最初の授業 《魔術学》1.毒キノコの城
「みなさ〜ん。魔素とお友達になりましょうね〜」
「「「「は〜い」」」」
金色のトンガリ帽子の被った可愛らしい女の教諭がおっとりと入室した。
今日はりん達、一年生の初授業である。
意外なことに《金剛の宮ダイヤモンドパレス》ではなく、本館に位置する一角の城の中である。
俗に言う移動教室だ。
巨大な大樹を本館と言うらしい。
そこに成る実の部分や幹の部分が城だ。
遠くて高い位置の城には入るのにも難儀しそうだ。
見上げれば気が遠くなるような高さに城が点在しているけれど、今日の教室は幸いにも地上に近い場所だった。
その城は城の玄関ホールからほど近い、ピンクのキノコを模した様な建物だった。
りんはホッとした。
この間迷子になったばかりだ。
岸と澪と一緒だとしても初授業に遅刻したくない。
目の前にあるのは、ピンクに白い斑点の丸い屋根のタージマハルのような建築物だ。毒キノコのようだ。
斜めに生えたエリンギを思わせる煙突がある。
摩訶不思議の代表のような城がこの先生の城なのだ。
生徒を迎える広大な教室以外に様々な部屋があり。
この城で先生は寝起きもしているらしい。
店舗兼住居みたいな城だ。
ーーー先生の個性が現れる城なんだね。
外観の奇抜さとは裏腹に内装は繊細な美しさだった。
蝶や花が戯れた様子が描かれた不思議なステンドグラス。
そう不思議なのだ。花も踊っている。よく見ると蝶を捕まえている花もいる。摩訶不思議な絵だった。
それらが惜しみなく嵌められたドーム状の天井。
差し込む光が、色とりどりのガラスの光を通して降り注ぐ。
幻想的で美しい教室だ。
「ようこそ〜。坩堝学園へ。
今年も粒ぞろいね〜。初めての授業がわたくしなことが光栄だわあ〜」
「エルル・ハーラです。妖精族ですの〜。
ほら。羽根があるでしょ〜」
羽ばたく度にピンクの粉が煌めく。
ピンクの翅が四枚。
教諭の身体はふわふわ浮いている。
「わたくしのは鱗粉は成人済だから甘くないわよ〜」
どッと笑いが起こる。
「おい。よだれ拭け」
りんは先生の鱗粉はどんな甘さだろうと妄想していたのを岸に起こされた。
右からジトリと岸に見られている。お見通しらしい。
「ち。りん様が望むのでしたら。不肖、澪。
この身が朽ちてもあの教諭を捕獲しようと思っていましたが、必要無さそうですね」
左からは澪がレースのハンカチを取り出しりんの口元を拭いてくれる。
言ってることは物騒だから冗談めかした表情をすればいいのに、目は真摯で真剣だ。
ーーー冗談だよね?
一抹の不安がよぎるけど、それも過ぎ去る。
左右が賑やかになったから。
「教諭への加害行動。決意すな」
「貴様!りん様に献身的に尽くさない?!従者だろうが?」
「従者じゃねぇ………よ?」
「何故、自信を持って否定せん?!」
「岸は家族なんだよ?」
「従者も家族と見なす。なんて慈悲深い御心!」
りんを挟みながらの応酬。
今日も二人は元気である。
「みなさんは〜。宇宙がどうできたか知っていますか〜?」
「宇宙………?」
りんが思わず呟いた言葉はしっかり教室に響いた。
発言してしまったりんをハーラ教諭は優しく見つめながら頷く。
「そう………。宇宙。
ふふっ。こんな摩訶不思議な世界の住民が《宇宙》って。
確かに変かもね。
人類にとって宇宙は《科学力》の集大成だものね。
りんさんが驚くのはわかるわ〜」
ハーラ教諭は手を捏ねるよう回す。
そこには。
渦巻く黒い深淵が現れた。
全ての色を吸い込む色。真っ黒な世界だ。混じり気のない綺麗な黒だ。
「かつて宇宙は《深淵》でした。
そこに何かが起きたからこの生き物が溢れる地球を含めた《宇宙》は産まれたのよ」
「Fiat Lux………」
「「え」」
「あ」
また教室の視線がこちらに集中した。
挙手のない発言は御法度だ。
気難しい教諭ならひんしゅくものだ。
りんは恥ずかしくなって下を向いた。
思ったことをそのまま話すのは幼児のそれだ。
気を付けているのにやらかしてしまったと後悔した。
それなのに。
りんの目の前まで跳んできたハーラ教諭の瞳はキラキラしていた。頬は高揚している。
可愛らしい。
「素晴らしい!Admirable!
ラテン語の発音も素晴らしいわ!貴女、元日本人よね?バイリンガル?才女?」
ハーラ教諭が叫んだ。
生徒からも歓声が上がる。
岸と澪は拍手はするけど目を見合わせてキョトンとしている。
「佐藤さん。Fiat Lux………の意味は?」
ハーラ教諭はりんに問いかけた。
斜め横で手を挙げていた琥珀が悔しそうに舌打ちした。
りんは苦笑いしながら目線で琥珀をみて。
頷いてから教諭を見た。
ニッコリ笑い琥珀を見て。
また先生を見てニッコリ笑う。
アイコンタクトの「あっちの生徒をお先にどうぞ」だ。
日本の学校で優等生が使う技だ。
何回も当てられると恨みを買うこともある。
日本人的な平和な処施術だ。
ハーラ教諭はさっきよりも笑みを深めた。
時は止まった。
「りんさん?わかる顔をしているわ?答えて?」
ーーーここは「わかりません」の顔が正解だったか!!
りんの渾身の処施術は軽く無視された。
琥珀の舌打ちがさらに重なり気不味い。
だけど教諭の笑顔の圧が強い。
仕方なく、りんは渋々立ち上がる。
「あ………。確か。《光あれ》です」
しばし流れる沈黙。
また響く琥珀の舌打ち。
拍手しながらニコニコのハーラ教諭。
教諭のテンションがどんどん高くなる。
琥珀の苦い顔がもう見れない。
居た堪れない。
りんは冷や汗ダラダラだった。
「そう!そうなのよ!
ありがとう!一番厳かな《光あれ》の《フィアットラックス》。なかなか生徒からは聞かないのよ?
現し世では、人類が神を崇める書物が数多ありますのよ。
その中で一番出版されているのは《旧約聖書》です。
旧約聖書の創世記において、神が世界を創造する際に最初に発した言葉として《フィアットラックス》。
《光よあれ!》
あまりにも有名なのです。
でも日本人は無宗教の方々が多いから、あまり一般的ではないかも。
だけど。わたくしたちは摩訶不思議な幽玄異郷の住民。
知らなくても当然です!難解!」
すると教室全体からブーイングが起きた。
でもそれは笑いながらだ。
皆がこの雰囲気を楽しんでいるのが分かった。
だって。
皆の瞳はキラキラだったから。
「人類が来たのは25年分ぶりだから張り切っちゃったわ。ごめんなさいね?りんさん、ありがとう!
そう………。
大事なのは、《光あれ!》なの。人類的には簡単にいうとビッグバンよ」
「あ!ビッグバン!知ってる!」
岸が右で急に叫んだから皆が笑う。
「びっく………?」
「ばん?呪文?」
聞き慣れない言葉にナタージャや猿田が首を傾げている。
ハーラ教諭もクスクス笑う。
「元気のよい岸さん。是非人類代表でさっきも答えてほしかったわ〜」
「うっす。次回は必ず」
ふわふわ浮きながらハーラ教諭は深淵から《光》を創り出した。
その光は眩く広がり散った。
暗闇の中で光が弾け伝播する。
渦巻く深淵はどんどん広がり光の粒が衝突し、また集まって虹色の光が広がる。
教室中に銀河が映し出された。
「わ………」
「すげ………魔法だ」
夢の世界は淡く弾けて広がる。
「ここで宇宙の話をしだすと。
多分みなさん留年しますの〜」
「「「「「「え〜」」」」」」
ニコニコの教諭の冗談を皆が笑う。
岸だけが青褪めた。
「あの先生。目がマジだ」
「ほんと?」
「教諭のマジはまじなのですね」
りんと澪も慄いた。
「本題に入りましょう。
原初の魔術にして、基本。
それは《光》です。
生き物は光なくしては産まれませんでした」
ハーラ教諭の目線の先。
黒いフードを被った星がいた。
「もちろん。暗闇を好むものも、闇を必要とするものもいます。差別ではありませんよ?区別です」
コソコソ星を見ながら話す生徒もいるが、猿田が牙を出し威嚇しナタージャと琥珀、アンテが舌をだし煽っている。
りんは星と目が合うとニッコリ笑った。
星の耳は真っ赤だ。
「呪文はこうです。Lumière !(リュミエール)」
ハーラ教諭は指先を突き出した。
そこには温かなぬくもりを感じる、目に優しい揺らめく光の玉が現れた。
皆が一斉に拍手する。
ハーラ教諭はキラキラの鱗粉を振り撒きくるりと旋回する。
ドレスを摘みながらお辞儀した。
まるでお姫様のようなお辞儀だった。
「さ。言語はなんでもよいです。
日本語、中国語、英語、フランス語。
君達のピンと来る言語で願いをこめて。
発音もいいの。大事なのは《信じること》。
魔素は子供が大好きです。
魔素に愛される喜びを学んでくださいな〜。はじめ!」
「Luce……」「Licht!」「Nur〜」
生徒たちがそれぞれの言葉を口にすると、銀河の中に自分だけの小さな星が灯り始めた。
点滅するもの。揺らぐもの。赤いのピンクの。
「光!(グァン!)」
猿田が叫ぶと炎のような球体が産まれた。
「Jyotiḥ!(ジョーティヒ!)」
ナタージャは陽気な太陽のようなリズムを取る光だ。
「光って〜」「光れ〜」
琥珀やアンテはランプのような優しい光をだす。
星と咲は小さな蛍のような光。
皆が様々な光を出す中。
澪が腕まくり立ち上がった。
それを岸もりんも見上げた。
「光よ!我に!」
澪が高らかに叫ぶと火柱のような水色の光が花火みたいに噴出した。
りんが拍手すると水柱の光がまた高くなった。
どうも光は球体だけではないらしい。
「わ!威力が素晴らしいですね?!みなさん〜。自由にどうぞ〜どんどん光を出して銀河を埋め尽くして〜」
銀河に光を生み出す授業は和やかに続いていった。




