。
よく孤児院への寄付活動をしてくれる新聞部のやり手カメラマンだ。
首からぶら下げた黒光りした一眼レフカメラの存在感がすごい。そのレンズが起動してないはずなのに光った気がしてすこし寒気がした。
「常に忠犬がいないとりん様って印象かわるのね?ぽやぽやした可愛らしい方だって早く気付いてたら。もっと早くさそったのに〜」
くるくるした髪が振り乱されるほど頷いているのはクラスメイトの学級委員長のつかさちゃん。
彼女はトラブルメイカーのりんの見張り役をしてくれている。りんが無駄に目立つ分クラスが混沌としがちだ。
それを難なく締めてくれるやり手のしっかり者だ。
じつはりんの非公式ファンクラブの会員らしい。なにそれ。知らない。
ちなみに岸もあるらしい。モテモテである。当たり前だけど。
目線が熱い。
しかも至近距離。
そろそろ皆の目線の熱さに耐えられなくなってきた。
学園では女の子達はりんと岸のプライベートを尊重してくれていることに感謝した。
毎日この熱量と距離は照れてしまう。
りんはヘラリと笑った。上手く笑えている気がしない。
いつもの王子様ができていない気がした。
「………幻滅したかな?」
皆がキョトンとする。
なぜりんがそんなことを言うかわからない顔だ。
りんはしどろもどろで説明した。
いつもより浮足立って顔の表情筋が動きが悪いこと。
上手く王子様できる自信がないこと。
お出かけベタかと自分でつっこみたいほど挙動不審な自覚があること。
これで女の子達をエスコートできるだろうか。守れるのだろうか。
繕えないのだから早めにゲロってしまおうとりんは女の子達に説明した。
「「「「「まさか!」」」」」
「りん様に楽しんでもらえないと意味がないの!」
「かっこよさと可愛さの同居なんてご褒美です!ゴチです!むしろ美味しいです!」
「たたずむ姿は品のある百合の花。しゃべると可憐なデイジーの無邪気さといったら………。ハニカム姿はビックバンよ!宇宙規模の尊さ!」
「気負わなくていいのよ!私保護者かわりだけどさ。年近い同士気楽に遊びなよ。かわいい。ハンサム。思考までハンサム。お姉さん新しい扉ひらいたわ」
「「「「「むしろ推せるよね〜〜」」」」」
最高にニコニコした女の子達に囲まれてりんも釣られてにやついてしまう。
そのたびに女の子達は可愛らしく跳ねたり抱きついたりするから。
りんは彼女達こそずっと眺めていたいほど可愛らしいと思った。
それを伝えたらつかさちゃんが倒れた時には驚いた。
とっさに彼女の背後に回り込んで支えたら今度は鼻血を出すから思わず抱き上げてしまった。
もえちゃんからレッドカードが入りました。
「過剰で安易なサービス供給過多で出血多量になります」
と真剣に語るから思わず正座しそうになって片膝ついた。お説教が心苦しい。
正座を阻止しようと皆が手で制すから中腰になった。
もえちゃんが立たせてくれようと手を引っ張った。
背後の通行人が写真を撮りだした。
「王子様が跪いてるッ」
「プロポーズ?あれ?子供だよね?」
「違法………推し活?」
不穏なワードが飛び交いだした。
凛は固まった。
中途半端な片膝立ち。
女の子を見上げる構図。
手を掴もうと中途半端に伸ばされた腕。
もえちゃんのお説教で赤らんだ顔。
たしかに傍から見たらプロポーズだ。
それか胡散臭いホストの痛いキャッチ。
りんは青ざめた。
「違います!彼女は14歳です!」
もえちゃんが赤らみながらも叫ぶ。
ーーーもえちゃん!赤らんでて説得力ないよ!
不穏な空気は和らいだ。
でも今度は通行人が一斉にスマフォを撮りだした。ピロリーン♬とカシャカシャとカシャシャシャが混沌の不協和音になった。
どんどん騒がしさと人垣が増える。
「彼女?女の子?宝塚?」
「モデルさん?オトナっぽい〜」
「脚長ッ………お姉さんたちとあそぼうよ〜」
人垣が団子のようにできる様にりんはさらに固まった。
岸といるとここまでにならない。
初めての事態に目が回りそうになる。
すると女の子達はりんの腕を組み、つかみ、ひっぱった。
「「「「「「失礼します!」」」」」」
その後は脱兎のごとく皆で走り出したのは言うまでもない。
りんは笑った。
涙が出るほど笑った。
なんてことないことが嬉しくてたまらなかった。
岸とのお出掛けはたまに奢られることに罪悪感があって上手く笑えなかったりするのに。
少ないお小遣いでもりんが気を遣わないようにたのしめるようにと。
お金を使わない遊びで女の子達はりんを連れ回してた。
買わないのに服を試着してまわる。
ランウェイのように歩くように指示されて。
着飾った女の子達と腕を組みポーズを決めたりしていた。
すこし周りが騒がしいなと思っていたら、あっという間に周りの服がなくなっていた時にはびっくりした。
店の服が売り切れたと店長から割引券までを貰ってしまった。遊んでただけなのに。
もちろん女の子達にあげた。
割引券はタダ券ではないからだ。
パフェをおまけしてくれるお店もあった。
非売品らしい10人前もある巨大パフェを5人でつつくのはなかなか壮観だった。
「皆が可憐だから得しちゃったね?」
と言ったら今度はゆみさんがうめき出し。
トイレに籠ったと思ったら二度と出てこなかった。
胸焼けで帰宅したらしい。
「大丈夫かな?ゆみさん」
りんがスプーンを咥えながらつぶやくと三人はどっと笑った。
「無自覚ッ…うけるッ天使かよッ!」
「罪づくりだね………りん様は。小悪魔ですね!」
「そこわかっててあざとくても最高にかっこいいけどさ!やっぱり王子様みは外れないよね」
「りん様の良いとこ千差万別。みんなちがってみんないいよね〜」と誰かが言うと
「「「推せるよね〜」」」
クスクス笑う三人を眺めてりんは不思議な感覚に陥った。
女の子はみんなかわいい。それは真理だ。
でも彼女達にそれぞれ違う考え方や感じ方がある。
それなのに調和している。
そんな穏やかな完成された和の空間にゆっくり浸ったのはいつぶりだろうか。
ーー毎日をこなす作業になってたのかな。王子様稼業も。
りんは女の子達の一人一人の顔をしっかり見たのは初めてかもしれないと反省した。
遠巻きにされることが当たり前すぎて。
彼女達が同い年で対等な子だという意識は忘れがちだったから。
りんにとって女の子は孤児院の家族と同じ守るべき対象だ。
かわいい、かよわいものを慈しむのはりんの本能だと言い切れた。
それなのに。
今目の前にいる彼女達は庇護対象じゃないのにこんなに愛おしい。
「ああ………。私。今凄く幸せかも。
君たちとの楽しい時間がこんなにも短く感じる。
もう夕方だよ?
濃縮されたパフェみたいな一日だったね。
はあ………。贅沢で死にそうだよ」
ポロっとでた言葉は彼女達にまたもやクリティカルヒットしたらしい。
王子様としてのりんじゃなくても女の子達に受け入れられていることに、口がにやけてしまう。
王子様でいる日々は思ったよりりんには負担だったみたいだ。
ーーー幸せすぎて罰が当たらないといいな。
そんな幸せは一瞬で消えることを
りんはまた学習出来ないでいた。
何故、りんは岸としか出掛けないようにしていたのか。
岸も直接はりんに説き伏せたりはしなかった。
だってりんは一人なら野山を駆けまわれるくらいには俊敏だ。ちょっとした塀なら迷いなく飛び越えられる。
逃げ足の速さには自信があった。
そういえば孤児院のちびっこ達とも出掛けないようにしていた。単純に効率重視の生活をせざる負えないから。
その理由を、今更になって自覚する。
絡まれた時、前に立って威圧してくれる存在は――
今ここには、いない。
りんの背後には怯えて動けない女の子が三人。
りんの機動力を削ぐ足枷は三人分だ。
「あれ?(笑)すっごいかわいこちゃんたくさんつれて、お出かけですか〜?綺麗なお兄さん?」
「なになにホスト?地下アイドル?」
男の背後で、夕焼けに染まったビル群が、
まるで血のように紅く、沈んでいた。




