飛行訓練 5.エクス カリ バー
ナタージャが周りを見渡しながらコソコソと内緒話を始めた。
いつも以上に周囲の視線が熱いのだ。
それらからりんを隠すように女の子達は円陣を組む。
「なんかさ。学園からみたやつらがさ。
『虹色の光の中、天守閣を包むほどの大きな翼が広がっていくの見た』
『瞬きしたら消えた』
『教諭たちも見たはずなのに否定された』って騒いでるんよ?」
「わ………。とんだ騒動に………」
「てか。《安全装置》あったなら言っとけっつうの〜」
ナタージャは学園の天守閣の上を見上げた。
そこには紫紺のふわふわが跳ね回って遊んでいた。
「焦っちゃったよね。
この世界に子供の《落下死》はありえないこと。
忘れてたよ」
魔素は子供を愛するのだ。
その魔素の綿毛で出来た人工生物『綿雲』(呼び名はふわふわちゃんや、くもくもくんなど多彩)はこの世界の大気に常にいる。
学園では棲み分けしているのか、日常で見かけないから忘れがちな愛すべき生き物だ。
「真神せんせもさ。
『不出来な者でも掬い取るくらいの救済はあるわ。
坩堝は灰も活用できるのだ。敗者も無駄にせん。
たっぷりの補習で錬金してくれるわ』だってさ。
あの人怖すぎてほんとにカタギに見えないんだもん!
子供何人も消し炭にしてそうなんだもん!
必死こくじゃん!」
ナタージャがどこからか出した眼鏡をクイッと上げながら低い声を出す。
似てないのに面白い。
皆でクスクス笑って咲を見た。
心なしか自信にあふれた顔をしている。
「でも。咲ちゃんの花畑も最後の最後間に合ったもんね。
私。余計なことしたかも」
そうなのだ。
咲はふわふわ達がクッションをひいていた上空10メートル程に花の絨毯を作り出したのだ。
力尽きたりんと星を乗せられるくらい広大な。
ーーー今回の功労者は咲ちゃんだと思うな。
「りん………ちゃんの声がずっとして。
………光が。暖かくて。幸せに………なったから………出せたの」
咲が頬を染めながらりんにくっついた。
「ありがとう………りんちゃん………すき」
「私もだよ〜〜〜咲ちゃん〜〜」
「私も!私も大好き仲間ですよ?!」
「うちも!
みんな面白くて大好き〜うふふ〜〜」
女の子達がもみくちゃになる中。
岸はモテにモテていた。
男どもに。
いつも岸に群がっている乙女達も遠巻きにする勢いだ。
「岸!岸のエクスカリバー!乗りたい!」
「美味いんだよな〜あれ。現し世のお菓子だろ」
「ビニール製のエクスカリバーの浮き輪の中にかりん糖のバーとか。
ほんとに勇者候補だよな!!しかも毎回揚げたて!
発想がヤバい。さすが現し世生まれ!!」
「浮くと言ったら浮き輪なんだよ………」
岸は華やかなりん達女の子の集いに入り込めず、項垂れていた。
「なんで、かりん糖?!空飛びながらオヤツとか最高なんだけど?!男の夢だよ!」
「お腹………空いてたんだよ………」
頭を抱えて座り込む岸。
頭上ではエクスカリバーの浮き輪がプカプカ浮いていた。
芳しくも甘い香りがする。
「ちがうよ。
りんにあげるオヤツ考えたんだよ。あの命の危機に。
それに引き摺られたんだよ。ダサ。
りん乗せて、二人で食べたいなあって。
ほら。二つあるのが証拠」
「名探偵琥珀かよ………」
岸はますます地面にめり込む勢いで撃沈している。
「あれで浮くんだから。それも現し世人類の成せる技だよね。理論なし。チートだよ」
「現し世ぱねぇ………」
「高頻度で渡り人が勇者候補なのわかるわあ………。
やっぱりぶっとんでるもん」
「褒められてる気がしねぇ………」
りんが岸のほうに振り向いた。
岸と目が合う。
りんのへーゼルグリーンの瞳がキラキラに輝いた。
「わ!岸!かっこカワイイの作ったね?!」
「え」
りんは岸の頭上のエクスカリバー(ビニール製)を指差した。
「あれ浮き輪?
あんな形の浮き輪、現し世でも珍しいよ?!剣?!カッコいいのに柔らかくて安全!!丸みがあって可愛い!!
岸、さすがおしゃれ番長だね?!」
「お………おう」
「わあ………わあ!
チビ達好きそうだなあ………。男の子絶対好きなデザインだよ!」
「そ………そうだよな?!チビ達喜ぶよな?」
「岸兄ちゃんかっけ〜って絶対言うよ!すごい!」
「へへ………。今度…見せいこうかな」
「ね?なにこの匂い?すっごく美味しそう!」
「………お?わかるか?あれだよ。あれ」
「あ!かりん糖?!私だ〜いすきなの!
天才なの?!エクス カリ バー?!カリっとしたバー?
岸天才だよ!?」
「ふ………。食うか?」
「わわ!いいの?岸優しい………。一緒に食べよ?」
「ははっ………。澪のもあるし呼べよ」
「岸さすが〜〜ありがとう〜〜澪ちゃん〜。
あ。女の子達みんなで食べたい!足んない………かな」
「どんどん出してやるよ!呼んでこいよ」
「岸!ランチのデザート半分あげる!嬉しい!ありがとう!」
「ふ………。よせよせ。
俺はお前の食べる笑顔がーーー」
「澪ちゃん〜咲ちゃん〜ナタージャちゃん〜かりん糖!
かりん糖岸がくれるって〜」
嵐のように去るりんを猿田、琥珀、アンテは見送った。
「お前。いま。泣いてるだろ」
「うるへ………」
「うわあ………。ガチ泣きじゃん」
岸は漢泣きしていた。
むせび泣く岸に群がっていた男達はドン引きだ。
猿田とアンテは生暖かい瞳で肩をそっと叩く。
「まさかだけどさ。
あんなこと本当に日頃から言う子………なの?
お前の理想ばかり言ってくるあれが………?」
「りんは………いい………やつ」
「わあ………。恐ろしい子だわ」
琥珀もドン引いている。でも頬は赤い。
照れている岸を見ていると周りも恥ずかしくなるほどの喜びようなのだ。
「全肯定か………。ありゃ嬉しいわ」
「いや。罪な女だよ。あれ全て下心なしだよ?
悪女悪女。岸が諦めらんないの分かるわあ………」
「僕のワニも褒められたかったなあ………」
「あれは鮫だろ」
「りんさんなら『可愛いいワニさん!』って撫でてくるよ」
「やるな………喜びそう………」
「確かに。りんが人を馬鹿にしたり。貶すところ想像つかないなあ………。どした」
琥珀が振り返る。
猿田、アンテ、岸が神妙な顔をしている。
「あれが………あれだもんな」
「あれはあれでゾクゾクするというか………怖いような」
「いや………。まあ。『女王様感』は確かに………。
堪らない………が」
「あの子。何者なの………?」
琥珀だけが理解できないのか話に置いていかれている。
「夜………夜に会えば。会える…のか?」
「夜の女王様?!ちょっ………それ未成年で大丈夫なの?」
「細かいこと言うなよ」
「いやいや。あの子すごいいい子じゃん?
悪に染まりそうなら今のうちに止めないと!!」
「「「闇落ちりん………」」」
「ちょ!!お前等の願望よりもあの子の安全ーーー」
そこで。
琥珀はハタリと止まる。
三人がニヤニヤしているから。
「琥珀〜。百年引きこもってたのに。
よくそこまで………。気にかけられる人できて良かったなあ………」
「『物は研究できるけど、ほぼ水の人体に興味ない』って女子ぶった斬ってた琥珀ちゃんがね〜」
「なんだ。研究者とは冷淡と聞いたが。
熱いやつじゃないか!!」
琥珀の顔がどんどん赤く膨らむ。
「下世話なお前達と一緒にするな!!」
「下世話?下世話と思う人がえっちなんです〜」
「や〜い。どんな想像したんだよ〜むっつり」
「琥珀………。りんのこと好きなのか………?」
茶化すその中で。
ただ一人真剣に琥珀に詰め寄った岸が琥珀に殴られたのは、言うまでもない。
それらの喧騒を横目に回廊を通り過ぎようとした真神は、目の前の広い廊下の真ん中に佇む生徒を視認して歩みを止めた。
星 デウスである。
「ご苦労。飛行訓練の《観察者》としての星の貢献点は加算されるーーー」
「学園長に会わせてください」
己の言葉を遮る生徒は少ない。
愚かなのか、若さなのか。
力あるものに歯向かいたくなる気持ちはわからないでもない。
それでも真神は眉間の皺を深め問う。ため息交じりに。
「一学生が気軽に会えるお方でーー」
「聞かねばならないことがあるのです!」
二度の会話の被せ。
本来なら減点ものだが真神には疑念があった。
星は実力もあり野心もある。
だが分を弁え、礼儀正しい。
だからこそ。飛行訓練の補佐を任せた。
その生徒が礼を失ってまで学園長に問いたい事とはなんだろうか。
「佐藤 りんのことか」
「!」
星の暗い漆黒の瞳の瞳孔が開いた。
図星のようだ。
「ますます。会わせられん。
佐藤 りんの『何』に関することだ?
まず担任教諭に打診し、中身を精査し、そこからーー」
「りんさんの個人的なことです!!
いくら担任の貴方でも。明かせないプライベートなーー」
真神はため息をついた。
「立て込むなら別室に………」
真神が踵を返すと背後で呟く声がした。
「ちッ………。あの名家「真神」の名を冠した教諭なら。
すぐに取り次いでくれると踏んだのに………。
仕方ない。こちらでアポを取ります」
駆け出す音に振り返るともう背を向けた星のローブが見えた。その肩を掴む。
「待て!星。まさかデウス家ーー」
「僕はデウスじゃない!養子だ!
そう呼ぶなと入学の時、取り決めたはずだ!」
振り向きざま牙を剥き出しにするほど激昂した生徒を見下ろす。
真神の頭には『デウス』のデも禁句と書き換えられた。
「ッ………星。スマン。落ち着け。
呼ぶ気はなかった。実家の事柄ではないな?それを聞きたかっただけだ」
星はニコリと笑った。
さっきの激昂がうそのように。
真神は内心歯噛みした。
これは《見限られた》笑顔だと。
「いえ。お陰様で落ち着きました。
お時間取らせました。ありがとうございます」
「星!待て!短気はよせ!」
誰もいない回廊に真神の声だけが響いた。
暗い回廊を星は進む。
どんどん昼間の生徒達の喧騒が遠ざかる。
彼女のためならどんな権力者にも抗える力がなければならない。
そう決意した少年の瞳はほの暗く輝いた。
破れたりんの制服。
背中でも女の子の素肌を見るなど紳士として最低だ。
夢中だった。
落下する彼女を助けたかった。
夜何十回も星を掴み上げてくれた彼女を。
なのに。
掴み方が悪く制服は破れ。
巻かれていた包帯も一緒に引きちぎれて。
見えたのは。
あまりに痛々しい………。
そこまで思い出して星は目を閉じて頭を振る。
「あんな………傷。
非道だ。絶対罰せなければ」
星はその後一週間学園を休んだ。
りんが心配して魔導端末に連絡を入れたが、同じ文言しかない。
「君は救われる。大丈夫」
ーーー私。今幸せだよ?これ以上なにを救うの?
首を傾げるが星は何事もなかったように復帰した。
ただ普通の日常が戻った。
「りん様大変です!」
白哉が作る美味しい朝ご飯にりんは頬を膨らませていた。
本日の朝ご飯は月の光でしか育たない宇宙筍いり炊き込みご飯だ。その他三品のおかずにたくさんのフルーツにサラダ。
慣れるのが恐ろしいほどのご馳走に舌鼓を打っていた。
その当の白哉が血相を抱えて扉を開けた。
まだエプロンとナプキンを着けている。
今日もオレンジの耳と尻尾はふわふわで、もふもふだ。
「学園長………。リリス様が!!」
「お母様?あれ。朝食………にいない?」
いつもならニコニコりんを質問攻めにするリリスがいなかった。通りでご飯が進まないはずだ。
りんはリリスに促されながらの朝食はモリモリ進む。
まだご飯は三倍目までしか食べていない。
リリスの椅子がぽっかり空いて寒々しく感じた。
「リリス様が捕縛されました!」
「ほ、捕縛………?!」
「正確には………。任意同行です。
渡る世間は悪ばかり。悪を執官する。渡悪執官所にです!」
「悪い………?えっと。現し世の警察みたいな?」
「あんな仕事の出来ない『犬』と一緒にはしないでいただきたいです。似たような機関ではありますが」
「すいません?」
ガタリと立ち上がるりんの口の際の米粒を拭いながら、白哉はよよよと泣いている。
よよよと言いながら、顔がピクリともしない独特の泣き方だ。
「いつかこうなるかと………」
「心当たり………あるの?」
白哉が遠い目で窓の外を見た。
「あの方の偉業に比べたらさもしいことです。
職権濫用罪、議会混乱罪、土地購入乱獲罪、特大魔術無許可使用隠秘罪、法改正目的賄賂罪。容姿優遇法改正案強行、養子縁組規定改定、魔獣保護法違反ーーーーー」
「へあ………」
「何もこんな時期に………」
「帰ってくる………よね?」
りんの不安がわかるのか白哉が抱きしめた。
「あの方なら。
調査官を殺してでも帰りますよ」
「殺人罪追加されますよ?!」
「りんさん」
その無表情の紅い瞳の中に深淵を見た気がした。
「死体も。組織さえも塵になると。
誰も罰することなど出来ないものですよ。
数多の権力者がやったことです」
「………。またまた〜」
「失礼。ブラックジョークですよ」
「ははは………」
怖い。目が笑っていないから。
りんは青ざめるけど白哉は青い執事服を一切乱さず語る。
さっきまで焦っているのかと思っていたけど、表情は鉄仮面のままだ。
白哉は全然問題だとは思わないらしい。
なんなら不在中大掃除出来ると呟いている。
話しながらもりんの通学準備は進む。
「大丈夫です」
「大丈夫かなあ………」
その後。
二週間リリスが帰らないなど。
誰もが予想していなかったのだ。




