飛行訓練 2.好きな相手を信じて
人間。
周りが恐慌状態だと逆に冷静になってしまうものである。
皆の呟きや悲鳴、叫びや祈りをBGMにりんの混乱は冷めつつあった。
落下による内臓のせり上がりにも慣れてきた。
岸の口がめくりあがり凄いことになっている。
ーーー何かのお笑い芸人のドッキリみたい。
そんな現し世のことを思い出している時点で、りんも相当現実逃避しているみたいだ。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
《うけ!》《受け?》ちがう。《浮け!》浮かないよ〜」
アンテはブツブツ呟きながら呪文を捻りだそうとしている。
自分の涙に溺れそうになりながら。
「もう。踊るしかなくない?」
ナタージャは指先まで意識した舞踊の動きを模索している。豊かな黒髪が逆立ってアンテにビチビチ当たっている。
「飛行機。駄目だ。空飛ぶ車も質量がな………。構造分かった所であの大きさは魔素量が。なら紙飛行機の紙の構造を………」
琥珀は胡座をかきながら、どこからか取り出したメモ帳に何やら数式を書いている。
「爺さんの如意棒があればな〜。参ったな」
猿田くんも胡座をかきながら腕を組み悩んでいる。
いつも豪胆な彼でも、どうもご先祖様の秘密道具に頼りたくなるほど余裕はないらしい。
「ん………?んんんぎゃ〜こわいこわいこわいこわいこわい」
咲ちゃんは初めて「ん」以外の言葉を聞いたかもしれない。可憐な高音が可愛いらしい。
「俺のエクスカリバーよ………。地面に突き刺せるほどながくなってくれッ………」
岸は光る剣を振ってみたりしているけど目が潤んでいる。
「りん様。もしですが。もし生き残れたらりん様のお宅にお邪魔してパジャマパーティーなどいかがですか。私にはまだりん様とやりたいこと語りたい事がたくさんあるのです。ついこの間など猫がいたのですがーーー羽がーー」
澪ちゃんの目は光がない。
何回かりんを抱えようと模索したみたいだか、それをりんが拒否したからだろうか。
その後瞳から光が消え、明日以降の約束を取り付けようとしている。手が届かぬならと、言葉だけでも届けようと気概だけは感じる。
みんながみんな現実逃避しているのも仕方がないとは思う。
「みんな」
りんが声を上げると皆の動きがピタリと止まった。
落下速度は止まらないのは変わらないけど。
「真神せんせいがね。
妄想力と創造力はちがうんだって。
具体的に考えないといけないと思うの。
たぶん。《どう飛びたいか》を想像しないといけないんだと思う」
「「「「「「「どう飛びたいか………?」」」」」」」
「うん。浮いた………飛んでる自分を想像出来ないといけないと思うの。
ただ浮きたい、飛びたいって思うだけじゃダメなんじゃないかな」
静けさが広がった。
咲ちゃんの歯がガチガチ鳴る音がする。
「よし!要するに。「かっこよく飛んでる自分」を想像すればいいんだな?!」
猿田はガハハと笑うと歯を出してニヤリとした。
すると大きな声で叫んだ。
「筋斗雲!!(ジィンドゥ・ユン)!!」
すると紫色の空の彼方で赤い光が一筋。
そこから赤の何かが飛んできてーーー。
猿田の尻の下にちんまり収まった。
小さな小さなかわいい赤い雲だ。
ふわふわとは違う気体がモクモクとなったものだ。
鮮やかな紅色の雲は猿田の尻を乗せてふわふわ浮いている。
猿田の落下が止まった。
「あ!ずるい!乗せて!!」
「スマンな。一人ケツ用だ」
「尻専用なの?!ダサい!」
泣きながらアンテは猿田の際を落ちていく。
横を凄まじい風切り音とともに通り過ぎていく。
猿田は申し訳なさそうに顎をかいた。
「スマンな。某の尻が大きいばかりに」
「ちげえ〜よ。雲おおきくしろよ〜」
アンテの叫びはどんどん下に落ちていく。
「想像………。想像。うち。バカだからわかんないや。
飛べそうな舞。白鳥の舞!《ハーンサ・ムドラ》!!」
ナタージャは指先を鳥の嘴のように尖らせて丸めるようにする。親指、人差し指、中指をくっつけて残りの二本をピンと立てるような独特の形だ。
その状態でナタージャはくるくる踊り出した。
本当に白鳥が舞うように。
彼女の舞はコミニケーションのように観客を沸かす動きが多い。
でも今回は内なる自分との対話のようだ。
踊るたびにナタージャの落下速度は下がり。
そして止まった。
その証拠に彼女の豊かな黒髪は逆立つことなくふんわり広がるのみだ。
「待って。踊り続けないと浮かないかもこれ。
ウケるかも〜〜〜」
「わ!ナタージャちゃん素敵!綺麗な踊りだね〜」
「りんっち。サンキュー。………頑張るわ」
りんはナタージャを追い越しざま拍手した。
優雅だけど忙しなく踊りながらナタージャはふわふわ浮く。
「ナタージャちゃ〜〜〜ん」
「うふふ。アンテち。バイバイ〜」
「うわ〜〜〜ん」
さっきまでアンテは、ナタージャの髪が纏わりつくほど近くにいたのに、どんどん離れていった。
健気にナタージャの髪の毛がしなりビタンビタンと足や顔に当たっても、文句一つ言わない男前な所があるのに。
今は涙でびちゃびちゃだ。
「アンテ。お前頭いいんだから。
身体の魔素の巡り辿れよ。お前………うーーー」
「わ!わ!琥珀まで?分かった分かったよ!」
アンテの真横に大きな紙飛行機が寄り添うように並走する。
琥珀は寝そべりながら肘をついて呆れている。
「ぐッ………!《ワニに跨りたい》!!」
出現したのは。サメだった。
「鮫?」
「ワニなんだよ。これでも………」
「かわいいね。ワニさんって名前なんだね」
「りんさん〜」
アンテは泣きながら呟いた。
りんはアンテの横を過ぎ去りながら見上げた。
アンテは赤い顔をして、ちんまりとした可愛いお目々の鮫に跨っている。
まるで子供の遊具のようだ。
「またちっちゃいのかよ!どいつもこいつも〜〜!!」
岸の瞳から上に向かって雫が散った。
「「ごめんよ〜」」
気付くと下にあった学園の天守閣がさっきよりも大きく見える。
さすがのりんも焦りだした。
「ちッ………。大樹も掴めないように細工されています!!くそ陰湿眼鏡教諭!!」
澪が天に貫く豆ちゃんの木を頼りにしたらしい。
触れた瞬間に蒼い火花が散った。
力自慢が縋り付くのも駄目だ。
「あ〜!私の脚が羽根のように軽くなったならば!!
空を走り、水の上を駆けることができる靴が欲しい!!
《空駆ける靴よ》!!」
澪の足元が水色に光り輝いた。
澪がりんの手を握る。
りんの落下速度が緩まった。
「わあ………。綺麗な翅の靴だあ………」
「お褒めの言葉ありがとうございます!!」
「すっごく似合うね!」
「そ………そうでしょうか………。華奢では?」
「可憐!!澪ちゃんの細い足首に映えるね〜」
「ひゃわわわわ」
澪の足元には羽根の生えたピンヒールが添えられていた。
その羽根は繊細な葉脈のような模様がある。
蝶々のような可愛らしい綺麗な羽だった。
でも。
「やっぱりちっちゃいなあ?〜〜〜?!」
「黙れ!何も出してないヤツに言われたくないわ!」
「俺は俺のエクスカリバーを信じーーーー」
「岸〜〜!」
岸がどんどん下に遠ざかっていく。
澪の落下速度は止まった。
それに合わせてりんも。
「りん様!やっとお役に立てました!」
澪は満面の笑みだ。
でもりんは笑い返せなかった。
彼女の頬は喜びで高揚しているのに首筋は汗をかいているから。
さらに澪の腕がミシリと軋んでいる。
彼女の儚い足元の羽根では二人分を支えるにはやはり無理がありそうだった。
それを多分澪自身も思っている。
澪の瞳に陰りが出た瞬間、それに伴い澪の落下速度も上がりだした。
「澪ちゃん。離して?」
「いや!いやです!それだけは聞けません!!」
「澪ちゃん?」
りんは澪に抱きついた。
「ひょあ?!」
澪は真っ赤になり固まった。
頭の上が沸騰しているかのように湯気が出ている。
「澪ちゃん。私澪ちゃん大好き」
「ひょあああ!あば。あばばば」
「お。りんが澪を本気で殺しに来たぞ」
「落下死の前に尊死か?」
ふわふわゆっくり浮いている猿田やアンテ達が頭上に近づいてきた。
「澪ちゃんは?」
りんは澪を見上げた。
澪の頬が首がどんどん茹だってくるのが見えた。
「わたし………わ………私もわた………私も!だいだいーーー
だいつゅきです!!」
「あ。噛んだ」
「うるひゃい」
「あ。舌噛んだんだ。痛そ」
りんはまた澪をぎゅっとした。
耳元で囁いた。
「澪ちゃん。好きな相手を信じて。私を」
「ぴッ………」
澪はフラフラと上昇していった。
それと同時にりんは澪の首から手を離す。
澪は顔が真っ赤で気付いていない。
りんは静かに落下した。
「りん!死ぬなよ!」
「りんっち。がんば」
「りん!まさか考えなしとかじゃないよね?!」
「りんさん!咲ちゃんもよろしく!澪ちゃん見とくからさ!」
「ん!頑張る」
猿田達に見送られながらりんは岸を追った。
岸の方向から雫が上昇しているのを頬に感じながら、りんは頭を下にして落下速度を上げた。
学園の天守閣は屋根の形が見える所まで近づいている。




