飛行訓練 3.虹色の翼
「岸」
りんが岸をつつくと岸の眉が下がっていた。
いつも強面顔をしている岸も、自信がなくなると少し幼く見える。
「りん!」
彼は手の中に具現化した、いかにも重そうな剣を出したりしまったりしている。
混乱してそうなのに器用だ。
「俺のエクスカリバー。
伸ばして大樹に突き刺せねぇし。
この速度のまま地面に突き刺すの無理っぽいし」
「岸。かっこよくなくてもいいんだよ?」
「は?」
「だから。かっこよくなきゃとか。いいの」
岸が途端に耳を赤くした。
わかるのだ。
今、岸は「かっこよい所見せなきゃおしゃれ番長が廃るぜ」って眉間に意地を貼り付けている。
「岸が可愛くてもダサくても。
岸のことずっとずっと私見てきたんだから。
幻滅しないし、岸はいつもかっこいいよ」
「りん………!!」
「じゃ、岸がんば」
「え。あ………」
りんはもっと下にいる水色髪のところへダイブするように手を伸ばした。
岸から見たら潜水する海女のように見えただろう。
「そうだな。りんは俺を心配しない奴だったな」
岸がそう呟いたことをりんは知らない。
彼はため息をつきながら掌を見つめた。
それを頭上に掲げてみる。
太陽に透かしてみても血の巡りは見えない。
けど。
なにかみえた気がした。
「良かったじゃん。信頼されてるんだよ」
追いついてきた琥珀が紙飛行機に乗ってふわりと頭上にいた。
「男前はいいおなごを見送れる男だぞ。
主は男だな。岸よ」
猿田はカラカラと笑う。
お尻に雲を張り付けながらホバリングしている。
「え〜?僕はいつまでも心配されたいなあ………」
アンテはつぶらな瞳の鮫に手綱をつけて跳ねていた。
鮫が暴れるようで難儀しているみたいだ。
猿田やアンテ、琥珀に上空から声をかけられて。
岸はバツが悪そうに頭を掻いた。
「そうだな。
俺が助ければいいし。
よし!《唸れ!俺のエクスカリバー》!!」
「「「「おお〜〜〜〜」」」」
金色の光が四人を包み込んだ。
一方その頃。
りんと咲は横並びで浮いていた。
「咲ちゃん凄いね〜。桜の花の絨毯なんて。
綺麗で艶やか。咲ちゃんらしいね〜〜」
「ん………」
咲は座布団くらいの範囲に敷き詰められた桜の花を開花させたのだ。
りんが合流するまで咲は気を失っていた。
だから皆よりも早く、下へ吸い込まれるように落下してしまったらしい。どうりで最初以降声が聞こえなかったはずだ。
「咲ちゃんの呪文きれいだね〜」
「りん………ちゃん………のも………かわいい」
「ありがとう〜〜」
りんはブランコのような縄に腰を下ろしていた。
その頭上には。
「風船で空飛びたいなあって昔考えたことあったの。
遠くに遠くに飛んでいけ〜って」
二十個ほどの風船。
大小様々だけど色んな色を作ったから、見た目も楽しいブランコができたのだ。
自信作である。
「かわいい………。「プクプクちゃんブランコしよ」が」
「うふふ!咲ちゃんの「咲き誇れ桜」のほうが綺麗〜」
咲の消え入りそうなか細い声を聞くために、りんは常にピッタリと横に並ぶ。
安定した空の旅は穏やかな風が心地良かった。
心も落ち着くと景色も壮観だ。
思わずワクワクする心の高鳴りをそっと抑えた。
それに連動するように風船がピクリと動いた。
りんの風船も、澪の空飛ぶパンプスのように気分の高揚で高く飛びそうだった。
平常心で咲の横顔を見つめた。
二人でのほほんと話していたら、頭上のほうで眩い程の金色の光が球体のように男四人を包み込んだのが見えた。
「わ!眩し!温かな太陽みたいだね〜岸らしい」
「あたたか………。初夏の………太陽………みたいーーー」
耳元で風が鳴った。
振り返った瞬間大量の花吹雪が上空に霧散した。
その花吹雪にりんは目を細めた。
「き………きゃあーーーー!」
咲の悲鳴が下に流れていった。
「咲ちゃん?!」
りんが掴もうとした咲の小さな手は上に向かって伸ばされたまま。
りんは見た。
咲の涙に濡れた瞳が助けを求めているのを。
「みんな。お疲れ様。
僕のアドバイスは必要なさそうだったね」
星が黒い艷やかな翼をはためかせて岸達に合流した。
その背後では、腰の後ろで手を組みながら微動だにしない直立不動の真神教諭がいた。
岸の跨るそれを見て眉がピクリ動いた。
岸は居心地が悪くなった。
「ふん。囀りが騒がしくて音波魔獣が異変をきたしたぞ」
「『見守りカメラ機能の人工魔獣すら近づくことの出来ない『騒がしさ』でわざわざ赴く羽目になった。
心配させるな。阿呆ども』って言ってるんだよ」
星は真神教諭の言葉を噛み砕いている。
猿田とナタージャ辺りが納得しているが、琥珀とアンテはゲンナリしていた。
「ただもっと辛辣にしただけじゃん」
「翻訳機能に悪意ない?」
「星が真神教諭をどう思っているかが丸分かりだよね」
「「性悪………」」
琥珀が見上げた星はにこやかに笑っている。
真神教諭が目を瞑りため息をつきながら、バインダーを取り出した。彼に相応しい黒光りした無骨なものだ。
そこに万年筆で書き留め始めた。
「げ。採点してる」
「当たり前だ。これは授業だぞ」
「調教の間違えじゃ………」
男達がぶうぶう文句垂れるのを一瞥して真神は眼鏡に指を添えた。
「下の者達も上手くいったようだーーーー」
真神の目の前に風船と花吹雪が舞い上がった。
色とりどりの20個ほどの風船が空気が抜けたように暴れまわる。
それを包むように花吹雪は渦巻いている。
下の二人の姿が覆い隠されてしまっている。
二人の姿が見えない代わりに、持ち主を失った風船と花だけが、虚しく真神の目の前を通り過ぎていった。
「え!?なんで二人まだ落下してるの?!」
「なに?」
ギョッとする真神教諭が下にむかって目を細める。
「あれは………間に合わんな」
「くッ………」
黒い残像を残し星が下に向かった。
星の翼が風を切り滑空していく。
「「「うわあ!」」」
あまりの速さに衝撃波が岸達を吹っ飛ばした。
「うむ。某のは浮くのみよ」
「僕のはッ風の流れに合わせてだから………好きな方向は直ぐには………」
「鮫が言う事聞かない!下行きたいのに!」
「りん!あぁ!俺も無理だ………」
下に行きたくともジリジリとしか動かない男達の創り出したものを見て、また真神教諭の眉がピクリと動いた。
その目元は呆れで歪んでいる。
「だから。《飛べ》と言ったのだ。
機動力のないものばかり作り出しおって。
まあ。飛べた所で、他者を支えるほどの推進力を貴様らが編み出せるとも、端から期待していないがな」
真神教諭は空中で脚を組み替えた。
まるで快適なソファに腰掛けているようだ。
「真神教諭!あいつら助けて!」
「ふん。………必要ないな」
「「「「鬼!薄情者!鬼畜!!!」」」」
「りん………」
突然岸が空中で蒼い紐に拘束された。
岸が身を乗り出そうとしたのを真神教諭が捕縛したのだ。
「岸。今お前は自由落下しようとしたな。
無駄死にだ。
貴様が今から落ちてたとして。
もし、木ノ葉と佐藤を抱えられたとして。
咄嗟にその創造物は創れん。
諦めろ」
「りーーーーん!!」
岸が下に叫んだ。
すると。
「なんだ………。ありゃ」
「綺麗………」
「虹色………」
「あの子………。何者なんだ?」
皆が呟くしか出来ないその光景に息を呑んだ。
冷静なのは真神教諭だけだ。
「ふん。最初から出せば良いものを………。
手こずらせおって」
真神教諭の金色の眼鏡がピシリとひび割れた。
その瞳孔が虹色の光の中のある一点を見つめ開いた。




